↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毎朝満タンになる補充トラックで異世界配送を始めました  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/155

第96話 空の朝

北方一号の返送完了とともに、満タン便の朝間補給契約は終了しました。


次回補給予定は、なし。


毎朝満たされることを前提に作られてきた配送計画を、誠司たちは一から見直します。


奇跡が止まった朝。


それでも、街道を止めるわけにはいきません。

夜明け前。


水車町配送所の車庫には、いつもより多くの人が集まっていた。


誠司。


ロウグ。


ガラン。


エレナ。


サーラ。


バシール。


リア。


北方補給網中枢の管理人も、少し離れた場所に立っている。


誰も大きな声を出さなかった。


赤い満タン便は、車庫の中央で静かに朝を待っていた。


昨夜、北方一号の低温休眠容器を返送受入所へ降ろしたため、荷台はほとんど空になっている。


左右の棚には、使い切らなかった飲料水と保存食。


工具。


予備の固定具。


昨日の朝、冬季中継所で補給された物資の残り。


それだけだった。


燃料計は、満タンより少し下。


水車町へ帰着するまでに使った分だけ、針が下がっている。


これまでなら、朝になれば元へ戻った。


荷物も。


燃料も。


飲料も。


必ず満たされていた。


だが配送帳面には、はっきりと表示されている。


朝間補給契約――終了処理中

次回補給予定――なし


誠司は、車体から数歩離れた場所に立った。


「現在時刻、日の出二分前」


ロウグが記録する。


ガランは、車体横へ立てた基準棒を確認した。


新しい荷物が現れれば、車体が沈む。


燃料が増えれば、わずかでも高さが変わるかもしれない。


荷台の扉には、昨夜貼った封紙。


燃料口にも、細い確認糸が結ばれている。


誰かが開ければ分かる。


満タン便そのものが補給のために開閉しても、跡が残る。


リアは返送受入所へ続く小窓を見た。


北方一号の容器は、別棟の低温区画にある。


温度も生命反応も安定している。


今日は、休眠解除の第一段階を始める予定だった。


満タン便の補給が止まっても。


北方一号の受入作業まで止める必要はない。


東の空が明るくなる。


屋根の隙間から、細い朝日が差した。


満タン便の赤い車体に光が触れる。


一秒。


二秒。


十秒。


何も起こらなかった。


車体を走る白い光も。


荷台から聞こえる小さな音も。


燃料計が動く気配もない。


一分が過ぎた。


ロウグが時刻を書き込む。


「日の出から一分。変化なし」


さらに二分。


五分。


誠司は急いで荷台を開けなかった。


外から確認できるものを先に見る。


車体の高さ。


変化なし。


燃料口の糸。


切れていない。


扉の封紙。


破れていない。


「点検窓を開けます」


荷台側面の小窓を開く。


中へ灯りを当てる。


昨夜と同じだった。


空いた床。


左右の棚。


使い残した物資。


何も増えていない。


「荷台扉を開けます」


封紙の状態を記録してから、誠司が金具を外した。


扉が開く。


朝の冷たい空気が、空の荷台へ流れ込む。


満タン便は。


満タンではなかった。


ガランが荷台へ上がり、床や棚を確かめる。


「隠し床も動いてない。工具も昨日のままだ」


リアが飲料の本数を数える。


「増えていません」


ロウグは燃料計を確認した。


「燃料も、帰着時の位置と同じです」


エレナが配送帳面を見る。


表示が変わる。


朝間補給契約――終了

自動補給――停止

契約残量――なし


誰もすぐには口を開かなかった。


いつか終わるかもしれない。


そう考えたことはあった。


だが、実際に空いた荷台を見ると、静かな重さがあった。


満タン便が壊れたわけではない。


エンジンは掛かる。


灯火も点く。


走行できる。


それでも。


今までのようには使えない。


バシールが燃料計を見た。


「あと、どれほど走れる」


「通常の積載なら、水車町から北砦を一往復して少し残るくらいです」


誠司は答えた。


「重い荷物や悪路では、もっと減ります」


「南方は?」


「往復できます。ただし、その次の便が出せなくなる」


サーラが腕を組んだ。


「西方なら、共同隊商で代わりができます」


「東方も、東補給庫までなら荷車を組めます」


エレナが言う。


「南方の薬草は、もともと花渓の里から南休所まで荷獣で運んでいます」


リアも続けた。


「満タン便が必要なのは、緊急の医療便と、温度管理が必要な荷物です」


北方は雪。


南方は豪雨。


東方には長く止まっていた街道。


西方には砂漠。


これまで、満タン便は四方向へ走ってきた。


だがその後ろには、共同配送所や中継所、荷車、隊商、そり、人の手が育っている。


満タン便が走らなければ、すべてが止まる。


以前なら、そうだったかもしれない。


今は違う。


「まず、残っているものを数えます」


誠司は言った。


「足りないものを考える前に、あるものを確認しましょう」


荷台の物資を、仕分け台へ降ろす。


飲料水。


保存食。


工具。


布。


固定具。


救急用品。


使いかけの氷晶石。


空の容器。


一本ずつ。


一つずつ。


残量を記録する。


燃料も、目盛りだけではなく、予備缶を含めて確認した。


「非常用を分けます」


誠司は燃料の記録表へ三本の線を引いた。


一つ目。


救援便。


二つ目。


医療便。


三つ目。


通常運行。


「救援便と医療便の分には、手を付けません」


「通常便を減らすのか」


カイルが尋ねる。


「一度止めます」


「全部?」


「満タン便による通常便を、です」


誠司は訂正した。


「荷物は止めません。運び方を変えます」


*


始業会議は、配送所の広い仕分け場で行われた。


壁には、四方向の配送路が描かれている。


西。


東。


南。


北。


これまでの便名を記した札も並んでいた。


通常便。


修理便。


救援便。


共同運行便。


医療便。


薬草便。


氷晶石保冷便。


北方便。


誠司は、満タン便の札だけを中央から外した。


廃止するためではない。


最優先の便へ移すためだった。


「今後、満タン便は救援、医療、保冷、回収を優先します」


赤い札を、四つの便名の横へ置く。


「通常物資は、各地域の共同運行へ切り替えます」


西方。


サーラとバシールが担当する。


給水所から水車町まで、隊商と共同荷車を組み合わせる。


空になった水樽は、そのまま西へ返す。


帰りの荷車には、水車町の修理部品と東方の穀物を積む。


東方。


風見村の風車で挽いた粉と、東補給庫の保管物資を、小型荷車で水車町へ運ぶ。


復路には、南方の薬と西方の水。


南方。


花渓の里から南休所まで薬草便。


南休所から水車町までは、複数の荷車で共同運行。


雨量が多い日は、一度に運ばず中継所へ分けて保管する。


北方。


氷晶石は冬季中継所までそり。


そこから北砦の荷車。


水車町までは、通常便の空きに載せる。


「満タン便が全部を運んでいた区間を、分けるんですね」


ロウグが地図を見る。


「はい」


「時間はかかります」


「かかります」


誠司は隠さなかった。


「便数も増えます。引継ぎも増える。記録も必要です」


「破損の可能性も増える」


ガランが言う。


「だから、引継地点で荷姿を確認します」


「急ぎの品は?」


「満タン便」


誠司は赤い札を指した。


「何でも積める車ではなく、本当に必要なものを運ぶ車にします」


満タン便が毎朝満たされていたころ。


荷台に余裕があれば、通常物資も積んだ。


困っている場所があれば、予定を変えて向かった。


それで救えた人も多い。


一方で。


満タン便が来るまで、荷物が動かない場所もあった。


誠司がいなければ、決められない便も増えていた。


「今までのやり方が、間違っていたわけではありません」


誠司は言った。


「最初は、満タン便が運ぶしかなかった」


街道がなかった。


中継所も。


共同配送所も。


記録の方法も。


「でも、今は人と道が増えています」


続けられる形へ変える時期が来た。


奇跡が止まったから、仕方なく変えるのではない。


奇跡がなくても動けるところまで、世界が戻ってきたから変えられる。


「今日から、満タン便を中心にしません」


誠司は地図の中央にある水車町を指した。


「配送網を中心にします」


ロウグが新しい札を作った。


循環共同便


四方向から水車町へ荷物が来る。


水車町で仕分ける。


別の方向へ送り出す。


帰りの荷車を空にしない。


空樽。


修理品。


返送品。


手紙。


地域ごとの余剰品。


往路と復路を組み合わせる。


満タン便一台に依存しない、循環型の運行。


すでに部分的には行われていた。


今日から、それを主な配送方法へ切り替える。


「最初の便は?」


バシールが尋ねた。


誠司は今日の受注札を確認した。


南方から届いた薬草。


東方の風見村宛て。


季節の変わり目に増える咳へ使う薬だった。


急病人向けではない。


だが、遅らせれば村の備蓄が底をつく。


これまでなら、満タン便の東方便へ載せていた。


「薬草を、循環共同便で東へ送ります」


南方から水車町まで運んだ荷車がある。


本来なら、空のまま南へ戻る予定だった。


一方、西方から来た共同荷車は、水樽を降ろしたあと東補給庫まで修理金具を運ぶ。


その荷車へ薬草を載せる。


東補給庫で、風見村の小型荷車へ引き継ぐ。


「三人の運び手を通ります」


ロウグが経路を書く。


「満タン便なら、一便で終わります」


「今日は三便でつなぎます」


誠司は答えた。


「荷姿確認を、二回」


「到着は明日夕方」


「備蓄が切れる前です」


早いことが最優先ではない。


必要な時刻までに。


無理なく。


次も続けられる形で届くこと。


薬草は、湿気を避ける必要がある。


南方の油紙。


水車町の木箱。


東方で使われている乾燥布。


三つを組み合わせて荷姿を作る。


箱の外へ、開封場所を記す。


東補給庫で外装確認。

風見村診療所で開封。


引継札は二枚。


一枚は荷物へ。


もう一枚は運行帳へ。


「循環共同便、第一便」


ロウグが読み上げた。


「荷名、咳止め薬草。差出地、花渓の里。宛先、風見村診療所」


リアが薬草の状態を確認する。


バシールが水車町から東補給庫までを受け持つ。


東補給庫から先は、風見村の運び手へ照会札を送る。


「出します」


荷車が、配送所を離れた。


赤い満タン便は動かない。


それでも、荷物は進み始めた。


*


午前のうちに、別の便も組み直された。


西方へ戻る隊商には、水車町で修理した給水所の弁。


東方から来た荷車には、南方へ送る乾燥布。


南方の共同便には、北方の低出力氷晶石。


高精度の保冷には使えないが、暑い季節の薬草保管には十分だった。


北方便へ戻るそりには、冬季中継所の交換用金具と、返送庫へ置く保存食。


空で帰る車両を探す。


荷台の形。


荷物の重さ。


温度。


湿気。


到着時刻。


合うものだけを組み合わせる。


「西の荷車へ、東の粉袋も載せられます」


若い仕分け係が言った。


「空きがあります」


誠司は荷車を確認した。


西方の水樽を降ろしたあとの床は、少し濡れている。


粉袋を直接載せれば、底が湿る。


「板を一枚敷きましょう」


「布では駄目ですか」


「布は水を吸います。板で床から離す。布は、その上です」


仕分け係が頷き、ガランの工房から薄い板を運んできた。


別の場所では。


南方行きの荷車へ、工具箱を載せようとしていた。


薬草箱の隣。


「金属の匂いが移りませんか?」


リアが止める。


油を使った工具だった。


薬草と同じ外装の中へ置けば、匂いが付く。


工具箱は荷台前方。


薬草は後方。


間に空樽を固定して仕切りにする。


空樽も南方で水の保管に使う予定だった。


何も積まれていない容器が、荷物を守る壁になる。


満タン便の荷台で学んだ余白。


それが普通の荷車にも使われ始めていた。


昼。


水車町配送所の仕分け場は、普段以上に忙しかった。


満タン便が動かない分。


人の手。


荷車。


引継札。


確認の声が増えた。


「西方共同便、出発します!」


「東方返送品、荷姿確認!」


「南休所への連絡札、受領!」


「北砦から、氷晶石便の到着予定です!」


荷物は、一つの赤い車へ集まらない。


それぞれの道へ分かれていく。


誠司は仕分け台の中央に立ちながら、何度も運行表を確認した。


すべてを自分で運転する必要はない。


判断も、少しずつ担当者へ渡していく。


西方の水と隊商はサーラとバシール。


薬草はリア。


道路補修品はガラン。


古い道と中継所の記録はエレナ。


全体の引継帳はロウグ。


誠司は、すべてを抱えない。


それぞれの担当が困ったとき、道をつなぐ。


「誠司さん」


ロウグが声を掛ける。


「満タン便を使わない救援依頼が入りました」


「どこですか?」


「水車町の南門です。荷車の車軸が折れました」


積み荷は、町の建築に使う石材。


急ぎではない。


だが街道の端で止まり、ほかの荷車が通りにくくなっている。


以前なら、満タン便に工具を積んで修理便として向かった。


「ガラン」


「荷車の大きさは?」


ロウグが寸法を読む。


ガランは工房の小型荷車を選んだ。


工具。


交換用の車軸。


持ち上げ棒。


車輪止め。


「満タン便は要らんな」


「お願いします」


ガランと弟子二人が、小型荷車で南門へ向かった。


一時間後。


修理完了の札が戻ってくる。


街道の通行も再開。


満タン便の燃料は、一滴も使っていない。


修理便は進んだ。


道も進んだ。


今日の物語に必要な物流は、赤い車が走らなくても動いていた。


*


午後。


四方向から、今日の返送便が戻り始めた。


西方から。


空になった水樽。


砂で傷んだ車輪。


修理を依頼する金具。


少量の塩。


東方から。


粉。


乾燥豆。


未配達だった手紙。


使い終えた風車の軸受け。


南方から。


薬草の空箱。


乾燥布。


新しく採取された種。


北方から。


低出力の氷晶石。


返送庫の在庫札。


壊れた標識布。


すべてを、満タン便へ積むわけではない。


水車町配送所の四つの受入区画へ分ける。


そのまま別方向へ送れるもの。


修理が必要なもの。


保管するもの。


返送理由を確認するもの。


仕分け場の在庫板に、線が増えていく。


入った数。


出た数。


残った数。


明日使える数。


「町が満タンになっていますね」


ロウグが言った。


配送所の棚。


共同倉庫。


給水所。


修理場。


保冷庫。


どこも荷物で埋まっているという意味ではない。


必要な場所へ。


必要な物が。


決められた量だけ入っている。


通路は空いている。


荷降ろし場所も。


救援便のための余裕も残されている。


誠司は車庫の満タン便を見た。


荷台は空に近いまま。


「満タンなのは、あの車じゃなくてもいいんだな」


「今日一日、満タン便は走っていません」


ロウグが言う。


「それでも、西、東、南、北の便が動きました」


「満タン便が作ってきた道が動いている」


「満タン便だけが、物流ではなかったんですね」


誠司は頷いた。


「最初から、そうだったんだと思う」


満タン便が運んだのは、飲料や道具だけではない。


橋を直す人。


給水所を守る人。


荷車を出す人。


帳面を書く人。


受け取る人。


次の便へ渡す人。


そのつながりが育ったから。


赤い車が止まっていても、荷物が進む。


それが、失われた物流網の復旧だった。


*


夕方。


循環共同便の第一便から、東補給庫到着の札が届いた。


咳止め薬草

水車町より東補給庫へ到着

荷姿――異常なし


風見村便へ引継ぎ完了

到着予定――明日夕方


最初の引継ぎは成功。


薬草は、次の運び手へ渡った。


ロウグが水車町の運行帳へ記録する。


循環共同便・第一便

第一引継ぎ完了。


その瞬間。


車庫の方角から、低い音がした。


かちり。


金属同士が触れるような音。


誠司たちは、満タン便のところへ向かった。


エンジンは止まっている。


扉も閉じている。


異常はない。


ただ。


燃料計の針が、朝よりわずかに上がっていた。


目盛り一つにも満たない。


見間違いかと思うほどの変化。


ガランが基準棒を確認する。


「車体が、ほんの少し沈んでる」


「誰かが燃料を入れましたか?」


エレナが尋ねる。


「燃料口の糸は切れていません」


ロウグが確認する。


誠司は運行帳を見た。


燃料計が動いた時刻。


東補給庫で、循環共同便の引継ぎが完了した時刻。


ほぼ同じだった。


配送帳面が淡く光る。


循環共同便・第一便

往路荷物――引継ぎ完了

復路荷物――登録済み


循環補給量――一単位


「循環補給……」


ロウグが読み上げる。


続けて、表示が現れる。


朝間補給契約――終了

自動補給――停止


配送網循環補給――試験稼働


満タン便の燃料が、わずかに増えた。


誰かが注いだわけではない。


朝のように、一度に満たされたわけでもない。


荷物が一つの方向へ届き。


帰りの荷物が登録され。


往復の約束が成立したとき。


ほんの少しだけ、補給が発生した。


管理人が配送帳面を見つめる。


「補給網の古い機能です」


「知っているんですか?」


「記録で読んだことがあります。ただし、実際に動いたところは見たことがありません」


「どういう仕組みです?」


「一方向の配送では、作動しません」


管理人は循環共同便の記録を指した。


「送り出し、受け取り、返送。その三つがつながると、補給網が運行の一部を返します」


「燃料を作るんですか」


「燃料だけではありません。道の状態や便の種類によって、必要な基礎物資へ変わると記されています」


無制限ではない。


荷物を運べば、何でも生まれるわけでもない。


必要のない荷物を往復させても、補給として認められない。


誰かが必要とし。


誰かが受け取り。


帰りの便にも役割がある。


その循環が成立したときだけ。


補給網が、次の運行に必要な分を返す。


「満タン便の補給は、贈り物ではなかった」


誠司は呟いた。


北方一号との契約による朝の補給は、特別なものだった。


返送先を作るため。


配送網が育つまで。


最初の道をつなぐため。


だが本来の補給網は。


地域同士が荷物を送り合い。


受け取り。


返すことで動く。


「一便で、どれくらい増えましたか」


ロウグが燃料計を測る。


「今日の南門修理便を一回動かせる程度です」


「北砦までは?」


「とても足りません」


ガランが笑った。


「都合のいい奇跡じゃないな」


「それでいいんです」


誠司は答えた。


少しだけ返る。


だから、使う便を選ぶ。


共同便で運べるものは共同便へ。


満タン便でなければ運べないものだけ、満タン便へ。


物流網が動けば。


満タン便も、少しずつ次の仕事へ備えられる。


「続けられる形になっています」


ロウグが言った。


誠司は、燃料計の小さな上昇を見た。


「ああ」


満タン便が毎朝満たされる日は終わった。


代わりに。


人と人が荷物をつなぐたび。


少しずつ満ちる仕組みが始まった。


*


夜。


返送受入所では、北方一号の休眠解除第一段階が完了していた。


外部温度との差を、わずかに縮める。


生命反応。


安定。


本人意思表示。


まだ、待つ。


急がない。


誠司はその記録を確認してから、配送所へ戻った。


机の上で、配送帳面が新しいページを開く。


第一配送記録・北方第二十七便

朝の補給が止まった日、私は誰にも言わなかった。


荷台に残っていた物資を積み直し、いつもどおり出発した。

燃料が減っていることも、帳面の表示も隠した。


私が止まれば、すべての配送が止まると思っていた。


だから走った。

一人で運んだ。

一人で直した。

一人で約束を引き受けた。


満タン便が動かなくなったとき、ようやく気づいた。


止まったのは世界ではない。

私が、ほかの者へ荷物を渡せなくなっていただけだった。


文字が、ゆっくり次の行へ進む。


補給網は、配送した量では満たされない。


戻ってくる道があるときだけ、次の便を支える。


記録の下へ、現在の循環補給状況が表示された。


配送網循環補給――試験稼働


西方系統――接続

東方系統――接続

南方系統――接続

北方系統――接続


四方向。


すべての配送網が、循環補給へつながっている。


それでも。


全体の表示は、百パーセントではなかった。


循環補給網接続率――八十パーセント


「四つで、八十……」


一系統あたり二十パーセント。


あと一つ。


五番目の系統が存在する。


帳面に、新しい欄が浮かび上がった。


第五補給系統――未接続

系統名――帰還線


誠司は、その文字を見つめた。


帰還線。


北方一号を水車町へ帰した道とは違う。


西、東、南、北のどの地域にも属していない系統。


詳細が、さらに表示される。


起点――満タン便・運転席

終点――未登録


旧運行責任者――第一配送者

現運行責任者――田村誠司


第一配送者宛ての書簡。


宛先変更候補は、満タン便の運転席。


過去の運転席にも、田村誠司の名が登録されていた。


そして今。


五番目の補給系統が、同じ場所から始まろうとしている。


最後の一行が現れた。


帰還線を接続するには、運転者自身の宛先を登録してください。


誠司は言葉を失った。


荷物には宛先がある。


返送品にも。


手紙にも。


北方一号にも。


けれど。


満タン便を運転し続けてきた田村誠司自身は。


この世界で、どこへ帰る人間なのか。


まだ正式には登録されていなかった。

朝間補給契約が終了し、満タン便は初めて空の朝を迎えました。


誠司たちは通常配送を四方向の共同運行へ切り替え、満タン便を救援・医療・保冷・回収のために温存します。


循環共同便の第一便が引き継がれたことで、物流の往復に応じて満タン便へ少量の燃料が返る「配送網循環補給」も始まりました。


しかし、循環補給網の接続率は八十パーセント。


残る第五系統は「帰還線」。


接続するためには、誠司自身の宛先を登録する必要があるようです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。