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壬玖  作者: 丹午心月


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四、失敗の象徴

 壬玖じんく村にある学校は九年制で一校しかない。川上の中橋付近に校舎がある。当然ながら虹介もそこへ通うのだが、虹介は六歳であっても早生まれの為に今年入学する。例年は四月十五日に執行される入学式だが、今年は日曜日の為に十六日で、その日に向けて準備は着々と進んでいた。

 虹介は大介と一年だけ一緒に通える事が楽しみなのだが、逆に言えば楽しみはそれだけで憂鬱でしかなかった。

 それで今日も大介に絡んでいた。

「にーいーちゃあーん!」

 大介は虹介を一瞥すると俯いて溜息を吐いた。

(最近はやけに甘えん坊だな……)

「ほら」

 裏の畑へ行こうとしていた大介を呼び戻す事に成功した虹介は、向けられた背中に跳び付いた。

「おっと」

 にわかに虹介の体重が掛かって仰け反り、虹介の足がずり落ちて縁側に着いた。

「飛び付かずに負ぶされよ」

「ごめん」

 大介は竹製の籠と剪定せんていばさみを持っていて、両手が塞がっている。虹介は首に抱き付き、足を胴に巻き付く。大介は少し前屈みになって裏庭に行き、生っているフルーツトマトの前で立ち止まると更に前屈みになった。

「虹介、このトマトを持って」

 剪定鋏でトマトを指す。

「うん」

 虹介がトマトを手にすると、大介がへたの少し上に剪定鋏を入れる。

「籠に入れて」

「うん」

 そして、次のトマトも同様に収獲した。二人で作業していても、一人で作業しているのと変わりなかった。

(やっぱり俺が甘やかし過ぎたんだろうな……)

 祥介が遠出をする際に虹介を同行させない時は大介が虹介の面倒を見ていて、登校している間は澤川家や郡司家の世話になっていた。そういう事もあり、側にいる時はつい甘やかしてしまっていた。


 赤くなったフルーツトマトを収獲し終えると縁側へ戻る。腰を下ろして虹介を下ろそうとしたが、離れてくれなかった。仕方なく籠を横に置いて、剪定鋏も置いた。

「トマト、こんなにいっぱいとってどうするんだよ? たべきれないぞ?」

「尋子さんに二個持って行くんだよ」

「今から?」

「うん。竜じいはいなくても、尋子さんはいるだろうからな」

「いっしょにいく」

 虹介は漸く下りて、沓脱石くつぬぎいしに置かれている下駄を履いた。籠からトマトを二個取り、先に行く虹介を追った。玄関ではなく、続いている裏庭から澤川家の敷地へ入る。二軒の境界線上に巨木があり、そこから北側には垣根があるが、南側にはなかった。そちら側には共用の井戸がある。澤川家の裏庭にも畑があり、更に南側には田んぼが広がっているが、それは澤川家の物ではない。

 縁側から虹介が「ひーろーこーさーん」と声を張り上げると、障子が開いた。白髪の少し膨よかな女が微笑んで立っている。

「虹介かい。おやおや、大介も一緒かい。お上がり。お茶にしよう」

「トマトを持って来たよ」

 大介が両手に持ったトマトを差し出すと、縁側まで来て受け取った。

「今年も立派に育ってるねぇ。ありがとう。居間で待ってて」

「うん」

 フルーツトマトとは言っても、この星で育ったフルーツトマトは大人の握り拳よりも大きい。小振りな物でも直径十五センチメートルはあった。尋子はそれを台所の方へ重そうに持って行った。

 気付くと虹介の姿がなく、うに居間へ上がり込んでいた。大介も沓脱石で靴を脱ぎ、縁側から居間へ入って障子を閉めた。竜次郎はやはり留守だった。

 大介もまた、祥介が出掛けている間は澤川家や郡司家に預けられていて、尋子が母親代わりだった。竜次郎も我が子以上に可愛がっていた。

「虹介もとうとう学生になるんだねぇ……」

 尋子が湯呑みを持ってしみじみと言うと、虹介はどら焼きを齧った。

「本当にそうだよ。六年があっと言う間だったよ」

「ふ、そんな大介ももう十五だね。早いねぇ……。で、学校はいつから?」

「らいしゅうの月よう」

 虹介が答えると、再度どら焼きを齧った。

「来週ねぇ。大介は?」

「俺は九日から」

「九日っていつかしら? …ん? もしかして今日? ……それじゃあもう行って、もう帰って来たの?」

 七曜表を確かめてから大介を見ると、虹介の頬に付いている物を取って口に入れていた。

「ううん、始業式だけだから行かなかったんだよ」

 尋子を見て微笑んだ。尋子は少し怖い顔をする。

「それでもきちんと行っておかないと駄目じゃないの」

「それよりも来年の三月は卒業式だから、来てくれるよね?」

 顔を和らげた尋子が頷く。

「もちろん、お父さんと一緒に行くよ。大介もどら焼きを食べて」

「うん、ありがとう」

 菓子鉢に入っているどら焼きに手を伸ばし、大きく齧った。

「竜じいはどこへいったんだ?」

「さぁ? どこへ行ったんだろうね? 糸の切れた凧だからねぇ……。下へ行ってるとは思うんだけど、何をしてるのやら」

「ふーん」

 相変わらず眼帯を着けている虹介を凝視する。

「所で、その眼帯はいつ取れるのかしら? あれからそろそろ二週間になるよね?」

「これねぇ、これはたぶんとれないよ。とるといたいもん」

「え……」

 驚きの余りに思わず声が漏れ、大介に目をやった。大介は虹介を見ている。

「痛いって言って、光に慣らす練習をしないからだろう?」

「だって、いたいもん」

 不満気な顔でどら焼きを齧った。尋子は掛ける言葉が見付からず、茶を啜りつつも虹介を見ている。虹介は咀嚼する毎に顔を和らげた。


 どら焼きを二個もご馳走になり、茶もお代わりをしてから帰って来た二人は縁側にいた。

「それじゃあ、俺は俊亮しゅんすけの所へトマトを持って行って来るわ」

「え、オレもいく」

「クルーと留守番していてくれないか?」

「いっしょにいく……」

 今にも泣きそうな顔で言われると、仮令たとえそれが演技でも諦めるしかなかった。

「分かった。でも自分の足で歩けよ?」

「うん!」

 笑顔で元気良く返事をする様を見ると溜息を吐く。

(俺は虹介に甘いなぁ……)


 高村俊亮は大介の一歳下で、父親の秀翠しゅうすいが壬玖村の警備隊へ転勤する事になり、十年前に辛捌しんはつ村から引っ越して来たのだが、母親の亮子は辛捌村に残り、姉のすいと三人暮らしだった。

 大介が郡司家で世話になっている時、この姉弟していが来る事もあって仲良くなった。翠は就職が決まって辛捌村に配置され、三月下旬に引っ越して行ったが、俊亮は父親と共にいた。

 高村家は川上の真ん中辺りにあり、片道一時間は優に掛かる。虹介はさっきどら焼きを食べたお陰で、今は元気一杯だった。

 西通りを約四キロメートル歩き、三つ辻を東へ曲がって真っ直ぐ行くと右手に高村家があった。虹介が玄関戸を開ける。

「しゅーんーちゃーん、オレがきたよー!」

 遠くから足音が聞こえて来る。廊下に少年が現れると白い歯を見せた。

「虹介、と大ちゃん。いらっしゃい」

 そう言いながら式台まで下りて来た。

「こんにちは」

「よう。トマトが生ったから持って来たよ」

 大介が籠を差し出した。

「ありがとう。でかいな。三個もくれるのか? 悪いな。まぁ上がって行ってよ」

 両手で受け取ると、後ろへ一歩下がった。

「帰るのに一時間はかかるから帰るわ」

「乗り合いに乗って来なかったのか?」

 乗り合いは乗り合いカル車の事で、各所にある乗り場で乗降出来る。二台が川上のみを時計回りに周回している。川下は川下で別の乗り合いカル車が周回している。

「歩く方が今は良いからな」

「西通りから来たのか」

「ああ、桜が見頃だからな」

「成程。それじゃあ帰りは乗り合いか?」

「いや、歩いて帰る。虹介が片目に慣れないといけないからな」

「……虹介の眼帯はいつ取れるんだよ?」

 俊亮が心配気に訊くと、大介は首を横に振った。

「神のみぞ知ると言われたわ」

「そうか……」

 二人が虹介を見ると、二人を交互に見ていた虹介は笑顔を見せる。

「父さんがカッコイイがんたいをつくってくれるんだよ」

「作るのは村地さんだろう」

「そうだった。カッコイイかわを父さんがだしてくれたんだった」

 大介は俊亮に顔を向けた。俊亮は大介に目を向けた。

「前にうちの父さんがカバを狩ったのを覚えているか? あの時の皮だよ」

「あれかぁ。あれって特殊なハサミじゃないと切れないんじゃなかったか?」

「村地さんが虹介に合った型紙を描いてくれて、警備隊から切れる刃物を借りて父さんが切ったんだよ。それを使って作ってくれるんだと」

 膝を折って虹介に顔を近付けると微笑む。

「カッコいい眼帯が出来そうで良かったな。学校で見せてくれよな?」

「がっこう? ……うーん」

 露骨に不機嫌になり、俊亮は大介を一瞥してから訊いた。

「行きたくないのか?」

「竜じいやキュウとあそんでるほうがいい」

「あはは。それは誰しもがそうだと思うぞ」

 俊亮は笑ったが、大介は苦笑している。

「まぁ、そういう訳でそろそろ行くわ。明日は一緒にパンを買っておいてくれるか? 金は明日渡すわ」

「分かった。それじゃあな、虹介。いつでも来いよ」

 俊亮がそう言いながら虹介の頭を撫でた。

「こられたらな。またな」

「それじゃあな」

 軽く挙手をして出て行った虹介を目で追った後、大介を見た。

「気を付けて帰れよ」

「おう、ありがとう」

 静かに玄関戸を閉めて振り返ると、虹介が門で待っていた。側に行き手を取ると来た道を戻った。

「かえりはカルしゃにのるのか?」

「乗らない。歩いて帰る」

「ええ!?」

 大袈裟に反応するが、大介は笑うだけだった。虹介は疲れてはいなかったが、道中で負ぶってもらい、楽をして帰宅した。


 夕食前に祥介が帰宅すると手には紙袋があった。玄関まで出迎えた虹介が目聡くそれを見る。

「おかえり。それは?」

「これは虹介の物だな」

 そう言って渡すと式台へ上がり、虹介の横を擦り抜けて奥へ行った。虹介はその場で紙袋の口を開ける。中には見覚えのある革が入っていた。

「うおおおおお! あたらしいがんたい!」

 声を上げて喜んだ。廊下を走り、祥介の部屋の障子が開いているのを見て顔を出す。

「ありがとう!」

「どう致しまして。大事にしろよ」

「うん! もうめんぷはいらないな? これつけていい?」

「いいぞ」

 祥介の部屋にはクルーがいて、頭を上げて騒がしい虹介を一瞥すると頭を戻した。クルーは砂漠獅子と呼称された獅子の一種でメスだ。砂漠獅子は体毛が砂色で尾が二本ある。クルーは胸毛が癖毛であった事から祥介にそう名付けられた。体高が二メートル弱もある為、祥介の部屋にはクルー用の戸口があったし、家はクルーの為に至る所を改築していた。

 虹介は袋から新しい眼帯を一つ取り出し、着けている眼帯を慌てて外した。その拍子に綿布が落ちたが気にせず、新しい眼帯を着けた。

「ん、ちょっとゆるい」

「どれ?」

 部屋着に着替えている祥介が服を着ながら虹介の後ろに立った。両端を結んでいる紐を解く。

「虹介、左目だけで不便じゃないのか?」

「ふべん?」

「以前通りに動けないんじゃないのか?」

 そう言いながらきつく結び直した。

「そうでもない。まぁしかいはせまいよ。でも、しかたがないからな。クルーにまけるけど、かてるようにがんばる」

「どうだ? きつ過ぎるか?」

「ん、ちょうどいい。ありがとう」

「光が入って痛いか?」

「それはない」

「目は開けているのか?」

「あけてる」

 祥介はひざまずき、虹介を回転させて対面した。そして眼帯を見る。革はすす色で目を覆っている部分だけが見えた。額に当たっている帯状の部分は灰色の布で、その端同士を後ろで結んでいる紐も灰色だ。

「成程、目に当たる部分以外を布でくるんでいるのか。これなら革に縫い付けなくていいんだな。でもこれだと、額に当たっている部分の手入れが出来ないな……」

「ていれができないとどうなるんだ?」

「革だから乾くとカサカサになるんだよ。まぁカバの革はまだあるから、その時は作り直そう。どうせ成長したらそうしないといけないからな」

「わかった。ありがとう」

「どう致しまして。一応二つ作ったが、交互に使って、一つは手入れをするようにな?」

「ていれってどうやるんだ?」

「飯の後に教えよう。先に飯を食おうか」

「うん」

 祥介は脱いだ衣服を、虹介は新しい眼帯が入った紙袋と古い眼帯と綿布を持って部屋を後にした。


 尋子からもらった玉葱を沢山使った夕食を終え、三人は囲炉裏で茶を啜っていた。

「偶には肉を沢山、嫌と言う程、食いたいなぁ……」

 祥介が愚痴を零すと、虹介が微笑んだ。

「カルカルのしっぽがあるよ」

「あれは駄目だ。いざという時に最速で走れなくなるからな」

 そう言うと湯呑みを手にし、息を吹き掛けて茶を啜った。

「虹介が大穴熊を狩った時にいないからだよ」

「本当にそれが残念でならんな」

 頷いて虹介の眼帯に目をやった。虹介はそれに気付き、右目を右手で覆った。

「まえのがんたいみたいに、ひかりがはいってこないから目があけられるんだよ。これはいいわ」

 手を退けて顔を左右に振った。祥介は微笑んで湯呑みを置いた。

「そうか、良かったな。所で虹介、そろそろ学校が始まるんだろう?」

「うん、らいしゅうの月ようがにゅうがくしきだぞ」

「その日は俺と一緒に登校だな」

「うん!」

「虹介は普通の子と目の色が違うし、その眼帯も違うから色々言われるだろうが、勉強は出来る内にしておけよ?」

「いろいろ言われたらどうするんだ?」

「我慢しろ」

「ええ? ……がんたいはしかたがないよ。オレがわるいんだからな。でも目はオレのせいじゃないんだぞ」

 不満気に眉を顰めた。祥介は真顔で頷く。

「そうだ、その通りだ。だが世の中は色目に対して冷たい割に、都合良く使おうとして来るからな、鍛錬の一環として我慢しろよ?」

「たんれんのいっかん?」

「我慢する事は、戦う上で重要になって来る事もある。分かるな?」

「わからない」

「その目、我慢が足りなかったからそうなったんだぞ」

 虹介は再度右目を覆った。

「んー、それはあるかも。たたかいかたをまちがえたのはわかってる」

「失敗を糧に成長しような。だから我慢を覚えるんだぞ?」

「うん……」

 一応頷いたが、虹介としては戦い方を間違えた事を覚えている為にこの眼帯が必要で、それについて何かを言われても我慢は出来る自信はあったが、目の色に関して何かを言われれば、きっと我慢が出来ないと思っていた。

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