第30話 黒蔓札だらけの道
森路に葉形札の標識が採用され、満タン便と森の民の共同管理が始まった。
だがある朝、森入口から届いた知らせには、黒蔓札が大量に必要だと書かれていた。
それは、森の奥で危険が広がっている合図だった。
黒蔓札、十枚。
その依頼を見た時、田村誠司は嫌な予感を覚えた。
黒蔓札は危険の印だ。
一枚なら、倒木や崩れた道。
二枚なら、魔物の巣や毒草地帯。
だが十枚。
それは、危険な場所が一つでは済まないということだった。
「森の奥で何か起きてるな」
ロウグも表情を曇らせた。
「泉の異物は回収しました。まだ影響が残っているのでしょうか」
ミナは葉形札を抱えたまま、森の方角を見つめていた。
今回は、誠司も慎重だった。
調査便。
荷物は少量。
水、薬、包帯、冷やした布。
黒蔓札十枚。
そして隔離輸送箱を一つ。
念のためだ。
森入口受渡所に着くと、年長の女性が待っていた。
彼女の顔は険しい。
ミナが話を聞く。
「道、変。獣、避ける。木、黒い」
「木が黒い?」
誠司は眉をひそめた。
森の民の若者が案内するという。
ただし、トラックは入口まで。
誠司、ミナ、案内役二人で森路へ入る。
前回設置した葉形札が、ところどころに立っていた。
通行可。
注意。
救援。
そして少し進むと、黒蔓札が見えた。
一本の木に巻かれている。
そこから先、空気が変わった。
土の匂いが薄い。
代わりに、焦げたような匂い。
さらに奥へ行く。
二枚目の黒蔓札。
三枚目。
四枚目。
「多すぎる」
ミナが小さく呟いた。
やがて、問題の場所に着いた。
そこには、黒く変色した木々が並んでいた。
幹の一部が焼けたように黒い。
だが火の跡ではない。
まるで金属片の影響を受けた泉と同じ変色だった。
誠司は帳面を開く。
ページが勝手に光る。
残留汚染反応
原因:未回収微細片の拡散
「微細片……」
泉から回収した大きな破片だけではなかった。
細かな欠片が森の土や水に広がっていたらしい。
帳面は続ける。
広域回収不可
推奨:流路遮断、汚染区域隔離、経過観察
誠司は苦い顔をした。
全部回収できない。
なら、広がらないようにするしかない。
配送ではなく、防疫に近い。
「道を止める必要がある」
ミナが森の民へ伝える。
森の民たちは重く頷いた。
黒蔓札は、立ち入り禁止の印として使うことになった。
危険な木々の周囲に札を立てる。
赤蔓ではなく黒蔓。
誰が見ても近づかないように。
誠司は水の流れを確認した。
小さな溝が、汚染区域から森の小川へ向かっている。
雨が降れば広がる。
「ここを塞ぐ」
ロープと木板を使い、簡単な土留めを作る。
森の民は鉄を嫌うため、金具は使わない。
木杭と蔓で固定する。
完璧ではない。
だが、応急処置にはなる。
作業中、ミナが黒く変色した枝に触れそうになり、誠司は慌てて止めた。
「触るな」
ミナは驚いて手を引っ込める。
誠司は冷や汗をかいた。
第一配送者の失敗は、まだ森の中に残っている。
形を変えて。
見えにくい毒のように。
作業を終える頃には夕方になっていた。
森路には黒蔓札が並んだ。
それは少し不気味だったが、必要な印だった。
帰り際、年長の女性が誠司に言った。
ミナが訳す。
「森は覚えている。鉄の災いを。だが、道を閉じるだけでは森も弱る」
誠司は静かに頷いた。
完全に遮断すれば安全かもしれない。
だが、薬も水も修理品も届かなくなる。
だから必要なのは、閉じることではなく、分けること。
通れる道。
通れない道。
触れていいもの。
触れてはいけないもの。
それを皆が分かるようにすることだ。
水車町へ戻ると、帳面に新しい規則が浮かんだ。
満タン便規則八:危険区域は運ばず、印を運ぶこと。
誠司は少し笑った。
「印を運ぶ、か」
確かにそうだった。
今日運んだ一番大事なものは、水でも薬でもない。
黒蔓札だった。
危険を知らせる印。
道を守るための言葉。
その夜。
第一配送者の記録がまた一部浮かんだ。
私は危険を隠した。
通れない道を、通れると言った。
荷を届けるために。
信用を失わないために。
だが、道は嘘を嫌う。
誠司は長くその文を見つめた。
満タン便は万能ではない。
通れない時は、通れないと言う。
危険な場所は、危険だと示す。
それも配送屋の仕事だ。
翌朝。
森入口受渡所から新しい木札が届いた。
黒蔓札、追加二十枚。雨季前に必要。
誠司は天を仰いだ。
「増えたな……」
ロウグが苦笑する。
「ですが、これで森路は守れます」
ミナはすでに木材を集め始めていた。
満タン便の次の仕事は、派手な救援ではない。
雨季が来る前に、危険を知らせる印を届けることだった。
第30話では、森に残る微細な汚染と黒蔓札による危険区域管理を描きました。
「通れない道を通れないと言う」ことも物流の大切な役目です。
次回は雨季前の準備。満タン便は森路と各配送路の防災整備に動きます。




