35 プレッシャーを感じつつ
──井戸
再びポンプ脇の蓋を開けると、地下水脈へと続く空間が口を開けた。
この直径からすれば、アンダーソン君も十分通れる大きさだ。
『こちらです』
そう言って、彼女は井戸の中へと吸い込まれる様に入っていく。
う──む。ならば、
「行こうか」
『おう』
まずはその井戸に俺が先に入った。
やはり10m弱ほどであろうか? 下方に水面が見える。
糸と四肢、副腕を使い、慎重に降りていく。
「いいぞ──アンダーソン君」
半ばを過ぎたあたりでアンダーソン君に声をかける。
『分かった』
そして──アンダーソン君も降りてくる。
……速いな。あっという間に追いつかれた。
そして、水面直上。
さて、ここからどうやって行くのか?
『では、今から道を“作り”ます』
リゼットはその手を水面に触れる。
と、水が引き始めた。
いや、違うな。彼女が手を触れたところを中心に、円筒状に水が押しやられているのだ。半径1.5mといったところか。
そして俺たちは、そこに降り立つ。
俺はともかく、アンダーソン君は窮屈そうだ。不承不承といった体で片側の脚を水に浸している。
『灯りを つけるぞ。──いいな?』
『ええ。お願いします』
『では──“幻光”』
そしてアンダーソン君の触肢に光が灯る。
と、水の壁越しに石造りの水路が浮かび上がった。直径4m程の円筒形の断面だ。長方形の石で組まれており、その隙間をセメントの様なもので埋めている。
なるほど。人工の地下通路か。確か──地理の授業でやったな。中東か何処かの。それに似たモノだろう。……おそらくは。
そして水路自体は水で満たされているので、ここから外敵が侵入するのは難しいだろう。
……いや、魔法の使い手がいれば可能なのか?
『大丈夫ですよ。元々はそれぞれの井戸の前後には格子が付いていて、外敵の侵入を防いでいたんです。ほら、こんな風に』
彼女の示す先。
そこには水路一杯のサイズの格子がはめ込まれている。
そして反対側を見ると、格子が破壊された痕跡があった。もしかして、ここから進攻して魔族が支配する砦を落としたのか?
『ええ。万一敵の侵攻があった場合、それを城主に伝えるのも私の役目だったんですけどね。でも、魔族どもに支配されるなんて真っ平御免ですよ。だから、討伐隊に加担したんです。でも……』
「……ン?」
そこで彼女の瞳からハイライトが消え、黒い“何か”が溢れた。
『でも、魔族を討伐したと思ったら即放棄とかあり得ないでしょう? あの脳筋バカとか全く約束を守らない輩を子孫代々呪ってやりたいぐらいですよォ?』
「ヲイ……」
誰か知らないが、言ったことはきっちり実行してもらいたいものである。なぜ俺たちがそんなコトを言われなければならないのか……。
……と、ともかく、だ。
「で、館の方は……こっちか」
『ええ、そうです。あの魔族を叩きのめしてやりましょう。その後は、ウフフ……』
「……オウ」
そして俺たちは、彼女に案内されて地下通路を歩き始めた。
……『前門の虎、後門の狼』というプレッシャーを感じつつ。
──暫しのち
「ここかい?」
頭上に開いた立坑。
本丸にはまだ近い気がするが。
『いえ、第二壁内の井戸ですね。上屋が崩れてしまっているので出られません』
「なるほど……」
二の丸のか。まぁ、あれだけ徹底的に破壊されてしまっている訳だからな。
そして、さらに先。
本丸内の井戸を過ぎれば、次は城館地下の井戸だ。
『ここです』
リゼットの指差す先。立坑の上方に、微かな光が見える。当然だが、三の丸のものよりかなり高い位置だ。
いよいよ、か。
だが、その前に、だ。
俺は彼女から離れ、水の壁に身体を浸した。
身体に巻きつけておいた網に水を吸わせるためだ。ついでに、水袋に水を詰める。
……これでよし。
「行くか」
『ああ』
そして立坑を上り始める。
まずはリゼットが行き、俺が続く。
『あんまり上を見ないでくださいね。ちょっとだけなら良いですけど』
俺のすぐ頭上をふわふわ浮かぶリゼットの声。そういや彼女はチュニックを着ていたな。
「そんなら先に行かんでもええがな……」
『冗談ですよ、冗談。肩の力を抜いた方が良い時ってあるじゃないですか』
「オイオイ……」
ま、そりゃそうなんだが──時と場合を選んでもらいたい。
『しろー。そんな 尻を 見ても 面白く ないだろう』
アンダーソン君がボソリと呟く。
『ちょっとー! 失礼な蜘蛛ですね……。私、これでも生前はモテたんですよ!』
『煩い。この 幽霊女が』
「オイオイ……ここで喧嘩しないでくれ」
売り言葉に買い言葉で魔物に気付かれてしまったらお終いだ。
『はーい』
『分かった』
……両者は聞き入れてくれたか。
──そして、更にのち
俺たちは最上部へと辿り着いた。
『ちょっと様子を見てみます』
リゼットはそう言うと、ポンプ脇の蓋をすり抜けて外に出た。
「──どうだい?」
『……はい』
と、今度は横の壁から彼女が顔を出した。
『大丈夫です。近くにはいない様です』
「そうか──よし」
俺は蓋に手をかけ……動くな。
「っ……っと!」
鉄製の蓋を押し除け、外に出る。
そして床上に降り立つと、周囲を見回した。
ここは地下の一室。石造りの部屋だ。小さな魔導石の灯りが灯っているが、光量は小さく薄暗い。
「いいぞ、アンダーソン君」
『おう』
次いで、アンダーソン君も這い出てきた。
と、その触肢に灯った灯りで周囲が明るくなった。
「──ふむ」
正面には木の扉。そして反対側には棚がある。棚や床上には木桶や樽が置かれていた。
あと、使えそうなモノは……部屋の隅にある大きな水瓶くらいか。
ポンプは──生きているか。
わざわざ水路内で水を汲む必要はなかったな。
まぁ、結果論だ。
とりあえず、水瓶にも水を詰めておこう。いざと言う時に、そいつをぶちまけてやるのも手かもな。あと、樽にもな。
そんな──ところか?
「ところで、ヤツの居場所はどの辺りだい?」
『そうですね……』
彼女は一瞬半眼になる。
気配を探っているのか。
『まだ、この一つ上の階層を徘徊している様ですね』
「なるほど──俺たちの侵入に気づいた様子は」
『……おそらくはない、と思います。特に動向は変化していないので』
「──他に気配は?」
『ありません。ガルナガレスのものだけです』
「ふむ……」
なら、こちらから動こうか。奇襲できるのがベストだが……




