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短編集  作者: さんぱく
1/8

共感の共感*

『まじでほんとにだいじょーぶ!』

※設定ゆるめ。

「え、ガチ!? 当番変わってくれんの!?」

「うん、いいよ」

「わ、え、ガチでありがたい!……でも本当にいいのか?」

「全然全然、大したことないし。それにほら、大野(おおの)君は家の用事があるんでしょ? なら仕方ないよ、困った時はお互い様だ」 

(ほり)神すぎる! いや、マジ助かるわ。今度絶対に埋め合わせするからな! サンキュー!」


 調子のいい言葉をベラベラと並べて、鞄を肩に引っ掛けた大野は軽い足取りで教室を後にする。

 放課後の教室掃除の当番は通常なら4人で1組。今週は俺のグループが担当だったが、今日に限ってはグループのうち2人が欠席したから、必然的に大野と俺の2人で掃除が行われるはずだった。が、なぜか結局、担当でもなんでもない堀に役割がなすりつけられた。完全に舐められている。

 

「それで良かったのか、堀。テイよく押し付けられただけじゃないか」


 大野から渡された、もとい押し付けられた箒を握りしめている堀の、その横顔に声をかけると、堀はくるりと俺の方を見た。


「いいんだよ、若松(わかまつ)君。俺、今日暇だったしさ。家の用事ならしょうがないし」


 黒縁メガネ、ややタレ目、絶やさない微笑。よく言えば穏やかで優しそうな、ぶっちゃければ人畜無害そうなオーラを纏う堀は、こうやって無関係な面倒事を押し付けられることが頻繁にある。

 堀のデフォルトとなっている柔和な笑みを眺め、俺は僅かに目を細めた。

 無性にもどかしさが募って、募って募って、その果てに。俺はとうとう、あの言葉を口にした。


「それ本当?」

「……本当だよ」


 ドンッ、と心臓に銃弾が撃ち込まれたような衝撃。

 もちろん実際に撃たれたわけではない。感覚的なものだ。強烈な衝撃は、しかし明確な痛みとして認識される前に霧散して、後には何も残らない。俺は歯痒さに眉を顰めた。


「……なんか難しい顔してるけど、どうかした?」

「……いや、何でもない、気にするな。とっとと掃除終わらせるぞ」

「うん、そうだね」


 床の埃やら消しカスやらをせっせとを箒で掃き始めた堀を一瞥してから、俺もそれに習って手を動かす。箒の先端が擦れて出る単調な音を聞きながら、頭の中で思考が巡った。

 俺の内部には嘘発見器のようなシステムがある。

 どれくらい前からそれがあったのか、いつその存在に気づいたのかは、正直覚えてない。別に超能力と呼べるほど派手なものでもないから、文字通り中ニの現在であっても某病は発症しない。

 キーワードは、「それは本当か」だ。俺がこう尋ねて、かつ相手がそれに断定的なイエスかノーで返答した場合に限ってのみ、俺の中の嘘発見器が作動する。

 例えば、大事な物を紛失して心底悲しんでいる人が、それでも周りを深刻な雰囲気にさせないために、「また新しいのを買えばいい」と平気な顔をして言ったとする。そこで、居合わせた俺が「それは本当か」と相手に尋ねるのだ。

 「イエス」と返された場合、その言葉を聞いた瞬間に、俺の胸の中に突然悲しみが広がる。それは俺の感情ではなく、相手の感情、つまり相手が周囲に誤魔化そうとした本来の感情だ。

 伝わってくる感情は喜怒哀楽から始まって恐怖や嫉妬、興奮まで。どんなに複雑で曖昧なものでも、そっくりそのまま俺に投影される。

 深ければ深いほど強烈に、本心では誰かに気づいて欲しいと思っているほど持続的に、相手の感情は俺の中に入り込む。

 要するに、俺のこの能力は「感情の嘘発見器」といえるだろう。包み隠そうとした感情を相手の意思と関係なく暴くものだ、悪趣味といって差し支えない。しかし発生条件がかなり限定的で、さらに流れてくる感情を必ずしも全て理解できるわけでもないため、実用的とは程遠く、仮に悪用しようと思ったところで特に何も為せない。善用に関してもまた然り。

 ただ、あまりにも長く感情が残り続けたら、つまり相手が本心では「自分の気持ちに気づいて欲しい」と強く願っていたら、そのときには声をかけるようにしている。それは罪滅ぼしとか、義務の感覚に近いのかもしれない。相手のこころを勝手に知ってしまったことに対する。

 そこまで考えて、俺の意識はまたもや堀に返ってくる。

 先程の堀とのやり取りで俺の能力は確かに発動したはすだ。強烈な衝撃が一発、一瞬だけ。これが意味するところは、堀は当番を押し付けられたことに関して本当は何らか思うことがあり、だがその思いが誰かに伝わって欲しいとは全く願っていない、ということだ。感情自体も、あまりに一瞬のことすぎて何も汲み取れなかった。でも一方で、他人からあれほど強烈な衝撃を受けたのは、堀が初めてだった。

 このチグハグ感こそが、俺の中に住みついているもどかしさの正体だ。

 

「……よし、だいぶ集まったね。ちりとり取ってくるよ」

「おう」


 用具入れをガコリと開けて、上の段に置かれているちりとりに手を伸ばす堀。平均よりも低身長な堀は、爪先立ちをして必死に腕を上げていた。大股で近づいてその横に並び、斜め下からの視線を受けながら目的の物を掴む。


「あ、ありがとう」

「ん」


 こんもりと溜まったゴミたちのそばにしゃがみ込んで、片手で小さな箒を前後に動かし、もう片方の手で持っているちりとりの上にそれらを移動させていく。一度では上手く入りきらず、散らばってしまったゴミを堀がまた集め直してくれてから、同じ作業を繰り返す。

 ふいに上を見上げると、堀と目が合った。大きく見開かれた目が、俺から逸らされてしまいそうになって、

 

「俺、堀のことが気になってる」


 思わずそんな言葉が口から転がり出た。

 堀は俺を凝視して、消え入りそうな声で「え」という一音を溢した。暫し無言の見つめ合い。それから、堀は自分が俺を見下ろしているという位置関係が気に掛かったのか、ハッとした顔をしたのち、勢いよくしゃがみ込んで、そのくせ、必然と近くなった距離感にドギマギとした様子を見せた。


「……ど、どういう意味?」

「なにが」

「……さっきのセリフ」


 内緒話でもするかのような妙に緊張感を伴った囁き声。夕暮れの教室にはもう俺達ふたりしか残っていないのに。それが何だか面白くて、ふ、と笑うと、堀の眉根が寄りかけて、でもすぐに元に戻った。あぁ、また押し込んだのか。


「……堀は、馬鹿みたいにお人好しで、面倒な頼まれごとをされても一切嫌な顔をしない。澄ました笑顔で簡単に受け入れる。だから、損な役割ばかり回ってくるんだ」

「……そんなことないよ。急に何なの、若松く、」

「かといって芯がないようには見えない。他人優先な中にも、譲れない部分があると自分の意見を自分の言葉できちんと喋る」

「……なにを、」

「それってしんどくないか」

 

 眼鏡レンズ越しの瞳が、ぐらりと揺れる。俺は堀の一挙手一投足を見逃すまいとした。


「自分を蔑ろにして、他人を尊重して。お前の人生は、誰のものだ」

「…………自己啓発本かなんかに、太字で印刷されてそうなフレーズだね」


 堀は笑った。普段通りの大人しい、防衛の笑みとは似ても似つかない、シニカルで翳りのある笑みだった。


「俺の人生は俺のものだ。人に親切にすることで自尊心が満たされるから、そうしてる。悪いけど、奇麗な無垢の自己犠牲を期待してるなら他を当たって欲しいな」

「……怒ったのか」

「……別に。誤解されるのが嫌だっただけだよ」

「本当に?」

「……そう言ってるでしょ」


 じわ、と仄暗い苛立ちが胸に広がった。3秒間続いて、消える。

 俺は歓喜で体が打ち震えそうになるのを何とか抑えた。


「不躾に憶測をして決めつけた、俺に非があるのは明らかだ。堀の感じる怒りは当然のものだ」

「だからさ、別に気にしてないってば」

「いいや、堀は俺に苛立った。それは事実だ」

「……あのさぁ、そうやって頑なに俺が怒ってるって決めつけたがるのも、君の言った『不躾な憶測』ってやつだよね。舌の根も乾かぬうちにっていう慣用句、こういう時にピッタリだ」


 いつになく饒舌な堀だったが、当の俺の意識は堀から繰り出される言葉とは別のところに向いていた。ふいに人差し指をピンと立てた俺は、狙いを定め、


「若松君? 話聞い、」

「すっげぇ皺寄ってる」

「、っは!?……うっ」


 深々と皺が刻まれている堀の眉間辺りを、グッと押した。

 予期せぬ力を加えられた堀は素っ頓狂な声を上げ、箒を手放して尻餅をつく。ぱちぱち目を瞬かせている堀を眺めていると、突然バッと顔が向けられ、「なにするんだよ」という不貞腐れた呟きとともに抗議の視線で射抜かれた。


「悪い、突きたくなったから」

「……君、今日は様子がおかしいよ。積極的に人と戯れたがるキャラでもないでしょ」

「俺が思うに、堀が感情を表に出したがらないのは、」

「いやだから人の話を聞きなよ」


 呆れ切ったようにため息をつく堀に、俺はぐいと距離を詰める。唐突な至近距離にも堀は動じることなく怪訝な顔で俺を見つめ続けた。その姿にどこか満足感を覚えながら、俺は言葉の続きを声に乗せた。

 

「怖いからだろ。自分の感情を露わにした時の、周囲の反応が。漠然と怖くて誰にも見せられない。違うか?」

「……根拠は?」

「俺自身の経験に基づく、ただの不躾な憶測だ」


 長時間しゃがみっぱなしで疲れた足を伸ばすために、ゆっくりと立ち上がった。未だ尻餅をついた体勢から動かない堀を横目にして、俺は立ったついでに、ちりとりに乗った埃やらをゴミ箱に捨てに行く。

 ゴミ箱の縁にちりとりをカッカッと軽く叩きつけていると、後方から用具入れロッカーの開閉音と思われる軋んだ音が聞こえた。緩慢な動作で振り向けば、箒を片付け終えたらしい堀が佇んでいた。


「……若松君の言う通り、俺は怖いんだと思う」

「……そうか」


 堀は俺と目を合わせようとせず、一定の距離を開けて目線を下げていた。

 やがて俺の手にあるちりとりが視界に入ったのか、堀は「あ」と呟き、「それ、しまっておくよ」と手のひらを俺に向けて差し出した。が、堀から歩み寄ってくる気配はない。それを見取って、わざと見せびらかすようにちりとりを自分の背に隠すと、堀の手はだらんと降ろされた。


「堀を見てると、昔の俺を思い出す。だから堀のことが気になってる」


 一歩前に足を踏み出せば、堀の肩がほんの僅かに揺れた。視線は依然とかち合わない。


「俺には……、俺は、共感性みたいなものが、人より高いのかもしれない」


 少し逡巡して、能力のことは話さないでおいた。持ち出す必要はないし、ノイズになる可能性もある。そして何より、きっとあの能力がなかったとしても、俺は遅かれ早かれ堀を自分自身と重ねていただろうから。

 能力の発動は実質、俺が相手の感情の押し殺しに勘づくことを前提にした、趣味の悪い答え合わせに過ぎない。


「困っている時に手を差し伸べることも、沈んでいる時に黙って寄り添うこともできた。最初のうちは、相手に自分を投射して、自分を慰めるみたいに相手を慰めていた。でもいつからか、他人を尊重すればするほど自分が見えなくなっていった。透明人間になったみたいで怖かった。けどもっと怖かったのは、」


 互いの靴先がくっついてしまう程の近さになって、俺はようやく足を止めた。揺れる双眸が静かに俺を見据えていた。


「俺のほんとの気持ちを見せて拒否されて、俺の価値は誰かを優先することにしかないんだと、俺本体は必要とされていないんだと、証明されてしまうことだった」


 息を飲む音がした。目の前の口が小さく開けられて、また引き結ばれて。何回か繰り返されたのち。


「……若松君も、臆病だったんだね」


 そう言って、堀はふわりと表情をやわらげた。

 その顔に釘付けになっていると、突然、額の中心を小突かれた。「さっきのお返し」と弾むように言って引っ込めかけられた堀の手を、俺は反射的に掴んで止めた。


「今からの質問にイエスかノーで答えてくれ」

「は?」

「頼む」

「は、はぁ……」

「大野に当番を押し付けられた時、本当に堀は何も思わなかったのか?」

「…………うん」


 ドン、とあの時と同じような衝撃。しかし、前回と比べれば幾分か穏やかに、長く残る。

 そのおかげで、前回は銃弾だと思っていた感情の塊が、正確には何十枚もの布で厳重に包まれた球体として形容されるものだと認識できた。


「面倒ごとを自分から買って出るのは、本当に自尊心を満たすためか?」

「……そう、だよ」


 再び衝撃。けれど布の何枚かが剥がれ落ちていた。あと少しだ。


「最後の質問だ。ズカズカとお前に踏み込む俺を、本当にどうも思っていないのか?」

「……別に、思ってないよ」


 一枚の布に頼りなさげに包まれた球体が、俺の中に浮かぶ。

 まだ足りなかったか。そうしてもう一度、口を開き、意地汚く堀を揺さぶろうとした俺を阻止したのは。


「……いや待って、やっぱり最後の質問について撤回する」


 堀の、かつてないほど力強い視線だった。

 いつの間にか俺の手の方が堀によって握り込まれていて、堀が急に背伸びをしたことで、俺達の鼻と鼻が接触しそうになる。気圧されて頭をそらすと、したり顔の堀は口元に弧を描いた。


「ほんとはね、若松君のこと、知ったような口を聞いてくる鬱陶しい奴だと思ってたよ」


 俺が数歩分、後ろに下がると、追うようにして同じ分だけ堀が詰めてくる。完全に形勢が逆転していた。


「いつもクール気取って他人と関わらないようにしてる奴に、俺の何がわかるんだよって苛立ってた。気まぐれで俺にちょっかいかけてくる変人、いい迷惑だと思ってた」


 ぐいぐいと迫られて、ついには壁に俺の背中ついてしまった。朧げな謝罪を口にしながら包囲網から脱出しようと何度も試みたが、どうにもうまくいかない。それでも諦めずにもがいていた俺は、堀の変化に気づくのが遅れた。


「……でも、怖いってやつは、まじでわかる」


 鼻を啜る音が聞こえて、耳を疑った。

 俯き気味な堀の表情は読み取れないが、ポタポタと落ちる雫が床にシミを作っていくのを見つけて、ギョッとした。俺は拘束が緩まったタイミングで堀の手を振り払い、慌ててその肩を掴んだ。


「ごっ、ごめん、堀。嫌な思いさせてごめん」


 けれども堀は一向に顔を上げない。床の色だけが刻々と変わる。サァッと血の気が引いて、気を抜いたら手が震えてしまいそうだった。人を泣かせて動揺しないほど、俺は強くない。だって、臆病だから。

 何もできず狼狽していると、ふと、吹き出したような声が耳に入った。視線を感じ、行ったり来たりさせていた目線を、恐る恐る下げる。

 

「だったらさ、きみ、責任とってよ」


 頬に涙をつたらせ、眼光鋭く俺を睨みつけ、楽しそうに笑い、堀は言った。

 自分だけに向けられた、一点集中した感情エネルギーの膨大さに、俺は知らず唾を飲み込んだ。かろうじて口を開き「ほ、程々にしてくれ」と懇願するも、「むり」の一言で一蹴されて終わった。


 今度は両手を掬い取られて、強く強く握られる。4つの手で構成された歪な球体は、馬鹿みたいに震えていた。


 その頃にはもう、既に俺達は、互いに透明人間ではいられなくなっていた。


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