表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/67

第五九話 人々の安堵

 レイザスへは砦から南西に向かう街道を真っ直ぐ辿った先にある、イチイの大木を左に曲がればいい。ゴザックへは、その村道を更に越えて道なりに真っ直ぐ行けば辿り着く。

 雷韋(らい)がいるのはゴザック村だ。その村の外れもいいところに、小人族(ミゼット)(ほら)がある。村の子供達が秘密基地として使っている場所に、今、雷韋はいる。陸王(りくおう)が迎えに行くのを今か今かと待っているはずだ。

 街道を真っ直ぐ馬で駆け抜け、イチイの大木がある別れ道までやって来たとき、そこで紫雲(しうん)から声がかかる。

「私はこのままレイザスに向います。吸血鬼は確実に滅んだんですね?」

「あぁ、間違いない。首を断ったあと、陽の光に晒されて灰になった。複数の兵士もそいつを確認している」

「分かりました。砦や領主のことも含めて、村長や村の人達に説明しておきます」

「雷韋を迎えに行ったら、俺達もレイザスに向かう。あの村で契約をしたのに、二日も空けちまったからな」

「そのことも説明しておきますよ。では、後ほど」

 言って、紫雲は馬を駆けさせていった。陸王はその姿を見ることもせずに、ゴザックの村へと向かった。

 馬を暫く走らせていると、枝道が現れた。だが、まだ曲がる道ではない。もう一本杣道(そまみち)があってそれを越えた先にある道を曲がればゴザック村だ。

 陸王は二つの杣道を越えた先にある道から村へと向かった。

 村に辿り着くと、もう陽も明けて暫く立っている。村人はそれぞれに村の中に散っていた。明るくなれば吸血鬼は出ないからだ。

 陸王が戻ってきたことに気付いた村人達が周りに集まってくる。

「お侍さん、昨日は何がどうなったんだ? 村に被害は出なかったが、あんた達の姿が見えなくなっていて、心配してたんだ」

 中年の男が声をかけてくるが、陸王は馬から下りもせずに逆に問いかけた。

「俺の連れはどうしてる」

「まだ洞から出てきてないと思うよ。昨夜は助祭様と村長が一緒にいたが、まだ姿が見えない」

「そうか。なら、まず一つは朗報だ。吸血鬼は消滅した。二度とこの近辺に現れることはないだろう。灰になったのも確認した」

 それを聞いて、村の者達は男も女も喜びにわっと声を上げた。

「詳しいことは村長に話すが、一段落だ。そんなわけで、俺は洞に行くぞ。詳しいことはあとから村長に聞いてくれ」

 それだけ言うと、陸王は馬を洞のある方に進めていった。村の外れまでやって来て、更にその奥へと向かう。すると、深い木々の向こうから、「陸王が戻ってきた!」と変声前の高い声が聞こえた気がした。いかんせん、遠くから聞こえてきただけなので、はっきりとはしないが、それでも雷韋の声だと陸王は思う。

 木々の間から、暗い口を開けた洞らしきものが見え隠れし始めた。

 そこから「陸王!」と声が走ってくる。それは確実に、雷韋特有のまだ声変わりもすんでいない高い声だ。

 向こうから陸王の姿が見えたのか、それとも陸王の気配を感じて雷韋が声を上げたのかは分からないが、下草を掻き分けてくる音が響いてくる。

 陸王は馬から下りて、手綱を引きながら洞の方へと向かった。

 と、雷韋の姿が木々の合間から見えた。全力で両腕を振っているのが、なんとも雷韋らしい。離れた後ろには、村長と助祭の姿もあるようだ。

 その三人の中で、当然、一番に駆けつけたのは雷韋だった。だが、単に喜んでいるのとは違った。

「陸王、陸王! 大丈夫か? 平気か? 気分悪いとか、どっか苦しいとかないか?」

 駆けつけたのと同時に陸王の右手を取って両手で握り、そんな事を口早に問うてくる。

 陸王もこれには些か面食らったが、すぐに苦笑を浮かべて雷韋に応えてやる。

「大丈夫だ。どこもなんともねぇ。お前のお陰でな」

 言って、陸王は雷韋の手から右手を離し、懐から耳飾りを取り出した。それを見て、雷韋が驚いたように呟く。

「あ……。届いてたんだ」

「こいつに気付かなかったら、何がどうなっていたか分からん」

 それを聞いて、雷韋は今にも泣き出しそうに顔を歪めた。そして言うのだ。

 本来、精霊にものを持たせて移動させたりは出来ないのだと。風球は飽くまで意思の疎通にしか使えないらしかった。あの時、既に風球は半ば以上散っていたが、あまりにも陸王の様子がおかしかったことから、無理に託したのだと言う。雷韋自身も成功するかどうかは分からなかったらしいが、今こうして目の前に耳飾りを手にした陸王がいる。成功してよかったと、心の底から安堵を見せていた。

「成功したかどうかは分からなかったのか」

 陸王が問うと、雷韋は首肯した。

「耳飾りを送って、すぐに風の精霊が散っちまったんだ。下手したら耳飾り、なくしちまうところだった。せっかく買って貰ったのに」

「そうか。なら、ますます助けられたってことだな」

 それを聞いて雷韋が、もう憂いのない明るい顔を見せた。

「助けたのは俺じゃなくて、精霊だ。精霊が俺の願い聞き届けてくれたから」

 そう言ってにっこり笑う。てらいのない、雷韋らしい笑みだった。

 それを見て、陸王はなんとも言えない気持ちになった。だから言葉ではなく、雷韋の頭をわしゃわしゃと撫でることで返事とした。その際、雷韋の片手に耳飾りを握らせてやる。

「あ、ちょ! やめろよ、髪がぐちゃぐちゃになる~」

「もう一度、結い直せばいいだろうが」

「あのな~」

 上目に陸王を見上げたが、次の瞬間、はっとした表情になる。

「そう言えば、紫雲は? 火影を爆発させたときには塔の部屋にいたんだよな?」

「あいつも無事だ。先にレイザスに向かった。今回のことの顛末を伝えるためにな。それに俺は、あそこで雇われた。行って、金も受け取らにゃならん」

「そっか。雇われてたんだっけ。……うん、紫雲も無事ならいいか」

 と、そこで咳払いが聞こえた。

 目を向けると、村長と助祭が立っている。

「再会の挨拶はすみましたかな?」

 村長の言葉だ。が、言葉の柔らかさとは裏腹に、眼差しはきつい。吸血鬼のことは雷韋から聞いているはずだが、陸王に直接尋ねたかったのだろう。

「この坊やから、吸血鬼が死んだと聞きましたが、それは本当かね?」

「あぁ。首を断って、陽に晒して灰になるところを確認した。完全に消滅した」

「そうか。なら安心だ。これからは、吸血鬼のような化け物に怯えずにすむ。村の者達に被害が出なくてよかったよ」

 ほっとしたように村長は言い、見るからに肩から力が抜けている様子だった。

 その村長を助祭が促す。

「村長、例のことは?」

「あぁ、そうだったな」

 村長は一度頷くと、陸王に改めて向き直った。

「実は、この子のことなんだが」

 言って、雷韋の肩に手を乗せる。それに慌てて反応したのは雷韋だった。

「いや、だから言っただろう? あれは俺の一族には普通にあることなんだって」

 陸王はそこで訝しげに眉根を寄せる。

「何があった、雷韋」

「あ、あの、その、さ……」

 口籠もり、陸王をまともに見ようともしなかった。目が完全に泳いでいる。それだけで、嫌な予感が陸王の胸に兆した。

「あの……」

「はっきり言え」

 雷韋はそこで観念したように一度口を噤んでから、開いた。

「吸血鬼の魔気受けちゃったらしくて。いや、腕に傷はつけておいたから大丈夫だったんだけど、その……、血が真っ黒に変色するだろ? それ見て、二人が驚いちゃってさ」

 だけど大丈夫だぜ、と言って、更に続ける。

「魔気は助祭の兄ちゃんに祓って貰ったし、俺もこうしてぴんぴんしてるだろ? 別に問題でもなんでもねぇよ。二人にはちゃんと説明したしさ」

 言う雷韋から顔を背け、陸王は悔しげに目を瞑った。

 雷韋が喰らったのは、吸血鬼の魔気であるはずがない。あれの効力は個人に対して働くものだ。しかも濃い。もし吸血鬼が魔気を放ったとしたら、陸王にも感じられたはずだ。第一、あの時の吸血鬼には、もう魔気を発する力さえ残っていないようだった。それ以上に、雷韋が吸血鬼から魔気を受けたとしたら、こんなに元気なわけがない。少年が受けた魔気は、吸血鬼を殺したあとに陸王が放ったものだろう。自覚はなかったが、あの時は瞳が紅く染まっていた。魔気も当然発されただろう。風球を通して、それが伝わったとしか思えなかった。風球の時限が切れる頃のことだから、受けたのはほんの少しだろうが、それでもやはり陸王の放った魔気に当たったのだ。腕に傷をつけていたと言うから、自然と濁った血が流れ出したのだろう。それで村長と助祭が驚いたというところだ。雷韋は鬼族のため魔気には弱いが、ほかの人族は長時間魔気に晒されない限り異常を来したりはしない。あの場で陸王と共にいた兵士達が無事で、雷韋だけが魔気を受けて影響が出たのはその違いだ。

 正直に言って、陸王は自分に腹が立った。何もかも、雷韋がいてくれなければ本当にどうなっていたか分からない。己を制御しきれない未熟さが悔しかった。

 陸王は憤りを吐き出すように大きく息をついてから、雷韋に向き直る。

「今はもう、どうともないんだな?」

「なんでもないって。悪い血は全部出たし、元気だろ?」

 雷韋は少し困ったように笑って見せた。そこで陸王もようやく安堵する。

 陸王は笑ってみせる雷韋の頭の上から、村長と助祭に顔を向けた。

「血が黒く染まったのは魔気に当たったからだ。こいつの身体は魔気を受けると血が濁るんでな。あんたが……」

 そこまで言って、助祭の目を見る。

「あんたが祓ったら、血はすぐに元の赤に変わっただろう。だったら大丈夫だ。心配には及ばん」

 助祭はそれでも何か言いかけたが、結局、口は(つぐ)んだままだった。

 その様子に、雷韋もほっとしているのが分かる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ