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「まるで祭壇だな」

 ぼくは婉曲な感想を述べた。生け贄を殺すための、と口にするのは、何となく憚られたから。いま上ってきた階段から最も遠い位置に、巨大な燭台がひとつ。それと等間隔に一つずつ。異様に細長い三本足で支えられていた。

 フェネックの姿は、どこにもなかった。

 靴の踵でわざと床を鳴らすと、きーんと耳障りな音が響いた。

(金属?)

 いや、おそらくは、それと見紛うほど磨き上げられた石板なのだろうけれど。どう見ても銀色に輝いている表面が、蒼い炎を映し出したさまは、まるで業火の上に立っているような錯覚に見舞われた。

 円形広間の中心には、三角形を複雑に組み合わせた模様が、放射状に描かれていた。時代を経て、かなり色褪せているが、魔法書でしか見たことがない、最古の魔方陣にそっくりだった。

 その使用方法を知る者は、もはや誰もおらず、どんな本にも図が断片的に出ているばかり。ただ、その効力は絶大だったらしく、言語道断な儀式が、サこのークルの上で執り行われたと聞く。

 おそらくは、生身の人間を使って……

「ご主人さま」

 ヘレナの鋭い声で我に返ったとたん、ひしひしと押し寄せてくる気配に気づいた。

 いつのまにかぼくたちは、サークルの中心に立っており、床に映った炎が、何百もの蒼い舌で、不気味な幾何学模様の縁を舐めていた。

 気配は、広間を取り巻く闇の中から、押し寄せてくるようだった。

「取り囲まれた? つい今し方まで、砂漠狐一匹いなかったぜ」

「精霊とも異なりますわ」

 使鬼といえども、指輪などに封じ込められるのでない限り、姿を完全に消すことはできない。存在が希薄で、常人の目には見えない下級精霊でも、訓練を積んだ魔法使いには見えている。

 何もない虚空から、いきなり何ものかが出現する現象など、夢意外にあり得ないはずだ。

 さっきのフェネックとそっくりな、蒼く光る目が周囲に幾つも居並んでいた。顔に対して、異様に大きな耳もついているようだ。ただ、砂漠狐と違って四つ眼であり、体は何十倍も大きく、山ゴラルを想わせる太くて長い腕を、盛り上がった肩から床まで、だらりと垂らしていた。

 全身は毛むくじゃら。耳まで裂けた口を開けば、狂暴な犬歯が覗き、野獣めいた声の重奏をおぞましく響かせた。

「グール……食屍鬼なのか?」

 毛皮の上からでも、異様にへこんだ腹部の上で、肋骨がごつごつと浮き出ているのがわかる。永久に飢え続け、死体を喰らい続ける鬼。かれらの正体が、飢えに狂った動物や人間の複合体であり、暗い情念だとすれば、忽然とあらわれた理由もわからないでもない。

 が、なぜこんな所へ?

 ダーゲルドが放ったのかと、一瞬考えたが、いかにも扱い難いグールを刺客に差し向けるのは、効率的ではない。非効率はかれの最も嫌うところだ。だとすると、ここが砦になるはるか以前に、祭壇で行われた儀式と無関係ではあるまい。

「つまりぼくたちを、祭壇の生け贄と勘違いしたわけか」

 魔方陣とは、主に魔除けの役割を果たす。呪力の強い儀式を行えば、「招かれざる客」も同時に忍び寄って来るが、サークルの中へは入れない仕組み。ところが今では、この古い魔方陣を発動させる呪文が失われているため、やつらは欲しいままに侵入できるだろう。

 食屍鬼はその名のとおり、死体しか食わない。ただし、実力行使で生きた者を死体に変えることに、何のためらいも抱かないとか。

 ぼくはヘレナを横目で眺めた。

「やれるか」

 無言で彼女はうなずき、広げた両の指を下にして身構えた。氷剣を実体化させないところを見ると、さすがにこれまでの逃避行で消耗しているのだろう。ぼくも疲れているから、彼女へ供給できるミワも乏しくなる。

 グールが飛び出すよりも、ヘレナのほうが早かった。しなやかな獣のように宙に浮いたとき、彼女の爪が三倍に伸びて、青く輝いているのを見た。一匹が繰り出した太い腕を易々とかわし、その両肩に飛び乗ると、食屍鬼の顔の前で腕を交叉させた。

 人とも獣ともつかない、凄まじい悲鳴。

 顔面を破壊されてもんどりうつグールを、さらに飛び越えると、ヘレナは二匹めの首筋を左手で素早く薙いだ。

 今度は悲鳴はなかった。ごつごつした木が倒れるように、声もなく床に伏せたグールの首は、毛皮一枚でようやく繋がっていた。

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