第36話 遅れる荷物、届く理由
雨季の仮橋では、細くなった物流を守るため、優先順位が定められた。
だが、優先順位があるということは、後回しになる荷物もあるということ。
満タン便は今度、「遅れる理由」を届けることになる。
雨季橋受渡所の混乱は、少しずつ落ち着いてきた。
薬。
砦の補給。
食料。
修理部品。
商用品。
順番が決まれば、人は待てる。
少なくとも、理由が分かれば待てる。
田村誠司はそう思っていた。
だが、完全に不満が消えたわけではない。
水車町へ戻ると、受付所の前で一人の男が怒っていた。
リーベルへ送る予定だった布荷が、三日遅れているらしい。
男は布職人だった。
雨季橋受渡所で優先順位が下がり、後回しになっていたのだ。
ロウグが通訳する。
「約束の日に届かなければ、取引がなくなる、と言っています」
誠司は頭を下げた。
「遅れているのは事実だ。謝る」
だが、今すぐ運べるかと言えば無理だった。
今日の橋受渡は、北砦の薬と避難村の食料が優先。
布はその次だ。
男は納得しなかった。
当然だ。
彼にとっては生活がかかっている。
誠司は帳面を開いた。
布荷の記録を見る。
三日遅延。
届け先はリーベルの仕立屋。
対価は銀貨と針。
このままでは取引が流れるかもしれない。
そこで誠司は考えた。
荷物が遅れるなら、先に理由を届ける。
「ロウグ。木札を書いてくれ」
「遅延連絡ですか?」
「そうだ。雨季橋の制限で遅れている。荷は無事。次の便で送る予定。そう伝える」
ロウグはすぐに頷いた。
「それは有効です」
「元の世界じゃ当たり前だったんだけどな」
荷物そのものが届かなくても、情報が届けば相手は判断できる。
待つのか。
別の手段を使うのか。
契約を延ばすのか。
情報もまた、配送物だ。
満タン便は、その日の橋受渡で、布荷の代わりに木札を渡した。
軽い。
すぐ通せる。
リーベル側の受付から仕立屋へ届けてもらう。
翌日、返事が来た。
仕立屋は事情を理解し、五日待つという。
ただし、布が濡れていないことを条件に。
誠司は布職人にその返事を渡した。
男は木札を何度も読み、ようやく深く息を吐いた。
怒りは消えていない。
だが絶望は消えた。
「荷物が遅れても、理由が届けば違う」
ロウグが訳すと、男は小さく頷いた。
その日から、満タン便には新しい札が増えた。
遅延連絡札
荷物が遅れる時、先に理由と予定を届ける札だ。
ミナはそれを細長い形にした。
「荷物じゃなくて知らせだから」と言いたいらしい。
誠司は感心した。
雨季橋受渡所では、遅延連絡札がすぐに役立った。
鍛冶町の金具。
漁村の干し魚。
リーベルの薬草。
すべてを一度に運べない。
だから、遅れるものには理由を付ける。
「橋増水」
「保冷区画満載」
「砦便優先」
「雨待ち」
理由が見えると、列の苛立ちは少し減った。
もちろん、不満は残る。
だが、黙って遅れるよりずっといい。
夜。
帳面に新しい表示が浮かんだ。
情報配送分類:解放
遅延連絡札:有効
誠司は苦笑した。
「今度は情報配送か」
ロウグは嬉しそうだった。
「これは大きいですよ。荷物より速く知らせが届けば、商売は守れます」
「また商売か」
「暮らしも守れます」
それは確かだった。
北砦にも、同じ仕組みを導入した。
補給が一日遅れる時は、中継所へ札を置く。
砦側はそれを見て配給を調整する。
森入口受渡所にも、遅延札を置く。
雨で行けない日は、理由を伝える。
森の民はそれを受け入れた。
連絡がないことが一番不安なのだ。
翌朝。
第一配送者の記録が浮かんだ。
私は荷物だけを運んだ。
遅れる理由を運ばなかった。
人々は待つことより、分からないことを恐れた。
そして、道を疑った。
誠司は静かに頷いた。
配送とは、物を動かすだけではない。
予定を伝える。
遅れを知らせる。
理由を届ける。
それもまた、道を守る仕事だ。
雨はまだ続いている。
仮橋は細いまま。
漁村路は半量運行。
北砦便は天候運行。
完璧ではない。
だが、満タン便は止まっていない。
誠司は運転席に乗り込む。
助手席には、今日の遅延連絡札が束になって置かれている。
「荷物じゃない荷物が増えたな」
ロウグが笑う。
「情報は軽くて重い荷物です」
誠司は少し笑い、エンジンをかけた。
今日も届ける。
水を。
薬を。
魚を。
そして、遅れる理由を。
第36話では、荷物が遅れる時に「理由を届ける」仕組みを導入しました。
情報も物流の一部です。
次回は、この遅延連絡札によって防げたはずのトラブルが、別の場所で起きます。




