第七七話 処理
「で、そっちはなんの話をしていたんだ」
「えぇ」
陸王が問うと、一つ吐息を零して紫雲は言った。
「領主の意識が全く戻らないので、どう砦に運ぼうかという話だったんです」
「答えは出たのか」
「村長が乗ってきた馬車を借りることになりました。秀士さんがレイザスまで乗ってきた馬車ですね。雷韋君のように騎馬では運べませんから」
それまで俯きがちだった雷韋が、ばっと顔を上げる。
「あれ、滅茶苦茶びっくりしたんだぞ。何が起こったかわけ分かんなかった。でも、このままだったら絶対に死ぬって事だけは分かった」
「だからあの時は、俺が落ちないようにお前を押さえてやっていただろうが」
「知るかよ、そんなもん。ふっざけんな!」
「分かったから大人しくしとけ」
陸王に頭を押さえ付けられて、雷韋は「む~」と唇を尖らせるが、陸王の頭は既に切り替わっている。
「玄芭の意識は戻らないのか?」
「えぇ。はっきりとした理由は分かりませんが……心身共に疲れ切っていたのでしょう。それに、吸血鬼に操られていたと言う事ですが、領主の体内を気功法で診てみたところ、血液に異物の混入を発見しました。吸血鬼のものでしょう。解呪したら全て消えてなくなりました」
そこで一度言葉を止めて、紫雲は自分の眉間を指先でとんとんと叩いた。
「倒れて意識が戻らないのは、吸血鬼の支配から抜けた衝撃が大きかったか、激しく嘔吐したことで体力が削られたか。あるいは、その両方という可能性もあります。あの時の領主は普通ではありませんでしたから」
それを聞いて、ふむと陸王は考え込んだ。
「どちらにせよ、領主は普通の状態ではなかった。それだけは確かです」
「まぁ、な。普通であったら人肉は食えんだろう。魔族じゃねぇんだ」
「当然です。とにかく今夜は、一度砦に戻ることにするそうです。領主の容態もどうなるか分かりませんし、大臣もこれから先のことをもう少し考えたいと。領地の村々もそうですが、砦の方も色々と落ち着くまでに時間がかかりそうですね」
「だろうな。……だが、覚えていたとしたら最悪だな」
陸王はあとに小さく付け加えた。紫雲もそれを聞いて溜息をつく。雷韋は酷く悲しそうな顔になった。
そこへ、両脇から兵士に支えられつつ、己でも松葉杖を二本使いながら玄史がやって来た。
「なんだ」
陸王が少し警戒を見せて言葉をかける。
「貴公らには助けられたな。これで本当に、ようやく吸血鬼の魔の手から逃れることが出来た」
玄史の言葉に、陸王は僅かに視線を下げた。そんなに簡単に喜べることかと思ったからだ。だから言った。
「だが、これからが大変だぞ。玄芭が何もかも覚えていたとしたら、あいつに待っているのは地獄だけだ」
玄史も陸王の言葉に瞼を伏せた。
「そうだな。兄上が何もかも覚えていたとしたら、何がどうなるか。姫の首が刎ねられたのを間近で見ている。しかし、それだけはあって欲しくないものだ」
「目が醒めりゃ、全て分かる。ここでぐだぐだ考えたって始まらん。それよりも、お前らは砦に戻れ。兵士達も色々と動揺しているだろうしな」
そこまで言って、陸王は今更気付いたように言葉を続けた。
「そう言や、橋は架かったのか? あれからさほど日は経ってねぇが」
「まずは仮の橋を架けた。跳ね橋自体はまだ架かるのに時間がかかる。だが、何故そんな事を?」
「玄芭を馬車に乗せて運ぶんだろうが。それで気になってな」
玄史は、なるほどと言った風に頷いた。
一通りの話がすんだところで節目を見つけたか、村長が声をかけてきた。
「大臣様」
「どうした」
「兵を二人か三人、お借りしてもよろしいでしょうか」
「構わぬが、何故だ」
「その……」
村長は酷く言いにくそうに言葉を濁した。
「構わぬ、言うがよい」
村長はそう言われて、血の気が引いた顔色の悪い玄史よりも、更に顔色を悪くして言うのだった。
「実は……これは本来なら自分達で行うべき事なのですが、皆、嫌がりまして。その、領主様が……なんと申してよいものやら……」
村長のあまりにも奥歯にものが挟まった物言いに、流石に玄史も気付く。
あぁ、とどこか納得した声を漏らして、
「食われた者達の墓を作りたいのだな。分かった、兵の一部を置いて行こう」
言うと、横から陸王が口を挟んだ。
あそこまでぐちゃぐちゃになってしまった肉片が、どれが誰であるか分からないことを。それならいっそ、吐き出された肉片を家まで移して、そのまま火葬にしてしまった方がよいだろうし、逆に家族を一遍に火葬にしてやることで、骨を拾う必要もなくなることも伝えた。墓なら、その跡地に立ててやればいい。ただ、うち一人は邸の召使いだが。
それを伝えると、
「な、なるほど」
村長が、思いつきもしなかったと言うように頷く。
玄史も陸王の言には賛成し、自分を両脇から支えてくれている兵士二人に、己はもうどうとでもなるからほかの者達を引き連れて村人を助けるよう命を下しす。初め、彼等は玄史を案じて渋る様子を見せたが、最終的には彼の言葉に従ってその場を離れていった。その二人を見送り、玄史は再び陸王達と村長に向き直って「皆には迷惑を掛けた。だが、感謝もしている」と謝意を述べて、その場をゆっくりとあとにした。
陸王達も陸王達で、レイザスに戻るかという話になっている。ここで彼等にはもうなんの役割もない。戻るのが当然の流れだった。
ただ、戻るのはいいが、村長をどうするか。村長として、村民の火葬の場にだけは立ち会いたいだろう。
「村長」
陸王が声をかける。
「あんたはこれからどうする。火葬の場に立ち会いだろうが、レイザスで会議もある。こっちは抜けられんぞ」
「そう……ですな」
村長は答えて、実に悩ましく顔をしかめた。
彼は村長として村のことは気になるだろうし、かと言って会議を放り出すことも出来ないからだ。
そこに、秀士が顔を出した。
「村長、レイザスに戻りますか? 向こうは抜けられないでしょうから。こっちはこっちで俺達でなんとかしますから、戻ってください。砦の兵士も手伝ってくれるようですから」
村長は目を瞑って暫し考え込んだが、小さく頷いた。
「では、皆に甘えるとするか。本来ならわしも見届けなくてはならんのだが」
「いや、領主様と姫様のことをほかの村の村長達に知らせてください。あんなのはただごとじゃなかった」
秀士は顔を曇らせて言う。
それはそうだろう。人が人を喰らったのだ。それも領主自らが喰らった。あってはならない事象だ。その上、愛鈴の首を刎ねれば、かさかさの屍体に変貌した。
正に異常事態だ。
村長は直接見ていないから、何があったのかを詳しく説明するのは陸王からとなるが、会議の場にはいなければならない。今夜レイザスに戻ったら、おそらくそのまま会議が開かれることになるだろう。
陸王はそれを聞いて、
「なら、紫雲の馬に乗せて貰えばいい。俺は雷韋を連れて行く」
言って、村長の肩をぽんと叩く。
「乗せて貰えますか。それは有り難い」
村長の言うのにも、陸王は特に感情を入れて話さなかった。
「別に感謝して貰おうと思ってるわけじゃねぇ。あんた達にはさっさと会議を終えて貰って、報酬を受け取りたいだけだ」
その言い草は、取り付く島もないといったところだ。
陸王は砦の兵士達が騎馬を連れていこうとしているのを目に留めて、すぐさま彼らのもとに向かった。ここまできたら、村長などほとんど無視の態だ。
「おい、待て」
陸王の声に、兵士が三人振り向く。
「なんだ?」
「その馬を持って行かれるのは困る」
その言葉に、兵士達は怪訝な表情で、互いに目配せをする。
「どの馬が俺達が乗ってきたのか分からんが、二頭は置いていってくれ」
「どういう意味だ? これは俺達が乗ってきた騎馬だ」
「それは分かっている。だが、俺も砦から馬を二頭借りている。その馬でレイザスに行って、今夜、レイザスからここまで来た。村に戻るにも、少なくとも馬が二頭必要だ。こっちは四人だからな」
「しかし、我々も砦に戻るには騎馬が必要だ」
渋る兵士に陸王は言った。
「馬の全体数を見れば、二頭は余裕で余る。あんたらはそいつを使ってくれ。……と言うわけで、この馬は俺達のもんだ」
言うだけ言って、陸王は兵士達の手から強引に手綱を奪った。




