世界と断片:魔鍵と日常Ⅰ
ギルバルドの邸から盗まれた魔鍵の少女、バッドエンド。
あの事件からまだ三日しか経っていない。
バッドエンドはあの後すぐ、自分を盗み、自由を与えてくれた恩人、ファウストに要求をした。
とある場所に行きたい、と。
そこは、ノイタール聖国の中央街の外れ。
ティアラと呼ばれる小さな村だった。
「ごめんね、ワタシのお願いなんて聞いてくれて……」
艶やかな、とても綺麗に整えられた腰まである長い黒髪。
白く美しい肌に大きくパッチリとした瞳。
美術品のような、しかしどことなく妖艶さを醸しだす美貌を持つ少女。
程よく出た胸とヒップ。
それを、シルビアから借りたシックな黒でコーディネートされた袖の無いワンピースで包む。
背丈はシルビアの方が大きく、胸はバッドエンドの方が遥かに大きい。
バッドエンドがシルビアの服を着てしまうと、胸は苦しく、その魅力的な脚を大きく隠してしまう。
少し不恰好になっている。
ギルバルドにロクな衣類を与えられていなかったバッドエンドを、ファウストとシルビアが不憫に思い、急遽シルビアが自分の着なくなった服をバッドエンドに与えていたのだ。
しかし、せっかくの魅力を最大限に生かせていないバッドエンドの不恰好な姿をファウストは許せなかった。
シルビアも自分の服を着て、胸を物理的に苦しませるバッドエンドの姿に、いい加減に一人の女性として耐えがたかった。
なので、今回はバッドエンドの願いを叶える為、バッドエンドに新しい服を買ってやる為にファウストとバッドエンドはこのティアラへと訪れていた。
現在、二人はティアラの店を見て回ってる。
「ンフフ、構いませんよ。どうせ今は暇ですしねぇ」
何日も寝ていないかのような深いクマが特徴的な黒髪短髪の青年。
しわくちゃの白いカッターシャツの袖を捲くり、黒のヨレヨレのズボンに黒い革靴。
そんな風貌の、世界を騒がす泥棒王ファウストがバッドエンドにそう告げた。
あの事件以来、シルビアは一応、偽りの親友であるジルを殺めたばかりのファウストを気にかけていた。
まるで休暇だと言わんばかりに、今の所は盗みの依頼や予定はまったく無く、ファウストも暇を持て余していた。
シルビアのその優しさを知っていながら、ファウストはあえてそれを口にしない。
もし改めて口に出して感謝しようものなら、シルビアはきっと照れて怒ってしまうからだ。
そうなってしまえば、照れ隠しをする為だけに理不尽な面倒な依頼を任されかねない。
断固としてそれを拒否したいファウストからすれば、言わずが仏だった。
「あはは……こうしてここに来れるのはファウストのおかげだよ。本当にありがと」
「……」
ファウストはそのバッドエンドの礼に対してだけは完全に無視を決め込んでいる。
感謝される事にあまり慣れていないのもある。
だが、それよりも単純に。
自分を救ってくれた事に対して礼を言い続けるバッドエンドが気に食わなかった。
別にバッドエンドの事は嫌いでない。
むしろ、その見た目や性格はファウストの好みだ。
しかし、いつまでも自分を救ってくれた事に対して礼を言い続けるバッドエンドは、何故かどうしても気に食わなかった。
「……お、次はあそこに言ってみましょうか」
村を訪れ、早速ファウストの眼に飛び込んできたとある店。
そこのショーケースには、愛らしいくも妖艶な美貌を持つバッドエンドにとても似合いそうな服が何着か並んでいる。
「ん? おぉ~」
どうやらバッドエンドンも気に入った様子。
ファウストはバッドエンドを引き連れてその店の中へと入っていく。
「いらっしゃいませ~」
店内に入ると、愛らしい声が聞こえてきた。
この村らしく、小さな店だが、店内には数多くの若者の女性服が飾られている。
布で覆われた二つの試着室。
床には複数のマネキンが置かれ、そに着せられたお洒落な服。
壁に飾られる魅力ある服の数々。
中央にある売り場には丁寧に何枚もの衣類が並べられている。
出入り口のすぐ側にある会計場から可愛らしい店員がファウストとバッドエンドを出迎えてくれた。
「どうぞどうぞ、ごゆっくり見ていってくださね~」
首元まである茶髪のセミロング、先端は軽く内側にウェーブがかかっている。
少し眠そうなその目、しかしとても綺麗な瞳をしている。
流石は若者受けしそうな服屋の店員と言った所か、店内で販売している服を見事に着こなしている。
男を惑わすその胸を強調させる服。
ファウストの好みだ。
「ンフフ、どうもどうも。なんとも可愛らしいお嬢さんですねぇ」
視線が胸へと向けられる。
これでは店員ではなく、胸に話しかけている。
「そんなぁ~、ありがとうございます」
そんなファウストに対して一切の嫌悪感を示さない辺り、流石はプロ。
「……」
ファウストの褒め言葉に気をよくした様に見える店員が、とても愛らしいその笑顔と感謝を二人に振りまく。
思わずファウストの表情が緩んでしまう。
とても穏やかなその空気に和んでしまう。
しかし、ただ一人。
バッドエンドはそんな表情を緩ませるファウストを見て、まったく面白くなかった。
入店を済ませるとファウストを置いて、一人で店内に飾られる服を吟味しだした。
そのあからさまな態度にファウストもすぐに我に返り、慌てだす。
「あ、えと、あの、こ、これとか貴女にとても似合うと思うんですが!」
ファウストが急いで指差したそれ。
それを見たバッドエンドはファウストを冷たい言葉でバッサリと斬り捨てる。
「……そこのお姉さんが着てる服と一緒じゃないか」
やってしまった。
ファウストは心の中でそう後悔する。
すると店員さんがファウストの横でその服の紹介を始めた。
「おぉ、お目が高いですね。そちらの服はお胸を強調しておりながら、気品もあって、とても男性受けも良いです。ご来店されるお客様にも大変ご好評を頂いている物となっております! そちらのお客様にもお似合いかと思われます!」
「ですよねぇ~」
またしても店員の胸に相槌を打つファウスト。
この店員が言うように、シルビアの衣装のせいでバッドエンドの胸はその大きさを強調させており、一目でわかる。
店員と似た体系のバッドエンドにも似合うはずだ、
しかし、バッドエンドはこの店員が着ているという理由から、ファウストが指したその服を拒否する。
「ワタシその服やだ」
バッドエンドから見ても、ファウストがこの女性店員の容姿を気に入っているのがわかる。
そんな女性と同じ服を着る事によって自分に重ね合わせるようで嫌だった。
「で、ですよね……」
ファウストも、そんなバッドエンドの考えを見抜き同調する。
店員も二人のやり取りを察すると、慌ててすぐに提案する。
「せ、せっかくこうしてカップルでいらしてくださっているんですから、やはりもっとお客様のそのお美しさを引き出す物を選んで頂きたいですよね~」
「え?」
「かっぷる?」
ファウストとバッドエンド、二人が同時に見せたその反応に店員は困った表情を浮かべてしまう。
そしてそれが誤りだと気づき、ただちに謝罪する。
「も、申し訳ありません! やだ私ったら……てっきり、お付き合いされてらっしゃるのかと……」
その店員の言葉にファストは絶句する。
バッドエンドに関しては、カップルという聞きなれない単語を耳にして、頭上に?マークを浮かべている。
こうして二人きりでこの様な場所に来るとカップルだと思われてしまうのか。
ファウストはまったく意識していなかった。
だからこうして改めてそう指摘されると中々恥ずかしい。
「ねぇ、かっぷるって何?」
バッドエンドが、口を閉ざし顔を赤らめるファストと謝罪する店員に、カップルの説明を求める。
だが、ファウストは気恥ずかしく何も答えない。
すると店員が、何も言葉を発さないファウストの代わりに、不思議そうな世間知らずのバッドエンドの質問に優しく答える。
「つまりですね。互いを好いている者同士が想い合う、それがお付き合いです!」
よくもまぁ、真顔でそんな恥ずかしい事を言えるものだ。
ファウストは店員の胸を見つめながらそう思った。
この胸は名残惜しいが、恥ずかしくなってしまいファウストは店を出ようとバッドエンドに呼びかける事にする。
「……そろそろ出―――――」
バッドエンドが声を被せてきた。
しかし、それは更にファウストを辱めるものだった。
「ワタシ、カップルになりたい」
「はいッ!?」
意味を正確に理解しているとは思えない。
余りに真っ直ぐなその表情。
「こ、告白ですか!? お客様ったら、大胆です! でも素敵です!」
「あ、貴女も煽らないでくださいッ!!」
バッドエンドは、あの日。
自由という名の光を手に入れた。
暗く閉ざされた闇の中、そこから解放される事はもう無いとさえ思っていた。
記憶の大半を失っているバッドエンドには、辛い記憶しかない。
この闇は永遠と続く、そう思ってきた。
そんな時だった。
ファウストはバッドエンドを盗みに現れ、どうしてか光を与えてくれた。
あくまでそれも仕事の内だったのかバッドエンドにはわからない。
だが、それでも良かった。
こうして自分に光を与えてくれたファウストに、今では心を盗まれてしまっている。
好き、その言葉はこの感情の事なのだろうとバッドエンドは確信した。
バッドエンドはファウストが大好きになってしまっている。
ファウストを大好きになってまだ三日しか経っていない。
その短い時間は、今までの、何百年とうい長い時間より、掛け替えの無いモノだった。
初めて持つこの感情は、バッドエンドを時には先程のように嫉妬で苦しめる事もあるだろう。
しかし、それでも、今までの中で一番幸せなのだ。
魔鍵と呼ばれる自分が、造られたはずの感情が、満たされている。
だからもっと知りたい、もっと、近くに、側にずっと居たい。
わがままかもしれない、だけど、自分の事を好きになって欲しい。
そう願ってしまっている。
だから、いつまでも感謝する。
救われた事ではなく、こうしてファウストを大好きになって、そうさせてくれた事に対して感謝している。
「ワタシ、じゃ……駄目かな?」
バッドエンドの本当の気持ちをまだ理解していないファウストにとって、そのいじらしい言葉が心を抉って仕方無い。
それに店員の視線と無言の圧力も苦しかった。
しかし、そこはシルビアにヘタレと称されるだけあって、ファウストは真剣に辺りを見渡して、何とか話題を逸らす。
「こ、これなんてどうでしょうか!!」
今の所、魔鍵であるバッドエンドのその愛らしい見た目と性格を除けば、哀れという感情しかファウストは残らない。
だからだろうか、こうして自分なりの精一杯の気持ちでバッドエンドに応えてしまうのは。
ファウストが精一杯、バッドエンドを想って指差したそれは、壁にひっそりと目立たない場所に飾られた白と黒を基調としたノースリーブのドレス。
「おぉ、お客様中々どうしてお目が良い……」
哀れ、本当にそれだけなのだろうか。
バッドエンドに対して哀れという感情しか抱いていないのだろうか。
まだファウストにはよくわからない。
しかし、バッドエンドはそれでも今は満足だった。
それ以上は本当に自分のわがままなのだから。
今はこうして、ファウストが自分の為に、よく考えて、選んでくれたその初めての服に見惚れてしまう。
とても嬉しかった。
「綺麗……」
バッドエンドが目を輝かせて見つめるファウストが初めて選んだその服を店員が急いで持ってくる。
一先ず、ファウストはバッドエンドの様子に安堵した。
それと同時に、何故か、嬉しかった。
よくわからない。
「早速こちらにどうぞお客様!」
店員がバッドエンドを試着室に案内する。
それに促されるままバッドエンドは布で覆われた試着室に服を持って入っていく。
「ありがとう……」
自分を見守るファウストにバッドエンドはそうお礼を言った。
「いえいえ、どういたしまして」
そのお礼は素直に受け取るファウスト。
この日から、バッドエンドはファウストが初めて自分の為に選んでくれたその服を一生の宝物にする。
そしてこのティアラと呼ばれるこの小さな村で、バッドエンドのお礼の本当意味をファウストもようやく知る事ができる。
こうして二人の絆は深まっていくのだった。




