表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毎朝満タンになる補充トラックで異世界配送を始めました  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/75

第58話 みんなで建てる宿

西方乾燥地帯へ向かうには、一日で往復できない。


だからこそ、最初に必要なのは「走る力」ではなく、「安心して帰る場所」だった。


満タン便は西へ向かう前に、第一配送網復元の第一歩となる中継宿の建設を始める。

朝日が昇る頃、水車町の集荷所には珍しく荷物よりも人の方が多く集まっていた。


鍛冶町の職人。


水車町の大工。


北砦の兵士。


リーベル商会の荷役たち。


山の集落の若者。


西方大森林の森の民。


皆が、それぞれ道具を持って立っている。


誠司はその光景を見回し、小さく息を吐いた。


「配送じゃなくて、引っ越しみたいだな。」


ロウグが笑う。


「今日は建設便です。」


荷台には、飲み物ではなく建築資材が積まれていた。


乾燥させた梁。


鍛冶町特製の金具。


森の民が編んだ丈夫な蔓。


山の集落の石材。


リーベルから運ばれたガラス板。


もちろん飲み物も積んである。


炎天下で働く職人たちには欠かせない。


「出発。」


満タン便はゆっくりと西方街道へ向かった。


途中までは見慣れた道だ。


しかし旧街道へ入ると景色が少しずつ変わる。


草が少なくなり、地面は乾き始める。


吹く風も湿り気を失い、少しだけ熱を帯びていた。


以前見つけた石柱の前でトラックを止める。


今日の目的地は、その少し先。


老人の羊皮紙に描かれていた砂風宿の跡地だった。


しばらく歩くと、崩れた石積みが姿を現した。


柱は半分埋まり、屋根は完全に失われている。


それでも井戸だけは残っていた。


誠司は井戸を覗き込む。


暗い。


水は見えない。


だがロウグが石を落とすと、数秒後、小さな音が返ってきた。


「水があります。」


「深いな。」


完全には枯れていない。


それだけでも希望だった。


まずは周囲の整備から始める。


兵士たちが倒木を片付ける。


山の若者が石を運ぶ。


大工たちが柱の位置を測る。


森の民は周囲の低木を丁寧に刈り、風除けになる木だけを残していく。


誠司は荷台から資材を降ろしながら、その様子を見ていた。


誰も命令していない。


それぞれが、自分にできることを始めている。


「いい現場だ。」


ガランが笑う。


「橋の時と同じだ。」


「皆、自分の仕事を知ってる。」


午前中だけで、宿の輪郭が見え始めた。


土台となる石積み。


中央を支える四本の柱。


井戸を囲む低い柵。


入口には荷車が回転できる広場も確保した。


誠司は地面に棒で線を引く。


「ここは荷下ろし場。」


「ここは馬や荷獣を休ませる場所。」


「ここは炊事場。」


ロウグが説明すると、職人たちも頷く。


ガランがさらに付け加える。


「鍛冶場は小さくていい。」


「修理だけできれば十分だ。」


リーベル商会の荷役も口を挟む。


「倉庫は湿気が少ない場所へ。」


森の民は葉を並べ、風の流れを示す。


「砂風はこちら。」


ミナが訳す。


屋根の向きを少し変えることになった。


文化も知識も違う。


だから、一つの宿が少しずつ完成形へ近づいていく。


昼になると、ガランの大鍋が火に掛かった。


橋の復旧祝いでも使われた鍋だ。


今日は山菜スープ。


漁村の干物を刻み、山菜と豆を煮込み、森の香草で香りを付ける。


パン屋が焼いた固めのパンも添えられた。


皆で輪になって食べる。


北砦の兵士と森の民が、同じ鍋からスープをよそう。


リーベル商会の商人が、山の若者へパンを渡す。


誠司はその光景を静かに眺めていた。


以前なら考えられなかった。


皆、自分の町だけを見ていた。


今は違う。


道が繋がったことで、人も繋がった。


食事の後、年配の大工が宿の入口へ一本の柱を立てた。


「これは何です?」


誠司が尋ねる。


「看板柱だ。」


「宿には名前がいる。」


皆が顔を見合わせる。


「砂風宿でいいんじゃないか。」


誰かが言う。


老人が残した地図にも、その名前があった。


だが森の年長女性が静かに首を振った。


ミナが通訳する。


「昔の宿は昔の宿。」


「新しい道には、新しい名前。」


その言葉に皆が考え込む。


ガランが腕を組み、エレナがメモを取り、ロウグが空を見上げる。


誠司は少し考えたあと、ゆっくりと言った。


「……満宿みちやどはどうだろう。」


皆が誠司を見る。


「荷物だけじゃなく、人も休む。」


「旅人も、商人も、兵士も。」


「そしてまた道へ出ていく。」


「道の宿。」


しばらく沈黙が流れた。


やがて町長が笑う。


「悪くない。」


ガランも頷く。


「覚えやすい。」


森の年長女性も、小さく微笑んだ。


その日の夕方、看板柱へ新しい板が取り付けられた。


満宿


まだ建物は半分しか完成していない。


屋根もない。


壁もない。


それでも名前が付いた瞬間、不思議と「宿らしく」見えた。


誠司は荷台へ戻り、帳面を開く。


金色の文字が静かに浮かび上がる。


第一配送網


中継宿建設開始確認


施設名称登録


『満宿』


復元率 36%


「一つ進んだな。」


誠司は小さく笑う。


たった一%。


だが、この一%には橋一本分以上の重みがある。


夜。


水車町へ戻る途中、第一配送者の記録が現れた。


私は宿を急いで建てた。


雨をしのげれば十分だと思った。


だが、人は屋根では休めなかった。


笑顔と食事と灯があって、


初めてそこは宿になる。


誠司は静かにページを閉じた。


宿は建物ではない。


帰って来られると思える場所。


それが宿なのだ。


翌朝。


荷台には今日も資材が満タンに積まれていた。


木材。


石材。


釘。


飲み物。


そして、人の想い。


満タン便は今日も西方街道へ向かう。


荷物を運ぶためではない。


未来へ続く「帰る場所」を、一歩ずつ積み上げるために。

第58話では、中継宿「満宿」の建設が始まりました。


これまで各地で育んできた信頼が、一つの建物という形になって現れ始めています。


次回、第59話では宿の建設中に砂嵐が発生し、西方乾燥地帯ならではの自然の厳しさが誠司たちの前に立ちはだかります。ここで初めて、「雨とは違う災害への物流」が描かれます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ