43話 それぞれの道
目を覚ますと見慣れた天井。
病室か……。
理解した瞬間――視界に一つ影が映り込む。
ふわりと形持つ短い髪が頬を触れた。
「近いです。鈴さん。」
そう言うと鈴は顔を上げ言った。
「おはよっ。騎士団長さんの言う通りだね。起きるのが早いね。……いや、魂の再生が早いのかな? もう光を取り戻してる。」
「その魂ってなんですか?」
「魔法とは違う力なんだけど。逸理って言ってね。私は魂を知覚出来るの。」
「すごいじゃないですか。」
「良いものじゃないよ。人によって違うけど、必ず代償がある。私は常時発動の代わりに脳に負担がかかって、早死にするんだって。」
「そんな……。」
「そっ。だから今を全力で生きる事にしたの。だから、ニケさんのことは本当に残念だよ。」
「助からなかったんですか?」
鈴は小さくコクリと頷いた。
「美雪は……。」
……そうだ。忘れてた。どうしてだ。
「あの子は無事だよ。」
良かった。
「でも精神が不安定で、寝ては泣いてる。ケアもできない状態なの。」
「会わせてください。」
「分かったわ。」
カーテンを避け医療室の奥へ進む。
見えてきたのは一つの扉。
鈴さんが扉を開ける。
両脇に扉が並ぶ廊下が続く。
「ここは?」
鈴さんに質問する。
「個室の病室だよ。」
窓はないが暗くはない。瓶の中の炎が照らしていた。
扉の前で鈴さんが立ち止まる。
ノックを三回するが返事はない。
鈴さんが扉を開ける。
部屋に入ると大きな窓が目に入った。
日光が差し込む中、ベッドで美雪が眠っていた。
頭の怪我が、治ってる。
「良かった。」
溢れた言葉だった。
「仲が良かったの?」
鈴さんが問う。
「いえ、話すような仲ではなかったです。」
「そうなの? でも必死だったんでしょ?」
俺は一瞬考え込んだ。
「はい。でも多分、他のクラスメイトが同じ立場だとしても同じ行動をしたと思うんです。」
「クラスメイトが大事ってわけか。」
一瞬、日本の家がよぎる。
「そう…なんでしょうね。」
「自分の居場所は大切にしなよ。きっと後悔する。」
鈴さんは窓から外を見ながらそう言った。
「もし、日本に帰るつもりでも、今を大切にしなよ。ちょっとだけ人生の先輩からのアドバイスだぞ。」
「ありがとうございます。」
一言、そう返す。
日本に帰る……か。俺は今、何処を目指してんだろうな。
すると、突然。
毛布がガサリと動く。
美雪が起き上がった。
「ごめん、ごめん。……私は見捨てた。だから、だから、殺して。亜樹……。」
弱々しい声で美雪はそう言った。
瞬間、胸が締め付けられる。
美雪に近づく。
見向きもされない。
姿勢を落とし、両手で顔を掴む。
そのまま顔を近づける。
「亜樹のことを忘れろ。お前の仲間はクラスメイトだ。クラスメイトのために動け。俺らはお前を守る。」
美雪はどこか安心したような顔を見せ、また眠りについた。
俺は立ち上がった。
親父……。俺、決めたよ。新しく出来た仲間のために俺は生きるよ。
――――
日が落ち暗くなった頃、エルは家の玄関を開けた。
暗い部屋で、息も忘れて立ち尽くす。
……苦しい。
息を吸った瞬間、涙が溢れる。
泣いた。声は出ない。後悔が喉を塞ぐ。
――周囲の家の明かりはもう消えていた。鳥の声が耳を刺す。涙は枯れていた。
目の前で、突き刺された瞬間を鮮明に覚えている。
自分への怒りと、あの男への怒りが、頭を塗り潰す。
「あいつらは……絶対に許さない。俺が殺してやる。」
朝日が昇る頃、王国の門の外に二人の男女が門番と話していた。
男は深くフードを被り、女は松葉杖を突いていた。
「ありがとうジル。いつになるか分からないけど、帰ったら皆で飲みにでも行きましょう。」
「その時は奢ってください。アーサーさん。」
ジルはそう言うと松葉杖を突いた女性――アーサーがニコリと笑う。
「茂くんも気をつけるんだよ。」
「はい。ありがとうございます。」
「それにしてもゴールドランクの上位の二人が強くなる旅に出るなんて言い出すもんだからびっくりしたよ。」
「すいません。ペンダントの力まで使わせてしまって。」
「いいさ。強さを求め、それが実るのは若い内だけだからね。どうか生きて帰ってくるんだよ。」
「はい。本当にありがとうございます。それでは」
茂がそう言い終わったその瞬間、城門の広場に声が響く。
「待てよ。その旅、俺も連れて行け。」
茂が振り返り言う。
「待ってましたよ。しかし、良いのですか?レンくんとの別れができてないんじゃないですか?」
「いいんだよ。きっとまた会いに行く。それまでお別れだ。」
エルの目に迷いはなかった。
「そうですか。それでは生きましょう。またこの国に帰ってくるために。」
こうして、彼らは静かに国を出て行った。
――日は昇り、人々が働き出した頃……
ドンドンドン!
一つ、扉が強く叩かれる。
返事はない。
「はぁ……。」
小さなため息をついて少年が扉を開いた。
「やっぱり開いてる。」
横にいる少女に合図を送ると少年は部屋に足を踏み入れた。
迷いなく進む。
リビングに置いてあるソファで足が止まる。
グガァ、グガァ……。
いびきをかく男の姿を見て再び少年がため息を吐く。
一拍置いて少年は拳を振り落とす。
家中に悲鳴が響き渡った。
――
「成程……。自分達が力不足と感じたからまた鍛え直して欲しいと……。」
「はい。師匠、俺ら、強くなりたいんだ。」
「この二ヶ月、一度も顔を出さずやっと来たと思ったら友人に置いてかれているから鍛え直して欲しいだ?」
男は目を瞑る。静寂が続く。
「いやだ。」
「会いに行かなかったのは申し訳ないと思っております。どうか! どうかお願いします!」
少年が頭を下げると続けて横に座る少女も頭を下げる。
「お前、さっき俺の腹殴ったろ? くそ痛かったんだが?」
「本当に、本当に申し悪かったと思っております!」
男はその光景を見る。
ニヤリと口角を上げ、言った。
「甘いもん買ってこい。」
「具体的には?」
「この世界の甘いもんなんて限られてるだろ。そうだな。クレープとかどうだ?」
「あのすいません。師匠……。そのクレープというのはなんですか?」
少年はキョトンとした顔で尋ねる。
「冗談だ。ハチミツでいい。今切らしてるんだ。」
「分かった。買ってくる」
そう言い、二人はソファから立ち上がる。
「あの……師匠? お金の方は?」
「何言ってんだ? 自腹に決まってるだろ?」
「ハチミツなんて高級品、高くて買えねぇぞ。」
「あのなぁ、ルーク、人に何かを頼む時はそれ相応の物を持ってくる。当たり前のことだぞ? それにお前らは学園都市に入学したんだろ? 金くらい余るほどあるだろう?」
「ねぇよ。学生舐めんな。それになんだよ。 後ろのそれ、金貨が沢山転がってんぞ。いつも貧乏だったクセにどうやって手に入れた?」
「あぁ、これな。昨日な北門前で賭け事やっててな。大勝ちしたんだ。」
「……やっぱ、あの時の気配、師匠だったのか。」
「いいから早く買ってこいよ。」
そう言い二人は追い出される。
「もし作れるならチョコミントでもいいぞ。」
玄関が閉まる直前、師匠はそう言った。
「チョコと……ミント?」
ルークと杏は玄関の前で少し考え込むのだった。
――太陽が天頂に昇った頃、ルーク達はハチミツがいっぱいに入った瓶を手に持ち扉を開ける。
「ししょ〜買ってきたぞ。」
しかし、返事がない。
ルークはまた寝てるのかと思ったが、姿はない。
「帰ってきたか? それじゃあ早速それよこせ。」
背後から声がする。振り返ると、玄関に師匠の姿かあった。。
「何処にいたんだ?」
「庭だよ。修行すんだろ? やってやる。」
庭に移動する。
「昨日のゴールドランクの真似事をしようか。二人同時にかかってこい。あと5日間、お前らが学園に戻る日までに一度でも俺に触れてみろ。それが修行だ。寝込みでも便所の時でもいつでもいい。」
直後、拳が師匠に迫る。
次の瞬間、ルークは地に伏せていた。
「だが、俺はあのゴールドランクみたいに甘くはない。手加減はしないし、わざと捕まることもしない。」
師匠の目つきは獲物を狩る目だった。
「殺しはしない。覚悟しろよ。」
こうして、ルークと杏の地獄の5日間が始まった。
――インターン編完――
「そうか……。ニケが死んだか。連絡ありがとう、また連絡する。」
窓のない、薄暗い書庫。
その部屋の奥の机に一人。
「それにしても、魔力で欠損した部位の修復……。にわかには信じられないな。レン、か。」
人影が口角を上げる。
「いつぶりかな? 英雄グアンと連絡を取るのは……。」
上がった口角はやがて笑いに変わり薄暗い部屋に笑い声が響いた。
新章 魔女の森編




