第1話 補充トラック、異世界に納品される
新シリーズ開始です。
旧作の「毎朝満タン」「補充トラック」「異世界スローライフ」を活かしつつ、今回は配送・商売・村の発展を中心に進めます。
午前七時四十二分。
田村誠司は、いつも通り補充トラックを走らせていた。
荷台には缶コーヒー、緑茶、ミネラルウォーター、スポーツドリンク、炭酸飲料がぎっしり積まれている。
今日のルートは山沿いの自動販売機を八台回る予定だった。
「一台目、缶コーヒー多め。二台目、水とお茶多め……」
助手席に置いた伝票を横目で確認しながら、誠司はハンドルを切る。
山道に入った瞬間、視界が白く染まった。
「……っ!」
ブレーキを踏む。
だが、タイヤが踏んだのはアスファルトではなかった。
がたん、と車体が大きく揺れる。
エンジンは止まらない。
フロントガラスの向こうには、見たこともない草原が広がっていた。
電柱もない。
道路もない。
ガードレールもない。
ただ、風に揺れる草と、遠くに見える森。
「……どこだ、ここ」
スマホは圏外。
ナビは現在地を表示しない。
ラジオは砂嵐のような音だけを吐き出している。
誠司はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。
「まず確認だ」
混乱しても仕事の癖は抜けない。
エンジン異常なし。
燃料、半分。
タイヤ、問題なし。
車体、大きな損傷なし。
次に荷台を確認する。
扉を開けると、飲料のケースが整然と並んでいた。
「在庫も無事……」
そこまで言って、誠司は苦笑した。
異世界かもしれない場所で、最初に安心したのが在庫とは。
だが、補充員にとって荷台の中身は命綱だ。
水がある。
糖分がある。
カフェインもある。
少なくとも、すぐに死ぬことはない。
その日は近くの丘で夜を明かした。
荷台の段ボールを寝床にし、スポーツドリンクを一本飲み、缶コーヒーを一本開ける。
不安で眠れなかった。
翌朝。
誠司は荷台を開けて、固まった。
昨日飲んだはずのスポーツドリンクと缶コーヒーが、元通りになっていた。
「……は?」
ケースの隙間がない。
本数を数える。
合っている。
減っていない。
慌てて運転席に戻る。
燃料計を見る。
満タンだった。
昨日は半分だった。
間違いなく半分だった。
「補充……されてる?」
誰かが夜中に入れたのか。
そんなはずはない。
周囲に足跡はない。
ガソリンを入れる施設もない。
それでもトラックは満タンで、荷台も満載だった。
誠司はしばらく黙ったあと、ハンドルを握った。
「なら、走れる」
理由は分からない。
だが走れる。
走れるなら、人を探す。
情報を集める。
そして、生きる。
丘を下ると、遠くに煙が見えた。
人里だ。
トラックは草を踏み分け、ゆっくりと進む。
やがて、小さな村が見えてきた。
木の柵。
土壁の家。
畑。
井戸。
村人たちは、鉄の箱が近づいてくるのを見て悲鳴を上げた。
当然だ。
誠司は村の手前でトラックを止め、両手を上げて外に出た。
敵意はない。
そう示すためだった。
だが、その時。
村の裏手から、子どもの叫び声が聞こえた。
見ると、少年が一人、狼に似た黒い獣に追われている。
誠司は考えるより先に動いた。
運転席に飛び乗る。
エンジンを吹かす。
クラクションを鳴らす。
「どけえええっ!」
バァァァン!
聞き慣れた音が、草原に響き渡った。
黒い獣は驚いて飛び退き、そのまま森へ逃げていく。
少年は腰を抜かしていた。
村人たちも呆然としている。
誠司は荷台からミネラルウォーターを一本取り出し、少年に差し出した。
少年は恐る恐る受け取り、口をつける。
次の瞬間、目を見開いた。
「つ、冷たい……!」
言葉は完全には分からない。
だが、驚いていることは分かった。
村人たちが集まってくる。
誠司はもう一本、水を取り出した。
村長らしき老人に渡す。
老人は一口飲み、震える声で何かを呟いた。
周囲がざわめく。
誠司はその反応を見て、ようやく理解した。
この世界には、冷えた飲み物がない。
つまり、この荷台の中身はただの飲料ではない。
商品だ。
価値だ。
そして、命綱だ。
老人は小さな革袋を差し出した。
中には銀色の硬貨が数枚。
代金のつもりらしい。
誠司は迷った末、硬貨を一枚だけ受け取った。
そして水をもう一本渡す。
取引が成立した。
村人たちの警戒が少しだけ緩む。
その瞬間、誠司の頭にひとつの考えが浮かんだ。
自分は元の世界で、自動販売機に飲み物を補充していた。
なら、この世界では。
必要な場所に、必要な飲み物を届ければいい。
村へ。
旅人へ。
兵士へ。
干ばつの土地へ。
喉が渇いた誰かへ。
誠司はトラックを見上げた。
毎朝満タンになる補充トラック。
ガソリンも尽きない。
飲み物も尽きない。
なら、これはただの遭難ではない。
配送の始まりだ。
その夜、村の外れにトラックを停めさせてもらった。
村人からパンと干し肉を受け取り、代わりに水とスポーツドリンクを数本渡す。
村長は地面に簡単な地図を描いた。
この村。
隣村。
川沿いの町。
そして、山の向こうの大きな街。
誠司はその地図をじっと見つめた。
配送ルートに見えた。
「……まずは隣村か」
翌朝。
荷台は満タン。
ガソリンも満タン。
誠司は運転席に座り、エンジンをかける。
村人たちが見送る中、トラックはゆっくりと動き出した。
その荷台には、冷たい飲み物。
その先には、まだ見ぬ納品先。
異世界初の配送業が、静かに始まった。
第1話は、転移・能力確認・初取引・配送業開始までを一気に進めました。
次回は隣村への初配送です。飲み物の価値だけでなく、「時間通りに物が届く」という物流そのものの価値を見せていきます。




