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いったいこの国における「階級」は、どうなっているのだろう。
まず、ミュルミドンという蟻女の兵隊がいる。外壁を妖魔の侵入から守り、「女人国」に憧れて、人間の男がふらふら近づこうものなら、たちまち捕えて「種」を絞る。普段は一般庶民の目につかない。
それからヤフー。馬顔の大男たちは、家畜である。
そして一般の女たちだが、女王がいる以上、貴族も存在するのか。市場では、小間使いを何人も連れた、貴婦人然とした女を見た。(そして財布を失敬した。)が、地上国の貴婦人は、みずから市に出たりはしない。
だいたい貴族という連中は、昔の戦争で武功をあげた者の子孫のことだ。おかしなことに、ぼくが起こした戦役のとき、王に勲章をもらった者の子や孫が、今では宮殿でふんぞり返っている。けれどもこの国は、もともと女王一人が生み出したものだとされるから、この法則は当て嵌まらない。
それでも階級は、厳然と存在する。小間使いがいるし、市場でものを売っていた女たちも、ヤフーこそ飼っているが、身分は決して高くない。対して、ボーデン夫人のような、明らかに上流の女がいる。彼女の娘も「お嬢さま」である。
「ごめんなさいね。この子ったら、久しぶりに、同じ年頃のお嬢さんとお会いしたものだから、はしゃいでしまって」
磨き上げられた、大きなナイフを手に、みずから肉を切り分けながら、夫人が言った。すべて召使いにやらせる、地上の都市の上流家庭と異なり、田舎のほうの作法に近い。
しかし普通、このように裕福な女には、船主だとか金融家の夫がいるもので、現に彼女は「夫人」と名のっている。だけどもちろん、この国に「男」は存在しない。
ぼくたちをのぞいては。
ついでに言うと、下界におけるガヴァネスは、磊落したお嬢さま。上流家庭に生まれ、最上の教育を受けながら、両親が没落するとかして、みずから働かざるを得なくなった者と、相場が決まっている。
知識と礼儀作法はばっちり仕込まれているため、住み込みの家庭教師としての需要が大きい。この国でも、ガヴァネスは似たニュアンスで存在するとおぼしい。
しかし、いったいボーデン夫人のような女は、どこから収入を得ているのであろう。何度も言うが、夫と呼べる男はいない。こんな森の奥深くに、農地を所有しているとも思えない。せっせと商売を営んでいるようには、とても見えない。
言い出せばきりがない。この空中楼閣のようなサフラ・ジート王国は、豊かに見える。街は整備され、市場は賑わい、女たちは着飾り、地上の都市にはうようよいる窮人を一人も見かけない。強大な軍隊を持ち、馬人を飼っている。
これらの富が、すべて女王バブーシュカ一人によって、生み出されたというのか。
バブーシュカとは何者か? どうやって王国を維持しているのか。そして、これほど大きな力を持つ、女が秘めた宝とは何か?
「先日の騒ぎは、何だったのでございましょう」
レディ・アモネスが尋ねていた。こまれまで見たことがないほど、ナイフとフォークを上品に使いながら。砂漠の不帰順族のように、肉を見れば手づかみでかぶりついていた男が。
夫人は眉をひそめた。
「王国が生まれて千年。女王さまも、いよいよお衰えになられたのです」
人目を憚るように、夫人の目が左右に揺れ動くのを見た。本来は口にすべきではない、一言なのだろう。彼女は語を継いだ。
「それを示す出来事は、昨今に限った話ではございませんわ。衰えの兆候。王国のほころびは、ここ数年間で、至る所にあらわれております」
「けれども、王国は今でも広がり続け、女王陛下に至っては、お変わりなくお美しいというではありませんか」
「アモネスさん、でしたわね。あなたは陛下にお会いになったことがありまして?」
詰問する口調ではなかったが、ル・アモンは慎重に首を振った。
「わたくしのごときはした女が、お目通りかなう理由がございませんわ」
「ご謙遜なさいますのね。ですが、失礼ながら、もとは相当な家柄の出とお見受けいたします。そのうえ、かなりリベラルな思想をお持ちのようです」
ぴりぴりと、伯爵の肩に緊張が走るのがわかった。無難で優雅な言い廻しに始終していたつもりが、「リベラルな思想」まで見抜かれている。やはり付け焼刃では、たちまちぼろが出たということか。
かれは素早く視線を動かす。さしあたっての脅威としては、背後に置物のように突っ立っている、一匹のヤフーのみ。こいつが飛びかかってくる前に、窓を破って脱出は可能……と、ここまでは考えたろうけれど、夫人は脂に濡れた唇を、ナプキンで優雅に拭いたばかり。
ふ、ふ、ふ、という声が洩れた。
「それくらいわかりますわ。こう見えてもわたくし、以前は宮殿の女官でしたのよ。陛下のお側では、常に気を張っていなくてはなりませんから、品定めも得手になろうというもの。この子を生むにあたって、夫人の称号をいただきましてね。宮殿を退いたのです」
夫人が「この子」というとき、彼女の視線を追った。彩りよく並べられた料理越しに、はちきれんばかりの好奇心に輝く目が、ぼくをじっと見つめていることに気づいた。