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恋人になった日

「おはよう、織原さん。今日も暑いね」


登校中、後ろからイヤな声がした。


声の主が誰なのか検討はついていたため、無視して歩く。


せっかくいい気分なのに台無しだ。しかし奴は構わず私の隣を歩き出した。


「挨拶もなしかい?」


「おはようございます、生徒会長様」


そう言い放ち、さっさと前に進む。


「仮にも様付けすべき相手にそんな態度とったら失礼だろう」


「はぁ?何言ってんの!アンタ何様のつもりよ」


「生徒会長様。君が言ったんじゃないか」


やっぱりムカツク。相手にするべきじゃなかった。

奴の顔を見た瞬間、昨日の事件を思い出し、一瞬にして不機嫌極まりない状態になった。

昨日はなんとなくほだされて終わったけど、よくよく考えたら酷い話だ。

相手が新堂だから、ある意味尚更。


「何を怒ってるんだい」


「アンタの昨日の行動によ」


「あぁ、あれね。大丈夫だよ。恋人なら、避けて通れない道だからね」


軽々しく言う姿を見ると尚更イライラする。こいつは女の貞操をなんだと思っているのか。


そんな私の怒りを余所に、奴はまだ続ける。


「それに心配しなくて大丈夫。俺は優しくするから」


「あんたって何でそう無神経なのよ!そういう事言ってんじゃないっつーの!もう我慢できないわ!アンタとなんか絶対に──」


1番肝心な所で誰かに口を塞がれてしまった。

誰よ。今せっかく大事な事を言おうとしたのに邪魔をするな!

思いきり後ろを睨みつけると、相手は一瞬怯んだ。


「み、美栄ちゃん。朝っぱらにこんな玄関先でケンカしちゃだめだよ」


そこに立っていたのは孝文先輩だった。

私たち(って言うか私の一方的な)大喧嘩に見かねて止めに来たみたいだ。


「痴話ケンカもいいけど場所を考えなきゃ」


「痴話ケンカじゃないです。もう限界よ。こんな奴別れてやる!」


そう叫ぶと後ろからひょっこりと鷹瞳君が顔を出した。


「ダメだよ。そんな安易に言うもんじゃないって」


「うるさいわね!アンタが末代まで呪われようが知らないわ!」


「あ!酷いっ!」


鷹瞳君は慌てて私の口を塞いだ。


「はにふんのよ!はなへっ」


口を塞がれながらも騒いでいたが、このまま周囲の視線を浴びるのはヤバイと思ったらしく、男性3人になすすべもなく生徒会室に運ばれて行った。


----------------------------------------


「だから、なんで何かある度に生徒会室なのっ!?」


無理矢理連行されても、私はまだ騒いでいた。だって、腹の虫が収まらない。


「仕方ないだろ?落ち着いて話出来るのはここなんだからさ」


「そりゃアンタ達生徒会だけでしょ!こっちは落ち着かないわよっ」


叫ぶと、鷹瞳君は「そうなんだぁ」と言いながらもコーヒーを煎れている。


こいつは人の話を真面目に聞いているんだろうか。


「今までちゃんと我慢して付き合うとったやないか。なんで急に別れるだなんて恐ろしい事言い出したんや」


「おい。ちゃんと我慢してというフレーズが気に入らない」


腕組+足組をしてソファに偉そうに座っている新堂に言われ、孝文先輩は咳払いをした。


「えー。今まで仲良く付き合っていたのに何故急に別れるだなんて言い出したのかな?」


なんか言葉丁寧だし標準語になってる。やっぱり先輩であっても、新堂には逆らえないのか。可哀想に思えてくる。


「とにかく。よく考えたら私は、コイツに好きだとも付き合ってくれとも言われずにいたのよ。今まで鷹瞳君の子孫を心配して我慢してきたけど、もう嫌だ。新堂、思う存分鷹瞳君を呪っていいわよ」


私がそう言うと、鷹瞳君は泣きそうな顔で慌てて首を振った。


「美栄ちゃん!なんて恐ろしい事言うんだよ!」


「だってそんな事知らないし、私に関係ないし」


「知らないし、じゃないだろ!?薄情だよ!」


「どっちがよ」


矛先が変わり、鷹瞳君とケンカをしているのを、新堂は相変わらずの表情で見ている。って言うか、みんなアンタの話してるんだけど。


「まぁまぁ、美栄ちゃんも鷹瞳も落ち着きや。とにかく悪いのは勉やな。ちゃんと告白もせぇへんでなんて、そりゃ美栄ちゃんも不満持つわ」


「そういうものかい?」


「そういうものなのよ」


ん?なんだかこれじゃあ、私が新堂に『好き』と告白してもらってないから、ふてくされてるみたいじゃない。違うと思うんだけど。


「そうか、わかった」


呟くと新堂は、私に近付いて微笑んだ。不覚にも少しドキッとしてしまう。


「織原美栄さん。俺は君が好きだ。初めて君が生徒会に来た時から。俺は自分に素直で明るい君が好きなんだ。だから、改めて。俺と付き合ってくれないか?」


「なっ………」


き、汚い。いつも俺様な性格してるくせに、急に紳士みたいな態度をするなんて。

それに何気に手とか握ってくるし。

今の私は、色々な意味でヤバイ状態になってしまった。


「いやぁ、勉がこんなセリフ言うなんて正直驚いたなぁ」


「美栄ちゃんもやるやなぁ。あの勉が付き合ってくれないかなんて言うんやもんな!良かったなぁ、美栄ちゃん」


「え、う、うん」


話の趣旨が全く違っているんじゃないだろうか。

そもそもこれは、本当に良いことなんだろうか。


だけど新堂のいつもと違う笑顔を見ると、今までムカツクと思ってた事が段々薄れていってしまう。

自己中だけど、なんだかんだで私には優しいし。傲慢で詐欺師だけど愛情はあるみたいだし。


「い、今の言葉は、信じていいのね?」


「もちろん。俺は君だけは傷付けたりしない」


『だけは』ってのは少し引っ掛かるけ。だけど、なんだかんだ言って私も結構コイツが好きだし。

いや──嫌いではないし。いいのかな。


「約束だからね!」


こうして私と勉は、晴れて正式な『恋人同士』になってしまった。いや、なりました。

これから言い回し、気を付けなきゃならない……。

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