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異端なる神聖調査官と聖騎士の奇跡事件録  作者: 嘉乃いとね
第2録:聖者の黄金(サンクトゥム・アウルム)事件
21/52

1. プロローグ

 黄金の雨が降った。

 帝都から離れた中核都市リューゲン。

 その広場に集まった群衆は、目の前の奇跡に歓喜の声を上げた。

 空から舞い落ちるのは、まるで陽光をまとったかのような金貨。地面に散らばるたびに、硬質な音が響く。

「聖者のご加護だ……!」

「神の奇跡だ!」

 人々は手を伸ばし、こぼれ落ちる財宝を掴もうとする。その中心に立つのは、ひとりの司祭。

 高く掲げた聖印の下で、彼は神の名を叫んだ。

 だが、その歓喜は長く続かなかった。

 翌日、奇跡を告げた司祭は変わり果てた姿で発見された。

 信徒たちは戸惑い、聖職者たちは沈黙した。

 これは神の恵みか、それとも――。



 魔導列車は、蒼ざめた朝霧の中を滑るように進んでいた。

 鉄と魔力が織りなす静かな振動が、床から背もたれへと伝わる。時折、車輪が線路の継ぎ目を越えるたび、かすかな軋みが空気を震わせた。

 車内は静かで、カーテン越しの光だけが揺れていて、車窓に映る乗客たちの影をわずかに歪ませている。

 この列車は、帝都グラン・エルデンを離れ帝国の中核都市リューゲンへと向かっている。

 貴族と商人が行き交い、教会の勢力も根を張る、帝国でも指折りの交易都市。

 黄金の雨が降った街だ。

「で?」

 低い声が沈黙を破る。

 向かいの席で腕を組むのは、聖騎士のコンラート。

 黒髪は短く整えられ、軍人らしい堅実さを物語る。

 だが、金の瞳は雷のように鋭く光を帯び、決して凡庸な騎士ではないことを示していた。

 その視線の先には、気怠げに席に沈み込んだミハエルがいた。無造作に波打つ金髪は乱れ、制服のボタンはふたつも外されている。

 彼は手元の葉巻を弄びながら、うっすらと口角を上げた。

「これは本当に奇跡なのか?」

 コンラートの問いに、ミハエルは報告書から目を離すと、指で紙を軽く弾いた。

「さぁな。ただ、降ってきた金貨には教会の刻印があったらしい」

 コンラートの眉がわずかに動く。

「教会の金?隠し財産か」

「かもしれないな。それに、おまけがついてる」

「おまけ?」

 ミハエルは指先で報告書を叩き、軽く息をついた。

「奇跡を報告した司祭は、すぐ死んだ。報告の翌日、突然な」

 コンラートの瞳が鋭く光る。

「口封じの可能性か」

「さて、どうだろうな」

 ミハエルは気怠げに背もたれに身を預けながら、車窓の向こうを見やった。

 窓の外、霧の向こうに広がるのは、帝都を離れた先に待つリューゲンの街。黄金の奇跡が生まれた場所。

 その奇跡が、真実か、それともただの欺瞞か――。

 魔導列車はゆっくりと減速し、リューゲン駅のホームへ滑り込んだ。

 車輪がレールを擦る鋭い音が響き、蒸気の残滓がわずかに宙を舞い、扉が開いた瞬間、熱気とざわめきが流れ込んできた。

 駅の構内は広大で、高くそびえる鉄と石のアーチが天井を支えており、巨大な時計が中央に掛けられ、時を刻む針が厳かに動いていた。

 石造りのホームには、すでに多くの人々が行き交っている。

 規則正しく並ぶ貴族の馬車と、その間を縫うように駆ける荷車を押した商人。

 通りを飾る聖印の旗が風に揺れ、修道服をまとった聖職者が信徒とともに祈りを捧げている。

「ふぅ、ようやく到着か」

 ミハエルは一歩外に出ると、伸びをしながら深く息を吸い込んだ。

 空気には、わずかに香辛料の香りが混じる。市場が近いのかもしれない。

 コンラートが無言で荷を背負い、改札へと向かおうとしたその時だった。

「おや、これはこれは。まさかこんなところで再会するとはねえ」

 ミハエルが、にやりと口元を緩めた_。

 視線の先には、黒縁の眼鏡。くすんだ金髪。ひょろっとした少し猫背の痩身。大きな旅行用鞄を持ちその表情はが頼りなさげでおどおどしている。そんな姿が、今まさに人の流れに飲まれそうになっていた。

「ちょっ、ちょっと待ってください!押さないで、私は――」

 人波に流されながら、必死に立ち止まろうとしている男。

 まるで流れに逆らい撓んだ書類の束のように。

 ミハエルは肩をすくめ、歩を進めると、その肩をぽんと叩いた。

「やあ、エーレン・フロイデン。こんなところで何やってるんだ?」

 振り返った瞬間、エーレンの目が見開き表情が凍りつく。

「ミ、ミハエル先輩……?」

 困惑の色を浮かべる彼に、ミハエルは愉快そうに笑った。

「まさかの偶然ってやつか?それとも、君も事件の匂いを嗅ぎつけて来たのかね?」

「いや、ちょっと待ってください、私は――」

 ようやく人混みから抜け出し、整えた襟元を直しながら、眼鏡のブリッジを上げる。

 彼がそれをするのは、大抵「困惑しているとき」だった。

 しかし、ミハエルはすでに「こいつは巻き込めるな」という輝きを帯びた目をしていた。

「コンラート、我々の旅に新しい仲間が加わったぞ」

「勝手に決めないでください、私は局長に呼ばれて――……」

 エーレンはそう言いかけて、ふと口をつぐんだ。何かに気づいたように、はっとした表情を浮かべる。

 ミハエルは、その一瞬の反応を見逃さなかった。

「へぇ、会計局もこの事件を気にしてるってことか」

「いえ、そんなことは……」

 エーレンは微かに眉を寄せ、反射的にメガネのブリッジを押し上げた。

 その仕草を見たミハエルは、わずかに口角を上げる。

「へぇ?」

 ほんの少しだけ、声に揺らぎを加え、探るように語尾を伸ばす。大した意味はない。ただの悪癖みたいなものだ。

 でも、それだけでエーレンは肩を強ばらせた。

 ミハエルは、心の中でくすりと笑う。

「でも、お前の直属の上司は会計局長リヒター・シュヴァルツだろ?」

 ミハエルは小さく口笛を吹く。

 名は知っていた。

「教会の財布を握る男」

 それが彼の異名だった。

 枢機卿ですら頭が上がらず、資金の配分ひとつで教会の勢力図を塗り替えられる冷徹な現実主義者。

 余計な信仰心など持たず、数字と財政のみを信じる男。

「奇跡も信仰も、金がなければ維持できない」

 ――それが、彼の口癖だという。

 そんな男の部下であるエーレンが、わざわざリューゲンに来ている。

 これは偶然ではない。

「まぁいいや。じゃあ、また会おうぜ、エーレン」

 ミハエルは軽く手を振りながら、にやりと笑う。まるで「どうせまた会うだろ?」と言わんばかりの口ぶりで。

 エーレンは、肩を落としながら小さく呻いた。

「だから、違いますってば……!」

 隣で黙っていたコンラートが、ぼそりと呟く。

「……お前、この前の修道院での帳簿、あいつから受け取ったな」

 コンラートの視線は、どこか憐れむような色を帯びていた。

 ミハエルはくつくつと笑いながら、肩をすくめる。

「まぁな。それより、早く宿屋に行こうぜ。腹が減ってるんだ」

 そしてコンラートがもう一度、彼に視線を向けると再び人混みに飲み込まれていくエーレンの姿が見えた。

 まるで波の流れに逆らえない小舟のように。


お読みいただきありがとうございました

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