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壬玖  作者: 丹午心月


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閑話、伝説の黒豹

 大介が隣家で幸せな新婚生活を送り始めた頃、虹介は麓海れいかい山と深懐しんかい山の更に北にある峻剣しゅんけん山へ行く準備を始めた。

 獲物を捕らえながら進むにしても仔等には期待が出来ない為、一人で狩りをする事になる。その道具は多めに持って行く。乾燥野菜も買い込んで着々と準備が進んでいる中、虹介は祥介の顔を見ると必ず誘った。

「一人で行って来い。きちんと家で待っているからな」

 その度にこう言われてしまうが、挫けずに出発日になるまで何度も誘う。しかし、結局は一人旅となった。

「それじゃあ行って来ます」

「気を付けて。帰って来るまで待っているからな」

 見送りは祥介だけだった。虹介は大介に倣い、祥介にしか出発日を明かしていなかった。

「うん。それじゃあさとるに手紙を渡しておいてくれよ?」

「分かっているよ」

 二人は固く握手をすると、それ以上は何も言わずに別れた。


 虹介は隊舎へ入って行く。山門を潜って門番の二人に挨拶をして、まだ雪の残る中を奥へ進んで行く。当然ながら徒歩で行く為、キュウは自分の翼で行ってもらい、仔等は歩かせていた。

 深麓しんれい川に沿って行く。仔等が他に興味を取られてどこかへ行ってしまったが、それでも前進する。休憩をして待つが一向に来ない。臭いを辿れる筈と思い、昼食を済ませると移動する。

 早めに野営場所を決め、少し離れた場所に罠を張りに行った。ついでに集めた枝でおじやを拵える。一人で寂しく食べ、湯を沸かしている頃に仔等が到着した。アオが先に虹介の側に来て、体を擦り付けてから密着したままで座った。クロは少し離れた場所に丸くなった。

 拗ねていたクロは翌日にはいつも通りに甘えて来た。それでも自分の足で歩かせる。罠に掛かっている動物がおらず、それを外して紐を持って行った。


 獲物を得る為に早めに野営場所を決め、獲物の血抜きやら解体やらで時間を取られ、峻剣山の山腹まで五日掛けた。麓海山と深懐山の山間を流れる深麓しんれい川の上流は峻剣山の方にあるようだった。

 虹介は現在、場所は三峰の山間にいるのだが木々がまばらに生えていて、上空を見ると方向を見失うが、側に流れている川を見れば峻剣山がどれかはすぐに分かる。仔等が顔を上げて、頻繁に臭いを嗅ぐようになっていた。

 臭いを嗅ぐ頻度が増えているという事は、何かが近くにいるという事だ。虹介は神経を研ぎ澄ませて峻剣山に向かって歩き続ける。

 この日は常緑低木の側で野営をする事にした。そして、罠は設置せずに過ごし、樹上で寝袋に入って眠った。

 翌日目が覚めると、寝た気が全くせずに疲労していた。

(今日はここで休んでおこう。何だか疲れているから無理はしない。それにしても早く出過ぎたかなぁ……。まだ雪が結構残っているし、山だから夜が本当に寒い)

 日中は仔等と遊んで過ごし、樹上で昼寝をした。

 それからは数日、そこを拠点として罠を仕掛けて獲物が掛かる時を待った。


 峻剣山と麓海山の山間を先に見に行く事にし、雪が降る中、雪洞せつどうを掘って仔等と温め合う事もあったが、湯気が立っている崖を見付けた。東西に裂けるように崖があり、どうも海と繋がっているようだった。峻剣山を西回りで登る気が失せてしまう。

 一時拠点としていた場所まで戻り、再度そこで獲物を得るまで頑張った。キュウが獲物を仕留めて持って来てくれるのだが、量が足りない為にある程度蓄えるまで過ごした。

 日付は木板に線画法で数えていたがいつの間にか五月になっていて、山は萌え、動物も罠に良く掛かった。仔等が臭いを嗅ぐ様子はやはり頻繁に見せていて、大穴熊と出合う事も覚悟していたが、現れる事はなかった。


 今度は峻剣山と深懐山の山間を目指す。そして、そこから峻剣山へと登るつもりで出発した。しかし、そこで伝説の黒豹と出合ってしまう。十二頭の群れだ。仔等の反応から、晩冬から来ていた動物はこの中にいそうだった。

 虹介は荷物を全て下ろし、万が一の事を考えて短刀は腰に一本縛り付けたままで前進し、黒豹に近付いて行くと仔等が付いて来る。虹介は慌てて荷物の所へ抱いて行き、その場にいるように指示を出した。

 群れに囲まれ、一対十二頭の対戦が始まる。

(全部がクルー級という可能性を考慮すると……、これはもう様子見はなしで短刀を使うしかないな)

 抜刀して構えて徐に回り、囲んでいる一頭一頭をつぶさに見る。一番弱そうな一体を正面に据え、先手必勝とばかりに突っ込んで行く。

 両脇から跳び掛かって来るが、まずは右に跳ねている黒豹の下へ潜り込んで、短刀を突き上げ、深く刺さるとすぐに抜いて、右から来た一頭が右前肢を出して来てそれを切り落とし、左から跳び掛かって来ていた一頭に跳び上がり、それの首を薙ぐ。続いて右から来ていた一頭に刃を向けると、向こうが動きを止めた。

(うん、短刀が武器だと認識したな)

 虹介が前を向いている所を、右前肢の一部を落とされた一頭が跳び掛かる。爪で地面を掻いた音で虹介が反応して即座に振り返り、それより高く飛んで、交差する時に勢い良く振られた三本の尻尾を切り落とした。着地してその正面にいる一頭に突っ込むも避けられてしまった。即座に反転すると前方に残りの黒豹が並んでいる。一頭が傷付いた一頭の首を噛み、倒してしまった。

(これで残りは九頭だけど……)

 仲間を倒した一頭が舌なめずりしながら前に出てくる。虹介は短刀を放り投げてゆっくりと歩いた。

(こっちから行くぞ!)

 黒豹が構える前に突っ込んだ。黒豹が左前肢を出した瞬間、虹介が右へ跳んだ。黒豹はそれを見た瞬間に踏ん張って逆へ行き、再度四本足を踏ん張って虹介に跳び掛かった。虹介はその場で跳び上がり、下り際に尻尾三本が虹介目掛けて勢い良く振られた。それを待っていた虹介は二本を右手に、一本を左手に取り、着地した途端に振り回した。黒豹の巨体が宙に浮き、地面に叩き付けられる。黒豹は暫くそのまま寝転がっていた。

 虹介はそれ以上何もせず、尻尾を離して放り投げていた短刀を拾いに行く。そのまま荷物を置いてある場所へ行き、その中から布を出して汚れを拭き取って納刀した。それから仔等を促して、群れの中へ行かせる。虹介が強かったお陰で受け入れられたが、群れの頭として収まってしまった。

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