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 金色の月と星が刺繍された、濃紺のカーテン。雛菊の模様の壁紙。部屋はたいそう狭く、無数の人形が散見された。まるで人形こそが、この部屋の主人であるかのように。

 動物の人形が多いことも、奇異に映った。毛糸を使って、例えばカーマ・ベアの縮れ毛なんかも、器用に再現されている。口を開けると、白い小さな蜷の殻で、歯まで植えられていた。

「へえ」

 こいつはすごい、と言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。

「ね、可愛らしいでしょう。ロップ・ト・ロップトは、私のお気に入りなの」

「ロッ……?」

「ロップ・ト・ロップト。その子の名前」

 舌を噛みそうになりながら、ぼくはリアクションに窮していた。

 食後、マジョラムの「たっての希望」により、二人きりで子供部屋に閉じ籠められているところ。ル・アモンは夫人とお茶に付き合い、舌先三寸、詐欺師の本領を発揮している頃だろう。

 荒くれた生涯を送ってきたぼくだから、どうしてもこの少女趣味というやつが、わからない。布人形なんかに、いちいち名前をつける心持ちなど、石のような鈍龍の感情よりも理解できない。

 少女はさっきから、お茶のカップの載った小テーブルに頬杖をついて、にこにこしているが、視線は片時もぼくから離れない。まるで服の襞の一つも見逃すまいとする宮廷画家のように、一挙手一投足を観察している。

 まるで、新しい人形を得たかのように。

「フォルスタンテさまの髪は、ほんとうに綺麗な金色ですのね。巻き毛がくるくると、可愛らしいわ。それは鏝をあてていらっしゃいますの?」

「え、い、いいえ、とくに何も」

 見習い時代。錬金術の実験中、炉を爆発させて以来こうなった。とはとても言えない。巣の中で小鳥が羽ばたくように、マジョラムは腕を振って感激している。

「まあ、うらやましいわ。それにあなたの瞳、なんて綺麗なんでしょう。正面から見ると鳶色だけど、角度を変えると緑がかって見える。まるで謎めいた泉を覗きこむように、深くて、とても澄んでいるわ」

 ひくひくと、頬が引きつるのがわかった。下品な言い廻しで申し訳ないが、尻の辺りがむず痒くて仕方がない。

 それにさっきから気になることがあって、ぼくは情報収集の任務も忘れ、上の空になりがち。ともすれば、マジョラムの話が下級精霊のつぶやきのように、わけがわからなくなるほどに。

 左手の小指。緑色の指輪が、相変わらず不穏な光を放ち続けているのだ。

 空に散りばめられた星の一つ一つが、異なる光を発するように、指輪も光りかたを変化させて、そこに属する使鬼のメッセージを送ってくる。例えば逆リクエストの場合、ぴりぴりと明るく激しく点滅する。

 けれども今、緑色の指輪は、妖星のように、暗く不規則な、それでいて見る者の不安を掻き立てずにはおかない明滅を、繰り返していた。

 そしてその「憎しみ」のメッセージは、時とともにインパクトを増すようだ。

(たしかに、ハーミアが来ている。だとすると……)

 むろん、狙いはこのぼくだ。飛龍ごと撃墜されて、相当頭にきているのは間違いない。

 ただ、仮にもまだぼくとのエニシは切れていないから、指輪から離れてしまうと、悪鬼本来のパワーは落ちてしまう。だからあの時も、飛龍を使って襲わざるを得なかった。

 言うまでもなく、ハーミアはレムエルの強さを知っている。今でこそ臍を曲げたまま一向に出てこないが、言葉を返せば、いつ現れるかわからないということだ。あるいは強力なアスペクト砲を放つ、グレムのイコをまだ連れていると思っているのかもしれない。

(あいつのことだ、今度は直接襲撃したりせず、手を替えてくるだろう。例えば、外堀から埋めてゆくように。外堀から……?)

 ぼくは弾かれたように顔を上げた。

「ヘレナ!?」

「まあ。フォルスタンテさまは、魔法が使えますの?」

 どきりとした。瞳をくるくると動かしている少女の顔が、いつのまにか間近にあった。

 なぜ、魔法のことを悟られたのだろう。もの想いに耽っている間に、あらぬことを口走ったのだろうか。あるいは指輪か。緑色の光が見えないよう、意識的に右手でカバーしていたのだが。しかし、悪趣味なマダムではあるまいし、マジョラムと同じ年頃の娘が、十本中、六本の指にずらりと指輪を嵌めているのは、どう見ても怪しい。

 少女は身をかがめ、ぼくの目をじっと覗きこんだ。

「そのお人形の名前を、よくお当てになりましたわね」

「えっ」

 いつ、手渡されたのだろう。青い布で縫われた仔龍の人形が、掌の上に載っていた。よほど不器用な女が作ったのか、かなりいびつだが、得もいわれぬ愛嬌がある。黒いボタンの目で見上げられていると、小動物に保護を求められているようで、みょうに、居たたまれない思いが湧いた。

「そう……この子、ヘレナというの」

 これ以上、ここでじっとしているわけにはゆかない。

 ぼくは玩具のような椅子から立ち上がり、少女の目を見返したまま、肩に手をかけた。小鳥のように、ぴくりとその肩が、震えるのがわかった。

「わたしね、マジョラム。本当に魔法が使えるの」

「フォルスタンテ……さま?」

「ふふふ。どんなふうにするか、教えてあげましょうか」

 耳に息がかかるほど、間近で囁いた。某伯爵と違って、芝居が下手なぼくにしては、百点の演技だ。少女はすっかり呪縛されている。

 唇を触れ合わせた。

 硬い、莟の感触。

 奥歯に仕込んだ魔薬を噛み、エキスを舌にのせて、少女の唾液に混ぜた。たちまちぐったりと倒れこんできたマジョラムを腕に抱いて、天蓋つきの寝台まで運んだ。

 昔はこの手で、ずいぶん悪さをしたものだが、今はそれどころではないし、未発育の女に興味もない。レエスに囲まれ、人形のように横たわる少女の髪を撫でながら、記憶を消すための暗示をかけた。

 左手の人さし指で、赤い指輪が苛立たしげな光を放っていた。

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