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33 ──そんな、まさか

──夜半

 う──ん? 寝苦しい。というか、重い。何でだ?

 ……いやコレ、アンダーソン君か? また寝ボケてのしかかっているのか。仕方ない。


「なぁ、アンダーソン君、ちょっと離れて……」


 俺自身も寝ボケたまま腕を突き出し……


「──ッ⁉︎」


 “何か”を素通りした。

 あ……れ? これは気のせい?

 ……いや、違う! そしてこの寒気。まさか……

 俺は恐る恐る目を開け……


「うわっ!」


 目の前に顔があった。それも超至近距離に。

 思わず声が出た。その瞬間……


『ふぎゃっ⁉︎』


 俺の悲鳴とその“顔”の奇声が重なった。そして“それ”は、そのままハンモックから転げ落ちる。

 ……つか、何が起きた⁉︎

 身を起こし、“それ”が落ちた方を見やる。


『あー、痛たたた……驚きましたよ』


 呆然と眺める俺の前で、腰の辺りをさすりつつ“それ”は身を起こした。

 青白い半透明な姿の女だ。ややウェーブのかかった長い髪。整った顔立ち。そして丈の長いチュニックの様な服を身に纏っている。

 う……む。見たところ幽霊っぽいんだがな。だが、腰をさすっている所からして実体もあるのか?

 と、言うかさ……


「驚いたのは俺なんだがな……」


 そう言いつつ、俺もまた身を起こす。

 と、


『逃げろ、しろー! ……えっ⁉︎』

『うひゃっ⁉︎』


 寝床の繭から出てきたアンダーソン君が女に飛びつき……突き抜けて着地した。


『捕まえ られない⁉︎』

『うわなんですかこの馬鹿デカい蜘蛛ッ! 私を殺す気ですか⁉︎』


 などと言っている。

 ってことは、やはり実体はないのか。

 ……まぁ、いい。


「そもそも、だ。アンタは何者だ?」


 そう問うと、女は少し落ち着きを取り戻したようだ。


『はい。私はリゼットです』

「いや、誰?」


 そもそもリゼットって誰やねん。そう突っ込むと、女はムッとした様子を見せた。


『失礼ですね! こんな美人を捕まえて!』


 確かにその姿は美人ではある。とはいえそもそも、だ……


「いや自分で言うなよ。まぁ──いい。名前だけじゃなくてさ。種族とか所属とか目的とかそういうのは……」

『あ、はい。分かりました。まずは私のことから話しましょう。実は私、女神なんですけどね?』

「────」

『…………』

『──……』

『いや何か言ってくれませんかね⁉︎ 恥ずかしいでしょ』


 いきなり“女神”と言われても反応に困るんだがな。それより……


『女神を 僭称するな この 幽霊 モドキめ』


 怒りのこもるアンダーソン君の声。

 あ〜、やっぱりか。


『えエ゛っ、何なんですか、この蜘蛛⁉︎』

「実はこのアンダーソン君、女神の“力”の化身なんだ」

『うっ……確かに蜘蛛は女神の眷属……。じょ、じょ、冗談じゃないですか』

『言って いい ことと 悪い ことが ある』


 アンダーソン君が右の触肢をサソリの鋏へと変形させた。そして何度かそれをカチカチと鳴らしてみせる。かなりの殺意だな。


『ああ、ごめんなさい! だから許して!』


 土下座するほどの勢いの謝罪。

 ならアホなこと言うなよな……。想定外だったのかもしれんけどさ。


『ふむ──まぁ、いい。二度と するな』


 とりあえずアンダーソン君の怒りは収まった様だ。

 一段落ついたところで、だ。


「もう一度聞くが、アンタは何者なんだ?」

『私はこの城の井戸に住む精霊です。あなた方にお願いがあって参りました』


 井戸ってコトは水の精霊か。確かにさっき通り抜けた手は微妙に濡れているな。霧の集合体の様なものか?

 それより、だ。


「『お願い』? それってどんな?」

『それは……』

『こんな ヤツの 話を 聞くな』


 アンダーソン君が割り込んできた。

 まぁ、気持ちはわかる。


「一応聞くだけなら良いんじゃないかな。それから判断すれば良い」

『そうか……』

『ありがとうございます。では……』


 そうして精霊は話し始めた。

 後ろでアンダーソン君が『しろーの 悪い 癖だ』だの『同族っぽい 姿の メスを 見ると すぐ これだ』などとブツブツ言っているが、とりあえずスルー。



 彼女の話を要約するとこういうことだ。

 彼女はこの城の住人であり、元々は普通の人間だったらしい。ところが流行病にかかり、若くして死んでしまった。そして気がついた時には水の精霊となっていたらしい。本人曰く『きっと哀れんだ女神が私を精霊にしてくれたに違いない』とのことだ。

 それを聞いたアンダーソン君が『女神の 恩を 仇で 返すな』と言い出したので、一旦宥めた。

 続けて語ったところでは、彼女が住む井戸は本丸のものであったらしい。

 で、彼女の願いは、あの館の中にいる“何か”をどうにかして欲しいらしい。何でも数年前、あの館に棲みついていた魔物がリシュート軍の兵士や傭兵によって倒されたそうだ。そして魔導石に封じられた上で、厳重な封印がかけられた、と。しかし先日、この城に忍び込んだコソ泥がいた。なかなか腕の立つヤツだった様で、物理的な扉も魔法的な鍵も解除されてしまった。そして魔物が封印された魔導石をお宝と間違えて盗もうとしたために封印が破られ、その身体を乗っ取って蘇ったらしい。そいつの瘴気によって本丸の井戸の水まで(けが)れつつあるそうだ。それをどうにかして欲しいとのことだが……

 なるほど。だから門が閉ざされてスロープが破壊されていたのか。そして、あのロープの主は……

 とはいえ、だ。


「いや──その辺は、リシュートの兵士にでも頼んだ方が良くないか? 多分俺たちの手に余る案件だと思う」


 ザファル君の件は巻き込まれた様なモノだからな……。結果的に上手くいっただけで。


『そうだ。わざわざ 危険な ことに 首を 突っ込む 必要は ない』


 アンダーソン君も同じ意見だ。


『そんなっ! 私、この城から出たら干からびてしまいますよ! 水の精霊ですよ⁉︎』


 う……む。そうなるか。

 ……いや待て。


「もしかしたら、だけどさ。地下水脈とかで繋がってるんじゃないのか?」

『んン゛ッ⁉︎ えっ、いや……それは』


 絶句しよった。まさかそこまで考えていなかったとか?


「だから、そっちのルートを使ってもらえると有難いんだが……。俺たちは変な魔導師に追われる身だしな」


 これで諦めてくれると有り難いんだが……


『うぐぐ……。女神様の眷属ならば、私の様な使徒を救って頂けるはずですよね?』

『僭称した 輩が 何を 言う』

『ぐぬぬ……』


 アンダーソン君に速攻切り捨てられていた件。

 とはいえ復活した魔物の退治はともかく、彼女の避難ぐらいは手伝っても良いとは思うのだが……


『そう、ですか……』


 彼女は悲しげに俯き、肩を落とした。

 う……む。こういう顔をされてしまうとな……


『しろー。──騙されるな』


 アンダーソン君が袖を引く。


「お──おう」


 流される所だった、か。とりあえず、実際の状況はどうなっているのか、だがな。


「……それで、実際のところは?」

『うぅ……実はもう結構限界で……このままだと、もうすぐ……』

「む……う」


 難しい問題だ。

 心情的には助けたい所だが……


「とりあえず、地下水脈にでも避難はできないか? 俺たちもリシュートの人とコンタクトを取れるか試してみるが……」


 ……とは言ったものの、リシュートの人々とどうコミュニケーションを取るべきか。ザファル少年の名前を出すのも少々憚られるな。

 う〜む……

 ……などと考えていると、


『えっと……あのっ、申し訳ありません!』

「──ン?」


 いきなり彼女が謝りだした。

 ……どういうことだ?


『しろー! ──マズい!』


 アンダーソン君の言。

 一体何が──これは⁉︎


「何だ──この気配」

『はい……。少し手遅れになった様です。この城は瘴気の結界によって覆われてしまった様です』


 ──そんな、まさか。

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