第35話〜地下施設に管理人の記録がありました〜
通路へ足を踏み入れると、靴音が石床に乾いた反響を返した。左右の壁には等間隔で柱が並び、その隙間ごとに闇が口を開けている。松明の火が揺れるたび、影が伸び縮みし、奥行きの見えない通路を不気味に照らしていた。
「……静かすぎるな」
レントが思わず呟いた、その時だった。
ことん。ことん。ことん。
石を打つような足音が、通路の奥から近づいてくる。
「……何だ?」
レントが即座に身構え、松明を高く掲げた。
暗がりの向こうから現れたのは、丸い耳にずんぐりした胴体を持つクマ型の石像だった。ぬいぐるみのような愛嬌ある姿で、両腕を左右に揺らしながら、とてとてと歩いてくる。
その横には小さな子犬型の石像が四足でのそのそと進み、後ろからは小人型の石像が、短い足でぺたぺたとついてくる。
三体とも、まるで遊園地のマスコットのような、どこか間の抜けた動きだった。
「……レントくん、石像が歩いてるよ!」
「自律稼働体……動力源、不明です」
「冗談だろ……なんで石の塊が普通に歩いてんだよ」
レントは眉をひそめ、動く石像を警戒する。その横で、ルビーだけがぱっと表情を明るくした。
「くまさん!わんちゃん!こびとさん!」
耳をぴんと立て、尻尾を勢いよく振る。
「この子たちだよ!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるルビーに、メイが目を瞬かせた。
「知ってるの?」
「うん!前にいっぱい遊んでくれたの!くまさんはぎゅーってしてくれて、わんちゃんは追いかけっこして、こびとさんはおやつ持ってきてくれた!」
「そうなんだ……みんなルビーちゃんの友達なんだね」
「うん!」
ルビーは満面の笑みで頷いた。レントは石像たちから視線を外さぬまま、低く呟く。
「いや、そこじゃねえだろ……なんで動いてるかの説明が先だ」
「石材構造物の単独歩行は通常あり得ません。極めて異常です」
アリーナもじっと石像たちの足運びを観察している。そんな二人をよそに、ルビーは嬉しそうに前へ駆け出した。
「おーい!あそぼー!」
「ちょ、ルビーちゃん!」
メイも慌てて後を追う。クマ型の石像は、両腕を大きく広げた。歓迎するようにも見える動きだった。子犬型は頭を上下させ、小人型は小さく手を振っているようにも見える。
「……待て、動きが変だ」
クマ型の腕は広げられたまま、ぴたりと一定角度で固定されている。子犬型の首振りは同じ速度、同じ幅で繰り返され、小人型の手も寸分違わず上下していた。
まるで、壊れた玩具のように。
「ルビーちゃん……」
メイの声が不安げに揺れる。ルビーも足を止め、耳を伏せた。
次の瞬間、三体の石像の顔が同時にこちらを向いた。ぎぎ、と石の擦れる音が響く。目の彫り込みの奥に、赤い光が灯った。
「侵入者、排除」
機械的な音声が、通路に冷たく響いた。
「全員、下がれ!」
レントが叫ぶと同時に、クマ型の石像が地を踏み鳴らし、一直線に突進してきた。
「うわっ!」
ルビーは慌てて横へ跳び、間一髪でそれを避ける。クマ型の石像は止まれず、そのまま壁にぶつかって鈍い音を立てた。
「くまさん!?大丈夫!?」
ルビーが声をかけるが返事はない。石像はゆっくりと首を回し、再びこちらへ向き直る。その目に感情らしいものはなく、ただ機械的に標的を捉えていた。
「……様子、おかしいね」
「後ろに下がれ。メイ、ルビーもだ」
レントが一歩前へ出る。隣ではアリーナが無表情のまま戦闘体勢を取っていた。
「戦闘行動に移行します」
レントは背中の鉄の斧を引き抜く。重みのある刃が松明の火を鈍く反射した。
「石だろうが、この遅さなら当てられる」
「だ、だめぇ!」
ルビーが慌ててしがみつく。
「こわれても、やだ!この子たち、おじいちゃんのおともだちだもん!」
確かに壊せば早い。だがルビーの涙目を見ると、乱暴に片づける気も失せる。
「……なら捕まえる」
クマ型の石像が再び突進してくる。ずしん、ずしん、と重い足音。速くはない。だが質量はある。
「アリーナ!」
「はい、マスター」
アリーナが錬金帽子を一振する。空気が揺らぎ、白い光が集まり、何かが形を成した。アリーナはそれをレントへ投げ渡す。受け取った瞬間、レントはにやりと笑った。
「ちょうどいい」
クマ型石像が目前まで迫る。レントは半歩踏み込み、両手のそれを前へ突き出した。
がしゃん!
二股に分かれた鉄の先端――さすまたが、クマ型石像の胴を挟み込む。勢いを利用したまま押し込み、そのまま背後の石柱へ叩きつけた。
ぐぐ、と石像が腕をばたつかせる。だが胴体を押さえ込まれ、抜け出せない。
「一体目、確保!」
「すごーい!」
ルビーが目を輝かせた。だが次は子犬型が低く唸りながら駆けてくる。石とは思えぬ軽快さで、床を跳ねるように迫る。
「レントくん!来るよ!」
「アリーナ、あれだ!」
「はい、マスター、了解しました」
アリーナが何かを放り投げる。レントは片手で受け取った。細長い物体。柄をしっかりと握り、子犬型の石像に向けて構え直す。手に持つそれを、松明の火が照らす。
――骨付き肉だった。
「……待て!」
レントが突き出すと、子犬型石像がぴたりと停止した。鼻先を肉へ向けたまま、石の尻尾がかたかた震えている。
「止まった!?」
メイが素っ頓狂な声を上げる。
「今です」
アリーナが音もなく回り込み、革の首輪を子犬型の首へ通す。続けて金具付きの紐――リードを取り付け、そのまま近くの柱へ結びつけた。子犬型石像は肉を見つめたまま、がしがしと前脚を動かしている。だが届かない。
「二体目、確保」
「わんちゃん、いい子だねー!」
ルビーがしゃがみ込んで頭を撫でようとし、レントに止められた。
残る小人型は、その隙に通路の奥へ逃げ出していた。短い脚で必死にぱたぱた走っている。
「おい待て」
レントは数歩で追いつき、襟首を掴むように頭頂部を持ち上げた。小人型の足が宙で高速回転する。
近くにあった木箱の蓋を開け、そのまま中へぽいと放り込む。
ばん、と蓋を閉める。
直後、中からどんどんどん! と激しい音が鳴り始めた。
「三体目、収納完了です」
「収納って言うな」
レントは肩で息をつきながら、拘束された三体を見回した。クマは柱でもがき、子犬は肉を見つめ、小人は箱の中で暴れている。
「……ようやく落ち着いた、か」
「よかったぁ……」
メイが胸を撫で下ろす。その横で、ルビーは三体を順番に見回し、少しだけ耳を伏せた。
「……もう、遊んでくれないんだね」
返事はない。ただ、規則的な動きだけが続いている。レントは松明を掲げ直した。
「ここで立ち止まってても仕方ねえ。先に進むぞ」
「うん……」
ルビーは名残惜しそうに振り返りながら、小さく頷いた。四人は通路の奥へと足を進める。やがて、少し開けた空間へと出た。壁面の一角に、他とは明らかに異なる石板が埋め込まれている。表面は滑らかに整えられ、意図的に残されたもののようだった。
「……なんだ、これ」
レントが近づき、松明をかざす。石板には、細かな文字がびっしりと刻まれていた。見たことのない形。曲線と直線が複雑に組み合わさった、どこか規則性のある記号列。
「古代文字……かな?こんなの見たことないよ」
「俺もだ。そもそもこっちの文字自体、読めねえしな」
メイが首を傾げ、レントが肩をすくめる。その時だった。ルビーの小さな声が落ちた。ゆっくりと近づき、指先で文字の一部に触れる。なぞるように、確かめるように。
「これ……おじいちゃんの字だ」
「ルビーちゃん、読めるの?」
「ううん、読めない。でも……わかるの。これ、おじいちゃんが書いたやつ」
アリーナが一歩前に出る。石板へと視線を固定し、わずかに間を置いた。
「言語パターン照合中……解析可能です」
「読めるのか?」
「はい、マスター。翻訳を開始しますか?」
「ああ、頼む」
「翻訳を開始します」
静かな通路に、わずかな緊張が走る。長い時間を越えて残された言葉が、今、明かされようとしていた。
『――この記録を見つけた者へ。私は、この島の管理を任されていた者だ。ここに、この場所についての記録を残す』
一拍の間のあと、続く文章は少しだけ砕けた調子に変わる。
『……とまあ、こんな感じで始めるのが普通なんじゃろうが、堅苦しいのは苦手でのう。ここからは気楽にいくぞい』
「いきなり崩れたな……」
レントの呟きに、メイが小さく笑う。アリーナは淡々と読み上げを続けた。
『この島はな、ただの遺跡ではないんじゃ。昔はある大きな役目のために使われておってな――まあ、中継地点のようなものじゃ』
「大きな役目って……?」
思わず漏れたメイの声に、レントも腕を組む。
『役目を終えてから長いこと経ってのう、もうわしでは管理できん……じゃから、これを見つけた者に任せることにする。中央装置へ行けば管理権限は引き継げるはずじゃし、ここまで辿り着けた者なら大丈夫じゃろう――すまんの、頼む』
「……軽いようで、重いな」
『それと、石のやつらのことじゃが――驚いたじゃろう?あれ、動くんじゃ』
「くまさんたち……」
『作業の手伝いや護衛用に作ったものでな、ちゃんと扱えばよく働いてくれる。まあ、少々ドジで不器用じゃがの』
「今はそんな感じじゃなかったがな……」
『この島はまだ使える。じゃから、できれば――うまく使ってやってほしい』
そこで一度、言葉が途切れた。わずかに空気が変わり、アリーナの読み上げる声も静かに落ちる。
『――それと、最後に一つだけじゃ。もし、この記録を読んでおる中に……あの子がおるなら――』
「え……?」
ルビーが、小さく一歩前へ出た。アリーナは石板を見つめたまま、最後の一文を読み上げる。
『……おっと、これ以上は石板に書ききれんわい――続く』
「は?いや、そんなことあるか……?」
「そこ一番大事なところじゃないの……?」
「……おじいちゃん、そういうとこあるから」
アリーナが顔を上げ、前方へ視線を向ける。
「碑文の内容より推定。続きは別媒体に記録されている可能性が高いです」
「別媒体?」
「中央装置と推定されます」
「……つまり、行けってことか」
視線の先――通路の奥には重厚な扉が静かに佇んでいる。これまでとは明らかに異なる強固な構造。その向こうに続きがある。
「仕方ねえな。中途半端で終わられるのは性に合わねえ」
三人が歩き出す。そのとき、アリーナだけがわずかに遅れた。ほんの一瞬。視線がレントの背中へと向けられる。何かを確かめるようなわずかな間。だが次の瞬間にはその揺らぎは消えていた。
「アリーナ、どうかしたか?」
「……いえ、問題ありません」
いつも通りの無機質な声でそう告げ、アリーナも歩き出す。四人は、閉ざされた扉の前へと進んでいった。




