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壬玖  作者: 丹午心月


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十二、奇跡の玉

 新暦一二五六年の夏が到来した頃、十一歳の虹介は新たなこう製の短刀を手にしていた。無論、大介が拵えた物だ。昆虫相手なら破壊せずに使用出来、且つ使用する機会も無に等しい為、週に一度は採蜜さいみつに赴く。竜次郎が大介に付きっ切りの為、虹介は一人で釣りをしていて退屈で仕方がなく、そこへ向かっていた。

 壬玖じんく村の南側に果樹林や花畑があり、大蜂がその近くの林を棲み処としていて蜂林はちばやしと呼称された。大蜂と言うだけあって体長がじっセンチメートル前後もある。殺すと仲間を呼ぶ習性があり、極力殺さないようにしている。大蜂が木に巣作りをすると漏れなく朽ち果ててしまうが、滞留させる為に植樹も定期的に行われていた。

 壬玖村の一帯は積雪する程に寒い。それでも巣の中で身を寄せ合って越冬するという健気な昆虫だが、毒も持っていて蜂林を訪れる者は少ない。天敵はカルカルで、蜜を巣ごと食らうカルカルはこの毒を無毒化する。

 そんなカルカルの好物が大量にある付近までくとさに乗って行き、今日も本の少しだけ蜜をもらった。小瓶に入った蜜を掌に垂らし、くとさに舐めさせて喜ばせ、それが落ち着くと帰宅する。


 祥介は遠出をしていて留守の為、虹介が二人分の夕食を拵える。今日は豚汁、豚肉と野菜の炒め物で、後者には新鮮な蜜が入っていた。それと胡瓜とトマトのサラダもあり、それにも入っている。

 大介は玄関ではなく、縁側から帰って来た。障子を開けると、虹介が顔を向けた。

「おかえり!」

「ただいま。腹減ったわ。着替えて来るから、もう少し待ってくれよな」

「うん」

 居間を通って自室へ向かった。暫くすると服を着替えて戻って来て腰を下ろした。そこにしたのは、その脇に鍋があったからで、蓋を取って豚汁を装い、虹介に渡す。虹介は茶碗に白飯を装って渡し、礼を言い合った。合掌して挨拶をすると、大介は炒め物から食べた。虹介はサラダから食べる。

「また蜜を採りに行ったのか」

「んん」

「父さんに程々にしておけって言われているだろう」

「だって、兄ちゃんが疲れてるから……」

「俺は大丈夫だって言ったんだから、俺を言い訳に使うなよ。父さんに言われた事は守れよ?」

 虹介はへの字口になって些か俯いた。

「虹介」

「……分かった。程々にしておく」

 目を合わせずに言うと炒め物を頬張って、白飯も突っ込んだ。

「でも蜜が入っていると旨いよ。ありがとうな」

「んん」

 大介は笑顔になった虹介からサラダに目を移し、それを頬張る。このタレにも蜜が使われていてとても美味だった。

(うーん、旨いのは旨いんだけど、これを褒めたらまた……)

 思わず苦笑する。虹介はそれを一瞥して訝し気にしていた。


 虹介は週末になるとさとるに会いに行く。近辺にカルカルを預ける場所がなく、徒歩が常だった。今日の手土産は胡瓜だ。

「やった! 虹介のとこのお野菜、おいしいから好きよ」

 玄関まで来た覚の妹の清花さやかが籠を受け取った。

「いつもありがとう。無理して持って来なくてもいいんだからね?」

 母親のみどりも、そうは言いつつも嬉し気にしている。

「ある時だけだから大丈夫。それで覚はいないのか?」

 最初は碧に対して他人行儀だったが、四年も通って随分と慣れた虹介は自然体だった。

「覚は今、沙菜さなと出掛けてるから上がって待ってて? お茶を入れるから、ね?」

「虹介、いっしょにあそぼうよ」

 籠を式台に置いた紗菜が笑顔になる。

「それじゃあ上がらせてもらうよ。カゴは俺が持って行くわ」

 そう言って上がり、居間で覚が帰宅するのを待ったが、四時間経っても帰宅しなかった。

「おばさん、今日はもう帰るよ」

 のんびりと虹介と清花が遊んでいる様子を見ていた碧は、掛け時計で時間を確認した。

「あ、もうこんな時間! 清花の相手をしてもらっただけで終わっちゃったね。ごめんね。こりずにまた来てね」

「うん。清花、またな」

「もう帰るの? もう少しいようよぉ~」

「覚によろしく言っておいて」

「えー、やだ。自分で言いなよ。だからもう少し、ね?」

 虹介は苦笑すると立ち上がった。

「それじゃあおばさん、清花、また来るよ。見送りはいいからな」

「そう? それじゃあ気を付けて帰ってね」

「虹介ぇ、もう少しいようよぉ~」

 粘る清花を尻目に空になった籠を持ち、二人に手を振って慣れた足取りで玄関へ向かった。嘉納家を後にすると走って帰路に就いた。


 十六時半を少し過ぎた頃、家に到着すると玄関には大介の下駄があった。縁側にある筈の物が玄関にあり、訝しく思って大声で「ただいま」と言うと、すぐに「おかえり」と返事があった。急いで台所へ行き、戸を開けると大介が米を研いでいた。

「仕事はもう終わったのか?」

俊亮しゅんすけが来て、師匠に刀を研いでもらっている間に話していたら、仕事帰りに寄るって言うから、それでな」

「竜爺が終わっていいって言ったのか?」

「正月以外は休みがないから、偶にはいいだろうって師匠が言ってくれて、久し振りに夕食でも作ろうかと」

 振り返って、虹介が手にしている籠を見る。

「覚の所へ行っていたのか?」

「うん、会えなかったんだけどな」

「そうか。それじゃあ久し振りに一緒に作るか」

「うん!」

 虹介は籠を置きに行ってから、井戸で手を洗って戻って来た。


 俊亮は警備隊に入隊していて、虹介と鍛錬で顔を合わせる事は多々あったが、家に寄る事は今までになかった。鍛錬後で汚れているだろうと沸かしていた風呂へ、大介と共に入っていた。虹介は狭い事もあったが敢えて遠慮していた。

 風呂から上がって来た二人は夕食後、大介が酒を持って来て飲み始めた。

「俊亮、一週間前が誕生日だっただろう。これをやるよ」

 隠し持っていた小刀を差し出すと、俊亮は驚きながらも嬉し気に受け取る。

「覚えていてくれたのか。ありがとう」

「俊ちゃん、おめでとう。七月が誕生日だったっけ。忘れてたよ」

「ありがとう」

 笑顔で応えて鞘を抜き、現れた刀身が瑠璃色で鮮烈に光った。虹介が逸早く反応する。

「えっ、ずるいぞ」

 物凄く悔しそうな顔をしていて大介は苦笑した。

「色が濃くても刃は十センチメートルもないし、カバには使えないんだぞ」

「でも、兄ちゃんは俺に作ってくれるって言ったぞ」

「カバに使える奴が手に入ったらとも言ったぞ」

 虹介が露骨に拗ねると、俊亮が笑った。

「背は伸びたけど、まだまだ子供だなぁ」

 虹介は益々機嫌を損ねた。

「俺は十月で二十歳はたちになるし、俊亮が十九、虹介が十一か。振り返ると早いよなぁ……」

「どうせまだ十一だよ。食器洗って来る」

 立ち上ると静かに居間を後にした。楽し気な会話が聞こえて来る。虹介は食器を浸けてある桶を持ち、束子たわしを持って井戸へ向かった。


 この星の動物の、尿ではない方の排泄物は糞玉ふんだまと呼称され、何かに覆われている球状で排出される。これは液体に弱く、濡れると軟化し、中には悪臭を放つ物もある。

 戸二谷家にはカルカルが沢山いて、肥料として役立つそれを手に入れ易い。畑に撒く以外にも使い道があり、大蜂を失神させる道具としても大いに役立つ。大蜂は臭いを検知し、天敵の臭気の強さに失神してしまい、約二時間継続する為に大いに役立つ所か、必須道具だった。

 日曜日だが昨日は会えなかった覚の所へ顔を出す気にはなれず、カルカルの糞玉四個を油紙に包み、朝から蜂林へ向かった。

 川下の家々を過ぎ、蜂林へ向かっていると男女の声が聞こえて来る。どうやら争っているようだ。くとさに乗ったままで側へ行き、女の手を押さえ付けている男と、女の口を抑え付けて上に乗っている男と、足を開かせている男がいて、三人共が虹介を見た。

「何だ、てめぇ! あっち行けよ!」

「げっ、色目だ!!」

「色目かよ! 死ねよ!!」

 大介と大して変わらないであろう男三人は口だけを動かしていた。

「俺に痛め付けられるか、失神させられるか、警備隊に通報されるか、どれがいい?」

「はぁ? ふざけろ! 死ねよ!!」

「分かった。通報以外な」

 虹介はくとさから降りて、女の足を持っていた男の髪を鷲掴みにすると持ち上げた。

「いたっ! 痛いっ! 毛っ、毛が抜ける!!」

 平手で鼻を打ち、男が悲鳴を上げた。上に乗っていた男の立ち上がり際に左腿を蹴り上げ、その男も再度悲鳴を上げる。手を押さえていた男は虹介に掌を見せながら後退りしていた。

「悪い、もうやらないから勘弁してくれ、な?」

 青めた顔は恐怖で歪んでいたが、目が一瞬、後ろに向いた。虹介は振り向き、鼻血を垂らしながら向かって来た男が目に入るとそれに平手打ちをお見舞いした。今度は悲鳴を上げずに倒れ込む。それを見届けずに振り返って、背を向けて逃げていた男の膝の裏を足の爪先で押すと、男は膝と手を突いた。虹介は透かさず屈んで髪を鷲掴みにする。

「もうお前だけだぞ。どうする? 降参か?」

 最後の一人は完全に萎縮して、何度も小さく頷いた。

「それじゃあ、全員で詰め所へ行こうか」

 そう言ってふと気になって振り返ると、女が走って逃げていた。虹介が被害者を逃がす筈もなく、全員を後ろ手に縛り、最寄りの詰め所へ連行した。


 解放されるまで少々時間を要したが、蜂林へ向かった。近くでくとさから降りて待機を命じ、歩いて向かう。

 大蜂は木のうろを利用する事もあるが、基本的には幹に穴を空けて巣作りをする。女王蜂が五から十匹の働き蜂を連れて木を選択し、最初に拵える物は木屑を下へ落とす道だと言われている。そして、糞玉も一緒に落とす。貯蜜域は幹で覆われている上部にある為、何度も来て幹を削ってその部分を露出させた。虹介以外に人は来ていないようで採り放題だった。

 玉杓子に糞玉を載せて水を掛けて悪臭を漂わせ、所々にいた大蜂を失神させながら向かう。虹介が削った木の前に来ると、周辺には大蜂が沢山転がっていた。いつも通りに木屑と糞玉を回収し、そこへカルカルの糞玉を置いて水を掛ける。これでこの一帯は約三時間は悪臭が漂い、約四時間は失神したままになる筈だった。

 にわかに大蜂が起き上がって飛び回り、攻撃して来た。

(奴等の糞玉が残っていたのか!)

 大蜂の糞玉は、大蜂の気付けになる。カルカルのそれと大蜂のそれが併用されると、カルカルのそれの所為で攻撃的になり、毒針を出した尻を向ける。それが一匹ではなく、中にいる蜂も出て来て服の上から刺された。後退りながら抜刀し、顔の付近に来た大蜂は殺さないようにはたき落としたが、既に十ヶ所以上は刺されている。

(あー……、父さんに伝授されたあれをやるしかない。……ないいんだけど、これは……辛い。かなり辛いぞ……)

 左手に玉杓子、右手に短刀を持ったままで逃走した。約八百メートル離れたくとさの所まで戻り、それでも追って来た大蜂は全て始末し、脇に挟んで汚れを拭ってから納刀した。

 肩で息をしながら背嚢を降ろし、カルカルのそれを取り出した。玉杓子に置き、水筒を傾けて水を垂らした。水が掛かると軟化して行き、下に垂れ落ちて玉杓子に並々残った。不快気にそれを見る。

(……ままよ)

 それに顔を近付けると口を付けて傾けた。二十ヶ所前後も刺された事を考えると、多めに摂取しないといけないと理解していても、臭味や倫理観と戦いながら飲み込んでいる横で、くとさは落ちている大蜂を頬張れるだけ頬張って咀嚼している。カルカルは本来草食だが大蜂は別だ。

(あーあ、食事が始まったか。これで一時間は動けない……)

 あるだけの水を飲み、一息吐いた。慣れた臭いとは言え、この悪臭が三時間も口の中からするのかと思うと心底から辟易して座り込み、そのまま大の字に寝転がった。

 糞玉はそれを出した動物に無効な毒を無毒化してくれる作用がある。つまり、カルカルのそれを食べれば無効化出来てしまうという奇跡の玉だった。しかし、それを食べれば完璧に無毒化されるのかと言うと、そうではない。虹介は刺され過ぎていて、体内に入った毒の量が多いかも知れない。

 それを確認してもらうべく病院へ行きたかったが運悪く日曜だし、一時間は動けないしで、どうする事も出来なかった。


 人が動物の糞玉を食べるようになったのは、偶然にも無毒化する事を発見した為だった。最初は出所不明の、ただの液体に弱い玉という認識で、物によっては美味である事から珍味として持て囃されていた。

 いつしかそれが糞だと判明した後は、良質の肥料になる物を特定し、重宝され続けて今日に至る。

 地球人が持ち込んだ動物で順応して糞玉を出す物もいれば、そうではない物もいる。蜜蜂は順応し、進化を遂げて大蜂となり、その過程で毒を持った。しかし、カルカルもその毒から身を守る為に抗体を生成し、現在は大蜂が惨敗を喫している。


 一時間半後、帰宅してカル舎に入ると、祥介が乗って行った筈のくやなが帰っていた。持って帰って来た大蜂の死骸をくやなの口に全部放り込み、裏から家へ入った。

「ただいまー!」

 叫んで縁側に上がり、居間の障子を開けると祥介が寝転んでいた。

「おかえり」

 何気に虹介を見て、独特の臭いが漂って来ると勢い良く上体を起こした。

「大蜂に刺されたな? 何ヶ所やられた?」

 険しい顔で立ち上がり、虹介の側へ行く。

「うん。二十ヶ所くらい刺されたと思う」

 背嚢を降ろさせ、上半身を裸にして刺されている場所を数え始めた。前は刺されていないが、腕に数ヶ所、後ろは至る所が腫れて来ている。三度も数えた祥介は溜息を吐いた。

「三十ヶ所以上刺されているぞ。これは駄目だ。砂漠の病院へ行くから着替えて来い」

「えっ、今から?」

 驚いて祥介の後ろ姿に訊いたが、反応せずに居間を出いて行った。虹介は渋々自室へ行き、遠出の衣服に着替えた。砂漠の村はどこよりも近い。その為、休憩なしの最高時速で行く。

(キュウがまた探し回るんだろうなぁ……。西へは来ないだろうからな。まぁ、診察をしてもらうだけだし、すぐ戻って来るだろうから大丈夫か)

 突然の外出の為、キュウを置き去りにする形になるが、大介がいる事もあり、そこまで心配はしていなかった。

「虹介ー! 隣に挨拶して来るからな!」

 祥介の声が聞こえ、部屋の障子を慌てて開けた。

「分かった!」

 そう叫んでから再度準備を始め、それが終わって縁側へ行くと、祥介が澤川家へ向かっている姿が何とか見えた。虹介は靴を履いて下りて縁側の雨戸を閉め始める。それが終わる頃に祥介が戻り、揃ってカル舎へ向かった。

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