第六八話 不自由と自由と理由
晩課(午後六時の鐘)が鳴って夕食の時間になれば、陸王達三人が食事に下りてくる。
会議の一日目が終わった夕方、雷韋が村長達に声をかけた。誰に対しても、人見知りせず話しかける。どんな話をしたのか、これからどうするのかなど、会議の内容について知りたがったのだ。本人としては決して興味本位ではないつもりだが、周りから見ると興味本位まんまだ。それでも答えは返ってくる。こんな話をしたが、それ以上先に進めなかった、など。そう聞いて、雷韋も難しい顔をして考え込むのだ。考え込むのはいいが、これと言った妙案は出てこない。出てくるのは、村長達が散々話し合った結果と似通ったものだった。どれも結果的に没になるような案でしかない。それを指摘されると雷韋も考えて、「そうだよなぁ」と納得してしまうのだ。だから雷韋の意見は参考程度にもならなかった。
それ以上に、雷韋は領主である玄芭を庇おうとする立ち位置にいる。娘である姫が人質に取られた。誰だって自分の子供が可愛いのだ。だからと言って、村を贄にしてもいいわけではないのは分かる。ただ、領主のことも考えてやれ、と言うのが雷韋の立ち位置だ。だがそれでは、村人のことを何も考えていないとも言える。村人が今度の件の詳細を聞けば、なんらかの処罰を求めるだろう。雷韋の考えはそこに行き着かないから、そもそもが駄目なのだ。
雷韋と村長達の話を聞きながら紫雲も口を挟むが、それは結果を知るためのものだった。特に案を出すわけでもなく、会議の流れ全体を知ろうとするだけだ。その上で、村長達にどう進路を取ったらいいかなど問われても、紫雲は敢えて答えを口にしなかった。いや、答えは出るが、それは彼等が欲しい答えではないと言った方が正確か。欲しがっている答えは紫雲にも分かっているが、それはおそらく理想論なのだろうと思われる。玄芭に処罰を与え、それで村人達が溜飲を下げてくれるいくらかの方法。村長達はそれが欲しいのに、紫雲は与えなかった。そこには自分達で辿り着いて欲しかったからだ。結局、そこで村長達は言葉をなくすのだ。
陸王に至っては、一番辛辣で冷徹な意見だった。端的に、殺せ、とのことだ。これまでに、大勢の犠牲者が出た。襲われなかった村にとっても、今回の領主のやり方は卑怯で残酷だ。自分達も被害者になる可能性があったのだから。もしかしたら、被害に遭っていない村でも、邸で贄にされた者の家族がいるかも知れない。そうなったら、話は変わってくる。絶対的に処罰が必要になるだろう。被害に遭った者達などは、怒りに燃え滾っている。それこそ領主を殺さなければ気が済まないという風に。だったら殺せばいいというのが陸王の答えなのだ。それで誰が罪悪感を覚えようが関係ないと。殺されるほどの罪を背負った方が悪い。
しかし、その陸王を雷韋が止める。また闇の精霊が狂気を孕むと言って。それを言われては、陸王も流石に言葉を飲み込むしかなかった。一度、雷韋が酷い目に遭っているのを目の当たりにしている。とは言っても、陸王の答えは変わらない。口に出して言わなくなっただけで、殺してしまった方が村人のためだと思ったのだ。殺すのが最も単純明快でいいと。処罰としては、一番分かりやすい方法でもある。だからと言って、陸王は処刑に手を貸すつもりはない。それは領民自身がやらなければ意味がないことだ。殺したいと思いつつも、人殺しが怖くて手を出せないのなら、処刑は諦めることだ。代わりに、処刑に匹敵する刑罰を与えるのがいいだろうと。その方法が分からないから困っているというのに。それでも陸王は、無茶を承知で言ってみた。雷韋も、殺さないで罰を与えることが出来るのならと、それ以上は言わなかった。陸王は変わらず、殺すことが一番だと思っているが。
初めて陸王の言葉を聞いた時、村長達は考え込んだが、何かほかに方法はないかと改めて考え始めた。その態度に、自分の意見を入れないならと、陸王自身もその後は彼等に声をかけることはしなかった。伝える必要があることはしっかり伝えた。あとは彼等がどう出るか、それを見守るしかない。
そして、三日目の話し合いも終わり、解散した。今日もなんの案も出なかった。いや、もうほとんど解は見えているのだ。
玄芭を処刑することだ。
なのに、彼等にはやはり殺すことに躊躇いがあった。解に辿り着こうとするたびに、自然と目を逸らしてしまう。それが徐々にしこりのようになっていた。容易には取り除けない重く硬いしこりに。
外が暗くなり始め、晩課も聞こえ始めた頃、陸王達が二階から降りてきた。
「あー、ひっまー! すっげー暇! もう、退屈で退屈で死にそうだよ!」
雷韋が大声を出して、陸王に続いて扉を潜ってきた。それに対して、
「煩ぇガキだな。一日中言ってるつもりか」
陸王が苛立たしげに言い遣る。
「だって、ほんとに暇なんだもん。もう、俺、外に出てもいいだろ? 部屋に一日中籠もってたってすることねぇんだもんさぁ。三日も部屋にいるんだぜ?」
「馬鹿か、お前は。外なんかに出たら、出た途端に村の連中に捕まっちまうぞ。窓を見ろ。こっちの様子を興味津々に知ろうとしている。連中、宿で何が話されているか気にしているからな」
雷韋は村人達が張り付いている窓に目を遣ってから言う。
「捕まったって、俺、なんにも知らないもん」
「全く知らないわけじゃねぇだろう。奴らに捕まって、吊し上げられたいか?」
陸王はぺしっと雷韋の頭を平手で叩く。
「痛て。いや、そりゃ、全然知らないわけじゃないけど、詳しいことは知んねぇもん。村長達が領主をどうするかって相談してるのを知ってるだけだし。でも、それってまだ全然決まった話じゃないだろ? そんなの、あんただって知ってんじゃんか」
卓についたままの村長達がいるのにも構わず、雷韋は堂々とそんな事を言う。
陸王と雷韋が一つの席についたとき、紫雲が悩み深そうに目頭を揉みながらやって来て、同じ卓についた。雷韋の人目も憚らぬ喚きっぷりに頭が痛くなったのだろう。よりにもよって、村長達のいる前での発言だ。
それも気にならないのか、雷韋は卓についてエールを飲んでいる五人に声をかける。五人の中には樸人の姿だけがない。どうやら樸人は家に戻ってしまったようだった。
「なぁなぁ、俺はなんにも知らないよな? 陸王が殺せなんてこと言うから、みんなあれから考え込んじまったじゃんか。昼だって別だし、俺は部屋に籠もったままだし」
五人の中から、ゴザックの村長が雷韋に返した。
「あ、あぁ。そうだね。私達も色々相談してはいるが、君達には特に相談することはなくなったね」
「そうだよな。俺だって、今日はどうだった? って聞くくらいだし、でもあんた達は首を振るだけだし。俺、特に何も知んねぇよな? そりゃ、一緒に寝起きしてるから、ちょっとくらいは耳に入ってくるけどさ。でも、俺、なるべく聞かないようにしてるぜ」
そう言い募る雷韋に対し、紫雲は呆れて大きな溜息をついた。
「雷韋君、そう言うことじゃないんです。君が知ろうが知るまいが、村の人達は君の言い分なんて聞いてくれません。知っていると決めつけてかかってくるんです。それは村長さん達の話し合いで、領主をどうするか決めることを知っているからです」
どこか説教じみた言い方だったが、言わずにはいられないと言った調子だった。それでも雷韋は「俺は知らない」を繰り返すのみだ。
「雷韋」
陸王が一言、名を口にする。
「なにさ」
「村の連中の心が荒れてるのは、お前も知っているだろう。つい先だっても、お前はそのせいで闇の精霊に恐ろしい目に遭わされたばかりだろうが」
「それは……そうだけど」
「紫雲が言ったように、お前が何かを知っていようがいまいが、連中には関係ねぇ。捕まったが最後、何をされるか分からんぞ」
真剣な表情の陸王に静かに言われて、雷韋は僅かに硬い表情になる。
「何されっかって……」
「最悪、気が立っている連中に蹴る殴るされるかもな。その上で吐かせようとするかも知れん」
「なんでだよ!?」
急に雷韋は大声を出した。今更怖くなったかのように。
「ここに各村の村長達が集まっているのは知られている。その中心の話が領主である玄芭をどうするかって事もだ。村の連中の、奴に対する恨みは深い。もし処刑という事になれば、ここの連中は一気に砦に向かっちまうぞ」
「な、なんで?」
「虐殺するためだ」
雷韋はそれを聞いて真っ青になる。
「だ、駄目だ! そんな事!!」
「駄目だと言っても、その可能性を引き出すのがお前なんだ」
「なんでさ!?」
「村長達と宿に籠もっているからな。何がどうなっているか知ってて当然と思われているだろう」
低く響く声音で言う。これは脅しではあるが、半ば、脅しではない。下手に雷韋が外に出て村人に捕まれば、本当にそうなる可能性があるからだ。だからこそ、村長達は村人をなんとか宥めるよい言い方はないものかと、それにも頭を悩ませているのだ。まだ、玄芭が何をしていたのか知っているのはレイザスの者だけだ。ゴザックの村長も、村人にはその辺りのことはまだ言っていない。
それに被せるように、紫雲も沈んだ声で言った。
「雷韋君が暇を持て余しているのは分かります。ですが、君の不用意な行動が大変なことを引き起こしかねないんです。それはもう、理解出来ましたね?」
雷韋は俯くようにこくんと首肯した。
そんな雷韋に小さく頷いてみせ、紫雲は少年の細い肩ををぽんぽんと軽く叩いた。
「では、食事にしましょうか」
「ん」
答える雷韋は、ほんの少し唇を尖らせている。完全に納得がいっていないのだろう。ただ他の人にいらぬ迷惑をかけまいとして、納得した振りをしているのだ。
陸王は雷韋の、どうしても納得のいっていない口元に苦笑を浮かべる。それでも、これで充分とも思っていた。脅しの言葉も効いたのだろうし、大人しくしてくれるようであれば、暇潰しに当たって、適当に相手もしてやろうと思う。
席に着いてから特に店主に食事の用意を頼まずとも、店主の作った料理を女将が運んでくる。今、この宿を使っているのは、五つの村の村長五人と陸王達三人の計八人だけだ。村長達は会議が終われば食事の前に軽く酒を飲むし、陸王達は時間になったら食事を摂りに降りてくるのがこの三日間で決まっていたからだ。女将が陸王達のもとへ食事を運んできた際に、飲み物だけは何を飲むのか尋ねてくる。それも、陸王はエールで雷韋は水かミルク、紫雲はワインとほぼ決まっていた。
運ばれてきた食事は、馬鈴薯と玉葱、鶏肉入りのキッシュだった。それが二切れずつと、スープは鶏ガラで作ったらしい塩のスープだ。それに小分けにしたパンが六つ。
雷韋としては物足りない食事内容だが、決して満足できないわけではない。文句も言わず、いただきますと早口に言って、さっさと食べ始める。
それに陸王と紫雲も続いて食事を始めた。
少しの間、彼等の間に会話はなかったが、やがて雷韋がぼやくように口を開く。
「肉が食いたいなぁ」
「あ?」
キッシュを食べている雷韋を見て、陸王が怪訝な声を出す。
「肉だよ、肉肉!」
「鶏肉が入っているだろうが。スープの方にもガラから外れた肉が入ってるぞ」
「そう言うんじゃなくてさぁ、肉っ! ていうやつが食いたい。ステーキだよなぁ、やっぱ」
「お前……」
陸王は聞いていて脱力した。
それを傍目に、
「鹿肉が食いたい。鹿だよ、やっぱさぁ。兎も悪くないけど」
陸王は卓に肘をつき、手で顔の半分を覆って食べる手を止めてしまった。
紫雲はそれを見て苦笑する。
「雷韋君は肉が好きですもんね」
「そうだよ。肉食って元気、元気!」
両腕を上げて、力こぶの出来ない腕で力こぶを示してみせる。
「今は仕方がないですよ。どの家庭でも食糧事情は厳しいはずです。窓から見ていた限りでは、ここ三日ほどでようやくもとの生活に戻れたという感じです。畑仕事も一時中断されていましたし、猟師も森に入って獲物を探しているところでしょう。特に宿の食料は共同生活の中でほとんど使い切ってしまっているらしいですから、外から入ってくる食料は少ないはずです」
「レイザスが一番長くやられてたところだもんな」
「えぇ」
雷韋はそこで、うんと頷いてみせ、
「色々あったし、しょうがないっか。でも猟師の人、早く獲物狩ってきてくんねぇかな。外に出られんなら自分で狩ってきてもいいけど、出らんないかんな」
「まぁまぁ。食事にけちをつけるのは無作法ですよ。作ってくれた方にも失礼です」
「そだよな。折角食べるもんがあるのに、文句言ってたら罰が当たる。これはこれで美味しく食おーっと」
雷韋がスープを掬って口に運んだとき、陸王にじっと見られているのに気付いた。
「なにさ」
「お前は自由だな」
呆れ果てた口調で言い遣る。
「はぁ? 俺、全然、自由じゃないけど。外にも出らんないし」
「そう言う意味で言ってんじゃねぇ」
「じゃあ、どういう意味さ」
「分からんのならいい。俺は飯を食う」
陸王は再び手を動かし出したが、雷韋は「わっけわっかんね」と少し不貞腐れたように言うだけだった。




