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第三三話 雷韋を思い

 ゴザックの村道まで陸王(りくおう)は送って貰い、紫雲(しうん)はそのまま馬首を巡らせてレイザスに向かって行った。

 ここへ来る道すがら、雷韋(らい)にはあまりきつく当たらないように促されたが、陸王としてはそうもいかなかった。陸王とて、きつく言いたいから言おうとしているわけではない。今回の件は躾に近かった。こちらの様子を窺うなと言ったのに、それを超えてここまでやって来たというのだから。

 なんという愚か者かとしか言えない。気配だけで昏倒してしまった癖に、実物に会う可能性を高くしてどうするというのか。雷韋にとって益がないどころか、毒にしかならないというのに。

 陸王は村道で馬から下りて、悶々とした気持ちで歩いていった。

 一度は雷韋を殴ってやろうと思いもしたが、今はその気持ちはなくなっている。それでも、あの少年を目の前にした時、自分がどんな感情で動くかが分からなかった。

 ここに来るまで様々な感情に襲われたが、そのどれもが雷韋を前にした時に見せる感情とずれがあるような気がしていたのだ。

 罵るでも、怒るでも、ましてや安堵はあり得ないが、無事な姿を見たら多少は感じるかも知れない。

 けれど、どんな感情も何か違う気がしてならなかった。自分の反応を想像することが出来ない。そのことに陸王は苛立っていた。勝手にやってきた雷韋に苛立つのではなく、雷韋に相対する時の自分が想像出来なくて苛立つ。自分がどう行動するか分からないというのは、酷く嫌なものだった。

 自分を制御できないのが殊の外、嫌なのだ。それこそ神経に障るように、心に荒くヤスリ掛けされているような気分だ。どんどん、ささくれていく。

 村の建物が見えるようになった頃、陸王は己の抱えているもやもやを一旦脇に置いた。いつまでも考えているものでもないと思ったのだ。結局は、雷韋と会った時に自然と反応が出るだろう。それがどんな感情であろうと素直に。

 持て余した気持ちを脇に追いやって、陸王はどんどん村の中へと入っていった。

 村の様子はばたばたと落ち着きがない。夕刻の太陽もかなり傾いている。まだ日の入りには時間があるが、暗くなる前に移動してしまおうとする人々が多かった。女子供が向かう先は村のもっと奥にあるようだが、東西南北で言うなら、東側にあるようだ。そちらに納屋があるのだろう。おそらく、どこに隔離するか決めたのは紫雲だ。

 それを眺め遣っていると、一人の男が近づいてきた。

「おい、あんた。旅の人か?」

「まぁ、そうだな」

 陸王は聞かれたから答えたという風に応じる。

「悪いが、今この村には泊まることは出来ないぞ。この近辺の村もおそらく同じだ。悪いが、出て行ってくれ」

「俺はそいつで来たんだ。レイザスの村長と吸血鬼を滅ぼすと契約してな」

 陸王の言葉を聞いて、男ははっとした顔になる。

「じゃあ、あんたが今夜ここに来るって言う、侍ってやつか? 修行(モンク)僧の人が村長に話してたのを聞いてたよ」

 言って無遠慮に、陸王を頭の先から足の先までじろじろと眺め回す。

 それを鬱陶しげにして、陸王は次の言葉を放った。

「なら、これは知っているか? 十四、五の異種族のガキだ。この村に来た筈なんだがな。あるいは小人族(ミゼット)(ほら)に行った可能性もあるとか」

「ん? 異種族の子供が洞に?」

 僅かに首を傾げて、考えるように視線を明後日に向ける。

「見掛けたことはないか? 飴色の髪で、赤い耳飾りをつけてるガキだ。目尻には紅も差している」

「なかなか派手な子だねぇ。化粧してたり耳飾りをつけてるなんて、女の子かい?」

「一見、女に見えんこともないが、男だ。修行僧と一悶着あったようだが」

「いや、俺は知らない。村長や修行僧と一緒にいた時間も少しだったからな。なんだったら村長に会うといい」

「それはいいが、先に馬を返したい。おそらくこの馬は村長のものだ」

 陸王も紫雲に確認したわけではないが、紫雲が明け方乗っていった馬はレイザスの村長のものだ。紫雲はレイザスからゴザックに向かって雷韋に出会った。そこから陸王のもとまで来たと言う事は、ゴザックの馬だろう。しかも、乗馬用の馬を持っているのは大抵の場合、村長だ。だからこの馬も、村長のものだと陸王は思っていた。

 陸王の言葉を聞いた男は、

「そうか。なら、俺が厩舎に連れて行ってやるよ。村長は修行僧の人と決めた納屋にいるはずだ。納屋はもう少し奥に行ったところにある宿屋から東に行くと、二つあるうちの片方に人が集められている。そこに村長もいるはずだから、そこにさえ行けば色々分かるだろう」

 言って、陸王の手から手綱を取る。陸王もそれに対して、「頼む」と礼を言ってその場で男と別れた。

 陸王は頭の中で「宿屋か」と思った。

 ここの宿には来たことがある。ここで吸血鬼の話を聞いて、レイザスに向かったのだから。向こうはどうか知らないが、宿の主人の顔も陸王は覚えている。

 陸王は早速、宿の方へ歩を踏み出した。

 歩きながら辺りを窺っていると、家族連れの者が多く見掛けられた。小さな子供と母親、それを送っていこうとしているらしい手荷物を持った父親の姿だ。中には、父親と共に義父か実父かは分からないが、老人が混じっていることもある。

 彼等は避難するのに忙しいらしく、陸王の姿を見掛けても何も言ってこない。それは当然だろう。彼等には妻や子供、孫の生命がかかっているのだから。

 そんな村の者を目にしながら、先日世話になった宿屋が見えてきた。まだここからでは宿の正面には出ない。道を左に曲がると南向きの宿の正面に出るのだ。建物に近づくうちに、何やら声が聞こえてきた。言い争っているような、そうでもないような微妙な言葉の交わし合いだ。

「部屋で大人しくしてるから、中入れてくれよ」

「今夜、何が起こるか分からないのに、子供を一人にしておけるわけがないだろう? 大人しくみんなと納屋に行くんだ」

「それだけは出来ないってば。もし今、陸王に見つかっちゃったら、何されっか分かんねぇもん! あとちょっとだけ時間が経ったら出ていくから」

 会話の内容が聞こえる位置に来て、言い合いをしている片方が雷韋だという事が分かった瞬間、陸王は心臓を鷲掴みにされたようになった。突然、鼓動がどくんと高鳴って、直後、ぎゅっと締め付けられるような感覚だ。そのあとは心臓がどくどくと早鐘を打ち、呼吸も自然と速くなっていった。歩く速度も上がる。

 まだ何やら雷韋は駄々を捏ねているようだったが、相手にはされていないようだった。

 雷韋の声に導かれるように動く身体は、どこか心許ない感じがした。それに、妙に掌に汗を掻いている。頭の芯も、痺れたようにぶれていた。知らないうちに、口で呼吸をしている。お陰で口の中がからからだ。

「ほら、修行僧の人も言っていただろ? 街に戻れないんだったら、納屋に行くしかないって」

「だから、もうちょっとだけ時間が経つまでだよ。今はまずいんだってば。多分、ただじゃすまないよ」

「そんな事はわたしゃ知らないよ。あの修行僧に、『危ないって分かってて来たのか?』とか言われていたじゃないか」

「それは、そうなんだけど……」

 言葉が聞こえ続けて、道を曲がった時には雷韋が宿の主人に縋り付くようにして掴まっているのが目に入った。

「雷韋」

 一言、陸王は大きな声で少年の名を呼ばわったが、言った声が少し掠れていたような気がする。

「うぇっ! 陸王!?」

 やべっと言って、主人の後ろに隠れた。隠れきれるわけもないのに。

 それを目にして、心の中で安堵し、怒り、動揺もしていた。

 無事な姿を見て安堵するのは自分でも分かる。ここにいることに対して怒るのも理解出来た。だが、最後の感情はなんだ? 動揺している? 雷韋の姿形、声を聞いて、動揺?

 何故そんな事を思うのか理解が追いつかない。それでも分かるのは、心臓の高鳴りと速くなっていく呼吸が動揺から来ていたと言う事だ。何故かそれは、妙に腑に落ちた。拳を作る手も微かに震えていたが、それは怒りからのものではなく、動揺によるものだ。

「雷韋、こっちに来い」

 陸王は、自分でも今の形相はさぞ恐ろしげなものになっているだろう自覚はあった。ずっと心配だったのだ。雷韋がどこでどうしているかが。しかし、それも目の前に見つけられた。

 安堵と動揺の二つの感情に挟まれて、顔が強張る。

「ちょっとお前、こっちに来い」

 陸王は必死で主人の背後に隠れる雷韋の腕を捕まえて、引き摺り出した。

「り、陸王……怒んなよ」

 蚊の鳴くような声でそう言い、小さく抵抗する。

 陸王はそんな雷韋を無視して、宿の扉に手をかけた。そこで主人から声がかかる。

「あ、おい、あんた。ちょっと……」

「あんたにも来て貰おう。部屋の鍵を貸してくれ」

「えぇ!?」

 宿の主人が驚くが、陸王はそんな事は気にも留めなかった。それどころか、主人を置き去りにして宿の中に入って行ってしまう。

 その有様に驚いて、主人も追っていった。

 中では陸王が雷韋を引っ張って、二階へと上がっていくところだった。

「陸王、待てってば。俺もなんかできると思うから、一人でおいてかれるのは嫌だ」

 ここに来て、やっと雷韋は本音を告げた。さっきは少しの間だけ宿の部屋で大人しくしているなどと言っていたが、そんな話はどこかへ飛んで行ってしまっている。雷韋にとって、無茶をする時間になったのだ。

 陸王はそう言って嫌がる雷韋の腕を引っ張って、二階へと無理矢理連れて行くと、部屋の扉を開けて中へ力任せに放り込んでしまった。雷韋も乱暴に突き入れられて、よろよろと足下をよたつかせる。あとに続いてきた宿の主人は、その様におろおろとしているだけだ。

 部屋に放り込む陸王のその所作は、どう見ても乱暴としか言いようがなかったからだ。

「お前は今夜ここにいろ。陽が落ちてからは、どんなことがあっても窓を開けるんじゃねぇぞ。それに猫目だからランプを使う必要もあるまい。ここで大人しくしているんだ。紫雲も今夜はいねぇんだからな」

「でも、俺は……」

 雷韋が全てを言い終わるのを待たず、陸王は言い返す。

「手伝いに来たと言いたいんだろうが、はっきり言って邪魔でしかねぇ。相手は、肌からだって血の匂いを嗅ぎつけられるんじゃねぇかって生き物だ。お前がうろうろしてるだけで、相手を刺激する。それだけじゃねぇ。間違いなく、ほかの者を置いてお前に飛びつくだろうさ。お前は奴にとっちゃ、最高級の餌でしかねぇんだ」

 陸王がそう言っている間にも、陽が落ちて行きそうだった。傾いた太陽は、もうほとんどを森の向こうに消している。今はそこから細い陽が室内に届いているに過ぎないのだ。

 流石に雷韋もしゅんとする。視線も陸王から床へと落ちた。

 そんな雷韋から、陸王は荷物を取り上げる。荷物袋の中から干し肉の束と水袋だけを取りだして、それらを少年に放った。

 雷韋は反射的にそれを受け取ったが、元気も向こうっ気も戻らない。

「飯が食いたくなったら、そいつを食ってろ」

 それだけ言って、陸王は部屋から出て扉を閉めた。しかも、ただ閉めるだけでは足りず、主人から鍵を借りると、鍵をかけた上で鍵は差しっぱなしにしておく。こうすれば魔術を使っても鍵は開かない。魔術で鍵を開けるときには、仮想の鍵を作り出してそれで開けるが、本物の鍵が物質として差し込まれていると鍵開けの魔術は使えないのだ。あまつ、鍵開け道具は、陸王の持っている荷物袋に入っていた。

 陸王はそのまま階段を降りていこうとしたが、ついてきていた主人が心配そうな顔をする。

「こんなんで、あの坊主は大丈夫なのかね?」

「鍵が差しっぱなしだから魔術で解錠は出来んし、窓から飛び降りる以外にはこの宿から外に出ることは出来ん。本来なら街に追い返したいところだが、時間がもうねぇ。こうして閉じ込めておく以外、吸血鬼から護ってやることは出来んのだ。それだってどうだか怪しいのに」

 来たことがそもそもの間違いだ、と陸王は吐き捨てながら階下へ降りていった。主人も深刻そうな顔をしながらも、陸王を追うように階下へ降りた。

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