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辺境の貧乏農民、規格外の土魔法で最強国家を建国する〜追放令嬢と腹ペコ魔王軍を美味い飯で養ったら神まで退治することに〜  作者: 黒崎隼人


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エピローグ「大地の息吹と穏やかな朝」

 朝靄が薄く広がる中、太陽の光がゆっくりと地平線の輪郭をなぞり始める。

 アルトは少し湿り気を帯びた土の上にしゃがみ込み、指先でその柔らかな感触を確かめる。

 冷たすぎず、熱すぎない、命を育むのに最適な温度が手のひらから伝わってくる。

 深く息を吸い込むと、植物たちの青々とした匂いと土の香りが肺の奥まで満ちていく。

 あの日、天界の使徒たちとの激闘の末に根を下ろした巨大な神樹は、今も村の中央で穏やかに枝葉を広げている。

 その幹は小山のように太く、葉の隙間から差し込む光は黄金色の粒子となって降り注ぐ。

 神殿を飲み込んだ事実はもはや過去のものとなり、ただ静かにこのアルカディアの地を見守る象徴としてそびえ立っている。

 アルトは立ち上がり、使い慣れたクワの柄を握り直す。

 刃を振り下ろし、土をひっくり返すたびに、中に潜んでいたミミズや小さな虫たちが慌てて土の奥へと逃げ込んでいく。

 その小さな生命の営みすらも、この土地が豊かになった証としてアルトの心を温かくする。

 背後から、草を掻き分ける軽い足音が近づいてくる。


「また私より先に起きているのね。少しは体を休めることを覚えたらどうなの」


 振り返ると、麻を織って作った動きやすい作業着姿のセリアが立っている。

 かつて着ていた色褪せたドレスとは違い、今の彼女は土の汚れを気にすることなく畑を歩き回る。

 金色の髪は後ろで無造作に束ねられ、首筋には微かに汗が光っている。

 彼女の手には、編み込まれたばかりの新しい竹籠が握られている。


「目が覚めてしまうんだ。土が水を欲しがっている声が聞こえると、どうしても寝ていられなくなる」


 アルトが苦笑しながら答えると、セリアは小さくため息をついて隣に並ぶ。

 彼女の青い瞳は、目の前に広がる見事な野菜の葉に向けられている。


「王都のギルドから、また追加の発注が来たわ。魔族の長たちも、来月にはこちらの収穫祭に合わせて大規模な隊商を組んでくるそうよ。あなたの作った作物は、今や世界中で一番価値のある宝石として扱われているわ」


 セリアの言葉には、商才を発揮して国を動かす指導者の一人としての誇りが滲んでいる。

 彼女の計算と交渉術がなければ、この豊かな作物は周囲の権力者たちに都合よく奪われていただろう。


「宝石なんかじゃない。ただの腹を満たすための食べ物だ。誰も飢えないなら、それで十分だ」


 アルトは足元に実った丸々と太ったトマトを一つもぎ取り、セリアの竹籠にそっと入れる。

 トマトの表面には朝露が光り、張り詰めた皮から濃厚な甘い香りが漂う。


「あなたらしいわね。でも、その謙虚さがこの国の人々を惹きつけているのよ」


 セリアは籠の中のトマトを指先で優しく撫で、柔らかく微笑む。

 風が吹き抜け、彼女の束ねた髪の毛先がアルトの肩をかすめる。

 微かな石鹸の香りと、彼女自身の温かい体温が、すぐ隣にあることを教えてくれる。


「おう。二人とも、朝から精が出るな」


 野太く響く声とともに、地響きのような足音が近づいてくる。

 ゼクスが自分の背丈ほどもある巨大な木箱を軽々と肩に担ぎ、白い歯を見せて笑っている。

 彼の灰色の肌は健康的な艶を帯びており、かつて飢えに苦しんでいた頃の影はどこにもない。

 角の欠けた傷跡すらも、今では彼の誇り高き戦士としての勲章のように見える。


「おはよう、ゼクス。その箱はなんだ。また森の奥から何か見つけてきたのか」


 アルトがクワの柄に寄りかかりながら問いかける。


「ああ。魔界の土で育てた果実の新しい品種だ。貴殿が調整してくれたあの種が、今や魔界の荒野を一面の果樹園に変えている。同胞たちが、一番出来の良いものを一番に貴殿に届けてくれとうるさくてな」


 ゼクスは木箱をドスンと土の上に下ろし、蓋を開ける。

 中には、紫がかった深紅の果実がぎっしりと詰まっており、太陽の光を反射して輝いている。

 アルトはその果実を一つ手に取り、重さを確かめる。

 ずしりとした手応えと、内側から溢れ出そうになる生命の熱気が、確かに伝わってくる。


「すごいな。魔界の厳しい環境に完全に適応して、自分の力でこんなに強く育っている」


「すべては貴殿の導きのおかげだ。我らは剣をクワに持ち替え、大地を愛することを知った」


 ゼクスは深く頭を下げ、その黄金色の瞳には尽きることのない感謝と忠誠の光が宿っている。

 村の方からは、起きてきた人々が竈に火をくべる煙が立ち上り始めている。

 人間と魔族が共に笑い合い、農具を手にして一日を始める風景が、そこにはある。

 天界の使徒が残した光の粒子は、今も神樹の花粉と混ざり合い、この地に永遠の春をもたらしている。


「さあ、私たちも収穫を始めましょう。今日の夕食は、この魔界の果実を使った新しい料理に挑戦してみるわ」


 セリアが竹籠を腕に掛け、袖をまくり上げる。

 彼女の白い腕は太陽の光を浴びて眩しく輝いている。


「手伝うよ。俺の国は、俺の足元から広げていくんだ」


 アルトは再びクワを握り、黒く湿った土に向き直る。

 彼の鼓動は大地のリズムと完全に同調し、未来へと続く豊かなうねりを作り出していく。

 戦いは終わり、手を取り合って生きていく静かで力強い日々が、足元の土とともに永遠に続いていく。

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