第7話 「予算がない」と言いながら、土の話だけ後回しにしてきた街の会議室で
第2部第6話では、「土を戻せ」と言われても、現場の農家には“今日の締め切り”と“今年の暮らし”がある、という感覚を主人公が実際の会話から受け取りました。
第7話では、その視点を「自治体」に移します。
洪水。
干ばつ。
インフラ維持。
福祉。
教育。
限られた予算と時間の中で、土壌や流域の話をどこまで“見える政策”に乗せられるのか。
主人公が、市役所の会議室で、担当者の本音を聞きに行く回です。
「土の話って、結局どの予算でやるんですか?」
その質問を口にした瞬間、会議室の空気が一瞬だけ止まった。
長机。
書類の山。
壁のホワイトボード。
古い灰色のカーペット。
向かい側には、市役所の職員が二人。
防災担当と、環境担当。
どちらも、いかにも「毎日何かしらの締め切りに追われています」という顔をしていた。
『正面から聞いたな』
タブレットの隅で、AIが小さく文字を出す。
「いや、そこをぼかしたまま話しても、第2部的には意味ないからだろ」
俺は、心の中で返した。
第1節 「予算はない」けど、「何もしていない」わけじゃない
「正直なところを言いましょうか」
防災担当が、少し疲れた笑い方をした。
「はい、ぜひ」
「“土の話をどの予算でやるか”って聞かれたとき、とりあえず最初に出てくる答えは、“予算はないです”なんですよ」
「ですよね」
「あ、分かってくれるんですね」
「“ですよね”と言いつつ、そこで話を止めるつもりはないんですけど」
環境担当が、横から入ってきた。
「実際には、“何もしていない”わけじゃないんですよ」
「はい」
「治水のためのダムや堤防の整備もあるし」
「はい」
「洪水の危険地域の指定もあるし」
「はい」
「下水道や排水路の整備もあるし」
「はい」
「森林整備や里山保全に関する予算も、細々とはあります」
「なるほど」
「ただ、“土壌再生”ってワードで一本の予算が立っているかと言われると、“ないです”になる」
「その違いですね」
第2節 「土は農業のもの」という見えない線引き
「さっき、“どの予算でやるか”って聞かれましたけど」
防災担当が、ペンを指で回しながら言った。
「正直、土の話は、長いこと“農業の管轄”っていう空気が強かったんですよ」
「市役所の中でも、ですか」
「そう」
「“土壌改善と言えば、農政課でしょ”っていう感じ」
「なるほど」
「でも、洪水の現場に出るとさ」
防災担当は、少し視線を遠くに向けた。
「どこで水が止まるか、どこで水が流れ出すかって、土の状態と森の状態にかなり左右されるんですよ」
「スポンジか板か、みたいな話ですね」
「そうそう。第4話でやってたやつ」
環境担当が笑った。
「読んでくださってるんですね」
「こっそりね」
防災担当は続ける。
「でも、現場でそれを感じていても、“土の状態を良くする施策”を防災予算の中に直接書き込む発想は、まだほとんど無かったんです」
「“土は農業のもの”って見えない線引きがあるわけですね」
「そういうこと」
第3節 洪水対策の会議で、土は“背景”にされがちだった
「洪水対策の会議って、どんな感じなんですか?」
俺がそう聞くと、防災担当は少し苦笑した。
「だいたい、堤防の高さ、川幅、ポンプの能力、避難訓練、ハザードマップの更新、とかですね」
「土は?」
「“土が削れた結果として、川幅が変わりました”みたいな報告は出てくる」
「はい」
「でも、“土を戻すための何かをやりましょう”という議題は、ほとんど上がらない」
「そこなんですね」
環境担当が補足する。
「農地の管理、水田の貯留機能、森の保水機能、企業の敷地の雨水浸透など、本当は全部“洪水対策”の文脈に入れられる話なんですけど」
「はい」
「会議の時間は限られていて、“今期何をやるか”を箇条書きで出さないといけないので、どうしても目に見えるインフラ側の話が優先されます」
「橋と堤防とポンプですね」
「そう」
「土の話は、“背景として重要です”と報告資料に一行書いて終わりがちです」
第4節 「分かっているけど、時間がない」は、市役所にもある
『“分かっているけど、時間がない”構造、また出たな』
AIが、タブレットの隅に文字を出す。
「農家と同じですね」
俺は、思わず口に出した。
防災担当が頷く。
「正直な話をするとね」
「はい」
「僕ら、市役所の人間も、“土が大事”って話は頭では分かってるんですよ」
「はい」
「でも、“今年度中にやらなきゃいけないことリスト”の中に、それをどうねじ込むか、というところで止まる」
「今年度中」
環境担当が、笑いながら言った。
「予算要求の締め切りがある」
「はい」
「議会の日程がある」
「はい」
「国から降りてくる補助金の枠組みがある」
「はい」
「その中で、“土壌再生のために新しい枠を作ります”って言うには、相当の説得材料が必要になる」
「説得材料」
第5節 「土を戻すと、何が減るのか」を数字で聞かれる
「説得材料って、たとえばどんな感じですか?」
俺がそう聞くと、環境担当が、ペンでホワイトボードを軽く叩いた。
「“土を戻すと、何が減るのか”って聞かれるんですよ」
「何が減る」
「洪水リスクが何%下がるのか」
「はい」
「道路の補修費がいくら減るのか」
「はい」
「下水処理の負荷がどれくらい軽くなるのか」
「はい」
「農業被害がどれくらい減る見込みなのか」
「はい」
「それを、数字で示せと言われます」
「自治体も、結局そこなんですね」
「そう」
「“土が大事です”だけでは通らない」
「でも、“土を戻した結果、洪水リスクが何%減りました”ってデータは、まだそんなに揃っていない」
「……」
防災担当が肩をすくめる。
「だから、“分かっているけど、予算要求に乗せにくい”って話になる」
第6節 「見えない成果」を、年度で区切られる現場
「成果の見え方も、難しいんですよね」
環境担当が続ける。
「土壌再生って、一年で劇的に変わるものじゃないことも多い」
「そうですよね」
「三年、五年、十年単位で変化が出る」
「はい」
「でも、予算は一年単位で区切られる」
「年度で、ですね」
「そう」
「“今年度の成果は何ですか”って聞かれたとき、“土の団粒構造が少し良くなりました”って言っても、伝わりにくい」
「“洪水が起きませんでした”と言えても、それが土のおかげか、たまたま雨が少なかったおかげか、区別がつきにくい」
「成果が“見えないもの”として扱われやすいわけですね」
「そういうこと」
『ここも、“自然の機能を外部化してきた”話とつながるな』
AIの文字が、タブレットに浮かぶ。
第7節 自治体の「締め切り」は、災害と議会と住民
「第6話で、農家の“締め切り”の話を聞いたんですよ」
俺は、少し話題を戻した。
「集荷時間とか、収入とか、暮らしの話ですね」
「読んだよ」
防災担当が頷く。
「こっちにも、“締め切り”は山ほどある」
「たとえば?」
「災害に間に合わせないといけない」
「災害に、ですか」
「想定される豪雨の前に、川の浚渫や堤防の補修を終わらせないといけない」
「はい」
「避難訓練も、風水害シーズンの前にやっておきたい」
「はい」
「そのスケジュールを組みながら、議会の日程に合わせて予算案を通さないといけない」
「はい」
「住民からの要望も来る」
「要望」
「“うちの前の側溝の掃除をしてほしい”、“あそこがいつも水たまりになるからなんとかしてほしい”」
「……」
「それを全部さばきながら、“土を戻すための新しい仕組みを設計する”って、正直かなり重い」
「重いですね」
第8節 それでも、土を洪水対策の“内側”に入れ始めている例
「でも、少しずつ変わってきているところもある」
環境担当が、ホワイトボードに小さく丸をいくつか描いた。
「変わってきている?」
「たとえば、流域治水」
「流域治水」
「川だけじゃなくて、流域全体で洪水を減らすって発想ですね」
「はい」
「水田の貯留機能や、森の保水、都市の雨水浸透、企業の敷地の調整池などを、“治水の一部”として明確に位置づける」
「なるほど」
「その中に、“土を裸にしない”、“都市でも雨水がしみ込む場所を増やす”という発想が、少しずつ入ってきている」
「土が“背景”じゃなくて、“施策の一部”になり始めてるわけですね」
「そう」
「まだ予算規模は小さいし、全部の自治体でできているわけではないけど、“土の話を防災側に引き込む”動きは、少しずつ出てきています」
第9節 主人公は、「土を戻す話を、防災の文脈で書く」という役を見つける
『お前にできることは?』
AIが、また聞いてくる。
俺は、会議室のホワイトボードを見ながら考えた。
「第1部では、“海を冷やす話を、温暖化の文脈で書く”って役をやった」
『そうだな』
「第2部では、“土を戻す話を、文明の文脈で書く”って役をやってる」
『うん』
「でも今の話を聞くと、“土を戻す話を、防災の文脈で書く”って役も、ありかもしれないなって思った」
環境担当が、少し驚いた顔をした。
「防災の文脈、ですか」
「はい」
「洪水が減る話として」
「はい」
「側溝の水たまりが減る話として」
「はい」
「“川だけじゃなくて、上の畑と森と街路樹と校庭の土が効いているんですよ”って話として」
「それを物語にするんですね」
「そうです」
防災担当が、ゆっくり頷いた。
「それなら、うちの会議室にも、少しは届くかもしれない」
第10節 「土を戻すって、危機管理の話でもあったんだ」
会議室を出てから、俺は市役所の階段を降りながら、自分のノートを開いた。
「土を戻すって、危機管理の話でもあったんだ」
そう書いてから、一回ペンを止める。
第2部に入ってから、ずっと「文明」と「地球」と「循環」という、割と大きな言葉で話をしてきた。
でも、今の市役所の会議室で聞いたのは、
「今年の豪雨に間に合うかどうか」
「この側溝の水たまりをどうするか」
「この橋をいつ補修するか」
という、ものすごく小さくて具体的な話だった。
その小ささと具体さの中に、土の話をどう位置づけるか。
それが、第2部後半の一つのテーマになっていく気がした。
土を戻すことは、
地球の話であり、
文明の話であり、
危機管理の話でもある。
第7話は、その中の「自治体と防災」の入り口を見た回として、ここで区切っておく。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
第2部第7話では、第6話で浮かび上がった「誰が何をやるのか」という問いを、自治体――特に防災と環境の担当者の視点から見ました。
大事だったのは、農家の「集荷の締め切り」と同じように、市役所にも独自の“締め切り”があるという点です。
豪雨や台風など、災害シーズンまでに間に合わせなければならない対策。
議会の日程に合わせた予算案の作成と説明。
住民からの具体的な要望――側溝、道路、排水など――への対応。
そうした時間と責任の中で、「土壌再生のために新しい枠を作る」という話を入れるには、いくつかの壁があります。
たとえば、「土を戻すと、洪水リスクやインフラ維持費がどれだけ減るのか」という数字。
年度単位では見えにくい、数年から十年単位の変化をどう評価するかという枠組み。
そして、「土は農業のもの」という見えない線引きを、「防災や都市計画の一部」として越える視点。
こうしたものが必要になることが見えてきました。
同時に、「流域治水」のような、川だけでなく流域全体で洪水を減らす発想の中で、土を“背景”ではなく“施策の一部”として位置づけようとする動きも、少しずつ出てきています。
主人公自身は、「物語を書く市民」として、この構図に直接予算を差し替えるわけではありません。
それでも、「土を戻す話を、防災の文脈――洪水対策、側溝の水たまり、豪雨への備え――の中で語る」ことで、土壌再生を“環境の話”だけでなく“危機管理の話”として共有する役割を、少しずつ担い始めています。
第7話は、“自治体にも締め切りがあり、その中で土の話が背景にされがちだった”という現実と、そこを少しずつ“内側”に入れようとしている動きを読者と共有する回でした。
次回以降では、同じ問いを企業や市民の側に当てはめながら、「土を戻すって、つまり誰が何をやるのか」を、第2部の後半に向けてさらに具体化していきます。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:リアル(Perplexity)
校正・文体調整:G(ChatGPT)




