第14話 で、俺ら何やる?
六時間目のチャイムが鳴り終わると同時に、担任の杉山が黒板を指の背でトントンと叩いた。
「よし、席に着けー。今日のLHRは予定通り、秋の文化祭のクラス企画を決めるぞ」
その一言で、教室内が一気にざわめき立った。
黒板の中央には、大きく『文化祭企画案』とチョークで殴り書きされる。
「一応言っとくが、一年生は食品を扱うなら衛生管理の申請が要るし、大がかりな内装をやるなら予算と安全基準のチェックがある。なんでも自由にできるわけじゃないから、現実的な案を出せよ」
杉山が腕を組んで教卓に寄りかかると、すぐに何人かの生徒から声が上がった。
「定番のお化け屋敷はー?」
「暗幕で教室囲うの、消防法でダメって生徒会からプリント配られてたじゃん」
「じゃあ脱出ゲーム!」
「去年の先輩のやつ、問題が難しすぎて誰もクリアできなくて空気お通夜になったって聞いたぞ」
次々と上がるアイデアはどれも具体性を欠き、教室の空気は早くも停滞し始めていた。
そんな中、すっと綺麗に手が上がった。
神崎小春だった。
「先生、いいですか」
「お、神崎。なんかあるか?」
小春は立ち上がり、クラス全体を見渡すように背筋を伸ばした。
「定番ですが、『縁日風の体験型ゲームコーナー』はどうでしょうか。射的や輪投げなら教室の換気基準もクリアできますし、景品を駄菓子にすれば食品衛生の申請も簡易で済みます。何より、シフトを前半と後半で分ければ、全員が他のクラスを見て回る時間を均等に確保できます」
淀みのない、あまりに完璧な案だった。
費用、安全基準、当日の動線まで計算された現実的な提案に、クラスの半数以上が「おお……」「さすが神崎さん、手堅い」と頷き始める。
このまま小春の案で決まりそうな空気が流れた、その時だった。
「いやいやいや! 待てって!」
前の席から、大輝が勢いよく立ち上がった。
「高校最初の文化祭だぞ? そんな無難にまとまってどうすんだよ! もっとこう、他所のクラスのやつらが度肝を抜くような、めちゃくちゃ面白いことやろうぜ!」
「……浅井」
小春が額に青筋を浮かべ、氷のような眼差しで大輝を睨みつける。
「じゃあ聞くけど、あんたにその『めちゃくちゃ面白いこと』の具体的なアテはあるわけ?」
「うぐっ……そ、それはこれから考えるんだよ!」
「ほらね、口先だけじゃない。文化祭の準備がどれだけ大変か分かってないのよ。具体的な案もないくせに無責任じゃない?」
「だったら次のLHRまでに考えてくるよ! そっちもちゃんと企画書作って、どっちがいいかみんなに決めてもらえばいいだろ!」
小春は、浅くため息をつく。
「いいわよ。付き合ってあげる」
「お前らなあ……。まあ、そこまで言うならやってみるか」
教卓の杉山は呆れた様子だが、面白そうに顎を撫でている。
「次のLHRまでにチームごとに企画書を作って、クラス全員の前でプレゼンして多数決で決める。皆、それで良いな?」
「えー、プレゼン!?」
「でもその方が楽しそう!」
教室中が俄然盛り上がりを見せ始める。
小春は腕を組み、ふん、と鼻を鳴らして大輝を見下ろした。
「では、私の案に賛成の人、協力してください」
小春の呼びかけに七~八人ほどが挙手する。
「へっ、見とけって!俺のチームは……」
「お、瀬尾、お前こういうの得意そうじゃん!」
「どういうのだよ……」
「なんかこう……パソコンとか!」
「いや、雑すぎるだろ」
予想外のお鉢が回ってきたことで、湊は戸惑いを見せた。
「まあ、確かに企画書とかデザインなら瀬尾くん頼りになりそうだけど」
美羽までもが余計な援護射撃をする。
「橘さんまで……」
「まあ、まあ、私も参加するから、お願い」
美羽はにこりと笑うと、顎の前で手を合わせた。
すると、少し離れた席から佐々木蓮が「俺も入りまーす。面白そうだし」と気楽な調子で手を挙げた。
その後ろにいた小柄な女子・森日向も「あ、私も……混ぜてもらっていい?同じく面白そう」と手を挙げた。
「あ、あの……」
おずおずと、隣から控えめな声が上がった。
見ると、紬が申し訳なさそうに視線を彷徨わせている。
「私、まだ転校してきたばかりで……文化祭のこともよく分からないんですけど……もしよければ、私も一緒に考えていいですか?」
「白石さん、入ってくれるの?」
振り返った美羽が、パッと笑顔を咲かせた。
「じゃあ決まり! 白石さんもウチのチームね。人数的にもちょうどいいし、どうせ瀬尾くんの隣なんだから一緒にいた方がやりやすいでしょ」
「えっ……いいんですか?」
「もちろん! 浅井くんには任せられないから、味方は多い方が良いもの」
起立したままの大輝と小春が勝手に火花を散らすのを横目に、湊は頭を抱えた。
なぜこんな嵐の中心に放り込まれなければならないのか。
あっという間に固まった、六人の即席チーム。
「よろしくお願いします……!」
隣で紬がぺこりと頭を下げる。
放課後まで残って、みんなで文化祭の企画を考える。
少し前の自分なら、考えただけで憂鬱になっていたはずなのに。
「……よろしく」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
ホームルーム終了を告げるチャイムが鳴り響き、担任が教室を出ていく。
机を向かい合わせにして円陣を組んだところで、大輝が満足げに腕を組み、ニッと白い歯を見せた。
「よーし、チーム結成だな! 小春の鼻を明かしてやるぞ!」
意気揚々と胸を張る大輝。
そして、何気ない顔で全員を見渡して言った。
「で、俺ら何やる?」
「…………」
誰も答えられなかった。




