16 死の婚姻2 不器用な赤いお守り
いつも読んでくださってありがとうございます。
前話のあらすじ
バゼルにプロポーズ(死の婚姻)をされたと魔王に言れ、慌てて狼人族のバゼルのもとにやってきたキクネは…。の話になります。よろしくお願い致します。
バゼルがいた。枯れ木の庭園に、銀狼の姿のバゼルが…。
(…でも何かバゼルが変だ、バゼルの姿が変…?)
毛皮らしきモノが左肩首から右腹付近に斜めにタスキ掛けのように巻きついている、
金色と真っ赤な炎の色の太めの飾りの付いた、煌びやかな甘栗色の毛皮だった。
彼は、何かをじっと見つめるように、地面を見ていた。
はあぁと、ため息交じりの声がバゼルから発せられた。
その彼の見つめる先には、小さな赤い不恰好な布切れ…。
(あ、あの赤い色…。私のお守りの色と似ている…)
魔界の風は気まぐれで、何ヶ月も吹かないときもあれば、嵐のように、一定の場所だけ吹き叫ぶこともあり…
だから、布の切れ端は、きっと風にさらわれて、もう枯れ木の庭にはないのだと、言われた。
それど、それでも、もしかしたら、と見つけに食事前に来たのだが、
……朱色のお守りの切れ端はやはり見つけられなかった…。
(文字の繭は手元に戻ったのに…)
気が付くと文字の繭は私の枕元にあた。魔王が拾って来たのかとたずねると、
私から離れたそれは、私を求めて、戻ってきたのだと、魔王が答えてくれた。
(だったら、都合よく、お守りも戻ってくればいいのに…)
少し感傷的になり、私はしばらく庭園の風化しかけた入り口の石の壁のの間に立ちすくんだ。
「お、お前!! いつからそこにいたんだ――?!」
ふいに、声をかけられた。狼の姿のバゼルにだ。バゼルはバツが悪そうに赤い布切れへの凝視を解いて、私を見た。
彼の見開かれた金色の瞳いっぱいに、私の姿が映った。
「?!」
(え? 驚いているの? 私がここにいるから?)
あまりの彼の驚愕に、私はあせってしまったようで、
「死の婚姻」の話だとか「なくなってしまったお守り」のことは頭から飛んでしまった。
「か、体に巻いてある、そ、それは な、なに?」
とバゼルの体に巻きつけられた、そんな素っ頓狂な言葉を放ってしまった。
「ばっ! お前が着ろっていったんだろうな!」
「え?」
「服を着ると、邪魔なんだ! それをお前が着ろ! と俺に言ったのを、まさか忘れてるわけじゃねーだろうな!」
がるるると、頭ごなしにしかられた。
あっ『服を着て!』と私は前に彼に言った。確かに言った。
(…あの時の私の言葉を覚えてくれていた?)
私はとても驚いた。だって、人の話を素直に聞くとは思っていなかったので、あの時は、きっと気まぐれで、着ただけだと、そう思っていた。
意外と、素直な人なのかもしれない。と彼からかもし出される粗野さと相まって、すこしだけ、かわいらしいな。
なんて思ってしまったことは、口が裂けても彼にはいえない…。
それに服を着て欲しかったのは、人の姿の時だけなのだけれども、
「バゼル、服は人の姿の時に着てくれるだけで、大丈夫なんだけど…」
「……」
一応、私はバゼルに聞いてみた。魔王の警護で本当に邪魔になるなら、こんな世界だ、命取りになってしまったら大変だ。
けれど、ほら、完全に無視された。
だから、それに、本当に邪魔だったら、狼の姿の時には服は脱ぎ捨てるのだろうと…。
(そうだよね、いくら私が着てといっても、魔王の警護の邪魔なら、脱ぐだろうし)
それよりも、バゼルは、服のことなどのことよりも、地面にほうり投げられた、赤い布着れのことが気になるらしく、
その大きな牙で、クイッ っと少し掬い上げては、パタッと降ろし。また掬い上げては降ろし…。
クイッ…パタ。
クイッ…パタ。
を…数度、繰り返した。
(な、何をしているんだろう?)
「ちっ――」
そして、しばらくのその繰り返しの動作のあと、とバツが悪そうに、彼は舌打ちし、人の姿に変わる。
それは、とても不思議な光景だった。
大きな狼が、少しずつ縮み、全身を覆う銀毛が枯れるように消えていき…、たくましい筋肉の、人間の男性へとその形を変えていく…。
ぎりぎりと骨格のきしむ音が聞こえるような気がした。
けれど、苦痛の表情はバゼルには見られなかった。
痛みは無いのかもしれない、いや、その痛みをかるく享受するだけの、身体的強さが、彼には備わっているのかも知れないと私は思った。
大きな狼の体積を失った分、赤と金色の飾りの付いた毛皮がす人の姿に変わった彼の肩から―――ストンと落ちた。
「あ?」
と、落ちた毛皮を気に入らなく思ったのか、そう機嫌悪げに言葉を発する。
まるで、てめえ、何で落ちやがった…! と布に喧嘩を売っているような感じだ。
無機物の布はもちろん抵抗などすることなく、野生的でたくましい彼の腕にたやすく拾い上げられた。
ごそりごそり。
バゼルは不器用に甘栗色の毛皮を着ていく。
『着ていく』と言っても、無造作に左肩に毛皮を引っ掛け、その垂れた長い方の端をぐるりと腰に巻きつける。
少し残った毛皮の端をごそごそと織り込むように、巻きつけた布と腰肌の間に捻り込む。
ぎゅっぎゅ。
そして、最後に炎のような鮮やかな太いひも状の帯を腰にまいた毛皮を固定するように縛り付けると、
銀色の尻尾がぱさりと面倒そうに、揺れた。
……実に大雑把な着こなしだ。
けれど、その大雑把さが、彼の野生的な魅力を引き出しているように思えた。
やっぱり、綺麗な筋肉、完璧に近い、
「その服とても似合っているね」
「ばっ!」
私がありのままの感想を述べると、短く言葉を切って、目をそらせれた、
(あ、バゼルの頬が少し赤い)
珍しい…。
てっきり、「バカかお前?」とけなされると思っていたので、面食らってしまった。
「どうして、人の姿になったの? 狼のままでも、私もう、恐くないんだけれど」
もしかしたら、私をこの城から追い出そうと、喰らいかかってきた、狼の姿に私が恐怖しているのでは?
とソレを彼が気にしているのでは? と思い、そう切り出した。
「爪が短い方がいい。お前の肌はすぐ傷が付く」
「え?」
そう、ぶっきらぼうにバゼルは答え、私に背を向けた。
引き締まった背中だ。毛皮のかけられていない方の肩が私の位置からは良く見えた。
そして、そのまま、何かを拾い上げ、右手で覆い隠すように握られた。
たぶん彼が拾い上げたのは、地面に落ちていた、無くなってしまった、私のお守りと同じ色の、あの赤い布。
「ち、まったく竜族だっていうのに、お前の皮膚はもろすぎるんだ」
そう、不満を述べながら、私に向き直った。けれどその顔は、怒りよりも不服さよりも、もっとまじめな表情だった。
「『竜族』は、他の魔族とは比べようも無いくらい、高い治癒力を持っていやがるのに。
肩の傷も治せない、それに俺の爪も簡単に入った…」
あの時、そのやわな肌に、とても驚いたんだ。と、そういわれているようで、
ああ、だから、狼よりは鋭さの劣る、人の姿に、わざわざ私のためになってくれたのだと、初めて気づいた。
(…意外と優しいんだ…)
そう、思うと、なんだか嬉しくなってしまう自分がいた。
「お前、出来損ないか?」
そうだ、彼はまだ、私を魔王の卵を取り返しに来た、竜族だと思っているんだった。と困惑した。
そう、困惑する私とは裏腹に、
からから。
バゼルは真剣な表情から一転して、からからと笑っていた。
出来損ないか? と問うそのバゼルの表情にもう拒絶も悪意も感じられない。
ああ、バゼルはこんな風に笑う。無邪気に悪意なく、純粋に心が楽しいのだと、こんな風に笑える人なのだと、私は思った。
魔王の笑みは、含みを帯び楽しそうに。
リロートは、やわらかく幸せそうに。
そして、バゼルは、邪気なく笑うのだ。
…そして私はふとおもった、私はどんな風に笑うのだろうかと、
私は…、どんな風に笑えているのだろうかと…。
少し、心細くなった気がした。ここは私の知らないで世界で…。
今の状況に対応するだけが精一杯で、
…私は自分の世界に帰る方法すら分からず、元の世界に返る方法すら探せる心の余裕さえできていない…。
だから、今一番私の恐れていることは、ここから放り出される事、なのだと頭の片隅で認識していた。
『私は女神だ』と言う魔王の衣食住の提供の好意に甘えてしまっている。
一応、私は女神ではないと魔王に言ってはいるが、自分からここを率先して出て行くことはできない。
何も無い岩だらけの荒野で、街などもなく、魔物が生きる魔界。
人間達の生活圏はこの世界の東側にあるのだと、リロートから説明は受けてはいるが、
争いや魔法が存在するような物騒な世界で、人間のいる東側まで、たどり着ける自信など無い。
だから、私はこの城に滞在をしている。
…『処世術』だ割り切ってしまえば、とても心が軽い。逆に…甘えだとか、弱さだとか認識してしまえば、心が沈む。
(泣いたところで、何も変わりはしないからね…)
そう自分に言い聞かせ、とりあえず今まで踏ん張ってきた。
私の持っているのも、
この弓道着と弓とお守りだけだったのに…。
その1つが無くなってしまった…。
たった1つの物の喪失が、私の心にぽっかりと穴を開けた。
「ほらよ」
沈黙する私に向け、バゼルが無骨にこぶしを私の目の前に突き出した。
「ほら」
せかすようにそういって、私の目の前で、その握られていた右手が開かれる。
「え? これって…!」
「…俺は、不器用だからな…」
そういって、渡されたのは、不恰好な形のお守りだった…
「これ私のお守り…!!」
それは、元の上の部分が三角になっている長方形のお守りの形ではなかった。
しかも噛み千切られた部分から変な方向にくの字に曲がって、
…縫い目はちぐはぐで、
…無駄に、重ねられて無駄に厚みがあって、
…裏と表が逆で、
それでも、『私のお守り』だ。家族からもらった、私の大事な大事なお守り…。
「…俺は、炎系の魔法しか使えないからな。いやなら、主に魔法で元の形に戻してもらえ…。」
そう、ぷいっとそっぽ向いてバゼルはぼそりと言った。
主の魔法…その復元魔法は、とても貴重な魔法なのだと、リロートに誇らしげに説明されたことを思い出した。
特に物を『完璧な形』に戻す魔法は魔王にしか再現できないらしい。
もっとも、魔王以外でも、復元魔法を使えるものもいるのだが、
かなり巨大で緻密な魔方陣と時間と膨大な魔力の調節が必要らしく、その場で、手のひらサイズの魔方陣での使用はやはり魔王のみの高度な魔法らしい。
「お前が大切にしていた布だ、竜族の伝令や何らかの魔力がこもっているとふんだんだ、だが、なんて事が無い単なる布だった」
「…それに、お前がとても大事にしていた。個人的なものだったんだな」
消して、ごめんとは言わない。けれど、その声の震えや、私の次の言葉を見逃すまいと待ている。
バゼルの耳が心なしか後ろに下がっている、尻尾も元気なく垂れ下がったいた。
まるで、いたずらをして、目をそらし許しを待つ子犬のようだ。
「バゼルが、見つけて直してくれた?」
「は、針ぐらいならさせる…!」
「ありがとう!」
私はあまりの嬉しさに、彼に抱きついてしまった。
身長差的に私が抱きつくと、顔の前には彼の胸付近。
素肌に顔を埋めた形になってしまったが、私はそんなことよりも、お守りがあったことが嬉しくて、数秒抱きついたままだった。
「ばっ!」
無理やりはがされ、
「あ、ごめんなさい」といきなり抱きついてしったことに対し、バゼルが怒ったのだと思い私は素直に誤った。
けれど、バゼルの顔が真っ赤で、短髪の銀の髪に生えた、とがった狼の耳も少し赤く色ついていたのだが、うつむき謝罪していた私には見えていなかった。
それよりも、あっ! っとプロポーズの件の『死の婚姻』を確かめに来た事を私は思い出し、バゼルの顔を再び見上げた。
誤字脱字、いつも申し訳ございません。文章の前後のおかしさなど、気づいた時点で書き換えの作業を逐一していきます。
主人公のキクネの年齢が24ぐらいなので、今回精神年齢がすこし低い応対であったかも…と反省。ちなみにキクネは恋愛音痴になります…。