第34話 与えられる価値
食べ物も「創造魔法」で作り出せると知ってから、私はもしもの時に備え、サバイバル用品を描き溜めておくことにした。 タブレットに向かっていると、背後から気配がした。肩越しに、物珍しそうな顔をしたみんながこちらを覗き込んでいる。
「見たこともないものばかりですね。……咲夜様の世界のものですか?」
「はい、そうですけど……。あんまりまじまじと見られると、少し恥ずかしいです」
「すみません。つい、気になってしまって」
私は苦笑いしながらペンを動かす。一度描いてしまえば、いつでも鮮度の高い食材を生成できる。だから本来、私個人としては長期保存のきく食材を描く必要はないのだ。 けれど、それはあくまで私がいればの話。万が一、私が不在の時でもみんなが困らないよう、備蓄品があったほうがいい。そう考えて、画面に描き足していく。
「そういえば例の安眠道具は完成したのか?」
「はい。どんなデザインが気にいってもらえるかわからなかったので、お二人の侍女の方などに聞いて作りました。」
「いつの間にそんなことしてたんだ…」
「咲夜様に頼まれて私がお取り継ぎしました。侍女といえど第一王子とその婚約者の側仕えですからね。」
聖女と言っても王宮に来て日が浅い人間に対して警戒するのは当たり前だ。ましてや王族の個人情報をおいそれと渡しては何に利用されるか分からない。今回の場合はさして重要な情報ではなかったため比較的あっさりと教えてもらえたが、それでも怪訝な視線を向けられた。
「でもこれ、受け取ってもらえますかね?第一王子と約束していたとはいえ、侍女さん達にものすごく警戒されそうですよね。特に侍女長…」
「彼女は第一王子が生まれた時からお仕えしていらっしゃいますからね。我が子同然なんでしょう。だから人一倍警戒しているんだと思います。」
「そうなんですか…」
この世界ではヴァルさんもそうだが、命を狙われる危険と隣り合わせの人間が多くいる。それだけ他人を蹴落としてでものし上がりたい者が多いということだろう。安心して眠ることができないというのはとても辛いに違いない。大丈夫だと言い聞かせてもストレスは日々積み重なっていく。この道具で心置きなく眠ることができればいいと私は願う。
◆◇◆◇
コンコンコン
「どうぞ。」
「失礼致します。」
「侍女長か。どうした?」
「先程、聖務官のヴァル・エルネスト様よりお渡ししたい物があるのでお時間をいただけないかと申し出がございました。」
「あぁ、例の約束していた物だね。わかった空けておこう。ヴェリネにも伝えておいてくれるか。」
「…かしこまりました。」
「…何か言いたいことでも?」
「…いえ、ただあまり信用のおけない人間から渡される物を側に置くのはどうかと思いまして。」
「心配しなくても大丈夫だ。彼女はこの世界の人間と違う価値観を持っているようだからな。…きっと、彼女の世界は平和そのものなんだろう。日常で命の危機を感じることのない、ね。」
「……そうですか…」
◆◇◆◇
「咲夜様はメディアデザイナーになるのが夢だと以前おしゃっていましたよね?」
「えぇ。そうですけど、それがどうしたんですか?」
「…このようなことを申し上げるのは心苦しいのですが、未だ戻して差し上げる方法を見つけ出せていないので……もし、万が一、この世界で生涯を終えることになった場合、その夢に近い形でも叶えて差し上げられればと。」
「……」
私は少し俯いて考え込む
「す、すいません。決して諦めたわけではなく……」
「いえ、大丈夫です。……そうですね、最悪の場合を考えておくことも大切ですから」
元の世界とこの世界では抱えている問題もできることも違う。前と同じような夢を抱いても叶えることは難しいだろう。でもこの世界だからこそ出来ることがきっとある。
「この世界でもし、ずっと過ごすことになったら自分の店を持ちたいですね。」
「店、ですか?」
「はい。創造魔法を授かって、いろんな可能性が増えました。今回作ってみた安眠道具もそうですが……誰かの“こんなものが欲しい”を形にするのって、楽しそうだなって思ったんです」
私はタブレットを眺めながら、思いを馳せる
「私は手先が不器用で、プロダクト……その、工作は苦手なんですけど、創造魔法があれば補えるだろうし。」
「なんでもデザイン屋、みたいな感じですか?」
「はい。広告でも雑貨でも服でもアクセサリーでも魔道具でも生活の中にあるあらゆるモノをデザインするそんな仕事をしてみたいな、と。」
「…ボソッ…その夢が叶えば…」
「え?何か言いました?」
「…いえ。」
小さな声でボソッとヴァルさんが呟いたような気がしたけれど、触れてほしくないと言ったような作り笑顔を見てそれ以上深くは聞かなかった。
私が今語った夢は、“戻れないことを前提にした夢”だ。やってみたい気持ちはある。けれど、それは同時に――元の世界へ戻ることを、どこかで諦めてしまうことにも繋がる気がして、少し、怖かった。そしてたとえ本当に戻れる日が来たとしても…その時、私は「戻りたい」と思えるのだろうか。この世界で過ごした時間が、ここで得たものが、あまりにも大きくなってしまったら。…戻る理由が、なくなってしまうかもしれない。それが、何よりも怖かった。
前に''召喚魔法に選ばれた救世主はこの世界に生まれ落ちるべき人間''だという話を聞いてからどこか自分の居場所はここなんじゃないかと薄々思ってしまっている節がある。生まれてから今まで違和感があったことは否めない。そう思い込んでしまっているだけかもしれないが。複雑な感情を抱きながら黙り込むと後ろからそっと抱きつかれる
「…セレナ?どうしたの?」
「…ごめんなさい。……ごめんなさい」
セレナはそう謝るだけで訳を話してくれなかった。少し寂しそうな声色に私は何も言わず彼女の手にそっと触れた。彼女の本当の気持ちを推しはかることはできないが私は勝手に罪悪感を抱いているのではないかと考えた。ヴァルさんもオリファスさんもセレナと同じように悲しそうな申し訳なさそうなそんな表情をしていた。彼らがこの時、抱えていた本当の考えがわかるのはもう少し後の話だ。
「……あぁ、えっとそうだ!前に作った魔導ケトル、量産するって話どうなった?」
「えっ、あぁ。それなら自由にやって構わないと許可をもらった。」
「本当ですか?…前から思ってましたけど救世主のやることに随分と寛容ですね。」
「別に寛容って訳じゃあないだろ。お前のしていることは誰かの役に立ってるんだし、止める理由がないだけだ」
ぶっきらぼうにそう言いながらも、その声音はどこか柔らかい。
「それに……」
少しだけ言葉を切って、彼は私の目を覗き込む。
「お前がここに来てから、変わったことも多い。」
「変わったこと……ですか?」
「誘拐事件も解決したし、魔力散逸症のための魔道具を発明して、今は第一王子のために安眠道具まで作ってるしな。」
「……そんな、大したことじゃないですよ」
思わず視線を逸らす。並べて言われると、まるで自分が何か特別なことをしているみたいで、落ち着かない。
「大したことだろ」
間髪入れずに返ってくる。
「どれも、俺達だけじゃできなかったし、やらなかったことだ。」
「……でもそれは私だからじゃなく、あくまで私の世界では普通のことだからですよ…''情けは人の為ならず''って結局は自分のためにしていることですし。」
「…“普通”が違う。それだけで価値になる。それに、行動に移すことができるのはお前のいいところだろ。」
「……!」
返す言葉が見つからない。胸の奥で、何かがじわりと広がる。嬉しい、のだと思う。
けれど同時に――どこか、引っかかる。私はとことん自分が捻くれているのだと痛感した。どんな褒め言葉も素直に受け取ることができない。絶対などないとはよく言ったものだが、なぜだか私は自分が無価値であるということを揺るぎなく確信している。たとえ感謝をされてもその言葉は溶けて無くなってしまう。
「…あは、は、…ありがとうございます。」
「お前…ちゃんとわかってないだろ…最近気づいたがお前って変なとこ頑固だよな。」
「…そん、なことは…」
私は図星を突かれてたじろぐ。頭ではわかっていても染みついた自尊心の低さはどうにもならない。
「ま、そのうち分からせてやるけどな。」
「え?」
「とても時間がかかりそうですけどね。」
「えぇ。咲夜様は本当に頑固ですからね。」
三人と一緒にいると自分が確かにここにいると感じることができる。自分が無価値だとしても生きていて良いのだと思わせてくれる温かい人たちだ。
私はこの人達の為になることをしたい。




