第19話 行事があると急にカップルって増えるよね
――林間学校2日目
五織、遥、四暮、澪、二麻の5人といういつものメンツはウォークラリーのチェックポイントにて歌を歌わされていた。
このウォークラリーでは各ポイントに担当の先生がおり、先生が出すお題に答え、ポイントを集めていくというゲームだ。
今五織達は、音楽の先生が出してきた"仲良く歌を歌う"というミッションにて五織が好きな『Happy End』を熱唱し、スタンプを貰った。
「いいですね、特に橘さん! 歌がお上手ですね!」
「そうですか?」
音楽の先生がそう二麻を褒めると二麻はえへへと頭に手を回して照れたように見せる。
「カラオケでも上手だったもんね! 二麻ちゃんってなんか音楽やってたりしたの?」
「……まぁ。ピアノを少しな。もうやめたけど!」
「へぇ! ピアノ! 私は手が追いつかなくて辞めちゃったけどすごいね!」
「なんだ、澪もやってたんだ?」
「うーん、体験レッスンで2週間で辞めちゃったからやってたと言ってもいいものかわからないけど」
「それはやってないのと同じかも」
「だよねー」
「中学のときはサックス吹いてたんだっけ?」
「そう!」
女子2人が楽しそうに話しているのを後ろで男子3人が見守るように聞いていた。
「五織は音楽とかやってたの? カラオケも上手いよな」
「いや、俺は習ったりとかはしてない。父親のギターを借りて遊んでたりはしてたけど」
それもこれも菜月に勝つために練習していたのだが、楽器は大抵お金がかかるので、五織が扱えるのはそのギターくらいなものだ。
「遥は中学の時に文化祭でベースやってたよな」
「そうだね。友達に無理やり誘われてだから、2曲くらいしか弾けないけど」
「俺、最近電子ドラムやってんだ、もしかしたらこの5人でバンドとかできそうだな!」
「アンタがドラム? 楽器に隠れて見えなくなっちゃうんじゃない?」
「うっせぇな! それまでに背伸ばすんだよ!」
「あっそ、期待しないでおく」
「んだとコラ」
「やんのかコラ」
「はいはい、絡まないの」
またいつも通り口喧嘩が始まりそうになると、澪が仲裁に入る。そんなやり取りをしていると、ふと四暮は視界に映った人影を見て手を振り出した。
「灯さん! こうた〜!」
すると、向こうも四暮に気付いたようで小さく手を振った。四暮が駆けていき、五織達もすぐその後を追う。
「なんだ! 目的地一緒だったんですね!」
「そうみたい。そっちはお友達?」
「はい! 俺の友達です!」
四暮が手を横に出して元気よくそう言うと「五織です」「遥です」「澪です」「二麻です」と皆んな小さく会釈して挨拶をする。灯もまた同じように小さく会釈して挨拶すると、俯いたままのこうたに「ほら」と呼びかける。だが、こうたは俯いたまま動かず、五織達は顔を見合わせた。
「どうした! こうた。元気ないじゃん」
四暮が俯くこうたを覗き込むように笑顔を見せると、ようやくこうたは少しだけ顔を上げた。
「しぐれ……」
「おう、四暮だ!」
何か言いたげに口を開こうとしたこうただったが、ブンブンと顔を横に振った。
「なんでもない」
「……そうか?」
「四暮。それで灯さんは四暮の知り合い?」
「ああ、言ってなかったか」
遥が説明するように促すと四暮は下げていた腰を上げて、灯とこうたの横に立った。
「サービスエリアで助けてもらったんだ! ほら、俺めっちゃ車酔ってさ」
「あー! だから元気よくなってたんだ!」
「……? そうなん?」
五織以外の3人は首を傾げ、その反応に四暮も五織も苦笑いする。「ま、とりあえずお世話になった人だよ」と四暮は言うと、灯の方を向いた。
「昨日からいたんですよね? 今日帰りですか?」
「……明日帰ろうと思ったんだけど、もしかしたら今日の夜には帰るかもなの」
「そうなんですね! だからかぁ? こうたが元気ないのは〜?」
そう言って四暮はまた腰を下げて、帽子に隠れるこうたの顔を見ようとする。
「……つがいなければ」
「ん?」
ボソッとこうたが呟き、四暮は全部を聞き取ることはできなかったため聞き返そうとするも、こうたは黙ったまま動かなかった。
すると、灯が声をかけてきた。
「四暮くん、また会えて嬉しかったわ。こうたがこんな感じでごめんなさいね」
「いえいえ! 僕は気にしてないです!」
そうして、四暮はこうたに手を小さく振って
「また会おうな」
とニコやかに笑顔を浮かべた。
「こんなこともあるんだね〜」
「まぁあのサービスエリアにいたってことは目的地が被っててもおかしくないだろうな」
「とりあえず、次のチェックポイントに急ごう。あんま遅いと夕飯の時間がなくなる!」
「もうこんな時間なんだ。急ごうか」
五織は腕時計を見て、時間を確かめてそう言うと、四暮にも声をかける。だが、四暮は灯とこうたが歩いて行った方を見たまま動かないでいた。
「四暮?」
「ああ、わりぃ。急ぐか!」
四暮は歩く4人に追いつくと、募らせる不安を隠すように笑顔を浮かべた。
『あいつがいなければ』
こうたが確かにそう言った気がした。
▶︎▷▶︎
時は1日目の夜に遡る
五織達のいる男子部屋ではひとしきり大富豪で盛り上がったあと、女子部屋と同じく恋バナをし始めていた。
「明日のキャンプファイヤー誘われたやついるか?」
「誘われたって?」
Dクラスの赤髪の言葉に五織がそう聞き返すと「あれ? 知らんの?」と呆れたように聞き返された。
「ジンクスだよジンクス。キャンプファイヤーを見ながら誰にも気付かれず5秒間手を繋いだら、一生結ばれるってやつ」
「あー、そういうのがあるのな」
五織は興味なさそうにそう答えた。五織はこの手の神頼みみたいな話が苦手だった。それこそ異世界に行くまでは信じてしまっていた部分があったが、異世界での生活で神には散々振り回されたため、辟易していた。
「五織は興味ない感じ?」
「まぁなー」
「まぁ五織は彼女に困んなそうだもんな」
「え? そんな感じに見えるか?」
「? ……違うのか? 今まで彼女とかいたんだろ?」
「いないけど……」
「でも告られたことはあんだろ?」
「それはまぁ」
「もったいね!」
確かに告られたことはある。小学校のときも中学校のときも。だが、そんなことよりも菜月に勝つことに夢中になりすぎて彼女を作る余裕なんてなかった。
(今思えば、ずっと七瀬が好きだったってことじゃん)
好きであるという気持ちに気づいたのはここ最近のことではあるが、菜月に勝つために他の子を見向きもしなかった時点で、もうずっと菜月が好きだったのだと気づいて五織は急に恥ずかしくなる。
「イケメンのくせにもったいねー。俺だったら色んな子に声かけてるわ」
「そんな軽々しい態度取れるかよ」
「はー、中身もイケメンで。そりゃ皇もなぁ?」
「? ……なんの話?」
「あ、やべ」
Dクラスの赤髪の男が口を抑えると、黙っていたDクラスの緑髪の男がハァとため息をついた。
「皇さんって美人で有名だよね」
「あー! Cクラスのな!」
そこに遥が助け舟を出すと、四暮は意図もなく声を出した。
「緑英1年美人四天王の1人だもんな」
「なんだそりゃ」
「五織って意外と何も知らないんだね」
「うっ……」
「俗っぽい話に慣れてないんだな。意外」
「くっ……」
「四天王ってカッコいいな!」
「四暮が入ってくるとややこしいから黙ってて」
Dクラスの男子に追い詰められ、珍しく遥が悪ノリして五織を追い詰める図であるが、四暮の能天気に五織は助けられる。
「それで? 四天王がなんだって?」
「Aクラスの三宮寺澪、Bクラスの周防一縷花、Cクラスの皇奏乃、Eクラスの木野柚葉だよ!でも木野は内田と付き合い始めてしまった……」
「へぇ」
説明してくれたサッカー部の黄色髪はどうやら木野さんを狙っていたらしく、悔しさに涙を浮かべていた。
(やっぱり、澪さんってモテるんだな)
四天王とやらで唯一五織の知っている名前が出てきたが、改めて彼女がモテる子であることを再認識する。
「てか、Dクラスは入ってないのかよ」
五織がそう突っ込むと、「あー」と緑髪の男子が頬をかいた。
「でも、七瀬さんも美人だよね。無愛想だからあまり言われてなかったけど、今日のドッジボールで目立ってたし。ほら、三つ編みしてて、顔もいつもより柔らかく見えてたし、男女ともにファンが増えたっぽいよ」
「確かに七瀬さんも美人だよな! なぁ? いお――」
四暮がいつも通りの調子で五織に声をかけようとするが、五織の険しい表情を見て発言を止めた。
(七瀬が美人??そんな評価聞いたことなかったぞ。いや、アイツがそれなりに可愛いのは前から知ってたし、三つ編みも似合って――いやいや、そうじゃない。そんなことより七瀬にファン?あの朴念仁に?てことは告白とかされるわけで?でも七瀬が頷くなんて到底思えないし、いやわかんねぇ!今のアイツは友達のことになるとチョロそう。変なやつに絡まれるとかは全然ありそうだし、あ、でもアイツなら簡単に投げ飛ばせるか。いやぁでも――)
五織は頭をフル回転させてその状況を思索する。今まで1ミリも考えたことがなかったが、確かに菜月はそれなりに美人であり、勉強も運動もめちゃくちゃにできる。後はあの愛想すらどうにかなれば友達なんて簡単にできていたはずなのだ。だが、友達ができるということは菜月の魅力に気付く機会が増えるということにもなる。そうなれば、菜月が誰かに取られることだってあるということになる。
「五織? 大丈夫かー?」
「あ……ああ」
全然大丈夫ではないが、五織はとりあえず返事だけすると「もう眠いから寝る」と言って顔まで布団を被せる。
「でもそうなると五天王だな!」
「なんか言いにくいからそれは無しで」
「彼氏できちゃったし、木野さんを抜いて新たな四天王?」
「いや、彼氏ができたところで木野の可愛さは変わらない」
「そうですかい」
「てか、橘さんも美人じゃね? お前らのグループ美人2人引っ提げてずるいぞ」
「あれが美人……? 凶暴過ぎるぞ」
「でも橘さん、中村に告られたらしいぞ。速攻で振ったって」
「ほーん。物好きもいるんだな」
「四暮……その言い方は」
そんなやり取りが布団の外から聞こえてくるが、五織の思考は菜月のことでいっぱいいっぱいだった。
▶︎▷▶︎
そして話は2日目の夜――キャンプファイヤーの前に戻る。
五織は昨日の夜、赤髪が言っていたことを思い出し、そういうことかと納得する。
「あの……五織くん。良かったらキャンプファイヤー、一緒に見ない?」
奏乃は顔を赤らめて辿々しくそう言うと、五織は「えっと……」と戸惑うように頬をかく。
彼女は昨日のドッジボールで菜月の豪速球から守った子だったのだ。まさかそんなことでと五織は思ったが、奏乃の様子を見るに本気のようだった。
ここで断るのは簡単だが、別に告白されたわけではない。でも昨夜のジンクスを聞く限り、告白されたも同然と言えなくもない。
「俺、皇さんのことあんまり知らないんだけど」
「これから知ってくれればいいかなって。だからキャンプファイヤー中、ちょっと話せたら嬉しいんだけど」
(……やべ。ミスった)
話せたら嬉しいと、そう言われてしまうと断る理由が五織にはない。それにジンクスがどうのこうのあるとはいえ、誰にも気付かれず手を繋ぐなんて、互いに好意がないとそもそもできないのだ。だったらキャンプファイヤー中、一緒にいるくらいなんてことない事のはずだ。
「そうだね。確かに。そしたら一緒に見ようか」
「ホント?! 嬉しい!」
奏乃は満面の笑みを浮かべ、五織もつられて微笑する。それだけで彼女が四天王やなんやらと言われている理由がよくわかったと五織は思った。
――四暮が行方不明になったと五織が知ったのは、それから4時間後のことだった。
お読みいただきありがとうございます!
日常パートも終わり告げ……まぁそういうことです。
「次回、五織死す!デュエルスタンバイ!」
(言いたかっただけ)