勉のピンチ2
「一体何があったんですかね。あの新堂君が、よりによって暴力だなんて」
「全くです。あの常に落ち着いている新堂が、感情的になるなんて」
「どうやら、あの事が関係しているらしいですよ」
「あぁ、あの織原の件ですか」
「どうやら2人は恋人同士だったとか」
「あはは。まさか、そんな」
「いやいや、今の若い子はわかりませんからね」
「しかし、校内一の問題児と、校内一の優等生のカップルなんて」
「まぁ、どちらにしろ、教師への暴力は退学しかないでしょう」
「しかし、新堂君は将来有望な子だ。それにほら、新堂会長の息子さんですし。これからどう顔を合わせれば良いのやら」
「会長の息子と言って、特別扱いは出来んでしょう」
「では、退学と言うことでよろしいですか」
「仕方がありませんな」
「や、ヤバイんじゃねーの?」
先生達の話を立ち聞きしていた私達は青くなりながら顔を見合わせた。
「マジでアイツ退学なのかよ……」
「嘘でしょう」
ドアから耳を離し、唖然とした。
なんで勉は先生を殴ったの?私を騙したクセに、私を傷付けた事で怒るの?
段々わけがわからなくなってきた。そんな私を見て、鷹瞳君はゆっくりと口を開いた。
「美栄ちゃん、今の気持ちを正直に答えてよ。──勉に会いたい?」
私は鷹瞳君を見ながら、小さく頷く。
「会いたい」
「──勉は生徒会室で待機中だよ」
それを聞き、急いで生徒会に向かおうとする。
「美栄ちゃん!」
突然呼び止められて振り返る。
「勉には美栄ちゃんしかいない。美栄ちゃんにも勉しかいないんだよね?」
勉しかいない。認めたくないけどそうなんだ。
私はゆっくり頷いた。少し黙って、鷹瞳君は最後の質問をした。
「勉が好き?」
「好き。ムカツクけど好き」
そう言うと、鷹瞳君は少し寂しそうな顔をした後、笑った。
「そうか。良かったよ。頑張って」
「ありがとう!」
そう叫び、私は生徒会に向かう。
理由は相変わらずよくわからない。よくわからないけど、絶対に絶対に、勉を退学になんかしてたまるか!
「勉!」
勢い良くドアを開けるが、そこには勉の姿はなかった。
「美栄ちゃん!」
その代わり、孝文先輩・鈴先輩・鈴原先輩・駿君・高岸君の5人が驚いて顔を上げた。
「あれ?勉は?」
「勉ならさっき、先生に呼ばれて第2会議室に。それより大変なんだ!勉が退学に………!」
「わかってるわよ!」
そう叫び、今度は2階の第2会議室へと向かう。息を切らせながら着くと、そこには先に鷹瞳君がいた。
「美栄ちゃん!何処行ってたんだよっ!勉ならここだよっ」
その言葉にムカッときた。アンタが生徒会室って言ったんだろうが!
「今、先生達と入って行ったんだ」
ドアに耳を当て、中の様子を伺う。
「新堂君。君の処分が決まりました」
「はい」
勉の奴、相変わらず冷静だ。退学になるかもしれないのに。
「処分を言う前に、何か言いたい事はありませんか?殴ってしまった理由があれば聞きます」
「そんなものは必要ありません。理由を聞いたところで、あなた達の考えが変わるわけでもないでしょう。どうぞ、なんなりと処分を申し付けて下さい」
勉はキッパリとそう、断言した。
それにしても、退学覚悟の上だなんて、なんて大胆な奴なんだろう。
本来の目的を忘れ、勉VS先生の対決(?)を見るためにこっそりと小窓から中を覗く。
先生4人に対して勉1人。
室内は緊迫した雰囲気で、思わず顔をしかめてしまう。
「そうだとしても、理由を聞かずに退学にしてしまうのは──」
思わず『退学』を口にしてしまい、先生はハッとしたが、勉はその言葉に動じる事もなく微笑した。
「やはり退学ですか。俺は初めから覚悟していたと言ったじゃありませんか。退学処分なのは、当に承知していました」
なんとも勝ち誇ったような表情。
コイツは自分の置かれている立場を分かっているのか疑いたくなってしまう。
しかし、勉の事だから、何か作戦があるのかもしれない。転んでもタダでは起きない奴だ。
きっと結果的に退学になっても、先生達に退学よりも厳しい仕返の10や20を用意していてもおかしくない。新堂勉とは、そういう人間だ。
「いいか、新堂。退学になるからいいという問題じゃないんだ!理由を言いなさい!理由をっ!」
1人の先生が怒鳴ると、勉は苦笑いしながら答えた。
「それは貴方達が無神経に織原さんを傷付けたからですよ」
その言葉を聞き、私はなんだか胸を締め付けられる思いがした。
アイツには散々泣かされたのに、なんであんな偉そうなんだろうか。
アイツの行動と言葉の矛盾にわけがわからなくなる。
それなのになんで、こんなに自己嫌悪に陥るんだろうか。
「そ、それは……。うちの学校としても、織原の様な生徒をこのままにしておくわけにもいかず」
「織原の様な生徒?彼女の何処が『貴方達が俺を利用しようとする程』の問題児なんですか?」
やっぱり、勉は私をかばってくれているんだろうか。じゃああの作戦は一体何だったんだろうか。
段々と頭が痛くなってきた。
「何を言ってるんだ君は。遅刻早退は当たり前!髪の毛は金髪だし、口の利き方もなってない!アイツはあのままだと、ロクな人間にならんっ」
この言葉を聞いた瞬間、勉の表情が少し曇った。
何もそこまで言わなくても。
さすがの私もショックだった。
遅刻は確かに私が悪い。早退だって悪かったかもしれない。
だけど、それであそこまで言われるなんて。ロクな人間にならないなんて。
ちょっと遅刻して早退する位──いや、よく考えたら確かにロクな社会人にならないかもしれない。
「美栄ちゃん。今大事な所だよ。ちゃんと聞いてんの?」
「あ、ごめん。大丈夫、ちゃんと聞いてる」
「貴方達教師は、俺達生徒を見た目でしか判断しない。織原さんは、髪の毛は派手かもしれません。言葉遣いも、悪い時があるかもしれません。しかし、正しい事と間違っている事はきちんと判断できる人です。言葉遣いも、やろうと思えばできます。それは3年の藤林先輩と赤井先輩、それに鈴原先輩が証明してくれます。貴方達はいつも、見た目でしか判断しない。現に俺を何も間違う事のない、正しい人間だと思い込んでいた」
みんな、心のどこかではそう思っているんだろうか。
周りから期待され、その期待に100%応える事なんて、人間には出来ないのに。
みんな、どこかで無理をしているんだろうか。
勉の言葉を聞き、今まで黙っていた教頭が怒鳴りだした。
「いい加減にしなさい!たかが生徒代表が生意気な事を!あなた達もあなた達だ!こんな子供に言い返せないでどうする!?新堂、お前は退学だ!そう決まったんだ!」
勉は溜め息をつくと、椅子から立ち上がる。
「だから、分かっていると言っているじゃないですか。失礼します」
そして、部屋から出ようとした時。
「全く!最近のガキは口ばかり達者でロクな奴がいない!何も努力もしないですべて人のせいにばかりする。これだから大変なんだよ教師は!」
の言葉を聞いた瞬間、私は我慢できなかった。




