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第三二話 思わぬ行方

 陸王(りくおう)は砦から放り出されて、「やれやれ」と思わず呟いた。


 捕まえる時も強引なら、解放されて放り出されるのも強引だった。知らぬうちに溜息まで漏れる。


 痒くもない頭を掻いて、陸王は気を入れ換えた。


 さて、これからどうするか、とそこまで考えて、まずは村に戻ることだと思う。レイザスに戻って、今夜のことを村長や司祭と話し合わなければ駄目だろう。あの村は吸血鬼を防ぐ手立てがないのだから、その辺りをよくよく詰めなくてはいけない。


 歩き出しながら、陸王はそれを考えていた。


 それでも条件が悪くなったばかりではない。昨夜、陸王と紫雲が揃っていたため、吸血鬼も侵入することまでは出来たものの、無収穫だったのだ。吸血鬼からしてみれば、あんなことはレイザスを襲って初めての経験だったに違いない。今夜も二人がレイザスにいると考えるのが自然な流れだった。


 ならば、二手に分かれるのはどうか?


 おそらく、レイザスは警戒されているだろう。それから言えば、緊急性はそう高くないはずだ。だとしたら、待機するのは陸王じゃなくともいい。

 そう考えて、レイザスは紫雲(しうん)に任せようと思った時だった。紫雲から思念が飛んできたのだ。


『陸王さん、今どこにいますか?』


 その口調は切羽詰まった物言いだった。


『砦前だ』

『もしかして、釈放されましたか?』

『まぁな。領主と大臣の二人、何があったか知らんが、急に協力的になりやがった。で、何かあったか』

『今、私はゴザックの村にいますが、雷韋(らい)君がここに来てしまったんです』


 それを聞いて、陸王の思考が一瞬止まった。が、ただならぬ事態にすぐに我に返る。


『なんだってそんなところにいる!?』

『自分も手伝いたいと、それしか言わないんです。詳しい事情を尋ねてもそれ以上は』


 紫雲の言葉に陸王は、苛立たしげに両手を握りしめ、奥歯をきつく噛み締めた。


 どうしてこんな事になったのか。今朝、雷韋から連絡が入ってその時に言ったはずだ。こちらのことには感知するなと。だが、それが逆にいけなかったのかも知れない。隠すことで、雷韋をいたずらに刺激してしまったのだろう。そのあと紫雲と雷韋が遣り合っているのも聞いていたが、遂に動き出してしまったかという気分だった。


 顔をしかめて陸王は紫雲に語りかけた。


『紫雲、夕方まではまだ時間がある。お前、馬に乗っていっただろう。雷韋を乗せて、街に連れ戻せ』


 そう思念を送ったが、紫雲からは困惑した感覚が流れてきた。


『どうした』


 怪訝に思い尋ねると、


『それが、どこにいるのか分からないんです。どこかに隠れてしまったようで。目の前にいれば、連れ戻されることが分かっていたんでしょうね。それもあって、貴方に連絡するのが遅くなってしまいました』


 半ばの焦りと諦念が、直(じか)に感情となって、紫雲から流れてくる。


 陸王の中に、ふつふつと焦りと怒りが湧いてきた。一体、何を考えているのかと思う。内心の焦りが、じわりと汗になって滲み出してくる。

 陸王は波立つ心を抑えて、少年を胸の内で呼んだ。意識を集中させ、雷韋を思いながら。

 暫く雷韋を呼び続けたが、気配の欠片すらも感じられなかった。向こうには伝わっているはずなのに。


 完全に無視の態だ。


 その態度に、陸王は静かに怒りを溜めた。歩き出しながら、紫雲に声をかける。


『紫雲、今すぐ俺を迎えに来い。砦に続く街道にいる。まだ砦は見える位置だ』

『え、あの……分かりました』


 紫雲が躊躇いを見せつつ了承する。陸王は陸王で、雷韋が心配なのだ。その気持ちを蹴ってはいけないと思ったのだろう。


『陸王さん。そこから歩いて、どの辺りまで分かりますか? 地理です』

『さぁな。ただ、レイザスから歩かされたから、そこまでならなんとか分かるだろう。途中、間違ってほかの村道に入らない限りはな』

『もし道が分からなくなりそうであれば、街道で待っていてください。迂闊に村道に入られると、私からも見つけられませんから』

『了解だ』


 そこで陸王は、紫雲に問いかけた。自分が砦まで護送されていく間、兵士が捜しに訪れなかったかと。

 紫雲からは、確かに自分を探す兵士がやってきたが、そのときには村長が上手く匿ってくれたお陰で事なきを得たと返ってきた。


「そうか」と陸王が心中で呟き、そのまま二人の会話は途切れた。


 陸王は歩きながら、雷韋を見つけたらどうしてくれようかと、両手の指を交互に鳴らしていた。いつものように、引っ叩くのだけでは物足りない憤りを感じていたのだ。


 今回の相手は雷韋にとって只者ではない。精霊が持っていった気配だけで昏倒してしまうような、厄介な相手だ。それだというのに、ゴザックにやってくるとは。頭を思い切り引っ叩いたあと、耳を引っ張って怒鳴りつけてやりたい思いだ。雷韋を護りたいからこそ、余計、腹が立つ。どうしてくれようか、こうしてくれようかと腹の中で考えていると、余計頭に血が上る。


 そのことに気付き、己の間抜けさに失笑した。いくらなんでも、我を見失うほど怒ってどうするのかと思ったのだ。


 歩きながらではあるが、一度、怒りを収めるように深呼吸した。腹の底に蟠っている憤りも、呼吸に乗せて全て吐き出す。


 怒りを収め、憤りを吐き出してしまうと、自然と頭の中がすっきりした。


 まず、第一の目的は紫雲との合流だ。馬の足がなければ、陽の上がっているうちに村へは辿り着けないだろうと思ったのだ。そうなれば、雷韋が何をしでかすか分かったものではない。だから、今はそれを止めたいのだ。


 紫雲と街道で出会(でくわ)すまで道を走ってもいいと思ったが、稼げる距離はたかが知れている。それなら早足で急いだって変わらない。

 それに、やはり走るのは上手くない。身体を急かすという事は、そのまま気まで急かしてしまうからだ。なんとか落ち着けた心を再び波立たせる必要はない。


 そんな事より、対策だった。果たして、ゴザックまでやって来てしまった雷韋をどうするか。自分が村に姿を現せば、きっと雷韋は出てくるだろう。今から紫雲と合流して馬でゴザックに向かっても、村に辿り着いた頃には街の城門は閉じる時間になろうし、ほかの村にやるにしても、吸血鬼がどこから現れるかも知れない。雷韋は結局、自分を置いておけるのは陸王の傍だけだと踏んでいるのだろう。事実、陸王もそうすることしか出来ない。それでも邪魔にならない場所に置いておくつもりだ。多分、村人とは一緒にしない方がいいだろう。雷韋一人を隔離する方が安全だと判じたのだ。村人はほぼ全員が納屋に集まってくる。こちらは警備が重々しいが、逆に目立つ。それなら村人達から離れて、一人でひっそり隠れている方が目立ちにくいというものだ。


 目立ちやすい生き物を目立つ場所に置いておくより、ひっそりと隠してしまった方がずっとましな判断だと思えた。


 雷韋をもののように扱うのは申し訳ないと思うが、事態を考えればそうなる。


 苛立ちはもうない。それどころか、隠れてしまったという雷韋のことを思うと胸が締め付けられる気がして、自然と服の胸元を強く握っていた。


 今はただ、心配で不安なのだ。


 急いてはいけないと自戒しつつ、陸王は足を速めた。


 それから紫雲と出会ったのは、あれから一刻(いっこく)(約二時間)を優に過ぎた頃だろうか。紫雲は紫雲なりに急いでくれたらしい。乗っている馬の鼻息が荒かったから分かる。それとは別に、もう一頭馬を引き連れていた。陸王が騎乗するための馬だ。


「意外と早かったな」


 陸王が落ち着きを取り戻し、感心した風に言うと、紫雲は言った。


「雷韋君をどうにかして欲しくて、急ぎましたから」

「あの馬鹿は姿を隠したままか」


 陸王は騎乗しながら問うた。問うても意味のない事だと思いはしたが、それでも聞かずにはいられなかった。


 紫雲は陸王の言葉に溜息をつきつつ、緩く首を振る。


「私が探した範囲では、どこにも姿を見ませんでした。村を出る前に、村の方に捜索は頼んできましたが。なんでも小人族(ミゼット)の洞(ほら)が近くにあるそうで」

「小人族の洞?」


 訝る陸王に紫雲は説明した。


 今、村のある場所には、何百年も昔には小人族が住み着いていたらしく、彼等は宝飾品を作る為の洞窟を持っていたと。今では屑石も出ないような洞だが、かつては深く広大な宝石の採掘所があったというのだ。採掘所自体はもう埋まってしまっているらしいが、入り口から奥へ続く部分がまだ少し残っていて、今では村の子供達の秘密基地として使われているという。それが小人族の洞と呼ばれている。


「もしかしたらその洞に隠れることもあるかも知れないと、村の人が捜しに出てくれたんです。私が村を出て行くのとほぼ同時に出掛けていきましたから、何か形跡でもあれば御の字です」


 陸王はそれを聞いて、嘆息をついた。

 紫雲も眉をしかめる。


「ですが、やはり貴方じゃないと駄目かも知れません。あの子は貴方と話したいようでしたから」


 陸王は視線を横にずらして、考え込む風に言った。


「あの馬鹿が」

「まあまあ、あの子もあの子なりに考えたのでしょうし」

「何を考えりゃ、こんな足を引っ張るようなことを思いつくってんだ。余計な事しくさりやがって」

「雷韋君も心配なのでしょう」

「誰をだ。あいつは自分の心配だけしてりゃいい。仮にも相手は魔族なんだからな」


 言葉の尻で、陸王は馬腹を蹴って馬を駆った。


 紫雲もすぐに続く。馬を駆ってから少しばかり会話はなかったが、不意に紫雲が語りかけてくる。


「それより陸王さん、今夜はどうするんです?」

「今夜?」

「レイザスを放っておくわけにはいかないでしょう。かと言って、雷韋君を放っておくことも出来ない」


 それを聞いて、陸王は渋面《じゅうめん》を作った。それから問う。


「今からゴザックに向かうとしたらどのくらいで着く」

「今の馬の速度を保つのなら、ぎりぎり夕方前には着くでしょう」


 紫雲の答えに小さく舌打ちして、「仕方ねぇな」と独り言(ご)ちる。陸王の馬はここまで背に誰も乗せずに走ってきたとはいえ、戻りは陸王込みだ。紫雲の馬も鼻息が随分と荒かったが、この馬もそう変わらない。その上で速度を出すとすれば、潰れる前になんとかなるだろうとは思えたが、無理は出来ない。


「紫雲、お前は今夜、レイザスに行ってくれ。ゴザックには雷韋がいるからな、俺が行くしかねぇ」


 紫雲はそれに首肯して返した。


「そう言うと思って、村長には話を通しておきました。レイザスの村人も一人いますから、今頃は準備に追われているんじゃないでしょうか。では、ゴザックまで一緒に行きましょう。途中、いくらか杣道(そまみち)があるので、間違えると時間の無駄になります。貴方をゴザックに送ったら、私はその足ですぐにレイザスに戻りますよ」

「……面倒だが、頼む」


 僅かに含みをもたせて陸王は返した。


 それに対して紫雲は、特に気にした風もなく「いいえ」と返すだけだった。

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