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壬玖  作者: 丹午心月


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二十、日常の大切さ

 引き寄せていた砂漠獅子はあの集団だけだったようで、交代で五日みはったが他の集団が来なかった為、改めて宇宙船内の探索をする事になった。

 ラン・サラシナは漢字で更科蘭と当て、皆一様に更科と呼んだ。しかし、話せるのは山川だけで、当然ながら通訳として側にいる。その二人と吹田ふきた、安村、山下、佐竹の外に一般隊員数名と、祥介と虹介もその中にいた。ちなみに、加賀野は仕事で出掛け、他の万屋の色目はこぞって報告がてら引き上げた。

 更科の説明を受けながら船内を見て回ったが、まだ血の臭いが漂っている。

「文明の利器も、この星に来るとお釈迦しゃかになるんだな……」

 吹田が顔を顰めて言った。

「歴史で習った事とは言え、この短時間にここまで二八にはちに侵されるなんて驚愕ですよ」

「もっと時間を掛けるものだと思うよなぁ。それにしても、地球人の最先端の技術を見てみたかったわ」

 険しい顔をした安村に続いて、祥介は残念気に言った。

「それにしても二八はどうやって中へ入り込むのだろう? それが不思議でならない。入り込む余地などなさそうなのに……」

 山川が通訳をせずに機器の中を覗いていた。

「山川先生、更科が何か言ってます」

「ああ、すまない」

 すぐに更科の側へ行った。空いた所に他の隊員が行き、中を覗き込み始めた。虹介は興味がないようで、周りを見回してもそれだけだった。

 探索という名の見学が終わると、更科が欲しいと言った食料と着替えを持って引き上げた。


 虹介はこの数日、砂漠で熱い日中と冷え込む夜中の温度差で体がおかしくなりそうだったが、体調を崩す事もなく、元気一杯だった。それでも高野の一方的な約束通り、探索したその日に祥介と一緒に病院へ向かった。しかし、高野が休みですぐに隊舎へ戻った。

「更科が食べていた物に興味があるんだけど、言えば食べさせてもらえると思う?」

「それは難しいと思うぞ。でも持って来た荷物の中にあったから、訊けばいいんじゃないのか」

 祥介は首を傾げながら言ったが、虹介は笑顔だった。

「そうか。それじゃあ訊こう」

 虹介は隊舎へ戻る楽しみが出来る。

「明日には帰るぞ」

「高野先生に会って帰らないのか?」

「今日いなかったから仕方がないな」

「分かった」

 二人は隊舎へ戻る前、商店街へ寄った。道中に必要な物は水と軽食程度の為、尋子と郡司の土産選びに時間を要しただけだった。


 隊舎に戻った虹介は更科のいる部屋へ向かう。辿り着くと山川の疲労の色が濃かった。

「山川先生、大丈夫か?」

「大丈夫……。生きた資料がいるのだから寝ている場合ではないのだよ」

「……寝てないのか? え、マジで?」

「真面目も真面目、大真面目」

「何時間寝てないんだよ?」

「彼是三日起きているが、そろそろ限界だと思う。若い頃はもっと起きていられたんだけどなぁ……。年の所為だな」

 虹介の顔が険しくなった。

「お疲れの所を申し訳ないんだけど、更科が食っていた物を食ってみたいんだよ。それで、食わせてもらえないか訊いてもらってもいい?」

「ああ、それ程度ならすぐだぞ」

 虹介同様に険しい顔をしている更科に顔を向ける。

「He wants to eat your food」

「No. because it belongs to slaves」

「I understand」

 楽し気に待ち受けている虹介に顔を向け、微笑んでから口を開いた。

「スレイブの物だから駄目だと言っている。スレイブの意味は分からないから訊かないように」

 虹介は気持ちが一気に凪いだ。

「分かった。先生も早く寝ろよな。ありがとう」

 頷くと山川に小さく辞儀をしてから更科に挙手をする。

「そうだな。そろそろ寝るとしよう」

 山川が言っている間に、更科は虹介に口角を少し上げて見せた。見るからに作り笑いで、虹介は苦笑したが無言で退室した。


 虹介は祥介と共に隊舎にある隊員待機室の一部屋を借りて宿泊していた。部屋へ戻ると祥介が洗濯物を畳んでいる最中だった。それを手伝いながら、もらえなかった経緯を話す。

「そうか。それは残念だったな」

「うん」

 部屋は仔等がいる為、畳を壁に立て掛けている。虹介が側に腰を下ろすと仔等が駆け寄って来た。暫く仔等と戯れて癒された。

「クロアオが大きくなってくれれば、狩りも楽になるんだけどなぁ」

「大きくなると、それだけ餌がいるんだぞ」

「クルーを見ているから分かっているよ。でも自分の食い扶持は自分で稼いでくれないだろうかと思って……」

 アオは三本の尻尾を器用に使って虹介の掌を叩いている。虹介はそれを透かさず握っては放していた。

「クルーは稼いでいないぞ?」

「クルーは父さんがいるからな。でもこの二頭は、いずれ仲間のいる場所へ帰したいと思っているんだよ」

「無理だな。人の臭いが付いているからな。受け入れてもらえないだろう」

 祥介が即答すると、虹介はアオの尻尾を三本共握った。

「そうなるだろうか?」

「虹介が群れの頭とやり合って勝てば大丈夫だとは思うが、群れで行動しているかどうかも分からないが、先ずこの黒豹の居所を探さないといけなくなるぞ」

「学校を卒業したら探しに行こうと思っているんだけどな」

「そうか。分かった」

「一緒に行かないか?」

 祥介は失笑した。

「あはは、一人で行くのは寂しいのか」

「クルーも連れて、山の奥へ行ってみようよ」

 祥介に笑われても気にせず、笑顔で言った。

「俺は虹介が帰って来る家で待っているよ」

 そう言って微笑んだ。

(十三になっても相変わらず甘えん坊のようだなぁ……。しっかりした顔を偶に垣間見せても、これはこれで心配だな)

 そう思っても表に出さない。

「みんなで行けば絶対楽しいのに……」

 アオの尻尾を握っている手を、クロが右前肢で叩いている。尻尾を放してその前肢を握ると、クロが手を甘噛みする。虹介は甘噛みをすると必ず口吻を取って体を仰向けにさせた。


 翌日は散歩に出ていたキュウを置いて先に帰路に就いた。約六時間後に壬玖じんく村に到着すると、商店街で夕食の材料を買い、うどん屋に寄って遅い昼食を済ませる。

 帰宅してカルカルから降りた虹介は笑顔だった。

「かがわのうどんは最高だなぁ」

「それよりもクロアオを外に出して遊ばせておけよ。一服したら掃除だぞ」

「分かった」

 虹介は背嚢を背負ったままでカルカルの運動場へ行き、仔等を背嚢から出す。慣れた場所へ帰って来たからか、楽し気に駆け出したアオをクロが追い掛けている。虹介は微笑んで少しだけ見ていた。

 縁側から居間へ戻ったが、約八日留守にしていて埃が溜まっていた。それでも先に休憩をして、二人で手分けをして掃除を始め、それが終わると祥介は郡司への土産を持って隊舎へ行き、虹介は尋子に土産を持って顔を見せに行く。

 隣家から家へ戻る前に畑に寄り、所々が収穫されていた。食べ損ねた事を残念に思いながら玉葱を収穫して井戸へ行って土を洗い落とし、台所へ行ってそれを置いておいて、水を汲んで来て米を研ぎ始めた。

 それが終わると仔等を迎えに行き、手拭いを持って井戸へ向かった。手拭いを濡らして、埃を払った後に拭き、手拭いを綺麗に洗う。それから縁側へ連れて行き、足の裏を拭いて置いて行く。先に済ませたアオは尻尾を振りながらクロが終わる時を待っていた。


 こういった何気ない日常が戻って来て、虹介は生きている事を実感していた。

(ああいう任務はやっぱり嫌だわ。知らないとは言え、自ら砂漠獅子に近付いて行って連れて来たんだから、ああなってしまう事は当然としても、扉が閉まらないなら何かで代用をしておけば死なずに済んだかも知れないと思うと、少しばかり同情をしてしまうなぁ……)

 縁側に座って、下に広がっている村を漫然と眺めていた。そして思い出し笑いをする。

(山川先生も知らない単語が沢山あるから意味が分からないって言ってたな。日本語でも沢山単語があるし、字面通りの意味ではない場合もあるから、あの言語もそうなんだろうな。俺からすると寺の呪文と大差なかったけど。……そうだ、久し振りに寺に行ってみるか。父さんを誘ってみよう)

 虹介は英次から真実を知らされても、それを知った直後の祥介がいつも通り接して来て、血の繋がりがないと悩む事が馬鹿らしくなっていた。虹介の中では実の兄ではなかった大介はそれ以上の存在だし、祥介が絶対的な父親である事は変わりなかった事が大きく影響していた。

 実の両親に会いたいと思えない虹介は、英次に対しても同様で関係を深めたいと思えなくても、英次が来ると邪険に扱えなかった。虹介は実母に捨てられたという事実を知った時、結果として今の家族を得られた為に感謝をした。しかし、英次は自分とは違うのだろうという事も理解が出来て、交流をしに来る事を一応は受け入れている。

 祥介に厳しくも優しく育てられ、大介には十分に甘えて育ち、家族という物の温かさが身に染みている虹介は、英次を邪険に扱えなかった時点で家族として、正確には少し遠い親戚という位置ではあるが受け入れていた。

 そう出来る自分に育ててくれた二人に対して感謝しかなかったが、自立する時が近付くに連れ、それが出来ないかも知れない甘ったれた自分に嫌気が差していた。しかし、半面ではその時が来るまで二人に存分に甘えておこうという心算もあった。

 思惑が半分外れてしまっていた虹介は黄昏れ時の空模様を見上げ、夕焼雲を目を細めて見る。


 翌日は晴天に恵まれ、祥介と共にクルーと仔等を連れて寺へ行った。キュウは帰って来ていたが、一緒に連れ帰れなかった事で拗ねていて留守番となっている。

 西通りを下って行くと道中に四つ辻がある。そこを西へ行き、山道を上って寺へと向かう。

 玖里くり寺には壬玖村村民が漏れなく入る納骨堂があった。虹介と縁のある人はいないが、祥介にはカル舎などを残してくれた恩人が眠っている。

 住職が二人を目聡く見付けて側へやって来ると三人で呪文を唱えた。呪文の正体は般若心経と光明真言で、虹介はそれが頭の中に入ってはいても意味の理解が出来ず、それ以前に内容が頭に全く入って来なかった。特に光明真言は短いにも拘らず、それでも入らない事もあって首を傾げる。

「進む道を沢山の光で照らして下さいって意味だと思えばいい」

 住職は毎度こう言い、「分かった」と頷くがそれすらも入らなかった。

 それではなぜここへ来る気になるのかと言うと、坊主頭が並んでいる事がこの上なく楽しかったからだ。住職と少し雑談をした二人は寺の掃除を手伝い、寄り道せずに帰宅する。


 虹介はじきに学校が始まり、次は八年生に進級する。そして、再度通学しながら仔等の餌を確保する為に奔走する日々を送る。

(まだ寒くて山には入れないし、最近はさとるが来てくれないと会えていないから、南の狩り場へ行く前に少し寄るようにしようか……。長居は出来ないけど、会えないよりはいいよな。その前に、クロアオを連れて明日行っておくか)

 戯れている仔等から、それを眺めている祥介へ何気なく目を移した。

「茶を飲むか」

 見た瞬間に言われて驚いた。

「うん、ありがとう」

 声が少し上擦る。祥介は顔を虹介に向けた。

「虹介がやるんだよ」

「仕方がないなぁ」

「ありがとう」

 立ち上がると台所へ行き、茶葉を入れた急須と湯呑みを二個持って来て、囲炉裏で火に掛かっている鍋から杓子で湯を急須へ入れる。

「キュウも連れて来てやれよ」

「拗ねてて駄目。下りて来ないんだよ」

 急須に蓋をして、杓子立てに杓子を立て掛けた。

「跳び上がれば手は届くだろう?」

「それはそうなんだけど、そっとしておくのがいいかと思っているんだよ」

「そうか。でもそろそろ下ろして来いよ。それから何だか物足りないから煎餅を食おう」

「やった! それじゃあ今度は父さんが持って来てよ」

「まぁ二度目の言い出しっぺだからな。俺が行っている間にキュウを連れて来ておけよ」

 今度は祥介が立ち上がって台所へ向かった。

「はーい」

 締まりのない返事をした虹介は自室へ行き、キュウに声を掛けたが、キュウは鳴きもせずにそっぽを向いていた。虹介は仕方なく泣き真似をする。そうすると慌てて床に下りて虹介の脚に擦り寄った。虹介は口元を綻ばせ、キュウを抱き上げると優しく撫でながら居間へ戻った。


 翌日、虹介は仔等を連れて覚の家を訪問した。手土産は玉葱で、みどりがいつものように喜んでくれ、それを見てとても嬉しくなった。

 仔等がいる事で二人は散歩をする事にして、仔等が入った背嚢を背負った覚は意外と重くて驚いていた。それでも一キロメートルは頑張り、その後は虹介が背負っていた。

「僕もクロアオを触りたいから出してくれない?」

「引っ掻かれたり、噛まれたりして怪我をされたら後味が悪いし、碧さんにも悪いからな」

「そうなった時は自業自得だから母さんも怒らないだろうし平気だよ。ね? お願い」

 面識はあり、今もこうして一緒にいて臭いは分かっている筈とは言え、虹介は踏ん切りが付かなかった。

「うーん、小さい内に触っておく方がいいのか? 俺としてはクロアオがもう少し分別が付く頃の方が、安心出来ていいんだけどなぁ……」

「どっちでも一緒じゃないの? 嫌われたら大きい時の方が傷が大きくなる可能性はあるよね」

 虹介は苦笑して覚を見た。

「そこまでして触りたいのか?」

「あれ? 分かっちゃった?」

 立ち止まって虹介を見ると、虹介も立ち止まって背嚢を降ろした。

「それじゃあクロだけな」

「アオは駄目なの?」

「アオはじっ中八九引っ掻くと思う」

 そう言いながらクロだけを取り出して立ち上がると押し付けた。覚は驚いて思わず抱く。

「えっ、えっ?」

「そうそう、右腕はいいけど左腕はこうだな」

 左腕を動かしてクロを上手に抱かせ、背嚢のかぶせを閉じて背負った。

「毛がふわふわで、とってもあったかぁい」

「うん、それはまぁ生きているからな」

 クロは大人しくしていたが、「アオー」と何度も鳴いている。

「しばらく抱っこされていろよ」

 尻尾を三本振って覚の右腕や脇腹を叩いていた。

「尻尾で叩かれて痛いか?」

「ううん、平気。そんなに痛くないよ」

「そうか」

 覚は家に辿り着くまでクロを抱き締めていた。クロは比較的大人しく、心配するような事はなかった。虹介はクロを背嚢に入れると、嘉納かのう家を後にした。

 緊張感のない日常は穏やかで心身共に健やかでいられる。

(いやぁ、長閑な日々はいいなぁ……。これがいつまでも続けば言う事なしだな。有り得ないけど)

 卒業したら先ずする事を考えると緊張の連続である事は想像に難くない。それまでは、こういった日を大切にして行こうと決心した。

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