51 気が重いが、やるしかなかろう
──母屋
『大丈夫ですか? 真っ青ですよ?』
リゼットの言。
「ああ──ちょっとね。色々とマズいものを見てしまったので」
『! そう、ですか。では……“賦活”!』
「すまんね──ありがとう」
とりあえずリゼットに、精神的な感じでに治癒してもらう。そして、落ち着いた。
う〜む。仮眠をとるのはよそう。さっきの光景が夢に出そうだ。この世界で生きていくのであれば、いずれ慣れねばならないだろうけど──
『やはり、旅人は……』
察したのであろう。イツァクが鎮痛な面持ちになった。
「リドヴォーンの仕業でしょう。あなた方が気に病む必要はありません」
『はい……』
少しばかり表情が明るくなった。
とはいえ納屋の中の処理など、頭の痛い案件もあるが。
まぁ、それは朝になってからだ。
それよりも──だ。
「この周囲はどこの領地なんです?」
『アサーヴですね』
と、イツァク。
「ふむ。とりあえず、そのアサーヴの衛兵とかに連絡した方が良いのかな?」
『そうですね……。アサーヴの先代領主は公明正大な方だと聞いたことあります』
「──ふむ」
リゼットの言。
当代はどうだか分からないのがネックではある。
『まとめて 納屋ごと燃やしたら──ダメなのか?』
と──アンダーソン君。
「それはさ──止めた方がいいよ。木造の納屋を燃やしたら煙が上がるし、目立つんだ。煙を見た人がやって来る可能性がある。状況次第では、もっと悪いことになるかもね」
『──おう』
旅人を殺し、その証拠隠滅を謀った──と取られかねない。
それよりも──だ。
「それはそうと──何故ここで暮らしているんです? 一家族のみで……」
『はい……。もともとここはアサーヴ領の小さな村だったのです。しかし魔王戦役でアサーヴやリシュートまでもが魔王軍の手に落ちてしまい、我々は疎開を余儀なくされたのです。そして戦後、ここに戻ってきたのは私たちを含めた数家族でした』
「なるほど──」
魔王戦役。
レジューナから聞いた。約千年ごとに起こるという、魔族と人族の戦いだ。彼らはそれに巻き込まれたのか。
戻ってこなかった人々は、他の場所に住処を見つけたのか、それとも──
『それも束の間、他の家族は親族を頼って散っていきました。しかし、親族をほとんど失ってしまった私たちは行くあてもなくここに……』
「そう──ですか。ふむ、それで」
だがそのため、リドヴォーンのターゲットにされてしまった訳だがな。
何とも──やるせない話である。
そして、話を聞きつつ夜が開け──
──翌朝
さて──と。
納屋の中を“もの”をどうにかせねばなるまい。
気が重いが、やるしかなかろう。
とりあえず──塩を振り、焼いただけのワニ肉を口にする。
昨晩吐いてしまったしな。何をするにも、エネルギーが必要だ。
時折喉までこみ上げてくるものがあるが、無理やり飲み込む。
おっさんになってしまったが故に、最近食える量が減ってきてはいる。しかし、この世界に来てからは、それなりに食えるようにはなっていたのだが……流石にあんな同族──かもしれない──の死骸を見てしまうと──ね。
ともあれ、だ。
現状、ヴェーラとトゥレは眠らせたままだ。そして、イツァクとともに納屋の前にいる。
お互い、半ば現実逃避しながら話し込んでしまったせいか、日はかなり高い。
ともあれ、状況を確認してもらうために扉を開けねばならない。
「良いですか?」
『はい……』
扉に手をかけ──そして開く。
「──うっ」
『! うわっ! ……うぐっ!』
イツァクはこの光景に悲鳴を上げ、そして吐いた。
まぁ──しかたあるまい。あまりに凄惨な光景だ。
床に転がるヒトの頭やら何やら──流石にそれをダイレクトに目にすればな。
俺も危うく、また吐きそうになる。
だが、今度は何とか堪えた。
そして再び扉を閉じる。
しかし、だ。
衛兵に連絡するとして、誰が行く?
イツァクに──行ってもらうしかないか。そして衛兵が来たときはアンダーソン君に藪の中で身を隠してもらう、と。
しかし、すぐに衛兵が来るとは限らないしな。向こうの状況も分からん。
俺も行った方が良いとは──思うが。
しかし、あの騎士もまだアサーヴにいる可能性が高い。
どうした──ものか。
『どうなされた?』
などと考えていると、声がかかった。
背後を振り返ると、数人の男が立っていた。
──いつの間に⁉︎
一人は、何やら装飾の入った角ばった帽子を被り、マントを纏った男だ。
おそらく声をかけたのは彼だろう。歳は俺と同世代か? いかにも伊達男という風態だ。身分の高い神官か何かだろうか?
その隣には、軽装の鎧を纏った若い男……というか、少年と言ってもいい歳か。さっきの男の護衛であろうか。
そしてその背後には二人の兵士。リシュートの衛兵に似た装備だ。一人は伊達男と同世代か。もう一人は明らかに若いな。とはいえ護衛の少年よりは年上か。
「えっと……」
何と答えたものか。思わずイツァクと顔を見合わせる。
とりあえず、だ。
「あなたは?」
『私はローベルト。旅の神官です』
ふむ。やはり神官か。
そういえば、トゥラミシュも神殿関係者だったか。繋がりがあるかは分からないが……。
『! ローベルトといえば、エルズミス大神殿の……』
イツァクの言。
『左様』
なるほど、エルズミスの方か。それも名の通った人物、と。
しかし、そんな人物が何故ここに? とはいえ一応、俺もきちんと名乗った方が良いだろう。
「お──いや、私はシロウ。旅のものです。名は朱知・名は師郎と申します。こちらは今、お世話になっているこの家の主人、イツァクさんです」
『そう……でしたか。我々は、行方不明になった巡礼者を探しているのですが……』
ん? まさか……?
『シロウさん、どなたか来られたんですか?』
と、リゼットが玄関から顔をのぞかせた。
さらには、
『しろー、何ga……あっ』
その背後から一瞬顔をのぞかせたアンダーソン君。
だがすぐに顔を引っ込める。
『あれは……蜘蛛の魔物! リドヴォーンの眷属か!』
『傀儡蜘蛛……! やはり操られて⁉︎』
『! この男の足を見ろ! こやつも魔物か!』
『この臭い……死臭か! 旅人たちは、もう……』
Oh──。
『待ってください! 彼は私たちを……』
「リドヴォーンなら倒した! これは──」
レジューナの名前を出すべきか否か。
『問答無用! 切り捨てる!』
『魔物の言葉など信じるものか!』
──ダメだったか。
「口閉じて!」
『は……はい⁉︎』
巻き込まないようイツァクを抱えて横っ飛び。
そして玄関前に着地。
「リゼット! イツァクさんを安全な場所に!」
そう言い置くと、再び四人の方へ向かう。できれば穏便に済ませたいが……
『あの動き、やはり魔族か!』
『家の中のにも注意しろ!』
向かってくる兵士二人。そして、ローベルトの隣の男も抜剣する。
『しろー! すぐ行く!』
『援護します!』
アンダーソン君とリゼットも駆けつけてくれる。
三対四。しかし、あのローベルトなる人物は相当強そうだ。
これはマズい、かもな。




