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第三一話 取り引き

 牢獄は砦内にある厩舎の隣に石組みで建てられていた。明かり取りの窓が数カ所あるだけで、外から中の様子は見られないようになっている建物がそれだ。普段は捕虜も罪人もいないため放置されているが、今は陸王(りくおう)が牢に入れられている。入り口には二人、番兵が槍を手にして立っていた。

 玄芭(げんば)玄史(げんし)が牢に近づいていくと番兵が二人に気が付き、頭を下げる。

「これは領主様、大臣。罪人にご用でしたか? 知らせてくだされば、我らが連れて行きましたものを」

「いや、いいのだ。罪人を邸に入れたくない」

 玄史が言うと、

「そうでございましたか」

 番兵は腰から鍵束を取って、扉の鍵を素早く外す。

「罪人はどうしている?」

 今度は玄芭が尋ねる。

「連行されてくる間も、中に入ってからも大人しくしております。大声を出すことも、暴れる気配もありません。どちらかと言うと、大人しすぎて気味が悪いくらいです」

 それに対し、了解したとでも言うかのように、領主兄弟は頷いて返した。

 玄芭の目の前で扉を開けた番兵は、

「中は暗いので、お足元にお気を付けください」

 そう言って一歩下がったが、玄史に人払いを命じられた。

「ですが、武器は取り上げているものの、領主様にも大臣にも何かあれば困りますので」

「いいのだ。彼に会うのは二度目なのでな。多少の口の悪ささえ目を瞑れば、お前達の言うように大人しい男だ」

「はぁ……」

 困った顔をしてみせる番兵達だったが、再度人払いを命じられて、致し方なく少し離れた場所から建物を見守ることに決めたようだった。

 玄芭が先に中へ入り、玄史があとに続いて後ろ手で扉を閉じる。

 中は比較的広めだったが、いくつかの明かり取りからの明かりだけでは薄暗すぎるため、ランタンが一つ吊り下げられていたが、それでもまだ薄闇は濃い。

 明かり取りの窓から入ってくる光に空間が照らされて、光の筋の中に埃がきらきらと舞っていた。そんな筋が幾筋かある。

 中の牢屋は二つに分かれていて、どちらも鉄柵だけで作られていた。何しろ、ここは石造りであっても、小屋の中だ。格子で囲わなければ、壁の下に穴を掘って外へ出られるからだ。だから壁や床に直接罪人が触れられないように、壁も床も天井も、鉄柵で出来ている。各々一〇人程度入ればいいところか。

 床には湿ったような藁が一面に敷いてある。藁が湿っているためか、床の鉄柵はあちこち錆び付いている。見目からしても、決して衛生的とは言えない場所だった。

 その牢のうちの片方に陸王が腰を下ろして、二人に目を向けていた。身体は後ろ手に縛り上げられたまま、自由を失っている。

「よぉ、そっちから来たか。俺が連れて行かれると思ったんだがな」

 陸王が悪びれるでもなく、二人に声をかけた。

 玄芭は何を言うでもなく、陸王を見つめる。玄史は己の兄が何をどう語るのか、それに注意を向けて待っていた。

「夜中にレイザスの村のもんがここへやって来ただろう。吸血鬼を退けたってな。それがあったから、あんたらも俺達を放っておけなくなったんだろう? どうするよ、化け物がいるって事を領内の者に知られちまったぞ。それを本気にするかしないかは各村の村長如何によるだろうが。少なくとも俺達が知らせに廻らせたからな。屍食鬼(グール)が出てるってのに、まだ夢を見てるようだったレイザスの連中も、今度ばかりは吸血鬼の姿を確認している。あんたらも、もう知らぬ存ぜぬは通じねぇぞ。さて、どうするよ」

 少し挑発的に言ったが、玄芭は口元を笑ませて言う。

「真実を見て、立て板に水でよく喋る。そんなに吸血鬼がいてくれて嬉しいか」

「どういう意味だ」

 怪訝に眉をひそめる。

 玄芭は首を振って言った。

「貴公は擾乱(じょうらん)の罪を犯した。大人しく眠っていた村の秩序を乱し、騒がせた。その罪で捕らえたのだ」

「飽くまでも吸血鬼はいないと言いたいのか」

「いるかいないかと問われれば、いるのかも知れんな。伝承には、吸血鬼なる化け物があると伝えられている。言い伝えでしかないが、それが本当なら、いるのかも知れぬよ」

「レイザスが襲われていると、村長からも再三連絡が入っているだろう。それでもまだしらを切るつもりか。昨日は吸血鬼が逃げていく姿を見た者があったから、村長が人をここへ遣わしたんだ。それで慌てて口封じをしに来たのはお前らだろう」

「違うな。擾乱の罪で貴公らを捕らえに向かわせた。だが、その上で聞きたい。吸血鬼が本当にレイザスを襲った場合、貴公らで滅ぼせるのか?」

 陸王は飽くまで知らぬぞんぜぬを貫き通す玄芭に苛立ちを覚え、つばを吐いた。

「殺ろうと思えばいつでもな。でなけりゃ、レイザスと契約を交わしたりするか」

「だが、昨夜は逃げられたそうではないか」

「こっちも甘く見ていたんでな。だが、二度はねぇ」

「ほう、随分な自信よ」

 それまでどこか薄ら笑いを浮かべていた玄芭だったが、言ったとき、急に真顔になった。

「殺せる自信がなけりゃ、こんな事軽々に言えるかよ」

 陸王も全くふてぶてしい態度で言い遣る。

 二人の視線がかち合い、無言の遣り取りがあった。それも挑発的なまでに。

「よし、レイザスにおける擾乱の罪は問わぬ。行方不明になっている修行(モンク)僧のあとを追わせるのもやめよう。だが、これは私とお前の契約ではない。お前が吸血鬼を殺せると言ったからだ。その言葉、本物かどうか確かめてやろう。本当に吸血鬼がいるのなら、屍体を我が前に用意せよ」

「なんだって、そんなに上から目線で言われなきゃならん。第一、屍体を用意しろと言って、お前は吸血鬼の存在を信じるのか? 昨日は屍体を用意しようかと聞いてみりゃ、作り物は必要ないと言ったのはお前らだろう」

「だからこそだ。試しにやってみよと言っている。この領地に本当に吸血鬼がいるのならな。私を信じさせよ」

「吸血鬼を殺らせようってんなら、契約して貰おうか。ただでお前の言うことを聞く気にはならん」

 玄芭はそれを聞いて、一度宙に視線を投げた。それからもう一度陸王に視線を戻し、

「いくら欲しい」

 蔑むような目で見た。

「どうにも金を払うのが嫌らしいな。だが、払って貰う。金貨一〇枚だ」

 聞いて、玄芭の眉が不快げに寄せられた。

「どうする。それ以下では請けんぞ」

「侍を雇うには、金貨五枚が相場だったはずだが?」

「早期に吸血鬼を殺るには俺一人の力じゃ足りねぇ。仲間が必要だ。その分の料金だよ。これでも安く見積もったつもりだが? 一日で終わっても、数日かかっても、あんたが払う金は金貨一〇枚だ。本来なら一戦、あるいは一日につき、金貨五枚なんだからな」

「なるほど。ならば、本物の吸血鬼の屍体を用意すれば、金貨一〇枚払ってやろう。屍体がなければ金は払わぬ。それでよいな?」

「了解だ。()()()()()()

 陸王は静かに答えた。特に嫌味な響きは入れずに。それとは逆に腹の中では何故、今になって信じる気になったのかと訝しんだが、そこは領主の勝手だ。金を払ってくれるというなら、乗るだけだ。

()か。お前との間に、主従関係が出来上がったというわけだな。よかろう、すぐに釈放する。契約も口約束にならぬよう証書を書いて、レイザスの村に届けさせる。待っていろ」

 言うだけ言って、玄芭は玄史を伴って牢から外へ出た。

 外へ出た途端、玄史が潜めた声で話しかけてくる。

「兄上、吸血鬼にはなんと答えるおつもりですか」

「ここで侍を殺したとしても、彼が言ったように、ほかの村には修行僧から既に連絡が入っているだろう」

 玄芭は声を抑えつつも、真意を玄史に語った。

 これから先は、全ての村に情報が共有されるはずだ。そうなれば、全ての村で対策が取られる。吸血鬼にとって、侍がいようが修行僧がいようが、またはいまいが、人を襲うことは難しくなる。結果は同じだ。それ以上に、玄芭が吸血鬼を匿っているという事は絶対の秘密なのだ。今、目先の問題に囚われて侍や修行僧を殺せば、領民からどう見られるか。どの村も等しく吸血鬼の脅威にさらされようとしているのに、吸血鬼を排除しようとしている彼等を迂闊に処刑してしまっては、如何にも怪しく思われることだろう。玄芭には、領民からの信頼がなくてはならないのだ。それ故に、侍と修行僧を殺すことは出来ない。吸血鬼もその辺りのことは理解するだろう。あの者にとっても、玄芭に求心力がなくては隠れ蓑に出来ないのだから。

 言い訳もこれだけあれば充分だ。

 それに、陸王達が吸血鬼を屠ってくれるのならばどれだけ楽なことか。

「なるほど。我々の手を煩わせることはないですな」

 玄史は玄芭の話に頷いた。

「私にも私の立場があるからな。あの者に、それは理解して貰わなければならぬ。今までのように好き勝手が出来なくなるからこそだ」

 玄芭は言って、その場から離れていた番兵を手招いた。

「領主様、お話はお済みですか」

「うむ。中にいる侍だが、解放してやれ。取り引きをした」

「取り引き……?」

 番兵の二人は不可思議そうに顔を見合わせたが、玄芭に変わって玄史が命じた。

「侍を解放し終わったなら、領地で修行僧を捜している兵士を呼び戻すように伝えなさい。もう、捜す必要はなくなったとな。これは領主様直々の命令だ。反する者のなきよう」

 領主直々の命令と聞いて、番兵二人は畏まって返事を返し、牢の中へと入っていった。

「兄上、事が上手く進めば、愛鈴(あいりん)姫も無事に救出できるでしょうな」

「それが最も大切なことだ」

「えぇ」

 言葉を交わしつつ、二人は邸へと戻っていった。

 だが、内実が知れるか知れないか、玄芭と玄史にとっても危ない橋だ。吸血鬼の前ではこれまで以上に従順にしておかなければと、玄芭は腹立たしい思いに囚われながらも邸に向かう中で思った。

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