第13話「天の御座を貫く緑の槍」
白銀の光が荒れ狂う中、巨大な神樹の枝が神殿の砲門へと容赦なくねじ込まれていく。
純白の金属と深緑の樹皮が激しく擦れ合い、発生した高熱が周囲の空気を歪ませる。
火の粉の代わりに、砕け散った光の破片と木屑が嵐のように舞い散り、広場の地面を焦がしていく。
アルトは突き上げた両腕の筋肉を硬直させ、足の裏から絶え間なく大地の鼓動を吸い上げている。
彼の皮膚の下を這う血管が、樹液と同じ鮮やかな緑色に発光している。
心臓の拍動は早鐘を打ち、口から吐き出される息は熱を帯びて白く濁っている。
土と繋がり、大地の核から力を引き出すことは、人間の小さな肉体という器に莫大な質量の海を注ぎ込むに等しい。
骨が軋み、筋肉の繊維が内側からはじけ飛びそうなほどの激痛がアルトの全身を責め立てる。
だが、彼はその痛みに決して膝を屈しない。
『行け。天の箱庭の底を抜いてやれ』
アルトの意思が地脈を通じて神樹へと伝達される。
砲門の奥深くに侵入した太い枝が、さらに無数の細い根へと枝分かれを始める。
それは冷たい金属の壁を這い上がり、継ぎ目を探り当て、内側から強引にこじ開けていく。
大地の底で固い岩盤を砕きながら進む植物の執念が、空に浮かぶ無機質な建造物を確実に侵食し始めていた。
神殿の内部から、鼓膜を劈くような高周波の警報音が鳴り響く。
侵入者を排除しようと、砲門の奥でさらに高密度の光の刃が生成され、根の束を容赦なく切り裂いていく。
切断された根の断面から、緑色の樹液が沸騰しながら噴き出す。
アルトの体に直接的な傷はつかない。
しかし、切り落とされた大地の痛みは、彼の神経を直撃する。
アルトの顔が苦痛に歪み、突き上げた腕がわずかに下がりかける。
その瞬間、彼の背中に柔らかな温もりが触れた。
「一人で背負わないで」
セリアの声が、耳元で静かに響く。
彼女はアルトの背中に両手を当て、自身の額を彼の肩口に押し付けている。
アルトの体から発せられる熱に、彼女のドレスは焦げ、白い肌は赤く火照っている。
それでも、彼女は決して手を離そうとしない。
彼女の手のひらから伝わるのは、魔力でも大地の力でもない。
ただの、しかし確かな人間の体温だ。
そのわずかな熱が、アルトの荒れ狂う意識を現実に繋ぎ止める錨となる。
「あんたまで、火傷するぞ」
アルトの声はかすれ、呼吸の合間に途切れ途切れに発せられる。
「領主の帳簿を暴いた時も、使徒の罠を仕掛けた時も、私たちは一緒に戦ったわ。この国の指導者はあなただけど、あなたが倒れたら誰が国を支えるの。最後まで、私を側に置きなさい」
セリアの言葉には、一片の迷いも恐怖もない。
青い瞳は真っ直ぐに上空の神殿を見据え、アルトと同じものを見届けようとしている。
アルトは口元に微かな笑みを浮かべ、再び腕に力を込める。
背中から伝わる彼女の温もりが、軋む骨の痛みを和らげ、冷えかけていた指先に新たな血を巡らせていく。
広場では、ゼクス率いる魔族の兵士たちが神樹の根元を固め、空から降下してくる残存の使徒たちを次々と叩き落としている。
魔界の土を混ぜ合わせた槍が光の肉体を貫き、巨大な戦斧が使徒の純白の翼を砕く。
誰もが自分の持ち場で、アルトの作り出した大樹を守るために命を懸けている。
『俺は一人じゃない』
アルトは深く息を吸い込み、意識を神樹の先端へと飛ばす。
神殿の内部に侵入した根が、迷路のような金属の通路を突破し、ついに中心部に到達するのを感じ取る。
そこにあったのは、巨大な透明の球体だった。
球体の内部では、数え切れないほどの星々が瞬くような光の渦が渦巻いている。
それが、使徒たちを生み出し、あの破壊の光線を放つエネルギーの源泉。
天界の力の中枢だ。
球体から放たれる冷酷な光が、根の先端を焼き払おうとする。
近づくことすら許さない、絶対的な拒絶の壁。
しかし、アルトは躊躇わない。
『どんなに気高くても、光があるなら影がある。お前も、大地の養分の一つにすぎない』
アルトは両手の指を曲げ、虚空を掴むようにして強く引き絞る。
神殿の内部で、中心核を囲むように無数の太い根が網の目のように展開される。
根は球体を直接破壊するのではなく、その表面に柔らかく、しかし絶対に逃れられない密度で吸い付いていく。
植物が土の中の水分を吸い上げるように、大地の力が天の光を逆吸収し始めたのだ。
中心核の光が激しく明滅し、神殿全体が大きな悲鳴を上げるように震動を始める。




