メタ(A面)
『転生者のジレンマ』
※比較的軽め。
昔から対幼馴染限定で、私の中にはもうひとりの私がいた。
これを本人に伝えたところ、「ひーちゃんは中二病になっちゃったの?」と心の底から同情の眼差しを浴びせられたが、断じて違う。というか、何故オタク文化にミリも接してないはずの彼がその単語を知っていたのか。……あ、私の影響か。ごめん。
閑話休題。
通常状態の私とは異なるもうひとりの私を端的に表現するとすれば、ズバリ「推しを前にしたオタク」である。
語彙力が極端に低下し、口から滑り出るのは「やばい」「むり」「しぬ」のボキャ貧3点セット。いつもなら見慣れているはずの幼馴染の顔が美の暴力と言わんばかりに殊更輝きを増し、耳朶を打つ声は鼓膜を突き破って心臓をダイレクトに揺さぶる始末。
そして震える手で取り出したスマホで連写しまくった結果、ブレブレな幼馴染の姿がカメラロールを大々的に占領することとなり、私は我に返ったのち、戦慄しながらそれらを消去するはめになっていた。
……まぁ、奇跡的に上手く撮れていたのは何となく残しているけれど。何となくね、そう、何となく。
最初の頃はその突発的な私の行動に恐れをなし、真剣に私の頭を心配してくれていた幼馴染も、さすがに小学校から現在までの約10年間の付き合いを経た後には、否が応でも慣れてしまったらしい。「あー、例のね……」という呆れを露骨に漂わせながらも、決して本気で嫌がることはない。
とはいえ無論、表面上はそう見えても、実際は幼馴染のよしみとしてで我慢してくれているだけかもしれないと悩んだ時期もある。
中学に入って思春期に突入した私は、やはり自分の突拍子もない行動が彼の、玲央の迷惑になっている可能性を考えて、距離を置くべきだろうかと1人悶々とし、またそれを察したのか、次第に玲央も私に対する態度が慎重になった。ギクシャクととまではいかないにしろ、中学以前よりぎこちない関係になったのは確かだった。
そんな折、学校内で密かに組織されてる「芳賀玲央君親衛隊」なる女子集団と出会ったことで、私の人生に転機が訪れた。
彼女達が玲央の容姿に見惚れて口々に語り合い、また部活の練習に駆けつけて黄色い歓声を上げるなどの活動を行っているのを見た私は、高鳴る鼓動を感じながら確信した。同士だ、と。
今すぐにでも新加入して仲間になりたかったが、いかんせんその手続きが分からずまごついていると、ある日タイミングよく親衛隊に呼び出してもらえて対話の機会が与えられた。
浮き立つ気持ちで指定された場所にやってきた私とは対照的に、恐らく新規メンバーになろうとする私の意思を事前に知っていたのであろう彼女達は、新参者を選別するためか、対峙する全員が、その可憐な容姿からは想像できないほど剣呑な光を目に宿していた。あまりの迫力に、「組織内の規律に厳しい」という噂通りだな、と固唾を飲んだ覚えがある。
緊張した面持ちで立ち尽くす私の前に出た、代表者らしき女子生徒が、毅然とした態度で第一声をかけてきた。
「玲央君の幼馴染だかなんだか知らないけれど、馴れ馴れしいのよ、貴女。一体どういうつもりで彼の周りをうろついているのかしら」
その言葉に少しだけ目を見開く。私が玲央の幼馴染だということはあまり知られていないはずだったからだ。
下調べはすでに済んでいる、ということか。棘のある口調によって、暗に「生半可な者をメンバーに迎えるわけにはいかない」という親衛隊の矜持を示されている気がした。しかし、ここで圧倒されてしまっては元も子もない。私だって、彼女達に混じって全身全霊で玲央にキャーキャー言いたいのだ。
親の仇を見るが如くの複数の鋭い視線で射抜かれつつも、腰が引けそうになるのをグッと堪え、私は問いかけに答えるべく、口を開いた。
「顔と声がめちゃくちゃ好きだからです!」
「…………は?」
呆気に取られたようにポカンとしている代表を見た私は、しめたとばかりに己の内なる早口オタクを解放し、脳を経由せず脊髄で玲央の推しポイントを語って、無理やり場の空気を自分のペースに引き込んだ。
やがて私の独壇場に一段落がついて、しばらくの間は静まり返った雰囲気の中でひとり、妙な高揚感と達成感に浸りながら肩で息をして呼吸を整えていた。が、しかし、代表のそばに控えていた女の子の1人が、「よ、よかったぁ!」と唐突に叫んだのを皮切りに、沈黙は破られた。女の子はそのまま膝から崩れ落ちて泣き出し、次第に周りにいた子達も同様にしゃがみ込んでその子を囲んで、次々と安堵の言葉を掛け合い始めた。
何が何だかわからずに狼狽していると、いつの間にか近くに代表の女子生徒が来ていて、私の肩にそっと優しく手が添えられる。どこか気まずげな視線を向けてくる彼女の顔には、苦笑が浮かべられていた。
「私達の勝手な勘違いだったようね、ごめんなさい。多勢に無勢で責め立てようとするなんて、とんだ卑怯者だったわ。言い訳がましいけれど、普段は絶対にこんな下劣なことはしないの。……本当に、どうかしていたわ。いくら謝っても足りないわね」
「はぁ……?」
「それで、お詫びと言っては何だけれど、もし渡辺さんに何か希望があれば、遠慮なく言って頂戴。協力するわ。勿論、やれることは限られてしまうけれど。でもね、色々と、」
「っあ、あの!お願いなら、あります!」
「……あら、何かしら」
先ほどとは打って変わった柔らかい瞳をする代表を見つめながら、私は高らかに宣言する。そんなの、最初からひとつしかない。
「私を、親衛隊に加入させてください!」
意気込む私に目を白黒とさせた代表は、暫しの沈黙ののち、思わずといったように破顔した。そうしておかしそうに笑いながら、彼女は首を縦に振ってくれたのだ。
それから中学卒業までの3年間、私は親衛隊の活動を通して仲間と共に青春を謳歌した。本当に楽しかったし、たくさんの大切な思い出もできた。
てっきり先輩だと思っていた代表こと凪ちゃんはまさかの同学年で、趣味の一致をきっかけに様々な波長が合うことが判明して距離が縮まり、隊でもクラスでも、親密に過ごすようになった。卒業の時、高校で離れてしまうこともあり、思い切って「一方的に親友だと思ってるんだ」と照れながら伝えたところ、呆れたように笑われ「当たり前でしょ」と返されて抱きしめられたため、私の涙腺は完全に崩壊した。
一方で、中学時代の玲央との関係に話を戻すと。
実は、親衛隊に無事入ることができてホクホクで帰路に着いたちょうどその日、私は彼に待ち伏せされて問い詰められていた。
話によれば、呼び出された私を心配して後をつけていたものの、会話までは聞こえず、気を揉んでいたのだという。その頃の玲央は半グレ気味で不良っぽい素行をしていたから、心配してくれていたという事実が意外で、中身は優しいままなのかもしれないとこっそり嬉しくなって、口元が緩まないようにするので精一杯だった。
「……で?どうだったんだよ」
「えっと、まぁ、完全に玲央の杞憂だし……、っていうか聞いてよ!すごいんだよ!」
「お、おぉ。なんだよ……?」
「私、親衛隊に入れてもらったの!」
「しんえいたい?」
「玲央の熱心なファンクラブってこと!」
「……あぁ、あの女子グループか」
顎に手を当てて少し考え込んでから、思い至ったようにパッと顔を上げた玲央は、しかし再び怪訝そうな表情に逆戻りして「何で陽菜がそんなのに入るんだよ」と問いかけてきた。それに至極当然に「玲央が好きだから」と答えれば、ものすごい目付きで睨みつけられたので、慌てて説明を付け足す。
「すっ、好きっていっても恋愛感情じゃないからね!?あのあれっ、アイドルとか芸能人に対するやつと一緒だから!」
「………………あっそ」
「に、睨まないでよ……」
必死な思いで弁解したというのに依然として詰め寄られ続け、私はもう降参だった。たださっきまで赤かった顔が元の色に戻っていたので、多少は怒りがおさまっていたのだろう。……なぜ苛立たれていたのかは意味不明だったが。いずれにせよ、藪をつついて蛇を出したくない。
私が親衛隊のメンバーになってからも別段変化なく、このような微妙な関係のままかと思っていたが、意外にもその日を境に、玲央は不思議と素行を改め出した。というより、不良ぶるのをやめた。そして、私達は段々と、以前のような幼馴染同士の距離感に戻ったのだ。
それからしばらくして、ある時にふと、何故態度を戻したのか理由を尋ねれば、「吹っ切れちゃったから」とだけ返された。その声が少し震えていたのには、気づかないふりをした。
*****
そんなこんなで、この春から高校に進学。
親衛隊での活動で発散されたからか、あるいは受験勉強を通して精神力が養われたからなのか、内なるもうひとりの私は、最近では滅多に暴走することがなくなった。
とても良い傾向といえるだろう。図らずも、玲央と同じ高校に行くことになったのだから、尚更。何ならクラスまで一緒だったので、もしかしなくてもこれが腐れ縁というやつなのかもしれない。別に嫌ってわけじゃないんだけどさ。
緊張と不安でいっぱいだった新環境にも慣れてきて、クラスで何人か仲の良い子もでき、勉強面はちょっと自信ないけど、それでも順調に学校生活が送れるようになってきた頃。ある出会いが私に訪れた。
それは階段近くの廊下を歩いている時だった。
明るい髪色をした女子生徒が目の前を全速力で駆け抜けていき、突然のことにびっくりしながら目で追うと、彼女は脇目も振らずに階下への階段に向かっていた。
何かめっちゃ急いでるなー、とぼんやり眺めていた、その瞬間。眼前にザザッと砂嵐が現れ、頭が痛み出したのも束の間、平面的な映像で、あの女子生徒らしき人物が階段を踏み外して落ちていく様子が流れ込んできた。
そこからの行動はほぼ反射だった。
「待って止まって、落ちちゃう!」
「え!?わぁっ!」
彼女のお腹に両腕を回し、全体重を後ろにかけたことで体がぐらついて、2人揃って尻餅をつく。痛みに目を瞑って堪えつつも、腕の中の女子生徒が無事であることを確認し、間に合ってよかったと安堵した。が、女子生徒が不審げに「あの……?」と呟いて見つめてきたことで、ようやく我に返った。
「あっ、ご、ごめんね!急に変なことして!」
「あ、ううん、大丈夫。……ねぇ、もしかして、」
と、彼女が真面目な顔で何かを言いかけた時、下から誰かが階段を駆け上がってくる気配がした。私達のもとへと辿り着き、弾んだ息を整えながら「何があったの!?」と問いかけてきた男子生徒を見上げて、私は目を見開いた。
「えっ、なんで玲央がここに?」
「いや……、普通に階段上がってたら上の方が騒がしくなったから、何事かと思って……ってか、その子は?」
「あ、えぇっと……」
「私、1-Cの小鳥遊瑠香っていいます」
「小鳥遊さんね。あっ、私は渡辺陽菜で、こっちは芳賀玲央。私達はどっちも1-Bだよ」
「そっかぁ、陽菜ちゃんは同じ学年だったんだね!初めまして、よろしくね!あと、」
私のことも小鳥遊さんじゃなくて、瑠香って呼んで欲しいな!
屈託のない笑顔で話す彼女からは、凄まじい陽のオーラが放たれていた。ま、眩しい!それに今更気づいたけど、何から何まで全部がめちゃくちゃ可愛いよ、この子!
キラキラオーラに目を細めつつかろうじて「よろしくね、瑠香ちゃん……」と答えた私の頭上から、ふいに玲央の「とりあえず立ち上がれば?」という呆れ気味の声が降ってきた。そこでようやく、不恰好な体勢のままで話を続けていたことに気がつき、私と瑠香ちゃんは同時にハッとして腰を上げた。
「……ところで瑠香ちゃん、さっき私に何か言いかけてたけど、何だった?」
「あっ、そうそう!……あのね、その前にまず、確かめたいことがあるの。陽菜ちゃんは今さっき、『落ちちゃう』って言って私に抱きついてきたけど、あれは、どうして?走ってたのが危なっかしかったから?」
「あー……えっと……」
何て説明すればいいのかわからず、口ごもってしまう。
迷った挙句、そうだよと頷こうとしたが、しかし彼女の真剣な瞳に射抜かれて、すんでのところで言葉が出てこなくなる。純粋そうなその眼を前にして、嘘をつくことは憚られた。僅かな逡巡を経て、意を決した私は言葉を紡ぐ。
「……デジャヴ、っていうのかな。瑠香ちゃんが階段を降りようしてるのを目に止めた瞬間、落ちていく映像みたいなのが見えて、それで、勢いで止めちゃったというか……」
「つまり、未来予知ってこと?」
「えっ!?いやいやっ、そんな大それたものじゃ、」
「でも、見えたんでしょ?」
「うん、まぁ、そうだけど……脳の歪み的な錯覚かもだし……」
「やっぱり予知だよ!それでね、それでね、きっと、」
歯切れの悪い返事しかできない私の両手を掬い上げ、ギュッと握り込んできた瑠香ちゃんは、興奮したように目を輝かせていた。
「陽菜ちゃんもきっと、『天の使い』なんだよ!」
「えっ、なにそのめちゃくちゃ胡散臭い二つ名」
「胡散臭くないよ、かっこいいよ!」
「えぇ……やだぁ……」
頬を膨らませて抗議する瑠香ちゃんは大変可愛いが、中二病感満載の変なあだ名をつけようとするのはやめてほしい。というかどっから出てきたんだ、それ。
暫しの間、手を上下に振られながら遠い目をしていたが、しかし何かを思い出したかのように「あっ、いけない!」と声を上げた瑠香ちゃんは、ピタリと私を揺さぶるのをやめた。コロコロ変わる表情が愛らしいなと思いつつ、「どうしたの?」と問えば、「用事あって急いでたの、忘れてた!」とのこと。言われてみれば確かに、猛ダッシュしてたな。
「ごめんっ、また後で色々話すね!あと陽菜ちゃんに会わせたい子もいるんだ!でもとりあえず、またね!」
「あ、うん、またね!」
瑠香ちゃんは笑顔でヒラヒラと手を振ってから、凄まじい速さで階段を駆け降りて行った。だ、大丈夫かな、転ばないといいけど……。
「台風みたいな子だったね」
ヒヤヒヤしながら遠ざかる背中を眺めていると、ふいに後ろから声がかけられた。声の主は言わずもがな、さっきまで私達のそばで控えて、静かに事の成り行きを見ていた、玲央だった。振り向けば、何やら微妙そうな顔をしている。
「フレンドリーで可愛い子だったよね。……若干、不思議ちゃん属性もありそうだけど」
「陽菜も十分、電波系でしょ」
「で、電波って……」
「否定しないの?」
「………………うん、まぁ……」
曖昧に言葉を濁して視線を落とすと、玲央が少し不機嫌になる気配を感じた。怪訝そうな目で見られてるんだろうなと思うと、ますます顔が上げられなかった。
「なに、まさかひーちゃんは本当に未来予知できるの?」
「いやー、そんなんじゃない……はずなんだけど、前からちょいちょいそれっぽいのはあったなぁって思うと、何だかね……」
「前からって、いつ」
「……たぶん、小学生ぐらいから」
「何それ!?」
素っ頓狂な声にちらりと顔を盗み見れば、玲央は鳩が豆鉄砲を食ったような表情で固まっていた。そんな時でさえかっこよさが崩れないんだから、イケメンってずるいなとつくづく思う。
「聞いたことないよ!」
「誰にも言ったことないもん」
「なんで!」
「聞かれなかったから」
「……俺にぐらい、話してくれたってよかったじゃん」
「……そんな不貞腐れた顔したって可愛くないよ」
「ひどい!」
*****
その日の帰り、ホームルームが終わったところで、私の教室に瑠香ちゃんがやって来た。
「陽菜ちゃん、やっほー!連れてきたよ!」
「あ、瑠香ちゃん!えっと、連れてきたって、誰を……?」
「陽菜ちゃんに会わせたかった子!」
一緒に帰る約束をしていた子達に断りを入れてから扉に駆け寄ると、瑠香ちゃんが手で指し示した先に、ひどく顔立ちの整った女子生徒が澄ました顔で立っていた。モデルさんみたいだなと思わず見惚れていると、ふいに小さく会釈をされたため、慌ててこちらも首を動かす。
「この子はね、前園華恋ちゃんだよ。クラスはA組!」
「……よろしく」
「……あっ、よ、よろしく!私は、」
「渡辺陽菜さん、よね?瑠香さんから聞いているわ。……陽菜さんと呼んでもいいかしら。私のことも名前で呼んでもらって構わないわ」
「あ、うん、もちろん!よろしくね、華恋ちゃん」
「さん付けじゃなくてちゃん付けのほうがいいよって言ってるのにさー、華恋ちゃんってば頑固なんだよ」
「それは私の勝手でしょ」
「だって距離感じて悲しいじゃん!」
「別に、そんなつもりじゃないわよ」
「でもさぁ……」
瑠香ちゃんは華恋ちゃんの肩を揺さぶりながら、なおも言い募ったが、しかし当人はどこ吹く風でそっぽを向いている。かと思えば、その口元が僅かに緩んでいるのが見取れたため、私の胸の中はポッと暖かくなった。
「……それで、瑠香ちゃんが華恋ちゃんを私に会わせたかった理由って?」
「そう、本題はそれ!なんとなんと……、華恋ちゃんも陽菜ちゃんと同じ、『天の使い』なのです!」
ババーン!、とセルフ効果音を口にしながら、瑠香ちゃんは両腕を広げて華恋ちゃんの方に向ける。思わず苦笑しながら華恋ちゃんの方に視線をやれば、彼女はなぜか、口を引き締めながら真顔でプルプルと小刻みに震えていた。え、どういう感情!?
尋常じゃない震えを困惑気味に見守っていると、視線を絡められ、やがて、彼女の重い口が開かれた。
「……そうよ。私こそ、未来予知の能力を授けられた選ばれし人間、『天の使い』よ」
「ま、まじですか……」
「ヨッ、華恋ちゃんかっこいい!」
謎の掛け声とともにやんややんやと囃し立てる陽気な少女を横目に、私は目の前の凛とした美人をつい凝視してしまう。そ、そういうキャラだったのか。意外すぎる。
そんな私の思考を読み取ったのか、幾分か頬が紅潮している華恋ちゃんは私にキッと鋭い視線を向けて来たが、なんせその瞳が潤んでいるのであまり迫力がない。それに薄々思ってたけど、華恋ちゃんって、どことなく凪ちゃんに似てるかも。
懐かしい気持ちになっていると、ふいに囃しをやめた瑠香ちゃんがこれまた興奮気味に、華恋ちゃんとの出会いを語ってくれた。
「あのね、入学式の日って、めっちゃ強風だったでしょ?それなのに私、ハンカチを取り出した時にちゃんと掴んでなかったせいで、離しちゃって。そのまま飛んでって木の枝に引っ掛かっちゃったんだ。かなり高い所だったし最初は諦めようとしたけど、でもやっぱり大事にしてたハンカチだったから、いっそ木に登って取っちゃうしかないか〜って思い始めて、最終的に覚悟決めて登ろうとしたの。でもその時!1人の美少女が颯爽と現れ、私に告げたのです!」
『待っていなさい。もう少ししたら、風に吹かれて落ちてくるから』
それから数秒後、一際強い風が吹いて来て、華恋ちゃんの言葉通りにハンカチが舞い落ちて来たのだという。そして、感激して礼を言う瑠香ちゃんを一瞥して微笑した彼女は、自身を「未来予知ができる『天の使い』」と名乗ったそうである。
「……少し事実との相違があるわね。あなたが私に対して、風のタイミングが分かった理由を教えて欲しいと何度も何度もしつこく迫ってきた、と言う部分が抜けているわ」
「あれ、そうだったっけ?」
「まったく……」
「えっと、つまり話を整理すると……、華恋ちゃんがハンカチが落ちてくるのを予言したのと同じように、私が陽菜ちゃんの転落を予言、というか予感したから、私にも華恋ちゃんと同じ未来予知の能力があると思った、ってこと?それで瑠香ちゃんは、……て、『天の使い』同士の私達を引き会合わせたかった、とか」
「まさしくその通り!」
「……らしいわね」
な、なるほど。
正直、「未来予知」などというものは荒唐無稽な話にしか思えないが、それでも、自分と同じ体験をしたことがあるという華恋ちゃん自身には興味がある。彼女と対話すれば、今までずっと1人で抱えていた、あの得体の知れない現象が紐解かれるかもしれない。そんな気がした。
その後、「用事があるから」と瑠香ちゃんが名残惜しそうに立ち去ったところで、華恋ちゃんに学校近くの公園で話さないかと持ちかけられ、私は即座に頷いた。
*****
「単刀直入で悪いけれど、陽菜さんって転生者よね?」
「……え、なに?」
「隠さなくてもいいわよ。私もそうだから」
「え、いや、え?て、転生って何?あっ、もしかして、さっきの『天の使い』ってやつの続き!?」
「……心当たりがないの?」
昼下がりの公園にあるベンチに並んで腰をかけた途端、日常生活において聞き慣れない単語を発した華恋ちゃんに困惑しながら尋ね返すも、逆に意外そうな表情されてしまう。さらには至って真面目な雰囲気が漂っているため、私の混乱に一層拍車がかかった。
冗談ってわけじゃ、なさそうだけど。
「だってあなた、イベントを回避したらしいじゃない」
「イベント……?」
「小鳥遊瑠香と芳賀玲央との初接触イベントよ。もちろん、責めているわけじゃないわ。私だって似たようなことをしたし、転落すると分かっている人を放置するなんて、普通、良心の呵責に耐えられないもの。例え、ヒーローが彼女を受け止めて、結果無傷で済むと知っていてもね」
「……華恋ちゃんは、何の話をしてるの?」
「何って、決まっているでしょう。私達が転生したこの世界の、」
原作の話よ。
話が飲み込めないのに、理解なんてできないはずなのに、でも頭の片隅に、不自然なほど冷静にこの話を聞いている自分がいる。そして、それはきっと、「もうひとりの私」だ。
「……本当に、身に覚えがないの?」
「……うん」
「そう……、それなら、角度を変えてみましょう。陽菜さんには、幼少期から、次に起こる出来事を知っているような感覚が芽生えることはなかった?特に自分の周りの人が絡む時……、具体的には、芳賀君が関係している時」
「あ……」
「どうやら、ビンゴみたいね。あなたの幼馴染である芳賀玲央は、原作におけるヒーローのうちの1人よ。一方で、渡辺陽菜なんていう幼馴染は登場しなかった。存在していたとしても、少なくとも、彼と同じクラスにはならなかったはず。つまり、あなたは私と同様、イレギュラーな人物なのよ」
「…………ご、ごめん、ちょっと、待って、混乱しちゃって」
「……無理もないわ。一方的に捲し立ててしまった私が言うのも何だけれど、知らないままでも、あまり不都合は、」
「ううん、違うの。今は混乱してるけど、あと少しで、ちょっとは落ち着けそうだから……」
「……そう、分かった。ゆっくりでいいから、少しずつ整理していきましょう」
華恋ちゃんの穏やかな声かけに支えられながら、時間をかけて、何とか受け入れる体勢を整えようとしたものの。
私には部分的に前世の記憶があること。前世の世界において、今世のこの世界は「フィクション」であること。そして、元々私は、玲央の幼馴染として隣にいるべき存在ではなかったこと。
突きつけられたこれらの事実は、あまりにも重すぎて。どれだけ経っても私の頭は拒絶反応を示し、結局、今日のところは解散という運びになった。
上の空で帰路に着き、帰宅して自分の部屋に入ってからも、まるで現実感がなかった。いや、そもそもここは物語の中の世界なんだから、非現実?だめだ、頭が痛くなってくる。
ぼふり、と背中からベットに倒れ込み、片腕を上げて目元を覆う。
ぼーっとしながら今日1日の出来事を反芻して、脳内を取っ散らかしてみて、そうして最後に浮かんできたのは、玲央の顔だった。それと、彼を推しのように感じる、もうひとりの私。
もしかしなくても、その自分こそが、前世の私の残滓なのだろう。生まれ変わっても無意識に刻み込まれてるレベルって、どんだけ玲央のこと好きだったんだよ、前世の私。最早、呆れを通り越して滑稽すぎて笑えてくる、はずなのに、実際に私の口から漏れたのは、か細い嗚咽だった。
それから、しばらくして。勢いをつけてベットの上から飛び起きた私は、ティッシュで思い切り鼻をかみながら、あるひとつの決心をした。
*****
次の日の朝、学校に登校した私は、自分のクラスに入るより先にA組に顔を出し、華恋ちゃんを呼んでもらって、今日の放課後にまた話す約束をした。外は生憎の雨だったため、場所は華恋ちゃんの提案でこのクラスの教室になった。
授業中の先生の話を適当に聞き流しつつ、なるべく頭の中を整理しようと努力しているうちに、あっという間に時間が過ぎて、放課後になった。日直の仕事を急いで終わらせて華恋ちゃんのクラスへ向かうと、彼女はすでに席に着いていて、彼女以外の生徒はどうやら全員下校したようだった。
おまたせ、と軽く声をかけながら華恋ちゃんの前の席に座り、私は早々に、前置きを口にした。
「あのさ、華恋ちゃん。今から超ネガティブな話ばっかになっちゃうと思うんだけど、それでもいいかな……?」
一瞬、キョトンとした表情を見せた華恋ちゃんは、それでも瞬時に切り替えて、柔らかい微笑みをたたえながら「望むところよ」と言ってくれた。くすぐったい気持ちになりつつ「ありがとう」と礼を言ってから、ふと、気に掛かっていたことを思い出す。
「そういえばさ、『天の使い』って結局何だったの?」
「げほっ!」
「え、大丈夫!?」
突然咳き込み出した華恋ちゃんは、苦しそうに胸を押さえながらも「唾が変なところに入っただけだから……」と言って、心配する私を片手で制する。
「……本当は、あんな恥ずかしいこと口にするつもりなんて全くなかったわよ。瑠香さんに迫られた時も、勘とか虫の知らせだとかで誤魔化すつもりだったわ。なのに、いざ瑠香さんと目を合わせると、無性に嘘をついてはいけないような気持ちになってしまって……、それで、咄嗟にあんな頓珍漢な発言が口をついて出たのよ」
「なるほど」
「馬鹿な言動だったのは、痛いほど自覚しているわ……」
そう言って華恋ちゃんはがくりと項垂れ、両手で顔を覆った。そのあまりの落ち込み加減に、気の毒だとは思いつつもどうしても我慢できずに吹き出す。と、顔を朱色に染めた華恋ちゃんが、じとりとした目を向けてきたため、私は慌てて平謝りを繰り返した。華恋ちゃんは深々とひとつのため息をついてから、再び私と向き合い、おもむろに「陽菜さんって不思議ね」と呟いた。
「自分で言うのもおかしいけれど、私っていつも、周囲の人に気難しい人間と思われて遠巻きにされることが多いのよ。でもあなたは、まだ出会って間もないのに……」
「あ、ごめん。馴れ馴れしかった?」
「そうじゃないわ。むしろ真逆というか、言葉にすると難しいけれど……、嬉しかったのだと、思う」
そこまで言って、華恋ちゃんは初めて、はっきりとした笑顔を見せてくれた。
不意打ちの衝撃に目を細めつつ、私もつられて、頰が緩んでしまう。「もしかしたら、華恋ちゃんが何となく私の親友に似てるからってのもあるのかも」と言うと、彼女は笑みを深めて「あら。それならいつか、私もその親友さんに会ってみたいわ」と言葉を重ねてくれて、すっかり嬉しくなった私は「絶対に紹介するよ!」と跳ねるような調子で応えた。
暫し、暖かな空気に包まれたのち。
私が本題に入るべく姿勢を正すと、華恋ちゃんもそれを察したのか引き締めた表情になった。
「昨日、華恋ちゃんは私に対して、玲央に、幼馴染に関することで、予知めいたものを感じたことがあるかって聞いたでしょ」
「えぇ。そしてあなたは、思い当たる節がありそうな様子を見せた」
「うん。……それでね、華恋ちゃん。少しの間だけ、」
私の懺悔に付き合って欲しいの。
華恋ちゃんが静かに頷いたのを見取ってから、私はゆっくりと、言葉を紡ぎ始めた。
私と玲央は幼馴染だけど、決して最初から交流があったわけではなく、小学校低学年頃のとある出来事をきっかけに距離が縮まり、一緒に時間を過ごすようになっていったという経緯がある。
その出来事というのは、川に流れた帽子を取ろうとして靴を脱ぎ始めていた玲央を、偶然通りかかった私が見かけて、隣で歩いていた母親の制止を振り切り全速力で玲央の元へと走り寄って、泣き喚きながら彼に川に入らないように訴えた、というものだった。
後に母親が語るところによると、あの時の私は、まるで何かに取り憑かれているかと思うほど必死な様子だったという。
それもそのはずだ。当時の幼い私の眼前には、自分と同い年ぐらいの男の子が川の流れに逆らえず、死にものぐるいでもがいている映像が広がっていたのだから。
「思い返してみても、ほぼ反射みたいな行動だったから、たぶんあれは、前世の私が無意識に働いていたんだと思う。実際、母親に咎められた時もあまりピンときてなかったし。……でもさ、華恋ちゃんの知ってる原作に高校生の玲央が登場するなら、もしあそこで私が手を出さなかったとしても、玲央は死ななかったんだよね?」
「……そうね。極端に川が恐ろしくなるという精神的な後遺症は残るけれど、命に別状はなかったと記憶しているわ。そのエピソードも、回想シーンで見たことがある」
「そこに、私は?」
「……いなかったわ」
「……はは、だよねぇ」
決定打だった。けれどそれは、同時に、私が知らなければならない事実だった。
脱力感と、ほんの少しの解放感が、体内を駆け巡る。
「今まで誰にも言ったことなかったけど、私ね、あの時からずっとモヤモヤしてたんだ。自分が自分じゃないような感覚がしたと思ったら、玲央と知り合って、仲良くなって、それで幼馴染になって。なんかちょっと、ご都合主義すぎじゃない?みたいな。でも、ようやく納得した。私、前世の知識でずるしてただけだ」
「っそんなことない!……陽菜さんは人命救助をしたまでよ。前にも言ったけど、知っておきながら放置することなんて、」
「でも、本来なら玲央の隣は私じゃなくて、瑠香ちゃんだった。……そうでしょ?」
華恋ちゃんの言葉を遮って念を押すと、彼女は苦しげに言葉を詰まらせ、痛ましげなものを見るような視線を私に注いできた。あぁ、上手く笑えてないのかな、と思って頰に手を当てると、存外ひどく濡れていた。
滲む視界で、華恋ちゃんの姿が揺れる。きっと困ってるだろうな。だけど、「ごめん」と絞り出そうとした声はどうしようもないほどにグラグラで、言葉として意味を為すことはなかった。
「……ねぇ陽菜、ひとつだけ聞かせて。あなたは、芳賀君のことが好きなのよね?」
「……私には、そんな資格、」
「いいから。原作とか前世とか、関係なく。答えて」
彼女の優しい声色に導かれ。
私は一際大きくしゃくり上げてから、半ば叫ぶように声を出す。
「好きだよ!ずっとずっと恋してた!推しとしてじゃない!いつからかなんて分かんないくらい、私はずっと、玲央のことがっ、」
ーーガタタッ、バァンッ!
「ひぃっ!?」
「ひゃっ!?」
突如響いた物音に、私達は声にならない悲鳴を上げた。
恐る恐る視線を向けると、そこには、
「やっぱり、ひーちゃんも俺のこと好きなんじゃん!両思いじゃんかぁ!」
狭い掃除用具入れに自身の体を押し込んで、ポロポロと涙をこぼす玲央いた。
訳がわからな過ぎて脳がフリーズし、その衝撃のあまり泣き止んでしまった。…………え、何やってんの?
たっぷり数十秒間、玲央の啜り泣く声のみが場を支配していたが、最初に我に返ったのは華恋ちゃんだった。さすがに動揺していたのか、大きな音を立てつつ椅子を引いた彼女は、ツカツカと教室の後ろへ歩いて行き、箱の中に収まっている玲央の腕を容赦なく前へと引っ張った。そこでようやく、私も金縛りが解け、華恋ちゃんに加担して2人がかりで彼を脱出させた。
改めて3人で腰を落ち着けたところで、何か知っている様子の華恋ちゃんが、苦い顔で口を開く。
「黙っていてごめんなさい。実はあなたには内緒で、芳賀君にも間接的に同席してもらっていたのよ。というのも彼、私が陽菜を公園に誘ったのを耳にしていたらしくって、問い詰められたられてしまって。あまりに引かないものだから、いっそのこと一緒に聞いてもらったほうが早いと思ったのよ。……騙すような真似をしてしまって、本当にごめんなさい」
「う、ううん!大丈夫!びっくりはしたけど、華恋ちゃんは私達のことを気遣ってくれたんだよね。ありがとう」
「陽菜……」
「……えっと、ところでさ。理由は分かったけど、玲央はどうしてあんな場所にいたの……?」
「あぁ、それは私も気になるわ」
私と華恋ちゃんの2人分の視線を受けて、玲央はバツが悪そうに目を逸らしながら、もごもごと喋り出す。
「だって、前園が隠れてろって言ったから……」
「確かに言ったわ。けれど普通、教室内で隠れると言ったら教卓の下とかじゃないかしら?」
「ひ、陽菜が思ったよりも早く来たから焦ったんだよ。しょうがないだろ」
「しょうがない、のかなぁ……」
「そんな!ひーちゃんまで……!」
せっかく引っ込んだ玲央の涙がまたじわりと滲みそうになり、焦って宥めすかす私の横で、華恋ちゃんは冷ややかな目をしていた。た、たまにポンコツになるんだよ、玲央って……。
すんすんと鼻を鳴らし始めた玲央にポケットティッシュを差し出していると、華恋ちゃんはおもむろに席を立ち、鞄を手に取った。
「あれ、華恋ちゃん帰っちゃうの?」
「えぇ。陽菜、今日はお話できてよかったわ。……これからも、仲良くしてくれると嬉しい」
「っこ、こちらこそ!」
「ふふ……、じゃあね、」
あとは2人でごゆっくり、と言い残して、ヒラリと手を振った華恋ちゃんは教室を出ていった。ほんわかとした気持ちに浸っていると、横から制服の袖を引っ張っられる。バレないように深呼吸をしてから、彼に向き直った。
「……ひーちゃん、さっきの話、本当なの?俺が川に溺れる未来を、知ってたって」
「……そうだよ。全部本当。知ってたから先回りしたの。ずるい、でしょ」
「……確かに、ずるいよ」
「…………うん、そうだ、」
「俺だって、ひーちゃんの未来知ってたかった!」
「……ん?」
「そしたら、小2よりも前にひーちゃんと仲良くなれたり、ひーちゃんが犬に追いかけ回されるのも阻止できたりしたかもだし、あとそれに、ひーちゃんに告ろうとしてた不埒な輩への牽制だって、もっとスムーズにできたかもしれないのに!」
「待って待って、ストップ、え、なんだって?」
最初の2つは何となくわかるけど牽制って何?しかも過去形?え、初耳なんだけど。いや、全部意味不明なんだけどさぁ……!
その後も玲央の語りは止まらず、この暴走を止めるのは不可能だと察した私は、顔に熱が集まっていくのを強制的に意識させられながら、無言で耐え忍んだ。我ながらよく頑張ったと思う。
そうして、ようやく玲央の声が途切れたところで、今度は沈黙が場を支配した。私のが伝染したのか、いつの間にか、玲央の顔も真っ赤になっていた。
それから。どちらともなく口を開いて。
ーー互いの心の内を確かめ合った私達は、晴れて恋人となった。
……ちなみに、この件からしばらく経った後、すっかり仲良くなった瑠香が朗らかな笑顔で「中二病全開のごっこ遊び、楽しかったよね!」と言い放ち、私と華恋が揃って絶句することになるのだが、それはまた別のお話。




