第20話 それは優しさじゃないよ
炎がパチパチと燃え、その炎を囲むようにして生徒達はまばらに集まっている。
一応、このキャンプファイヤーは自由参加であり、参加希望していない生徒は旅館で寝てるか遊ぶかである。クラスの女子生徒達は「なんでお風呂入った後にやるんだ」と怒っていたが、タイムスケジュール的にこの時間にやるしかないそうで、それが嫌なら参加しなくていいということになっている。
だが、このキャンプファイヤーはこの林間学校のロマンチックなメインイベントなため、ほとんどの生徒が参加しており、灰の臭いがつくのが嫌なのか、女子生徒は遠くからその炎を見て談笑をしている。
そうでなくても炎は結構な大きさになっていて、ふざけて近づいていた生徒が「熱い!」と声を上げており、ふざける男子生徒→男女混合のグループ→女子グループ、男女カップルといったような感じで炎を中心に層に分かれていた。
「なんか肌寒いと思ったけど、炎を見てるとあったかくなってくるね」
五織は奏乃と一緒にその層の一番外側でキャンプファイヤーの炎を見ていた。
「確かに、過ごしやすい感じ。寒いと思ってジャージ持ってきたけど要らなかったよ」
「あ……」
五織の言葉に奏乃は少し間の抜けた表情を浮かべたあと残念そうな顔を浮かべた。
「どうした?」
「……いや、なんかやっぱりちょっと寒いかも」
「そしたらどうぞ。まだ着てないし」
そう言って五織はジャージを広げて奏乃の肩にかけてあげる。すると、奏乃はかけてもらったジャージの襟をくいっと寄せて
「……ありがとう」
と心なしか顔を赤らめた。
(あれ……いい感じになってきてしまっている)
雰囲気に流されてしまっているきらいがあるが、五織はいやいやと首を振る。
(あくまで親切心だ。親切心)
たとえ、澪や二麻がそう言っていたとしても五織は同じようにしていたと思うし、そこに下心があるかないかで言えば全くない。
だが、そんなことは傍から見れば同じであり、こちらをチラチラ見ている女子達は「キャーキャー」と小さな声で騒いでいた。
(……完全に外堀が埋められてる)
そこでようやく五織は自分がやったことの軽薄さに気付く。手を繋がなければいいのではない。もうそこにいる時点でカップル認定されているのと同じことなのだ。
実際、二麻は五織が奏乃とキャンプファイヤーを見ることを伝えると、「へぇ」とニヤけ顔を浮かべていた。
(七瀬に知られていないといいけど)
五織は一縷の望みを浮かべる。それはもうほとんど浮気している奴の思考だが、五織はいやいやと自分に言い訳をしては、この状況をどうしようと考えていた。
「五織くん?」
しばらく黙っていたのが気になったのか、奏乃は五織の顔を覗き込むと「ああ、ごめん」と五織は思いついたように言葉を発した。
「皇さんって何部入ってるの?」
「私は吹奏楽に」
「吹部かー。あ、楽器当ててみようか?」
「えー、絶対無理だよ?」
「無理ってことはマイナーな楽器なんだね」
「そうだね」
五織は「んー」と考えたようにして、
「ユーフォニアム」
そう言うと、奏乃は驚いた表情をして、目を輝かせた。
「なんでわかったの?!」
「さぁ、なんとなくだよ」
本当はドッジボールで助けたとき、彼女が横に置いていた水筒の柄がユーフォニアムだったことを思い出しただけだった。
おそらくトランペットとかならそこまで気にしてなかったが、「ユーフォニアムの柄なんてあるんだ」と思ったのが記憶に残っていたのだ。昼間に楽器の話をしたのも記憶残っていた理由の一つかもしれない。
「なんか運命感じちゃう」
奏乃はボソっとそう呟く。呟いた彼女の横顔はなんだか色っぽくて、つい五織もドキッとしてしまう。
「なんでユーフォニアム選んだの?」
「んー、始めたのは中学の部活でなんだけど、パートが余ってて。なんか音の響きも好きだったから」
「ユーフォニアムの音色が?」
「ううん、ユーフォニアムって名前が」
「あ、そっち?」
どうやら奏乃は少し抜けているところがあるらしい。そのやりとりに五織はつい笑ってしまうが、奏乃は少し不服そうに首を傾げた。
「五織くんは写真部なんだよね。林間学校にはカメラ持ってきてないの?」
「部の備品だから壊したらまずいなぁって思って持ってこなかったんだ。写真だけなら先生達が撮ってくれるし」
「あれ? でも七瀬さんはカメラ持ってたよね?」
「ああ、七瀬は私物なんだ。お父さんのものらしい」
「そういうことなんだ! でも七瀬さんあんなに運動できるのに写真部なのが意外」
「だよなー、俺もそう思う。昨日のドッジボールなんてアイツの独壇場だし、昔を思い出したよ」
「昔?」
「そう、小学校のとき。そのときもドッジボールだったんだけど、七瀬がいるチームが絶対勝っちゃうから七瀬は投げられるのは5回までとか制限がついちゃってさ。それでも絶対に5人はあてるし、ボールは取るしで、最終的には負けてるチームに数分だけ召喚される最終兵器みたいな感じになってて」
「そっか、五織くんって七瀬さんと幼馴染なんだよね」
「まぁ幼馴染って言っても友達認定されたのは昨日のことなんだけどな」
「そうなの? 五織くんの喋り方的にはもっと親しげな感じだけど」
奏乃の言葉に五織は「ハハハ」と乾いた笑いをする。
「七瀬はさ、ずっと前を向いてるんだ。それが暗い道でも辛い道でも、たった一人で。ずっと前を向いて走ってる」
五織はいつかの夜を思い出す。不安だらけで戸惑いと焦りに襲われる自分の手を強く握って、その震えを抑えてくれた。引っ張り導いてくれた彼女の後ろ姿を。
「アイツは周りなんて全く気にしないから、多分意識してるのはずっと俺だけで」
学年2位になろうと、運動で張り合おうと、全く意識されず、なんなら顔すら忘れられていて。やっと話せたと思ったら五織に関する記憶は全て無くなって。
「だからいつか絶対にアイツを負かせたい。お前が走ってる道には俺がいるんだって言ってやりたいんだ」
五織がそう言い切ると、奏乃は小さく頷いた。
「そっか。五織くんは……あのとき」
奏乃は俯いて顔を横に振ると、顔を上げてニッと笑ってみせた。
「私って意外と諦め悪いんだ」
「え?」
「手出して」
戸惑いながら五織は言われた通り手を出すと、奏乃はその小さな手を五織の手のひらに添えた。
「……5秒」
小さな沈黙が奏乃の呟きによって終わりを告げると、五織は思わず添えられていた手を離した。
「経ったよ」
そう言って奏乃は悪戯に笑い、べっと舌を出した。
「また明日ね! 五織くん!」
呆気に取られた五織はクラスメイトの元に戻っていく彼女の後ろ姿を見ていることしかできなかった。
▶︎▷▶︎
キャンプファイヤーが終わり、各自が部屋に戻っていく中、五織は自販機でお茶を買うと言って外に出ると、自販機の横にあるベンチに腰をかけ、ハァとため息をついた。
「……情けないな」
空を見上げればたくさんの星が輝いており、都会では見れない綺麗な夜空に手を伸ばした。すると、その視界の端にお茶のペットボトルが映り込んだ。
「飲み物買うんじゃないの?」
「……遥」
遥は柔和な笑みを浮かべると、手に持ったお茶を五織に渡す。今夜は冷え込んでいるから渡されたお茶の温かさが心地良く、飲まずにコロコロと手の上で遊ばせる。
「あ、お金」
「いいよ、なんか悲壮な表情を浮かべてたから、友達からの奢り」
「……さんきゅ」
そうお礼を言うと、遥は小さく頷き、手に持ったもう一本のお茶を開けて飲み込むと、ハァと白い息を吐いた。
「皇さんとは上手くいかなかったの?」
「上手くいかなかったっていうかなんて言うか。どっち付かずな俺に皇さんが助けてくれたって感じかな」
「ふーん、五織って意外と優柔不断だよね」
「言ってくれるなって。反省してんだから」
「それじゃあ、七瀬さんに告ったりするの?」
遥の発言に五織は驚いた表情を浮かべて言葉を失っていると、遥はニヤッと笑った。
「気付いてないとでも思ったの? 流石に見てればわかるよ。多分、二麻も。澪と四暮は気付いてなさそうだけど」
「いやでも……」
五織はいつか遥に菜月のことを聞かれたことを思い出す。あのときの遥は五織のそういった想いには気付いていないような雰囲気だったし、今となってはその事も無かったことになっている。
それに、菜月が記憶を無くしてからというもの普段の会話で菜月の話が出てくることは少なく、あってもテスト前に少し熱を燃やしたくらいだ。それなのに、遥は五織の気持ちに気づいていると言う。
「テストで勝ちたいとかの話をしてるときは、ライバル意識みたいな感じかなーって思ってたけど、よく七瀬さんのこと見てるし、サービスエリアでも仲良さそうに話してたし、あと昨日の夜の反応。あれが確信だったなぁ」
「よく見てる……? てか、サービスエリアのとき見てたのかよ!」
「うん。五織が話聞いてない時は大体近くに七瀬さんがいるし、サービスエリアのときもいつもよりずっと口角が上がってたよ」
「うっ……」
「わかりやすいなぁ」
遥はクスクス笑ってズレてしまった銀縁のフレームをカチャリと上げる。
「五織は結構顔に出てるから澪が気づくのも時間の問題じゃないかな? まぁ四暮は言わなきゃ気付きもしないと思うけど」
「……マジかぁ」
五織は恥ずかしさに手のひらに顔を埋める。お茶を握っていたおかげでほのかに温かい。
「因みに皇さんはどうなの? 結構噂になってるけど」
「どうって……良い人ではあるけど付き合ってないし。今は付き合うとかも考えられない」
「今はってことはもしかしたらあるってこと?」
「……言わせんなよ」
「五織、それは優しさじゃないよ。ただの優柔不断」
遥は五織を逃さない。曖昧に回答しようとする五織をじっと見て、その銀縁のメガネの奥の瞳に映し出される。
そして、五織は一度目を瞑り、力強い眼差しで言った。
「……ないよ。俺が好きなのは七瀬だ」
「そっか。なら、ちゃんと言わないとだね」
遥はいつもの柔和な笑みを浮かべると、スッとベンチから立ち上がった。
「流石に皆んなに気付かれるからそろそろ戻ろうか」
「そうだな」
五織も立ち上がり、ベンチに置いたお茶を持ち上げた。さっきまで温かかったお茶は今はもうぬるいくらいになっており、山奥の寒さを身に感じる。
「遥、ありがとう」
「どういたしまして」
ぐらついていた五織の心は遥によってキュッと引き締められた。
(皇さんにちゃんと言わなきゃだな)
そう心に誓って、五織と遥は自室に戻る。今日はキャンプファイヤーがあったからもう既に部屋は薄暗くなっていて五織と遥はそれぞれの布団に潜った。
「なんだ、戻ったのか」
それに気づいたのか、赤髪が小さな声でそう言うと「ああ」と五織と遥は答えた。
「……あれ? 四暮くんは? 一緒じゃなかったの?」
「え?」
五織はバッと布団を上げると、部屋の明かりをつける。本当なら五織の隣に四暮がいるはずだが、そこには誰もいなかった。
「遥。四暮っていつからいない?」
「……えっと、キャンプファイヤーのときには。いや、いなかった。多分お風呂の頃からいない?!」
「そうなると夕飯の後ってこと?」
ウォークラリーから帰ってきて、荷物の整理と夕飯。その後お風呂だったが、そのときに五織は奏乃に呼ばれてお風呂に入ったのは最後の方だ。てっきり遥たちと済ませたとばかり思っていたし、キャンプファイヤーも遥と一緒にいたと思っていた。
「僕はしばらくバスケ部のみんなといたから、四暮もてっきり別の人といるのかと」
遥も五織と同じく別の人といたらしく、今の今まで気づかなかったようだ。
「もう4時間は経ってる……」
壁にかけてある時計を見れば、時刻は10時を過ぎており、完全に消灯の時間だ。
「どうする?」
緑髪が困惑した表情で五織に問うと、五織は小さく頷いた。
「とりあえず、先生に言おう。もしかしたら四暮が帰ってくるかもしれないし、Dクラスの皆んなはここにいて」
「わかった」
▶︎▷▶︎
「さっき点呼の時確認したろ?」
「……すみません、先生。俺たちちょっと外に出てて」
キャンプファイヤーのあと、班長の緑髪が点呼をして先生に伝えに行っていたのだが、五織と遥はその際に抜け出していたため、緑髪が気を利かせて全員いると言っていたのだろう。
五織たちが謝罪すると、先生は頭をわしゃわしゃとかき乱した。
「いや俺が確認を怠ったのが悪いな。とりあえず、東城のことは承知した。先生たちに任せてお前らはもう寝ろ」
「でも……!」
「気持ちはわかるが、いかんせんここはかなり広いうえに電波も繋がりにくい。お前たちまで迷子になったら困るだろ?」
「……はい」
五織と遥は納得したように返事をすると、先生は柔らかな表情を浮かべた。
先生に部屋まで送られて、自室へと戻った五織たちは布団へと潜る。
「それで?」
「……捜しに行くよ」
数分が経って、部屋の前に先生がいなくなったとわかると、五織たちは布団から出てジャージを羽織る。
「あ、俺のやつ皇さんに貸しっぱなしだ」
「そしたら俺の使えよ。その代わり帰ってきた後、皇の件に関しては根掘り葉掘り聞かせてもらうぞ」
「……さんきゅ」
五織は赤髪の男子のジャージを羽織り、遥と一緒に静かに部屋から出た。流石に正面出口から出るわけにはいかないため、裏口の方に回り、一階の廊下の窓を開けてそこから飛び降りた。
「あてはあるの? 五織」
「全くない。だから二手に分かれよう」
五織はポケットから出したライトを光らせ、今日のウォークラリーで使ったマップを照らした。
「俺は山頂の方から回るから、遥はその逆回り。麓から捜してくれ」
「了解」
「それじゃあ、また後で」
2人は拳を打ち合うと、それぞれの方向に駆け出した。
▶︎▷▶︎
草木を掻き分け、五織は道から少し外れたところを駆けていた。ここまで来るのに何人かの先生を見かけて、先生たちも捜してくれていることに安堵するも、自分が見つかるリスクが高まっていることに焦りを覚える。
(タイムリミットは1時間が限界か)
5回の試行を使えば、すぐに解決するかもしれないが、そう簡単に使用したくないのが五織の本心だ。
そもそも何度も経験してきたとはいえ、死はそうそう受け入れられるものではない。
それに今回は四暮が行方不明になったとはいえ、まだ最悪の状況とは呼べる状況にない。ただの取り越し苦労である可能性もまだあるのだ。
それでも五織は後1時間とタイムリミットを決め、もしその時間内に見つからないならばその命を問わない。時間が経ちすぎて取り返しのつかないことになる前には手を打つのが五織の方針だ。
「でも、取り越し苦労であってくれよ」
五織は山頂付近の東屋まで辿り着くと白い息を吐いた。そこはみんなで合唱をしたチェックポイントであり、昼間はのんびりとした憩の場だと思ったのに今は不気味さが漂っている。
真っ暗な闇の中歩いてきたため、目はその暗闇に慣れつつあるが、それでも街灯もなく、月の光だけが唯一の明かりなのが五織の不安を煽る。
「……いないか」
辺りを見回して手持ちのライトをあてるが、四暮の姿はなく、五織は下山することにする。
「うお、あぶね」
来た時と同じく、本来の道から少し外れたところを歩いていた五織だが、目の前に道がないことに気づいてその足を止めた。
チラッと覗いて足場を照らすが、そこには真っ暗な闇があるだけでまさに断崖絶壁であった。
(まさか落ちたとかはないよな?)
四暮の行方がより一層心配になり、五織は心を逸らせ、来た道に戻ろうと背を翻そうとしたときだった。
「……え?」
背中に衝撃を覚えたかと思えば五織の身体は宙に放り出され、なす術もなく真っ逆さまに崖から落っこちた。
「ホント?! 嬉しい!」
――弾ける笑顔。見たことのあるその笑顔に五織は自分の身に起こったことを理解する。
(……マジかよ)
奏乃との約束を交わしたその直後。それが意図しないやり直しの出発地点であった。
お読みいただきありがとうございます!
五織が女の子にデレデレしていたので制裁を加えました。
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