第六一話 報告
ある程度歩いて行くと、村の中心付近という場所に出た。そこには民家よりも大きめの建物が建っていて、男連中が入り口に集まって扉に耳を当てている。窓から中を覗いている者もいた。
「おい、どうした」
陸王がその状態を怪訝そうに見遣って声をかけると、皆驚いたように一斉に振り返る。
「あぁ、こりゃ、陸王さん」
「戻ってくれたのか。吸血鬼を殺してくれたんだってな」
「紫雲さんから聞いてるよ。礼を言わせてくれ。有り難うな」
そう口々に言ってくる。皆、安心した顔つきだった。吸血鬼が滅んで、レイザスに二度とあんな惨いことが起こらないと安堵しているのだ。
「別に礼はいい。こっちも仕事をこなしただけだしな。それより、なんだってこんなところで中の様子を窺っているんだ」
陸王が問うと、皆、急にそわそわし始めた。中から一人、前へ進み出してきた男がいた。その男の言によると、紫雲が朗報を持ってきてくれたのはよかったが、樸人村長とだけで話をしたいと宿の中へ入ってそれっきりのようなのだ。いつまで経っても出てこず、気になった男達が中を覗いたりして様子を伺っているところだという。
それを聞いて、紫雲も玄芭と玄史、それに家令のことを話しているのだと陸王は悟った。だから言ってやった。
「ちょっとした都合でな、俺達からはお前らに話せんことがある。話が聞きたけりゃ、村長から聞け。あとから説明があるだろう。それまでの辛抱だ」
陸王の言葉に「あとから話があるんなら」「こうしていても仕方ないか」などと納得して散っていく者もあり、それでもその場に残る者もあった。
陸王は散っていく男達に声をかけ、
「馬を預かってくれんか? 砦の騎馬だ。村長から返して貰うつもりなんだが」
と馬を預かって欲しい旨を言うと、二人、男が戻ってきた。
「だったら、村長のところの厩舎に連れて行くさ」
「紫雲さんが乗ってきた馬も砦のだったと言うし。村の馬、駄目にしたんだってな」
最期に揶揄うような言葉をかけられた。そのついでに手綱も男が手に取ってくれた。
「頼む」
陸王は男達にそれだけ言って、雷韋を伴って宿の中に入っていく。
唐突に扉が開いたことで、紫雲と怪我の手当てを終えた村長が陸王達に顔を向けた。
「陸王さん、やっと来ましたね」
紫雲が少し困惑気味に声をかけてくる。それでも雷韋の無事な姿を見て、微笑んだ。
「雷韋君も無事でよかったです」
「うん、まぁな」
苦虫を噛み潰したような苦い顔で笑みを浮かべる。ゴザックの村長に陸王が言っていたことを思いだしたのだ。見捨てられて、贄にされたのだと。それをレイザスの村長に紫雲から話したのだと、今なら雷韋にも理解出来る。
何故なら、村長の顔には安堵と共に憤りの色が存在していたからだ。
村が贄に差し出されたと聞けば、領主を恨みたくもなるだろう。誰だってそう思うに決まっている。
陸王は二人がついている卓に近寄り、懐から小さな革袋を取り出して、ぽいっと放った。
「これはなんですかな、陸王殿」
「吸血鬼の死骸の一部だ」
「な、なんですと!?」
村長は恐れたのか、椅子から半立ちになる。
それをおかしく思ったのか、陸王は苦笑交じりに言った。
「大丈夫だ。太陽の光を浴びた吸血鬼の死骸が燃え上がったあとに残った灰でしかない。そのほとんどが風に飛ばされて散っている。そいつは残りかすだ」
革袋を示すように、顎を呷ってみせる。
「一応、証拠として持ってきた。金を貰うんだから、そのくらいは提示しねぇとな」
陸王が言うと、村長はぎこちなくではあるが椅子に座り直した。
「あ、あぁ、そう言うことですか」
「なんだ、驚かせるためにとでも思ったか?」
「いえ、そういうつもりではなかったのですが」
しどろもどろに答えるのを聞いて、陸王は呆れた。
「怖いもんなんざ何も入っちゃいねぇ。ただの灰だ」
言う陸王に、雷韋が声をかけた。
「なぁ、俺、見てみてもいいか?」
「好きにしろ」
そう言われたので、雷韋は少しおっかなびっくりの態で革袋を手に取った。それから恐る恐る革袋の口を開けるとそのまま中を覗き込んだが、急に雷韋はつまらなそうな顔になった。
その様子を不思議に思ったか、紫雲が声をかける。
「雷韋君? どうかしましたか?」
「いや……」
言う声音は、どこまでもつまらなそうだ。雷韋は袋の中から視線を紫雲に移し、
「ほんとに死んでるなって思っただけ」
そう答えると、今度は陸王が雷韋の後頭部を引っ叩く。
「いった!」
「だから死んだと言っているだろう」
呆れ果てたように言うと、雷韋の手から革袋を取り上げる。
「いやさ、血を垂らしたら復活しちゃったりして、とか思ったんだもんさ」
「坊や、恐ろしいことを言わんでくれないか」
村長が顔を青白くして言う。
「だって、吸血鬼の生態って、よく分かってねぇんだろ? じゃあ、そう言うこともあるかもなぁって」
「馬鹿言うな」
雷韋の言葉に、陸王は眉根を寄せる。
「取り敢えず、お前らも見ろ」
言って、陸王が中身の灰が見えるように革袋の口を広げて卓の上に載せた。小袋の中には、一掴みほどの灰が入っているだけだ。ほかに怪しいものは何もない。
それを確認した紫雲が、雷韋に問いかけた。
「ですが雷韋君。本当に死んでいるというのはどういう意味です?」
言われた雷韋は、両手を広げて肩を竦める。
「だって、灰の中の欠片にも精霊の気配がなかったんだもんさ」
「精霊の気配?」
雷韋は紫雲にも村長にも分かりやすく説明した。
生き物には必ず精霊がついて回ると。それを『守護精霊』と呼ぶ。魔族の守護精霊は風だ。吸血鬼は魔族の端くれだから、同じく風が守護精霊だろうと思ったと。もし仮にでも生きているとしたら、灰にも精霊がついていると思ったというのだ。結局のところ、灰にはなんの精霊もついていなかったが。
「ま、生きていられても困るんだけどさ」
雷韋は頭の後ろで手を組んで、暢気にそんな事を言った。
実際に対峙した陸王から言わせれば、堪ったものではないが。
「雷韋。まず、お前は黙っとけ」
「ちぇっ」
邪魔者扱いされたと認識してか、唇を尖らす。どうせ発言権もないだろうと、手近にある椅子に逆向きに座ると背凭れに抱きついた。
陸王はそんな雷韋を無視して話を進める。
「灰は、灰以上でも以下でもない。それは分かっただろうが、そんなことよりも問題は領主にどう対処するかだ。村長も事情は聞いただろう。どう動く?」
樸人は陸王の言葉にぐっと奥歯を噛み締めて、改まった口調で答える。
「領主様のことは許せませんよ。我々を見殺しにするつもりだったことは、絶対に許せません。そのせいで死んでいった者達にどう詫びをするおつもりなのか。――いや、詫びても詫びきれないでしょう」
「ま、そうだな。事はこの村だけの問題じゃない。領地にある村全てが巻き込まれるところだったんだからな。実際、ルアドは襲われて人死にが出ている」
「えぇ、その通り。この村だけの問題ではない。……陸王殿」
陸王に向き直って、村長は吸血鬼を滅した仕事への報酬の話をし始めた。まだほかの村に金を貸してくれるよう、要請はしていないこと。今ならルアドがある程度貸してくれるだろう事、ゴザックも頼れるだろう事などを話始めた。その話し合いに幾日か時間がかかることも説明された。それ以上に、各村の村長を集めて大切な話し合いの場を設けたいことも村長は口にした。領地の村長全員が集まった場で、今回のことの顛末を正確に伝えて、領主に対してどういう態度を取るかを決めたいと。領主にも領主の言い分があるだろうから、その確認も怠れないことなども話に出た。
樸人は到底今回のことを一人で抱えきることは出来ないと言った。だから各村の村長が全員集まって、砦に向かわなければならないと。ただ紫雲の話からすると、領主が目を醒まさなければ、彼がどういう事態になっているのか分からないことから、暫く時間がかかるだろうと予測された。陸王達は金を貰えばそれで全て解決だが、領地の村々はそうはいかない。人死にが大勢出ている。領主に、領主としてどう責任を取らせるのか、それも相談したいと言う事だった。
だから、全てがはっきりするまで、雇い賃は待ってくれと言われた。それ以上に、吸血鬼と対峙した陸王達の話も聞かせて欲しいとのことだ。相手がどんな生き物で、滅ぼすためにどんな苦労があったか。また、村々に非常警告を発した理由も改めて村長達に説明して欲しいとのことだった。
陸王としては面倒なことこの上なかったが、長として彼等には知る権利がある。何が起こって、どうやって今のこの現状があるのか。巻き込まれた側からしてみれば、知りたいに違いないのだ。ゴザック、レイザス以外の村はわけが分からぬうちに、非常警戒を取らされ、なのに知らないところで全てが終わってしまっている。顛末は聞きたいだろうし、それによっては領主の考えも確かめたくなろう。
「陸王殿。申し訳ないが、金のことは今暫く待って欲しい。全ての結果が出るまで、どうか」
「まぁ、俺自身も玄芭の考えは知りたいと思っていたところだ。いいだろう」
「その間、この宿を自由に使ってください。亭主には私から伝えておきますので。勿論、待って貰っている以上、宿泊にかかる全てのお金はいりません」
それを聞き、陸王は少し考えるように指先で左眉の上を掻いた。
「……気持ちは有り難いが、それじゃ宿はいいだろうが、あんたが干上がっちまうだろう。俺達が宿泊する日数も分かってねぇのに、その分をあんたが補填するってんなら、悪いがその分は報酬にして回して貰いてぇ」
「いや、しかし……」
「だったら、こうしよう。宿泊費だけなら持って貰いてぇ。飯や風呂のことは俺達の懐から出す。そうした方が、あんたの補填の金額も少なくすむだろう。どうだ?」
軽く促すように言うと、村長は僅かばかり考え込んでから首肯した。
「分かりました。それで手を打ちましょう。全く申し訳なく、不本意ではありますが」
村長の言葉を受けて、陸王は雷韋と紫雲に目配せした。二人はいずれも、何も問題はないという風に頷いて返してくる。
その様子を見て、村長は席を立った。
「皆さん、食事はまだでしょう。すぐに亭主を呼んで作らせます。少々お待ちください。その間に私は、皆に今回の出来事の原因と結果を知らせてきます」
「事の原因を知ったなら、きっと蜂の巣を突いたような騒ぎになるでしょうね」
紫雲が声をかけると、樸人は重々しく頷き、溜息交じりに言った。
「そうなるでしょうな」
樸人村長は困ったように頭を振りつつ、宿を出て行った。




