30 水の音はするかい?
──門の先 砦内部
高さ5mを越すその巨大な門を潜った先は、ちょっとした広場になっていた。
しかし──本来はもっと広かったのだろう。塔や建屋だったであろう瓦礫があちこちに散乱していた。
その瓦礫により、足の踏み場もない──いや、まだ破壊を免れた場所もある。どこか寝泊りができそうな場所は──あった。
門の奥、兵舎らしき平屋の建物だ。煉瓦造りで頑丈そうだ。修復跡があるので、奪還後にリシュート軍が宿舎として使っていたのだろう。
「よし。──今日はあそこを寝床にしよう」
『おう。そうだな』
乾燥地帯だから雨に降られる可能性は低いが、屋根はあった方が良いだろう。
問題は──先客だが……
慎重に、その建物に近づく。
玄関口らしき扉は閉じている。窓は鎧戸のため、中の様子はわからない。
「──どうだい?」
『音は──しない。誰も──いない 様だな』
アンダーソン君の言。
──ふむ。俺の感覚にも、何も引っかからなかった。
なら、大丈夫だろう。
俺たちは周囲を警戒しつつ兵舎に近づく。そして、ノブに手をかけ……
いや、万一のことがある。俺はノブに糸を絡めた。
放置されている間に“何”が来たか分からないしね。
昔やってたTRPGで、やたらとドアノブに罠を仕掛けたがるヤツがいたんだなよな……。いやまー、心配しすぎかも知れんけど。
そして、慎重に糸を操作し……ダメか。
『鍵が かかって いるな』
ふむ。他の出入り口を探すか……それとも、
『まかせろ。“解錠”!』
アンダーソン君の魔法。と、扉の中で何かの音がした。
鍵が開いたか。
なら、また糸を引いて……開いた。
よし。中は……
扉のすぐ先は、ホール。その奥には廊下。廊下の左右には、いくつかの扉。多分兵士の部屋などだろう。光源が鎧戸の隙間から入ってくるものだけのために薄暗く、その奥は分からない。
『明かりか。……“幻光”』
掲げられたアンダーソン君の触肢に光が宿る。照明の魔法だろう。
おかげで奥まで見通せるな。便利なものだ。
俺も習得したいところだが……おっさんではな。
……いや待て。
歳のせいにしてしまってはおしまいだ。新技術の習得を諦めてしまった元上司の末路を考えると、な。せめて精神だけは若くあらねば。
いや、今はそれよりも……だ。
廊下の奥は扉で終わっている。その先は、ホールか食堂の様なもの?
……とりあえず、手前側から調べていくか。
一番手前の部屋は、多数の棚が並んでいた。
武器庫か何かだったらしい。槍か何かの柄であったらしき長い棒や、鎧の一部などが無造作に転がっている。
とりあえず、鎧と棒はもらっておこう。多分いらないモノだろうしな。
そして、次の部屋。これまた倉庫か。ガラクタがいくつか転がっている。
で、次は……おっ、普通の居室だ。ベッドが二つとチェスト、テーブル。
布団はないが、まぁその辺は何とかなる。
そして、同じ様な部屋がいくつか。
とりあえず、ボロボロではあるが何着か服は確保した。
ボロボロといっても、今着てるのよりは数段マシだしね。何せ血のシミはあるし、雑に塞いではあるが大穴が空いている。
問題は臭いだが……井戸があれば洗おう。
そして、廊下の突き当たり手前の部屋。
そこは、食料庫と厨房であったようだ。
カビた芋らしきものやら乾き切った野菜クズやらがいくつか。まぁ、その辺は食べられない
から無視。
その他は……壊れた鍋やら一部が欠けた食器やら。
まぁ、鍋は取っ手が片方取れてるだけだから、容器として使えなくもない、か。スプーンやフォークもいくつか見つかった。
そして、銅らしき金属のマグカップが二個。
これが最大の収穫か。多少凹んではいるが十分使えそうだ。鍋とマグカップ、フォークやスプーンは後で洗って使おう。
そして、調味料だが……岩塩が一欠片。乾燥地帯だし、熱中症対策としても塩は重要だ。ピンポン球より少し大きい程度とはいえ、しばらくは塩味に不足することはなさそうだ。
味噌とか醤油、油なんかもも欲しいところだが、無いものは仕方がない。
で、突き当たりの扉の先は、やはり食堂であったらしい。
テーブルと机が幾つか並んでいる。
そしてその奥には、礼拝堂っぽいものがある。
ちょっとした祭壇とその奥に掲げられた絵。宗教画的なものだろうか? 美しい女性の姿が描かれている。
そういえばその姿は、旧ベルガント邸にあった女神像にも似ている気がする。
『おれの “力”の もと……運命を 司る 女神だ』
「なるほど……」
運命の“糸”。それに引かれて、俺はこの世界に来た。
もしかしたらアンダーソン君と出会った事も“運命”だったのだろうか?
……いや、考えすぎか。まぁ、なる様になった結果かもね。
おっと、それよりも……井戸だ。あるいは、溜池的なもの。
「アンダーソン君、水の音はするかい?』
『ああ。少し 待った』
その脚を床に触れたまま、精神を集中する様に動きを止め……
『……見つけた。向こうだ』
触肢である方向を示す。
その方向は、広場の方だな。
「じゃあ、行こうか」
『おう』
そして俺たちは一旦兵舎を出、広場へと向かう。
「どの辺だい?」
『多分……あそこだ』
「ふむ」
それは兵舎から数メートル程離れた、小さな倉庫のような建物だった。
蒸発を防ぐための上屋か?
「この中に井戸があるのかな?」
『だろうな』
やはりここも鍵がかかっていたので“開錠”して中に入る。
と、
薄暗い室内には木箱や桶、樽などの雑多なものが置かれていた。
そして、その中央あたりに石造りの井戸があった。
井戸には木の蓋がしてあり、その中央に青銅製と思しき手押しポンプがある。
「これか。水はあるかな?」
歩み寄り、ポンプ脇にある蓋の一部をずらしてその中を覗く。
それなりに大きな穴だ。直径は2mくらい? とはいえ……暗くて下は見えんな。
『待ってろ。──“幻光”』
「おう、すまんね」
アンダーソン君が魔法の明かりを灯した。
『──どうだ?』
「水面が見えるな。そこそこの深さだ。よし──それじゃ早速」
10mほど下か。
俺は木桶を吐出孔の下に置き、ハンドルを操作する。そして上下させること数度。
「出た!」
勢いよく吐出孔より水が流れ出た。よしよし。ポンプも生きていたか。
「飲めると良いが──」
俺はその水をすくい取り、口に含んでみる。──うん。普通に飲めるみたいだし大丈夫そうだな。
続いてもう1つ木桶を用意し、そちらにも水を入れる。
さて、これで当座の飲料水の確保はできたぞ。一安心だな。
とりあえず──今夜の寝床を造らねばな。




