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「汝は、ヘレナを苦しめすぎる」

 夢の中で、ヴィオラはそう言ってぼくを責めるのだった。

「苦しめている? ぼくが?」

「ほかに、どのような言い回しがある? 汝も術者の一人なれば、察しもつこうものぞ」

 黒ずんだ、ワインレッドの椅子に、彼女は深々と腰をおろしていた。

 古めかしい作りの椅子は、彼女の体に比べて大きく、いっそうヴィオラを人形らしく見せていた。背景は荒野で、彼方に地平線が横たわっていた。薄明かりを保ったまま、雲のシルエットが不気味に浮き出た空の先に、とても小さな月が、氷片をおもわせて輝いた。

 黒いまっすぐな髪が、先のほうだけカールしている。風が吹いているのに、それは少しも揺れることなく、ただ彼女の指が弄ぶに任せていた。

「ヘレナがぼくの想像以上に、無理をしているというのかい」

 ヴィオラは答えず、ほんの少し眉をひそめた。それだけで、現在のヘレナにかかる負担の重さを、思い知らされた気がした。ほぅ、という、かすかな溜め息を聞いた。

「あの者も、よく顔色ひとつ変えずにいられるものぞ。強いのだな。あの者でなければ、とっくに魂魄が四散しているであろう」

 少女の背中から、黒い闇が湧きだし、瞬く間に背景を覆った。少女は座った姿勢のまま、闇の中に浮かんでいた。闇はゆらゆらと揺れながら前進し、ぼくを呑みこもうとした。

 攻撃!?

 夢と眠りは、闇の精である彼女の領域だ。ヴィオラは夢に侵入して、内部から人を破壊することができる。指輪に封じられた状態では、力も充分には出せまいが、今のぼくを「消す」ことは、不可能ではあるまい。

 叫び声をあげた。目を見開くと、間近でヘレナが覗きこんでいた。

「ここは?」

 間の抜けたセリフだと、我ながら思ったけれど、地獄とやらで目覚めた可能性を、否定できなかった。そこにヘレナがいるのは不自然だけれど。まあ悪鬼というくらいだし、天国で目覚める可能性よりは、ずっとあり得る話だ。

「ご覧のとおり、ベッドの上ですわ。この国の朝は、なかなか快適ですのね。葉叢に覆われて、直接光は射しませんが、そのかわり空に近いせいか、木洩れ日が黄金色に輝きます」

 と、悪鬼らしからぬことを言う。頭の奥に疼痛を感じながら、身を起こした。ヘレナが背を支えてくれた。彼女は小間使いの衣装のまま。

「ご気分はいかがですか?」

「どうにか起きられるよ。お世辞にも、快適とは言えないけど……ヴィオラは、ぼくに仕掛けてきたのだろうか」

「本気では、ございませんでした」

「だろうな。もし本気なら、今頃ベッドの上で目覚めてはいない。あるいは、ヘレナがいなければ」

「ご主人さま」

 手を握られた。小鳥を覆うような、彼女の手のほうが震えていた。ぼくはヴィオラの「忠告」を、思い返さずにはいられなかった。

「お守りいたします。わたくしが、必ず。たとえ闘う相手が、ヴィオラであっても」

 間近で、ぼくたちは見つめあっていた。

 どこかあどけなさを残した黒い瞳が、水辺の黒曜石のように潤んでいた。薄い瞼が閉じられると、さらに顔が近寄せられた。唇と唇が、触れあおうとした瞬間は、彼女はくるりと身をひるがえした。

「お召し物をご用意しておりますわ。さっそくこれにお着替えになって」

 ひらひらと、襞の多い、いかにも着るのが面倒そうな衣装を、悦ばしげに振ってみせるのだ。日頃羽織っている、重たいマントのほうが、どれほど軽快か知れない。ぼくは深々と、溜め息をついた。

「家の中にいるときくらい、勘弁してくれない?」

「なりません。不意の来客がないとも限りませんから」

 と、まただれかみたいな口調で言う。

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