貧民街編2『マイペースの終わり』
賢者帰還から数刻、俺は家で寝ころんでいた。
今頃外では帰還祭が行われている頃であろうが、賢者嫌いな俺からすれば賢者が無事に帰ってきましたよの祭りなんか参加したくない。
そのため、俺はずっと家に引きこもっている。
外の馬鹿騒ぎから隔離された自領域で、マイペースに優雅な時間を過ごす。外のアホどもはなぜこの良さが理解できないのであろうか?
いや、理解した上でみんなで集まって馬鹿やってる方が楽しいと思ったからそうしているのか。
まあなんにせよ、俺は充実した豊かな時間を過ごしていたのだ。
コンコン
...ノックの音。奴が来たな、無視しよう。
コンコン...ゴンゴンゴンゴン
「おぉいやめろぉぉ」
ドアが壊れる。
そうなってしまっては嫌なので、仕方なく出てやることにした。
「やっほーリヒト。遊びに来たよ」
ドアを開けると、耳がキーンとなるほどの元気な声が飛んできた。
やはりお前か、蛮族。
「天下の賢者様が何しに来たんだよ、ユリ」
目の前には、少女が立っていた。
灰色の髪とエメラルドのような緑色の目、賢者の証である赤いマントと、首には賢者勲章がかけられている。
前も説明したが、これが第九賢者、ユリ=フラン。俺の親友だ。
「いやあ、二週間ぶりに帰ってきたから、リヒトに会いに来たんだ」
ユリは、先ほどの問いに答えるよう言った。が、違う。俺が聞いているのはそういうことじゃない。
「...お前、帰還際はどうしたんだよ。賢者が主役の祭りなんだから、お前がいなきゃダメだろ」
俺はちゃんとした趣旨の質問をユリにした。さっきのは俺が言葉足らずだったな、すまん。
「抜け出してきたんだよ。私もともと人混み好きじゃないし。ああ、どうやって抜け出してきたかって話ね。賢者隊の訓練では音や気配を殺して移動する技術を習得させられるんだけど、まあその応用だよ」
すぐさまユリから返答が返ってきた。
しかし、そうじゃない。俺はどうやってここに来たのかを聞いているんじゃない。どうしてここに来たのかを聞いているのだ。
「とりあえず、今日はもう帰れ。俺は寝るのに忙しい」
俺は色々と突っ込みたい気持ちを抑え、ここから出ていくことを指示する。
「ええ~。暇なんだよ、もうちょっと話そうよ~」
「黙れ! 帰れ! 帰って国語の勉強でもしてろ!」
「あ、リヒトは何で賢者隊に正式入隊しないの? なんやかんやもう四年間も特別待遇員やってるけど、身分保障とか給料とか、明らかに正式入隊した方が得だと思うけど」
こいつ、俺が言ったことを無視しやがった。
まぁ、折角だから答えてやる。
「何でもなにも、誰が入るかあんなところ」
「何で?」
こいつ、本当に人の話を聞かないな。
「死にたくないからだよ。治安維持とか言ったら聞こえはいいが、お前らがやってるのは戦争だ。自分が死ぬのも、他人を殺すのも、俺は御免だね」
「でも、ここ千年、賢者隊の戦死者は年十数人程度だよ? 毎年数百人が入ってきてるっていうのに。しかも、決まってそういう奴らは調子に乗って戦地に突撃していく奴ら。魔力という概念がある分他国に対して有利に立ち回れるし、農民や路地裏のチンピラの暴動でどうこうなるような奴が入れるような入隊試験してないから、基本的に上からの指示に従っておけば戦死することなんてないけど、それでも?」
そろそろしつこいな。
「お前は、過去死者がいないからと言って脳みそを抉り出せるのか? 心臓を剣で刺せるのか? 無理だろ。過去千年、死者があまりいないからと言って戦場で死なないという危険はない。実際数人でも死んでんだろ? その分特待員は仕事の選り好みができる。もちろん、一生それでやっていくつもりはねぇよ。給料安いし身分の保証は無いしで、本当に同じ賢者隊なのかと思う程弱い仕事だ。それでも俺らまだ16だぜ? ガキの小遣い稼ぎとしては十分だろ。むしろお前が稼ぎすぎなんだよ。賢者って」
「ふーん、もったいない。リヒトの実力なら賢者くらい成れると思うけどなぁ」
いや、無理だろ。前賢者隊約三万人の目標だぞ? 俺みたいなガキが成れるわけがない。
...いや、ユリが成れてるんだから成れるのか?
「そっか、まぁ、リヒトの意思を尊重するよ。そろそろ時間もやばいし、私は帰るね」
「おう、帰れ帰れ。できればあと一か月は来るな」
「分かった。明日はお偉いさんの護衛任務があるから、明後日また来るね」
ユリはニコッと笑いながら、そう言った。
なんも分かってねぇわこいつ。
その後、ユリはバイバイと言いながら去っていった。
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「リッヒトぉ~」
「よるなくそ兄貴」
ユリが返ってからまた数刻、今度はこっちが来た。
いや、帰ってきた。
こいつはアルト=ハナズオウ。見ての通り第四賢者のあいつだ。
そんで、俺の兄でもある。
ここで、何も考えていないアホな奴は、「え、第四賢者の兄貴がいんのユリはんとも親友だし、むっちゃ自慢できんじゃん最高じゃん」とか思うだろうが、現実はそう甘くない。
まずユリだが、あいつはかなりの自由人だ。いつも何かしら俺に迷惑をかけて回るためあまり自慢できるタイプの奴じゃない。
そして兄貴、アルトのほうだが、
「リヒトぉぉぉお兄ちゃん心配したんだぞぉ、お前が変なことに巻き込まれていないかどうか。俺が留守の間百人くらい護衛つけることも考えたほどには心配してたんだぞぉ。お前に何かしてきた奴いるか? なんでもいい。命を狙ってきた奴から道端で肩ぶつかった奴まで何でも言え。俺が等しく切り刻んでやるから」
とまぁ、もはや狂気を超えたほどのブラコンなのだ。
もちろん、弟としてはこれは大分気持ち悪いわけで、過保護な毒親間満載なのもとても嫌なわけで。
まぁ、気持ち悪さにさえ目をつむれば一応常識の範囲内で俺の言うことは何でも聞いてくれるし、喧嘩とかしないし(俺が一方的に罵倒することはよくあるが)、総合的に見ればいいお兄ちゃん、なのか?
いや違うな。これがいいお兄ちゃんなはずない。
「なぁリヒト、今日は一緒に寝よう。というか寝てください。金払いますんで、マジお願いします」
「.........」
な、どれだけその他の点が高かろうと、気持ち悪さがそれを凌駕してるだろ?
なんかもうこれ以上こいつの相手をしたくないので、俺は無言で自分の部屋に戻ることにした。
はあ、うるせぇな、あいつ。また早く遠征にでも行ってくれねぇかな。
一応、ユリは俺の親友だ。迷惑だのなんだかんだ言ってても実際にはあいつといる時間は嫌いではない。いや、むしろ好きだ。
でも、兄貴の場合は違う。
なんというか、ちゃんと不快だ。
いや、別にそこまでではないやんとか思ってる人いるだろうから、いったん考えてみて欲しい。冗談が通じない愛が重いブラコンに、毎日毎日追っかけられるんだぞ? もう恐怖だろ。
俺ははぁとため息をつき、自室のベッドで本を開く。リビングからはまだ、「リヒトぉ~、一緒に寝てくれよぉ~」という声が聞こえてきていた。
マイペースな生活も、これで終わりかぁ
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同時刻、とある森の隠れ家にて
「アニキ、ハイグリズリーの用意、出来ました」
「よし、やればできるじゃないか。お前ら、作戦の決行日は明日だ。準備しろ」
兄貴と呼ばれた人物は、にやりと、不敵な笑みを浮かべ、ジョリー=カール
そして、ユリフランと書かれたそれぞれの似顔絵に、ナイフを突き立てていった。
「カール家のジジイとその護衛の賢者を、ぶっ殺す」




