うんこを投げつけられる女
「竜崎さん! 助けて!」
ぱっとカイとエミルが入って来た女を見た。
「うわ」
とエミルが言い、カイも顔をしかめた。
「まーた、あのクズに殴られたのか」
女の顔は紫色に腫れ、切れた肌の傷から血が流れた跡も見えた。
「うん」
女は事務所の床にぺたりと座り込み、膝を抱えた。
エミルは彼女を見て、異世界ならとっとと治療してあげられたのになぁ、と思った。
いくらなんでも現代で魔法を使うわけにはいかない。
「エミル、しばらくこの女を預かってもらえねえか」
とカイが言った。
「は? なんで?」
「こいつは質の悪い間夫に捕まっててな。別れればいいのに、何回引き離しても戻りやがる。そんで殴られたつって逃げてくる。一度徹底的に引き離した方がいい」
「だからなんで私が預かるのよ。男運が悪いのはお互い様だけど、こういうのは自分の意志で決めなきゃ他人が何を言っても無駄よ。殴られても脅されても一緒にいたいなら、死ぬまで添い遂げればいいじゃない」
「お前、相変わらず性格悪いな」
とカイが笑った。
「だってそうでしょ」
「お前の力があればたいていのことはどうにかなる。けど普通の女には無理なんだ」
「そうかな? 自分の身を守る、その為に戦うか逃げる、それが普通でしょ? 何も特別じゃない。地の果てまで逃げればいい」
エミルは床に蹲っている女を見た。
痩せてガリガリ、顔以外にも腕や足にも痣がある。
「私はあっちの知らない世界に身一つで連れてかれて、一から生活の基盤を作って、学んで修練して、戦って勝ち取った。しかも相手は魔王だっつうの。彼女の男は女に寄生するくらいしか脳のない人間でしょ? 楽勝じゃない?」
「まあ、そうだがな。やれやれ、預かってもらうのは無理か」
「はあ」とエミルはため息をついた。
そしてぐずぐずと泣いている女を見て、
「あなたはどうしたいの?」
と言った。
女はエミルを見上げた。
「あなたが絶対にその男と別れたいなら協力してあげない事もないけど、どっちでもいいって感覚なら時間の無駄だし。このまま骨と皮になるまで風俗で働かされて、そのうち変な薬に手をだして、風俗でも働けなくなったら、捨てられて路地裏で汚らしく死ぬ、までがお約束だけどそれでいいならいいんじゃない?」
一気にまくし立てたエミルに女はワナワナと震え、真っ青になった。
「あ……」
「暴力さえなかったらいい人なんてやめてね。そんなの人前でうんこしないから常識人、くらいの価値しかないわよ。いやむしろ人前でうんこはするけど、女に暴力は絶対ふるわない男の方がましじゃない? どう思う?」
「……人前でうんこする男なんて嫌」
「でもあなたの男はそれ以下だと思うけど。つまりあなたは男にうんこを投げつけられてるのと同じよ。殴られる度に思いなさい。ああ、これはこの人のうんこなんだって。自分はうんこを受け取る便器なんだって」
「……ひどい」
「はあ? 酷くないでしょ。あなたはきっとその男に依存してるんでしょうね。それがあなたの幸せならしょうがない。だけどカイに迷惑をかけるのはやめて。男の所へ戻るなら、今後、二度とカイの所へ逃げ込んでこないで頂戴。いいわね?」
「え、でも……」
「何、自分を殴る男には泣いて縋るのに、私には口答えするの?」
エミルはパキパキと指を鳴らした。
「私だってあなたをぶん殴って、言う事を聞かせるって手もあるのよ?」
「え」
「この世で唯一、あなたの男だけが暴力を振るう権利を持ってるわけじゃないの。あなたがこのまま男の元へ戻るのは構わない。どうぞ帰りなさい。でももう一度カイの所へきたらぶちのめすわよ。あなたのご両親もクズに殴られる為にあなたを生んだんじゃないでしょうにね」
そう言うと女はぐずぐずと泣き出した。




