第六〇話 知らせるべき事案
雷韋の状態を話して聞かせたあと、陸王は村長に話があると声をかけた。
吸血鬼と玄芭、玄史の関わりだ。今回、直接被害に遭ったのは、レイザスとルアドの二箇所だ。元々はレイザスが狙われていたが、ほかに砦でも被害者が出ている。レイザスも砦での被害者も、贄として差し出されたのだろうことを陸王は語った。レイザスを餌場と決めたのは吸血鬼かも知れないが、砦での犠牲者は玄芭達の仕業だ。娘可愛さに、吸血鬼に差し出した贄。それに吸血鬼は一箇所しか餌場にしないと言われているが、今回は例外的にルアドも襲われている。ここ、ゴザックにもやって来た。ルアドでは二次被害も含めて、一晩で十数人の犠牲者が出た。それを玄芭達が知っていたかどうかは分からないが、知っていても知らぬ振りを決め込むだろう。
領主兄弟は、それくらいには吸血鬼に加担していたと言う事だ。領民のことなど考えず、娘のことしか考えていなかった。人質に取られていたとしても、『飼う』とさえ吸血鬼は言ったのだ。そのことに驚きはしていたものの、生きてさえいればという思いが強かったせいか、玄芭は『飼われ』ても戻ってくるならそれでいいと考えていた。何を置いても、娘の生命のことしか考えていなかったのだ。
陸王はそんな領主をどうするかと、村長に問うてみた。幸いなことに、この村にも吸血鬼は現れたが、狙われたのは村人ではなく雷韋だった。もし雷韋がいなければ、村人に被害が出ただろう。レイザスは領主兄弟に見捨てられた。同じように、ゴザックも見捨てられる可能性があっただろう。そんな判断をする領主を頭にいただいて、何事もなかったかのように黙って暮らしていくのかと問うたのだ。
村長は問われて難しい顔をした。
雷韋も助祭も、そんな村長の様子を窺っていた。そう簡単に決が出ることではないかも知れないが、これは喫緊の課題と言える。
考え込む村長に、陸王は一言かけた。
「俺達はこれからレイザスに向かう。領主は吸血鬼の魔気を受けて、まだ意識は戻っていないそうだが、何をするにせよ早めに決めておくことだ。村の未来を思うならな」
そう言ってから騎乗し、雷韋も馬上に引き上げて後ろに乗せると馬首を巡らせた。雷韋に荷物は揃っているか確認したが、きちんと揃っているという答えに頷き、陸王はそのまま馬を進めていった。
が、雷韋はなんとなしに振り返る。すると、難しい顔の村長の肩に助祭が手をかけているところだった。何事か助言でもしているのだろう。声をかけている助祭とそれに難しい表情をして一言二言、言葉を発している風の村長だったが、二人の声は小さすぎて雷韋のもとまで聞こえてこなかった。だから雷韋は、思い切り声を張り上げて二人に伝えた。
「昨日の夜、一緒にいてくれてあんがとなぁ!」
大声で言ったあと、大きく手を振る。
なんの前触れもなく声が聞こえてきて驚いた風の二人だったが、すぐに口元に笑みを湛えて手を振り返してくれた。
雷韋もにっかり笑って、二人の姿が木々の向こうに消えるまで手を振り続けた。
いい加減、手を振り尽くして、今度は陸王の腰に両腕を回して背中に額を預ける。
その感じが陸王には甘えている風に感じられて、些か居心地悪く思った。
「どうした」
陸王がぶっきら棒に問うと、雷韋は背に額を預けたまま無言で首を振る。
「何かあるなら口で言え。気持ち悪い」
「んだよ~」
不貞腐れた声が返ってくるが、陸王は構わなかった。
「お前が妙にひっつくのが気持ち悪いって言ってんだ。どうした、なんだ」
「こういうときくらい察しろよな。俺もあんたも無事でよかったって伝えてんの。安心してんの、俺は」
ぶー垂れた風に言って、陸王の背中から額を離す。
「あまり離れるなよ。落ちるぞ」
「なんだよ、くっつくなって言ったり、離れるなって言ったり。どっちだよ」
「普通にしてろって言ってんだ」
「普通って何さ。どんなんだよ」
「振り落とされん程度にくっついてろ。飛ばすぞ」
言葉を言い終える前に、既に陸王は馬の腹を蹴っていた。一気に馬の駆ける速度が上がる。その時の衝撃に、雷韋は慌てて陸王の腰に強く掴まった。その様は、先ほどよりずっとくっついていた。何しろ、振り落とされまいと、陸王の背中にべったりと張り付いているのだ。
「陸王~! 怖いって~! もうちょっと速度落とせよ~!」
雷韋は陸王にがっしりしがみ付いて、情けない声を出す。
「喋るな、舌噛むぞ」
それだけ言って、陸王は更に馬の速度を上げた。雷韋としては更に速度が上がって、生きた心地もしない。ただもう目を瞑って、我武者羅にしがみ付くだけだ。陸王がどうやって馬を操っているのかなど、確認も出来ない。
陸王は村の外れから、そのまま街道に出た。村を通っていくよりも、ずっと近道が出来るからだ。
レイザスの村まで、二人は口を利かなかった。陸王は端から話すつもりはなかったし、雷韋に至っては振り落とされないよう必死だったからだ。
それにしても、さすがは砦で飼っている騎馬だ。ゴザックで借りた馬とは全く違う。言ってしまえば話にもならなかった。出る速度も、その速度に対しての揺れも少ない。雷韋は慣れない馬にてんてこ舞いのようだったが、陸王は胸の内で感嘆していた。
ただゴザックから乗っていった馬は、邸に乗り込んだあとどうなったか分からなくなっているのだが。陸王は、それを村長に伝え忘れたなと、頭の隅でぼんやり思う。
この馬でレイザスに向かうなら、すぐに到着できるだろうと思った。実際、それはその通りで、ゴザックの離れから街道に出てから四半刻程度(約三〇分)過ぎた頃だろうか、それよりは時間が経っていたかも知れないが、遂にレイザスへの曲がり角が見えてきた。大きなイチイの木が目印だ。
イチイの木付近まで来たとき、やっと陸王は騎馬の速度を落とした。それに伴って、背後から震える溜息が聞こえてくる。雷韋のものだ。
「あんた、どういうつもりだよ! あんなに速度出してさぁ! 怖かったんだかんな!」
怒る声にも震えが混じっている。陸王にひっつく身体も微かに震えていた。
そんな雷韋を肩越しに振り返る。
「お前、どれだけ怖がりなんだ。たかが馬の走る速度だろうが」
呆れた調子で言うと、雷韋が噛み付いてきた。
「その馬の速度が怖かったんじゃんか! 人はあんなに速く走れねぇよ! この馬鹿ったれ!!」
本気で怖かったのか、半泣きで喚き散らす。
陸王はそこまで言われて反省したのかしていないのか分からぬ苦い溜息をつき、雷韋の頭をぽんぽんといつものように撫で叩いてやった。
「馬はここまでだ。降りていいぞ」
「今みたいな速度で振り回されちゃ堪んねぇよ」
ぶつくさ言いつつ、雷韋もなんだかんだでさっさと馬から下りる。
それを傍目に陸王も下馬し、手綱を取って歩き出した。そのあとをてくてくと雷韋がついていく。
林に囲まれた長めの村道を歩き、村の端に入った。所々に防風林の立木が立っていて全容ははっきりしないものの、木立の向こうにはやっと民家と思われる建物の姿が現れた。陸王は特に迷うでもなく進んでいくが、そのあとに続く雷韋はゴザックとの違いで、きょろきょろと落ち着かない様子だ。
「なぁ、ここが一番最初に襲われてた村か?」
「そうだ。俺と紫雲が来たほぼ直後にも襲撃があった」
「そっか」
徐々に建物の数が多くなるのを見ながら、雷韋は陸王と言葉を交わしていた。
その途中から、村の者達が陸王に声をかけてくるようになった。そのほとんどが素直な感謝の言葉や、これからはゆっくり心置きなく眠ることが出来る、家族も安全に過ごせるなどと言ったものだった。紫雲が先にレイザスに着ていたから、既に吸血鬼が滅んだことは知れ渡っていたようだ。
陸王が村の者に「村長はどこにいる」と尋ねると、紫雲と一緒に宿にいるはずだと返ってきた。それに軽く礼を言い、陸王はどんどん先を歩いて行く。雷韋は置いて行かれないように少し小走り気味についていった。
納屋の後片付けの最中であろう人々の姿が増え、そのたびに陸王に注目が行く。かけられる言葉も多くなっていった。それに対して陸王は適当に返事を返しながら、宿に向かって歩いて行く。




