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壬玖  作者: 丹午心月


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五、各々の仕事

 四月十六日、虹介は祥介に連れられ、カルカルのつづらに乗って登校する。学校は虹介の通う一校しかなく、校名は壬玖じんく学校と言う。各村の学校は九年制で、この上の学校はないが、学びたい場合は砂漠の村で学べるようになっている。

 学校に到着し、つづらは鞍を着けたままでカルカル置き場に入れた。第一校舎の正面玄関の両引き戸が開放され、二人は人混みの中、並んで入って行った。玄関から二メートル奥に式台があり、そこから土足厳禁となっている。土間の両脇に二箱ずつ置かれた中にスリッパが入っていて、二人はそれを履き、靴は張り紙に従って、所狭しと並べられている靴箱の中に入れた。そして、その奥に廊下があり、突き当りの壁に組分けの張り紙があった。

 組分けは一組が約三十人で四組まであり、祥介が三組の中に虹介の名を見付けた。

「三組か。大介は一年の時、二組だったな」

いちくみがよかった……」

「入学通知を見せて本人確認をしないといけないから、並んでいる列の後ろに行こう」

「うん」

 祥介は虹介の肩を抱いて歩いた。

 現在は正装は存在しないが一張羅は持っていて、みなが一様に小綺麗な上着を着ている中で、金に糸目を付けずに仕立てた衣服を身に纏っている者は目立っていたが、それ以上に目立っていたのは祥介だった。坊主頭が光っているからという訳ではなく、色目だったからだ。その上、簡素な服装で余計に目立っていた。

 祥介は元より、虹介も色目という事で村中に知れ渡っていて、同級生となる子の親の多くは戦々恐々としているお陰で、二人の周りはいていた。


 本人確認を終え、祥介も一緒に一年三組の教室へ行く。一年の教室は第二校舎にあり、屋根のある渡り廊下を歩き、張り紙に従って向かった。人数が増える毎に増築した校舎は、外壁を見るとそれが一目瞭然だった。

 虹介は先に教室の前側の出入り口から入り、黒板に書かれている席順を見ていた。祥介が後ろ側の出入り口から入ると、保護者が一気に奥へ偏った。小さく辞儀をして出入り口の側で、足を小さく開き、前で手を組んで虹介を見詰める。

 虹介の出席番号は誕生日順で最後の三十一番となっていた。廊下側の最後尾の席が虹介の席で、向かっていると祥介と目が合った。その途端に虹介の顔が緩む。祥介は微笑んで頷き、それを見た虹介は着席した。

 元々知人なのか、保護者同士で話している者もいて、虹介の眼帯が話題になっているようで、その声が祥介の耳に入る。虹介が大穴熊を倒した事は元より、大穴熊が山から下りて来た事を知っている者は極一部だけ。色目の、それも目が傷付いているという事実は、格好の話題の種となった。

 鐘が鳴っても静まらなかったが、教師が入室して漸く静かになる。若い女が二人いて、内一人が演台まで来ると笑顔になった。

「一年三組の担任の林田由紀と申します。あちらにいらっしゃる方が副担任で、野沢沙和子先生です」

 手を野沢に向けると、野沢が深々と辞儀をした。保護者から拍手が起こったが、祥介はしていない。

「至らぬ点もありますが、一年間頑張りますのでよろしくお願い致します」

 挨拶をした後は入学式の段取りの説明がされ、それが終わった後は今一度教室に集合との事だった。


 入学式は九年生が出席していて、戸谷家全員が揃う事となる。虹介はそれだけが嬉しく、後は動かずに座っているだけで、興味のない話は聞き流していた。終わって退場する際は、保護者のさえずりが耳に障ったが、祥介に言われた通りに我慢をした。

 教室に戻ると明日からの日程が通知され、教科書を受け取って下校となったが、職員室へ寄ってから下校した。

「カルカルでの通学が認められて良かったな」

「兄ちゃんといっしょにのっていいのか?」

「大介は駄目だ。虹介がカルカルで通学出来るのは四年生までだぞ」

「くねんせいまでのらせてほしいなぁ」

「五年生からは乗り合いで通え」

「ざーんねん」

 二人はカルカル置き場へ行くと、鞍を着けたカルカルが三頭いたが、丁度一人が一頭のカルカルを出そうとしていた。

「おばさーん、そのカルカル、おばさんのか?」

 柵の外から虹介が声を掛けた。女が振り返ると、虹介を見るなり顔を顰めた。

「うちのカルカルに決まってるでしょ」

「お姉さん、そのカルカル、本当にお姉さんのカルカルですか?」

 今度は祥介が声を掛けた。女は祥介を見るなり、先程以上に顔を顰めた。

「色目が気軽に声をかけないで。これはうちのカルカルよ」

「そうか。だったら警備隊へ行こうか」

 女の顰めっ面が引き攣った。

「つづら」

 虹介が呼ぶと、女が出そうとしていたカルカルが鳴いて虹介の下へ行く。

「詰め所へ行こうか」

「行かないわよ! ちょっと間違えただけでしょ。それだけで大げさにするんじゃないわよ! 色目が」

「虹介、詰め所へ行って誰か呼んで来い」

「わかった。つづらにのっていくからな」

「早く呼んでくれよ」

「うん」

 つづらに跳び乗って手綱を握ると、つづらが駆けて行った。祥介は腰に両手を当てて仁王立ちになり、女を見据えていた。女は極まりが悪そうに唇を噛み、余所を向いている。

 じっ分も経過しない内に虹介が若い警備隊の二人をつづらに乗せて戻って来ると、祥介を見るなり敬礼をした。

「戸二谷さん、お久し振りです!」

「戸二谷さん、こんにちは!」

「あいさつはいいから、はやく下りてつかまえてくれよ」

 虹介が急かすと、柴村が虹介の肩を軽く叩いた。

「任せろ。乗せてくれてありがとうな」

「つづら、ありがとう」

 山地がそう言うと二人は降り、つづらは「カルカル」と鳴いて上体を少し起こした。まだ二十歳前後の二人は女を見るなり、不快気に近寄った。

「またお前か。もう病気だな」

「今回は窃盗未遂ね。詰め所へ行こうか」

 女は抵抗せず、二人に腕を掴まれて歩いて行った。

「被害届を出しに行くから」

 祥介が去って行く後ろ姿に叫んだ。柴村が右手を挙手したのを見て、虹介に顔を向けた。

「学校に知らせて来るから、少し待っていてくれ」

「わかった。はしってきていい?」

「十分で戻れよ?」

「うん」

 虹介は再度外へ向かい、学校の周囲を走らせて戻る。祥介と合流すると、被害届を出しに詰め所へ行った。

 窃盗の場合、左手の小指に一本線の刺青が入れられる。これが五本目になると小指が切断させる。それ以上になると薬指に移行し、再度五本目が来ると薬指を切断される。捕まった女は今度は未遂だが、小指には四本目の刺青が入れられ、葵拾きじゅう市送りとなった。

 こうして虹介の入学式の思い出は散々なものとなった。


 虹介は翌日からカルカルでの通学が始まったが、つづらではなく、くとさに乗って登校した。つづらは祥介のカルカルだが、虹介の方に良く懐いていた。虹介は盗難騒ぎでつづらは諦め、自分のカルカルで通学する事にした。くとさは若い個体ではあるが、つづら同様に、いや、それ以上に懐いていた。

 カルカルで通学する生徒は特例で虹介のみだ。四年生以下は本来、通学距離が五キロメートルを超えた場合は一時間目は免除される。虹介はカルカルで通学が出来る代わりに、一時間目からの出席を余儀なくされた。ちなみに、虹介は村内でカルカルに乗る許可を五歳の時に得ている。

 入学式の日は鞍を着けたままにしていたが、鞍置き場を貸してもらい、外してそこへ置くと第二校舎の昇降口へ向かった。思いの外早く到着してしまい、生徒も疎らだった。

 靴箱は一年三組の三十一番が虹介の靴箱となる。上履きを手提げ袋から出しての子に置き、それに履き替えて靴を靴箱へ入れた。そのまま三組の教室へ向かう。

 鐘が鳴って授業が始まるが一年に授業はない。一時間目は自己紹介を、二時間目は係や掃除当番を決め、三時間目は校内の案内、四時間目は掃除後に帰りの会をして下校となった。

 昇降口へ行き、俯いて自分の靴箱見ると靴がなかった。

「あの担任は駄目だ。何かあったら、一年の学年主任を捜して相談をしろよ」

 朝、祥介にそう言われた事を思い出したが、念の為に先ず担任を捜した。一年の教師準備室を覗いたがおらず、第一校舎の職員室へ行ったらいて側へ行く。

「はやしだせんせい、オレのクツがなくなった」

 林田は声のする方に顔を向けると、虹介の顔を見て眉を顰めて顔を逸らした。

「気のせいじゃないの? ちゃんと探したのかしら?」

 虹介はその場で大きく息を吸った。

「一ねんのがくねんしゅにんはだれ!?」

 全員が一斉に虹介を見る。

「クツがなくなったのに! たんにんは! 気のせいじゃないのと言った! がくねんしゅにんはだれ!」

「何でもありません! 大丈夫です! 申し訳ありません!」

 林田は立ち上がると何度も辞儀をしたが手遅れだった。近寄って来たのは教頭の柿崎で、虹介が足音の聞こえる方に顔を向けると、柿崎は微笑んだ。

「戸二谷君、靴がなくなったのは本当かしら?」

「まちがいないよ」

「それでは一緒に探そう。私が手伝うからね」

「ありがとう」

「私も行きます」

 林田が取り繕うように笑顔で言ったが、虹介が冷めた目で見た。

「おまえはこなくていいよ」

 周囲にいた教師は仰天したが、会話を一部始終聞いていたすぐ近くの教師は苦笑していた。

「きょうとうせんせい、おねがいします」

「分かりました。それでは野沢先生にも手伝ってもらいましょう」

「はい。戸二谷君、手伝わせてね」

 近くの席にいた野沢が立ち上って、虹介に微笑み掛けた。

「ありがとう。おねがいします」

 三人が出て行くと、恥を掻かされた林田の顔が紅潮していた。呼ばれた学年主任の佐那は近くにいたが、参加する事は疎か、名乗り出る事もしなかった。

 靴は見付かったが、男子便所の便槽に捨てられていた。この星には排泄物を餌にする昆虫がいて、それが便槽の中にいる上に、最近は使用者が少なかった為に無事だった。ちなみに、その昆虫は大担当と小担当がいて、双方合わせてしも係と呼称した。


 靴を履いて帰る気にならなかった虹介は、もらった紙袋に入れて寄り道をした。行き先は詰め所だ。いたのは昨日と同じ顔触れの上に浦野もいた。浦野はこの中で最年長だ。

「こんにちは」

「おう、今日は授業じゃないのか?」

 柴村が笑顔で言うと、虹介は首を横に振った。

「暗い顔をしてどうした?」

 山地が訊くと、虹介は紙袋を掲げた。

「このクツについてる二八にはちのせいぶんをしらべて」

「靴? どういう事だ?」

 今度は浦野が訊いた。

「すてられてたんだよ。それもクソダメに」

「げっ……」

「マジか……」

 柴村に続いて山地も顔を顰めた。

「やってもいいけど、何人が触ったのか分かるのか?」

「むらちさん、オレ、父さん、兄ちゃん、すてたやつ」

「それと作った人で六人か。どれ」

 浦野が紙袋を受け取ると机に置き、腰にある鞄から手袋を出した。それから更に小さな瓶と綿毛わたげの付いた棒を取り出す。鋏で紙袋を切って靴が出現すると、瓶の蓋を開けて淡黄たんこう色の粉を振り掛け、綿毛で広げた。暫くして変色し始める。浦野がその内の一色に指を差した。

「この濃い青は多いから虹介で決定。さっきより少し薄いこっちの青は戸二谷さんで、この紫が大介だろう。水色と赤と黄色の三色以外に橙があるな。四色か……、皮をなめした人だろうか」

「有り得ますね。それにしても、クソダメに捨てられていた割には綺麗だな」

「クソはたまってなかったから、オレが下りてとってきた」

 浦野が、柴村の方に向いている虹介の肩を叩いた。

「この後はどうするつもりでいるんだ?」

「うちのくみの子から、かみに手をつけてもらって、それをまたしらべてもらいたいんだけど、いいか?」

「それでいなかったらどうするんだ? 他の組の子もそうするのか?」

 浦野が険しい顔で虹介を見た。

「うん、する」

「いいぜ。俺が協力するわ」

 柴村が乗り気になった。

「その代わり、この粉を取る手伝いをしてくれよ?」

「するする、いっぱいとるよ。ちかいうちにな!」

 二人が笑顔で見合っていると、浦野が溜息を吐いた。

「隊長に露見したら大目玉だぞ?」

「オレがかわりにおこられるよ」

「あの人の事だから、虹介の事に関しては大目に見てくれますよ」

 無責任に山地が言うと、虹介が「あるある」と何度も頷いた。

「それよりも、たんにんがさいていで、がっこうにいきたくないんだよ。クツがないって言ったら、気のせいじゃないの? ちゃんとさがしたのかしら? だって。クソダメにすてられてたから気のせいじゃなかったんだけどな」

 林田の発言は真似をして言うと、柴村が失笑した。

「そんな教師がいるんだ……。本当に最低だな」

 山地がみはると、柴村が眉を寄せる。

「俺の時もいたぞ、そういう教師」

「私の時もいたなぁ」

 三人が浦野を見た。山地が腕を組むと首を傾げた。

「いつの時代にもいるんだ……。俺は気付かなかっただけなのかも?」

「今の話、役場に行って話しておけよ? 校長が握り潰すかも知れないから」

「うらのさんがこうちょうなら、にぎりつぶす?」

「私はそんな事はしないけど、する人はするからな。帰って戸二谷さんに話して、一緒に役場へ行ってもらうといいよ」

「そうするよ。ありがとう」

「靴はここに保管しておくぞ。犯人を調べるんだろう?」

「うん、たのむよ。じゃあ、またな! ありがとう!」

「おう、またな。近い内に命潭めいたん湖な」

「うん!」

 三人は軽く挙手して見送ったが、一様に虹介の上履きを見ていた。


 虹介は浦野に言われた通り、祥介に話して一緒に役場へ向かった。役場には教育課があり、課員は全員、祥介を見て顔色を変えた。虹介から話を聞いて、課長が何度も頭を下げていたが、そうして欲しい訳ではなかった。

 帰路は村地に寄り道して新しい靴を買ってもらい、店員に靴に触れたかもしれない人数を訊いたら、「獣を狩った人、皮をなめす人、靴を作る人、私で四人、お客さんが触っていたらそれより上になるね」と教えられて混乱してしまい、店を出た直後、祥介に話した。

「それだと獣を狩った人は数えなくていいと思うぞ」

 理由は言われなかったが虹介は納得した。更にうどん屋へ寄り道し、昼食を済ませて帰宅した。

 虹介は精神的に疲労したようで、入浴後は早めに布団に入り、すぐに寝息を立てていた。

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