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本当の黒幕

その日の放課後、人がまばらな廊下を歩いていた。

鷹瞳君に、放課後に生徒会室に来る様頼まれたからだ。


「なんで私がこんな目に」


今日はさっさと帰って、再放送のドラマを見たかったのに。

いくら人命救助とは言え、負わなくてもいい責任を負わされた気がして理不尽だ。

一体、鷹瞳君がどういう意図で生徒会に呼んだのかは知らないけど、長居する予定はない。

いつでも帰れる様に鞄を肩にかけ、3階に向かう。

どうして私が。何回目かの言葉を心の中で呟き、軽くドアをノックする。

どうせ鷹瞳君がいるだけだろうと、返事も聞かずにドアを開けた。だがその先にいた人物を見て固まった。


「識原さん」


「新堂勉……」


迂闊だった。生徒会に新堂有り。鷹瞳君より先に、新堂が居る確率の方が高い事を忘れていた。


「何か用事?」


ぶっちゃけ、今は新堂に用事はない。とは言え、このまま回れ右するのもおかしい。どうしようか迷っていると、不意に新堂は顔を綻ばせた。


「そんな所に立ってないで入っておいでよ。コーヒーくらいは煎れるから」


取りあえず、鷹瞳君を待たなくてはならない。コイツと2人きりの空間は苦痛だけれど仕方ない。薦められるままソファーに座る。


「コーヒーでいい?」


「はい……」


気まずい。

いつもなら、ちょっとケンカを売ったりして、それなりに会話はできるはずなのに。

昼間、鷹瞳君から変な話を聞いてしまったせいで妙に意識してしまう。

新堂が私を好きだなんて。絶対嘘に決まっているんだ。

好きなんだってという話を聞いた前提で見ても、コイツの言動から察する事ができない。まるで値踏みするかの様に見ていると、それに気付いた新堂は、苦笑いを浮かべながら目の前にカップを置いた。


「どうかした?」


「いや、別に何でもないんだけど」


やっぱり、無い。鷹瞳君は嘘を吐いているに違いない。

目の前に置かれたカップを手に取り、口元に持って行く。一口飲んだとたん、素人の私にもわかる程、上質な香りが鼻を抜けていった。


「美味しい」


「まぁね。豆は拘りで上質だから。下手な喫茶店よりは美味しいはずだ」


そう言う新堂は、どこか機嫌が良さそうだ。

こんな風に最初から普通に話していれば、ここまで毛嫌いしなくて済んだかもしれない。

それにしても鷹瞳君は遅いな。

大して共通点もないため、2人の間には必然的に沈黙が広がる。何か世間話をと、渋々口を開いた。


「新堂は──」


言いかけた時、ハッとした。

『アイツの事も新堂とか生徒会長じゃなくて勉って呼んであげてくれない?』

鷹瞳君に言われた言葉を思い出してしまった。新堂の事を──勉と呼べと。考えるまでもなく、絶対無理に決まっている。第一、いきなり勉なんて、名前で呼べるわけがない。


「今日は一体どうしたんだい?」


名前を呟いたきり黙り込み、1人で赤くなったり青くなったりしている私を、新堂は訝し気に見ている。


「つ、つと……」


無理でも言わなければ。せめてこれ位は言わなきゃ、次こそ鷹瞳君の頭上にブロックが落ちてくるかもしれない。


「つ……勉は、なんでいつも生徒会室にいるんですかねぇ?」


「なんだって?」


やっとの思いで振り絞り、消え入りそうな声でやっと言えた。

だが肝心の新堂には聞こえていなかったらしい。まさかのテイク2かと頭を抱えたくなっていると、廊下からバタバタと賑やかな足音が聞こえてきた。と思った瞬間、ドアが勢い良く開け放たれた。


「ごめんごめん、遅くなった!担任に用事言いつけられてさぁ」


満面の笑みで飛び込んで来たのは、救世主鷹瞳君だ。しかし私達の様子を見た瞬間「あれ」と呟いて、一歩下がった。


「もしかして俺、邪魔だった?」


「何言ってんのっ」


まさかの裏切り言葉に、一番焦ったのは私だ。勢い良く立ち上がり、逃げようとする鷹瞳君を捕まえる。


「鷹瞳君が呼んだんだから来たんじゃない!どんなに気まずかった事か!」


息が詰まって死ぬかと思った。思ったままの言葉を言った瞬間、鷹瞳君の表情が強張った。


「待ち合わせしてたのか。じゃあ邪魔者は俺みたいだから、ごゆっくり」


つい数秒前とは一変し、低い声で言い放つと、新堂は隣の部屋へと消えて行ってしまった。音を立てて閉じたドアの音を聞き、どんなに馬鹿な事を口走ったのかようやく気付いた。


「美栄ちゃん」


何か言いたげに、鷹瞳君は溜め息を吐く。大丈夫。言われなくてもわかっているから。


「ごめん」


「完全に誤解されちゃったよ。もしかしたら、美栄ちゃんも呪いの射程圏に入っちゃったかもよ。可愛さ余って憎さ百倍だし」


「嘘でしょうっ」


そんなの冗談じゃない。こんな下らない事で頭上にブロックが落ちてくるなんて。

縋る様に見上げると、鷹瞳君は「仕方ないなぁ」とぼやいた。


「取りあえずなんとかしてくるよ。後は俺に全部任せて。いいよね?」


「わかったわ……」


こうなったらもう、鷹瞳君に委ねるしか道はない。新堂が消えた部屋に向かう鷹瞳君の背中を見つつ、健闘を祈るしかなかった。


----------------------------------------


鷹瞳君が隣の部屋に消えて数分が経った。

1人取り残された私は、何をするわけでもなく、大人しくソファーに座り、新堂が煎れてくれたコーヒーを眺めていた。黒い水面には間抜けな顔をした私が映っている。


「なんでこんなに神経擦り減らさなきゃならないのよ」


溜め息混じりに呟いた自分の言葉で、ハッとする。

そうだ。どうして私はこんなに気を遣って、苦労しているんだろう。

手元に某ノートがあれば、取りあえず名前を書いているだろう新堂勉の機嫌を気にし、こんな場所に居るんだろう。


「大体呪いなんて有り得ないし。あのブロックだってただの偶然」


そうと決まれば早速逃げよう。鞄を持って立ち上がった瞬間、僅かに鷹瞳君の悲痛の声がした。――気がした。


「駄目か。やっぱり鷹瞳君を見捨てては行けない」


このまま逃げたら、今度こそ鷹瞳君の頭上にレンガブロックが落下してくるかもしれない。下手をしたら、私の頭上にも。

万が一があって取り返しがつかない事になるなら、多少居心地が悪くて苦痛でも、この場に留まった方が良いかもしれない。


「全く。呪いだかなんだか知らないけれど、新堂って一体何者なのよ」


生徒会長で頭が良くて、性格が悪くて、ついでに口も悪くて傍若無人なのはわかっている。にしても、たかが保護者代表の親を持っているだけのアイツが、言わば学校の存続を握っている理事長の孫、鷹瞳君をあんなにも怖がらせるなんて、ちょっと信じられない。

まさか、アイツの親はPTAなんて生ぬるい場所のトップではなく、もっと凄い……こう、マフィアとか極道的な幹部とか。呪いも隠語か比喩で、本当はコンクリートに詰められて海に捨てられるとか。


「なんてね。馬鹿みたい」


映画と漫画の見過ぎだ。いくらなんでも、アイツがマフィアや極道の息子とは思えない。というか、過程からして無理だろう。

結局、鷹瞳君がただヘタレなだけなのかもしれない。だからきっと、目もタレているんだろう。

勝手にあれこれ想像し、納得している時だった。突然ドアが開き、妙に上機嫌な新堂と、疲れた表情をした鷹瞳君が戻って来た。


「また1人で妄想?女の子は本当に想像力が豊かだね」


そう言って笑う様子は、不気味な程上機嫌だ。なんだか嫌な予感がする。


「ね、ねぇ。なんでコイツはこんなに機嫌が良いの?」


恐る恐る鷹瞳君に問いかける。その疑問は嘘ではない。隣の部屋で何があったか、どんなやりとりがされたのか、私にはわからない。だけどただ、第6感的なもので、良くない事態になっている気がした。できれば杞憂であってもらいたい。

だけど『嫌な予感』と言うのは、十中八九当たってしまうのがお約束だ。私と目が合うと、鷹瞳君は気を取り直した様に、にこりと笑った。


「ごめんね美栄ちゃん。君、勉と付き合う事になっちゃった」


今なんて言ったの。


付き合う事になっちゃった?私が、新堂勉と?


「ちょ、ちょっと待ってよ。どうしたらそういう展開になるの!?」


頭を抱えて叫ぶ姿は、取り乱しているという表現がピッタリだ。しかしそれは私だけで、2人は至って平常心を保っている。


「色々あったんだよ。美栄ちゃんも、そろそろ彼氏作った方が良いよ。もう高校生なんだしさ」


「余計なお世話よ!」


何が悲しくて、クラスメイトに彼氏の世話をしてもらわなきゃならないのか。しかも相手が大嫌いな奴なんて。


「人生は諦めも肝心だよ。受け入れる強さも持たないとね」


勉は満面の笑みで言い、ポンと私の肩に手を置いた。お前は私の上司か!


「なんでアンタに諭されなきゃならないのよ!?」


何が何だかわからない。終始アメリカドラマの様なリアクションをしていると、鷹瞳君が近付いて来て、小さな声で呟いた。


「俺だって悪いと思ってるよ。でも、こうでもしなきゃ、本当にやばかったんだ。美栄ちゃんだって、まだ死にたくないだろ?」


顔は笑顔でも、声は切羽詰まっている。何て不吉な事を言うんだろうか。


「ちょっとだけ我慢してよ。ね?一生のお願いだよ。いや、俺の末代までかかっているから、一生とか二生なんてものじゃないよ。美栄ちゃんの末代も加わるから、何百生がかかってるんだ」


何百生って、まるで百姓みたいな。言葉のニュアンス的に微妙だ。 1代や2代なら未しも、そんな果てしない代まで人質にとられる程、責任重大な事なんだろうか。


「これからよろしく。美栄ちゃん」


私と鷹瞳君の葛藤など知った事かと言わんばかりに、勉は気軽に挨拶をしてきた。

殴りたい。初めて、心の底から人を殴りたいと思った。

だけど、そんな事をしたら呪われるし、法に触れてしまう。考えた後、もうこれは腹を括るしかないと観念した。


「わ、わかったわよ。アンタの事なんてこれっぽっちも好きじゃないし、寧ろ嫌いだし、全然納得できないけど、取りあえずわかったわよ!」


付き合えば良いんでしょう、付き合えば。残りの学校生活を平和に過ごすため。何より私の人命のため、形だけの『恋人』とやらになってやろうじゃないか。


「そうと決まれば、今日から取りあえず付き合ってやるわよ。明日から覚えてなさい!」


指を差して啖呵を切ると、そのまま鞄を掴んで生徒会室から飛び出した。廊下を走りながら、とにかく叫びたい気持ちでいっぱいだった。


お父さん。


お母さん。


私は今日、無理矢理彼氏とやらを作らされてしまいました。

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