第一四話 交渉二
陸王は、小さく息を吐き出す玄芭の様子を見てから返した。
「なら、成功報酬ってことでどうだ?」
「成功報酬?」
鸚鵡返したのは、大臣であり弟の玄史だった。
「何か吸血鬼が存在するという証を見せてくれるのか?」
「屍体を運んでこよう。ただし、昼間は屍体を動かすことは出来ねぇ。陽に当たると灰になるからな。運んでくるのは陽が昇る前か、陽が暮れてからだ。吸血鬼の屍体をその目で直に確かめて貰おう。どうとでも検分してくれ」
「作り物を用意するなら無駄だぞ。どんなに精巧に作ったところで、見れば分かるのだからな」
「どうあっても、否定するってわけか」
今は目を閉じ、口を噤んでいる玄芭に向かって言った。辺り一帯の領主だからこそ、陸王は玄芭に向かって声を掛けたのに、彼は何も言わず、目を開けようともしなかった。
苛立った風に陸王は大きな声を出す。
「お前の領民の生命がかかっているんだぞ。俺に一時支払う金惜しさに村人を見殺しにして、税を永遠に取れなくするつもりか。吸血鬼はレイザスを滅ぼしたあと、ほかの村も襲うかも知れん。もしそうなれば、領地から人が絶えてなくなる。この先、やっていけねぇってだけじゃない。お前が決断しようとしているのは、お前を支えている領民の生命を己の手で刈り取ろうとしているって事だ。あまり大事になれば、領民の方がお前に見切りをつけるぞ」
陸王の言葉から、間が開いた。
玄芭の様子に変化はなく、兄を補佐する大臣の玄史も口を開かない。
まるで二つの岩でも相手にしている気分になった。
いい加減、陸王の苛立ちも一線を越えて、逆に冷静になっていった。
「そうかい。なら、交渉相手を替える。そこでも交渉決裂なら、お前らも今までどおり好きにしてくれ。何がどうなろうが俺の知ったこっちゃねぇ」
言いながら、村の連中もこうして相手にされなかったのだろうと思った。被害は確実に出ているのに、この二人は頭から信じようとしない。それならそれでいいだろうと思う。好きにさせておけばいい。レイザスで獲物がなくなったあと、吸血鬼は領地内のほかの村を襲うかも知れないが、今の反応を見る限り、それも放置するのだろうから。
勝手に滅びに向かえばいいと思った。もし村との交渉が決裂しても、陸王は何も気にせずこの土地を去るだけだ。雷韋を待たせてもいる。今頃は既に城塞都市に辿り着いているだろう。全ての交渉が決裂すれば、雷韋と共に次の土地へ向かう。その際、雷韋がどう文句を言おうともだ。金にならないのであれば、手も耳も貸すつもりはない。そこまで生命の安売りをするつもりもないからだ。
陸王はそれ以上何も言わず、席を立って扉を開けた。
そうなっても、領主も大臣も口を開くことすらしなかった。
扉の左右には、二人ずつ兵が立っている。
「交渉は決裂した。俺は戻る。得物と荷物を返せ」
陸王の言うのに、兵士達は目配せをしあったが、結局は室内から何の命も出ないとなると、陸王を連れて邸から出ることにした。
邸をあとにして兵舎の前まで来ると、それまで一箇所に集まっていた五人の兵士達が駆け寄ってきた。皆、一様に不安そうな顔をしている。
陸王がそれを「なんだ?」と思って目を遣れば、
「おい、あんた。吸血鬼って言うのは本当にいるのか?」
中の一人が口火を切ると同時に、ほかの者達からも質問攻めに遭うことになった。
「吸血鬼を見たのか?」
「伝承にある通りの恐ろしい存在なのか?」
「村はどうなる!?」
そんな質問が、次々浴びせられた。
一気に質問されても到底すぐには答えられない。
陸王が困惑しながらも答えようとする姿を見て、彼を領主の邸に案内し、また、ここまで連れ戻ってきた兵士が間に割り込んできた。
「お前ら、落ち着け! 吸血鬼など出るわけがないだろう。あれは伝承にあるだけの怪物だ」
「客人は帰るところだ。邪魔をするな!」
村――おそらくはレイザスのことだろう――や吸血鬼の存在を聞き出そうとする兵達を四人で押しやって、陸王をその場から離れさせようとする。
それを突然邪魔してきた者がいた。
当の陸王本人だ。
自分を連れ歩いた四人を片っ端から払い除け、レイザスのことや吸血鬼のことを尋ねてきた兵士達と相対する。
その事に、場にいた全員が驚いた顔をして、陸王に注目した。
陸王は払い除けた兵士を相手にせず、目の前の五人を順繰りに見遣り、小さく息を吐き出して緩くかぶりを振る。
「吸血鬼本体を見たわけじゃねぇ」
「じゃあ、村に吸血鬼が出たわけじゃないのか? 以前、村長が村に吸血鬼が現れたと言って、村の者数人とここにやってきたが」
陸王に一番近い兵が問うてきた。
「お前ら、レイザスの出身者と思っていいのか」
陸王の言葉に、全員が「そうだ」と言って首を縦に振る。
陸王は目の前の兵達をやるせなさそうに見て、溜息をついた。
「本体そのものは見ちゃいないが、犠牲者は出た。それだけで、充分、吸血鬼がいるって証拠になるだろう。昨夜は年端もいかない子供が犠牲になった。魔気を受けて倒れた両親は多少、身体に不調が残っているものの、無事だ。だが、子供の方は屍食鬼として目覚めちまった。俺がその子供に引導を渡してやったんだが、その前に杭を打とうしていた連中の時、杭を打つ直前に目を醒ましちまったせいで、村の者にはとどめを刺すことが出来なかった。一連の流れを見て確信している。吸血鬼はいる。確実に」
言葉で示してやると、皆、悔しげな顔をする。
領主が信じないと言って、動く気配がないからだろう。
彼等はすぐにでもこの砦を捨てて村を目指したいだろうが、今は領主の私兵として働いている。出ていきたくとも出ていけないのだ。ましてや領主に直言することも出来ない。兵士にとって主の命は絶対だし、主の判断を曲げるようなことも出来はしない。死に値する許されない罪になる。たかが五人では、反乱を起こすことなども不可能だ。反逆者として、全員があっという間に斬って捨てられる。
「村は、どうなる……?」
一人がぼそりと口にした。視線を俯けにして、呆然としたように呟いたのだ。
「さてな」
陸王は意外にも、冷たく言い捨てた。兵達が、今は最も聞きたくない言葉だろう。
「領主との交渉は決裂した。だから、俺がここにいる必要もない」
「待ってくれ!」
別の一人が声を張った。
「俺達があんたを雇うと言ったらどうする? あんた、雇われ侍だろう? 城門で刀を渡していたのを見た」
「ほう。お前らが俺を雇うってのか? 確かに俺は雇われ侍だ。吸血鬼騒動は金になると思ったからこの砦にも来た。俺達雇われ侍が、一戦、あるいは一日で金貨五枚を稼ぐって事を知っての言葉か」
「給料の前借りをする。俺達全員が前借りをすれば、纏まった金になるはずだ。前借り出来る金額はどの程度まで許されるか分からないが、できる限り金は集める。俺達は衣食住が約束されているから、一月の給金はそれほど高くない。毎月の給金もほとんど家族に送ってしまっているから手持ちも少ないが、でも五人もいれば銀貨で、いや、優に金貨一枚以上にはなるはずだ。金貨二枚にはなる」
必死になって陸王の気を引こうとするが、陸王は蹴った。
「安すぎる。こっちだって生命を張るんだ。それなりの値がつかなけりゃ、動かん。お前らも兵役に就いてるなら分かるだろう。ただで、もしくは、ただ同然で生命を投げ出すことは絶対にしないと。だから村じゃなく、お前らと契約するのであれば金貨五枚を要求する」
「金貨を五枚?」
ざわっと動揺が広がった。
「それより何より、どう理由をつけて金の前借りをする気だ? 吸血鬼の名前を出した途端、問答無用で前借りなんざ却下されるだろう。領主が吸血鬼の存在を認めていないからだ。それを分かっているのか? 領主兄弟の耳に入ったら減俸ものだぞ」
陸王の言葉に、レイザスの男達は答えに窮して口をもごもごとさせる。前借りの理由は、陸王に吸血鬼を討って貰うつもりだと単純に考えていたのだろう。皆、困ったように目を見交わしているところからも、容易に想像がついた。
愚かだな、と腹の中で嘆息をつく。
「なら、次は村だ。次は村長と交渉するつもりだが、安く見積もっても、金貨三枚は最低でも払って貰うことになる。場合によれば、もっと払って貰うことになるだろう」
「最低で金貨三枚って……。そんな。村にだってそれほど蓄えがあるかどうか怪しいのに。寒村じゃないといっても、金貨を三枚も要求するのは……」
「俺一人なら、もしかしたらお前らに雇われてやってもよかったかも知れん。だが、連れがいる」
「侍か? それとも傭兵」
「修行僧が一人。ほかに魔道士も一人いる。だが、魔導士は別の場所に退避させてある。そいつは獣の眷属で、種族的に魔族に対して圧倒的に弱いからだ。だから動くのは、俺と修行僧の二人って事になる」
「修行僧か。本当に二人で吸血鬼をなんとか出来るのか?」
「殺す自信がなけりゃ、こんな面倒に首を突っ込むわけがねぇだろう。相手は上位の魔族だぞ。だからこそ、稼ぎ甲斐もあると思ったんだがな。だと言うのに、領主は外敵を認めもしねぇ。馬鹿かか腑抜けだな」
流石にそこに横槍が入った。それも文字通りの横槍だ。
陸王のあまりの言いように、四人の兵士が槍と剣を陸王に向けてきたのだ。
「貴様、これ以上我らが主を愚弄すれば、すぐ牢獄に叩き込むぞ」
陸王は兵の言葉に、はっ、と吹き出すような笑いを溢した。
「そりゃあ、悪かったな。だが、事実は事実だ」
「まだ言うか! 本気で牢獄に放り込むぞ」
兵の怒りようを楽しげに見遣って、陸王はひらりと身を翻した。
そのすぐ横では、槍を持った兵が、その槍で以てして五人の兵を押し退けている。
それに目を向けることもなく、陸王は城門の方へと一人で歩いて行った。
あとから三人の兵が追いかけてきて、陸王を先頭に城門まで移動していく。
レイザスの出身者達もあとを追おうとしたようだが、それは槍を持った兵に邪魔されて果たせず、渋々、陸王の後ろ姿が小さくなっていくのを見守ることしか出来なかった。
話もまだ半端なところなのにもかかわらず。
彼等の思いとは裏腹に、陸王は話を終わらせたかったのだ。たった一度たりとも振り返らなかったのもその為だ。
所詮は雇われ侍。金でしか動かない。金を持たない者の味方にはならないのだ。
レイザスの出身者達はそれを思い知らされた気分だった。
陸王は砦を出る段になって、ようやく守り刀である吉宗と荷物、そして馬を返された。
吉宗は兵に預け渡した瞬間から、ずっと鳴き声を上げていた。その声は陸王にしか聞こえないが、陸王の元に戻りたいと煩く耳元で耳鳴りのようにキンキンと鳴いていたのだ。陸王が吉宗を受け取った瞬間、現金なもので、鳴くのをやめた。
吉宗は陸王の守り刀であり、意思持つ神剣だ。伝えでは、神すら屠ると言われている。陸王が日ノ本を発つときに渡され、陸王は意思ある刀に持ち主として選ばれたのだ。だがそのせいで、陸王のもとから離すとやたらと煩い。おちおち預けることすら出来ない始末だ。
陸王は戻されてきた馬に騎乗して、さっさと立ち去るように馬腹を蹴った。
城壁を潜り抜け、空堀に架かった橋を二つ渡りきって、陸王は彩加と合流するべく急いだ。戻りはまた森の中を突っ切って、戻る時間を短縮させる必要があるからだ。
領主との交渉が決裂した時から、陸王の中にはある考えが浮かんでいた。村を護るための策だ。だからと言って、ただでそれを教えてやる気はない。村との交渉の結果次第だ。それ如何によって、手を貸し続けるか手を引くのかを決めなければ。もし手を引くのなら、陸王の頭にある考えは捨てざるを得ない。村人にとっては不必要なことだからだ。手を貸す場合は、必然的に陸王の考えどおりに動くしか村人には手がないのだ。
夜が来るまえに素早く決めなければ。
陸王は胸の内で、何度もその言葉を繰り返し呟いていた。




