第72話 愛しています(レオンハルト視点3)
絶句した。彼女の未来視はどれだけ壮絶なものなのだろう。
何度、夢の中で殺されかけたのだろう。
裏切られたのだろう。
それでもアイシャは抗おうとしたのだ。
「なのでぇ、私は誰にも……ううん。レオンハリュトに殺されないように、逃げますぅ」
聞き間違えだろうか。
利用して殺そうとした相手に対してアイシャが出した答えは、予想の斜め上だった。私を殺してそれで終わりにすればいいのに。
その問いかけに彼女は。
「そしたら貴方が死んでしまうでしょう。レオンハリュトが死ぬのは嫌。でも私も死にたくないのぉ」
「は、はあ……」
「捕まらないよーに、傍から離れて、いっぱい逃げるの。ずっとぉ!」
「お嬢様と、ずっと離れ離れに……?」
傍に居ることも出来ず、姿を見ることすら難しくなるとしたら──私は平静でいられるだろうか。いいやそれ以前に耐えられるだろうか?
彼女が傍に居ない生き方に。
「そうにゃの。会話もしないで、すたこらサッサするのぉ! こんなに近くにいることもぉ、笑いあうこともないけどぉ、これなら誰も死なない」
思いのほか、アイシャは妙案だと嬉しそうに笑った。
それが余計に私の胸を締め付ける。
「お嬢様、そんなのは嫌です。……そんな日常など耐えられません」
「だって、レオンハリュトは私を殺したいのでしょう?」
「そんなことより、貴女と一緒に居られない方がよっぽど辛いです! どんな拷問よりも耐えられない」
「じゃあ、私のことぉ、殺さない?」
「殺しません! 貴女だけは失いたくない。貴女はキャベンディッシュ家の呪いが見えない。だから、アイシャ。貴女だけは復讐の対象外です」
答えなど最初から出ていた。
それなのに、安易にアイシャの心を得ようとした。楽な道を選ぼうとしたのだ。彼女のように悩んで、苦しんで、それでもどちらも死なない道を導き出した。
「嘘つき……」
「アイシャ……」
この想いは歪で、醜くて、酷いものでしょう。それでも「愛しています」と私は呟いた。他に気持ちの伝え方が分からなくて、私は彼女の頬にキスを落とす。
彼女はくすぐったそうに、けれど嬉しそうに笑ってくれた。
(ああ。私は自分の復讐に折り合いをつけることも、アイシャへの愛を貫くことも出来なかった。自分のその場の感情に流されて、一時の感情だけに囚われていた)
「名前……はじめて呼ばれた……」
アイシャが意識を手放すと、私へと寄り掛かった。その温もりが温かくて愛おしい。壊れ物を扱うように私は自分の着ていた燕尾服を脱いで、彼女にかけて抱き上げる。
「愛しています、アイシャ」
『なんだ。その程度の憎悪だったか、つまらん』
脳裏に声が届いた。
ゾッとするような低く冷たい声。かつて魔王となり果てた叔父に似た雰囲気を持つ声は、それ以上言葉を発することなく、消えていった。
あんなに優しく穏やかだった叔父が壊れたのは、本当に女騎士の死だけが原因だったのだろうか。ふとそんなことが頭の片隅によぎった。
キッカケは女騎士の死だっただろうが、魔王となったのは別の何かが取り憑いていたのかもしれない。今なら少しだけそう思える。
(私も叔父と同じ末路になるかもしれなかった……ということか)
バタバタと屋敷内を走り回る音が近づいてきた。
豪快に扉を蹴破って現れたのは、金髪の少年だった。次いで五、六人の帝国兵も部屋に乱入する。
この野蛮人たちは、ノックというのも知らないのだろうか。
「アイシャ。もう逃げられないぞ!」
黒の外套を羽織った軍服の少年は、私とアイシャを交互に見て眉を吊り上げた。見た目の特徴からいって、アレがアイシャの婚約者という男なのだろう。
この程度とは。現皇帝の苦労が忍ばれる。
「なんだ、お前は?」
「私はアイシャ様の執事、レオンと申します。主は体調がすぐれないため、このままお引き取りさせていただこうと思います」
にこやかに告げたつもりだったが、少年は殺気を隠そうともせず私にぶつけてきた。私にとってはそよ風程度にしか感じなかったが。
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