第226話「冬里、天芳を治療する」
「いた、いたたたたたっ……」
「芳さまは、どんな『気』の使い方をされたのですか……」
俺の背中で、冬里があきれたようなため息をついた。
ここは雷光師匠の宿舎だ。
俺は床に敷いた毛布の上で、うつぶせになっている。
身体のあちこちが痛い。
『五神獣顕現・相剋』の後遺症だ。
あの技は複数の『気』を組み合わせることで、技の威力を高めることができる。
特殊な技で、雷光師匠も……仰雲師匠でさえ成功したことがない。
それを俺は使ってみたんだ。
結果は……とんでもない威力が出た。
俺が振った木剣は、庭木を叩き折った。
庭木にはすさまじい『気』が流れ込み……枝に生えていた葉っぱがすべて落ちてきた。
さすがは禁断の技だ。
だけど、後遺症もすごかった。
無理な『気』の使い方をしたせいで、俺は全身が筋肉痛。
身体がしびれたようになり、動けなくなってしまったんだ。
なので冬里に治療をしてもらっているわけだ。
「こんな『気』の使い方をするべきではありませんよ。芳さま」
冬里の指が、俺の背中を押した。
「経絡が変な状態になっています。調整が大変です……」
「うぅ……」
ぐっぐっ、と、冬里が指圧をする。
そのたびに身体のしびれが、少しずつゆるんでいく。
「冬里の指圧はすごい効果だよね」
「ほめていただいてうれしいのですが……冬里の『気』はあまり強くないのです。なので、芳さまの経絡を整えるには時間がかかります」
「ごめんね」
「それはいいのですが……お身体はどうなりました?」
「ぽかぽかしてきた」
まるで、熱いお湯に浸かっているみたいだ。
血と『気』の通りがよくなっているのがわかる。
「それに……すごく眠くなってきた」
「いい傾向です。そのまま眠ってくださいませ」
「いやいや、冬里に指圧をしてもらってるのに、ぼくが眠るわけには……」
「いいのですよ。これは雷光さまに依頼されたことなのですから」
冬里が笑う気配がした。
「それに、芳さまに気持ちよくなってもらえるのはうれしいです」
「そうなの?」
「はい。ですから、眠ってくださいませ」
「…………そうだね」
だんだん、まぶたが重くなる。
冬里は一定のペースで、俺の背中を、ぎゅ、ぎゅ、と押してくれている。
その感触が気持ちよくて……あ、だめだ。眠い。
俺は、すとん……という感じで、深い眠りに落ちていくのだった。
──冬里視点──
「芳さまは……また無茶をされたのですね」
冬里の前には、むきだしの天芳の背中がある。
彼の背丈は、冬里とほとんど変わらない。
なのに強敵とわたりあってきたのだと思うと、思わず、抱きしめたくなる。
「これからは……もっと芳さまをお守りするための手段を考えないと」
それはたぶん、冬里ひとりでは無理だ。
天芳はこれからも戦いにおもむいていくはず。
そんな彼を助けることができて……無茶をしそうなときは止められる人は──
「凰花さまと星怜さまと……千虹さまに相談するしかありませんね」
天芳を守るのは、4人がかりじゃないと無理だろう。
彼が危険な場所に行くときは、4人のうちの誰かがついていく。
最低でも1人か2人。可能ならば4人全員。
そうして天芳の側で、彼を支え続ける。
そんな同盟を作る必要があるのかもしれない。
「できれば……冬里は芳さまをひとりじめしたいのですが、それはわがままですね」
冬里は、天芳の背中に指をはわせる。
天芳が目覚める気配はない。
技の後遺症のせいで体力を消耗したのだろう。しばらくは、目を覚まさないと思う。
それまでは、冬里が天芳をひとりじめだ。
冬里は丁寧に、天芳の背中を指で圧しつづける。
経絡を調整するためには『気』が必要だ。
だから、冬里の『気』を流しているのだけれど、なかなか改善しない。
天芳の『気』が強すぎるからだ。
天芳の『気』の滞りを治すには、冬里の『気』も高める必要がある。
それには『獣身導引』や『天地一身導引』をするのがいい。
けれど、天芳への指圧を止めるわけにはいかない。
だとすると……導引と指圧を同時にするのがいいだろう。
そうすれば冬里の『気』も高まる。
天芳をすばやく癒すこともできるはずだ。
そして──
「導引で『気』を高めるなら……できるだけ自然な状態になった方がいいですね」
冬里は服の帯に手をかけたのだった。
──数十分後──
「…………あれ? 寝てた」
「『天地一身導引』……鳥のかたち。すぅ……はぁ」
ぐっ、と、背中に圧力がくる。
背筋を、熱がのぼっていく。
うつぶせになったまま手を握って、開くと……うん。しびれが治まっている。
「……冬里はずっと指圧をしていてくれたの?」
「あ、お目覚めですか。芳さま」
「うん。もうすっかりよくなったよ……って、あれ?」
身体を起こそうとした俺の肩を、冬里が押した。
というか、腰のあたりに重みがある。
冬里が座っているんだろうか?
「まだ身体を起こしてはいけません。まだ治療中ですので」
「そうなの? でも、ずいぶんよくなったけど……」
「まだ治療中ですので!」
「…………うん」
冬里は、俺の腰にあまり体重がかからないようにしてくれている。
たぶん床に膝をついているんだろう。
そんな冬里は、ゆったりとした呼吸を繰り返している。
かすかに、まわりの空気が動いているのがわかる。
これは……。
「もしかして冬里は、導引をしてるの?」
「は、はい! 上半身だけですけど」
「ぼくを指圧してくれるために……?」
「そうなのです。芳さまの『気』を効率よく流すために……自然な状態で冬里の『気』を高めているのです」
「そっか。迷惑をかけちゃってごめんね」
「迷惑なんかではないのです! 上半身だけですので!」
「う、うん。ぼくの上半身に『気』を通してくれているわけだからね」
「そういうことなのです!」
はふぅ、と、ため息をつく冬里。
そうして、また、冬里は指圧をはじめる。
冬里の指が触れるたびに、身体が温かくなっていく。
変な状態になっていた『気』が、スムーズに流れ出す。
「……芳さま」
「うん。冬里」
「あんまり、無茶なことはしないでくださいね」
「わかってる。今回はちょっと失敗しただけだよ」
「……芳さまは、これからも『金翅幇』を追跡されるのですよね」
俺の背中を押す冬里の力が、少し、強くなる。
「逃げた者たちを追いかけて……遠くへ行くのですか?」
「ううん。『金翅幇』の追跡は……ぼくの仕事じゃなくなったと思う」
「……そう、なのですか?」
「うん。ぼくの役目は……『金翅幇』を追いかける人たちの、手助けをすることかな? だから、大丈夫。無茶をすることはもう、ないと思うよ」
「わかりました」
「……大丈夫だからね?」
「わかっております」
「…………心配しなくてもいいから! だから、もうちょっと指圧の力を弱く……ちょ、痛……くはないけど、効いてるから。効きすぎるから!」
冬里が指圧をするたびに、俺の背中に、ずん、ずん、と重い響きが伝わって来る。
気合いを入れて指圧しているみたいだ。
いつの間に冬里の『気』は、こんなに強くなったんだろう。
「はい。おしまいです」
最後に冬里は、俺の背中に、ぐっ、と指を押し当てた。
それから、腰のあたりにかかっていた重みが消える。
冬里が立ち上がったみたいだ……けど。
「あの……冬里」
「なんでしょうか。芳さま」
「起き上がれないんだけど……どうしてかな?」
「…………『気』をなじませるために、仕上げの指圧をしたからです」
「そうなの?」
「はい。5分くらいは、そのままでいてください。その間に冬里は身支度を……いえ、服の乱れを整えますから」
「服が乱れるほど熱心に指圧をしてくれたんだね……」
「…………そうです」
衣ずれの音が聞こえた。
冬里が服を整えているみたいだ。
俺はうつぶせ状態で、ほとんど首も動かせない。
でも、こうしていると、身体が回復していくのがわかる。
温かい『気』が、じーんと染み渡っていくみたいだ。
本当に冬里は気合いを入れて指圧をしてくれていたんだな……。
「…………よいしょ、と」
しばらくすると、俺の身体が動くようになった。
身体を起こすと……きちんと衣服を整え、床に座った冬里がいた。
「指圧はここまでです。おつかれさまでした」
「ありがとう。冬里。おかげで助かったよ」
「いいえ。お役に立ててなによりです」
そう言って一礼する冬里。
「ところで、芳さま」
「うん?」
「星怜さまにご伝言をお願いできますでしょうか?」
「星怜に?」
「はい。明日、お時間がありましたら、宿舎に来ていただきたいと」
「うん。わかった。伝えておくね」
「芳さま」
「なにかな? 冬里」
「無茶はしないでくださいね」
「わかってる。次回はもっと、うまく技を使ってみせるよ」
「…………そうですか」
「今日はありがとうね。冬里」
「はい。芳さま」
そうして、俺の治療は終わったのだった。
──翌日。冬里の宿舎で──
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。星怜さま。凰花さま。千虹さま」
ここは、玄秋翼と冬里が住んでいる宿舎。
その一室に冬里と、星怜と凰花と千虹が集まっていた。
星怜は、話の内容がわかっているのか、落ち着いた表情だ。
凰花も同じなのか、気合いの入った表情でうなずいている。
千虹は皆の迫力に圧されたのか、少し離れたところで座っている。
「用件というのは他でもありません。芳さまのことです」
「わかっております。冬里さま」
「天芳が、また無茶なことしたんだね?」
「あ、なるほど。そういうことなのですか……」
納得したようにうなずく3人。
そんな彼女たちを見回しながら、冬里は、
「芳さまは常に、強敵と戦っていらっしゃいます。『金翅幇』対策は終わったようですが……芳さまはたぶん、その先を見据えていらっしゃいます」
深刻そうに、そんな言葉を口にする。
「そんな芳さまをお助けするために……冬里たちは同盟を結ぶべきだと思うのです。それについて話し合うために、今日は集まっていただきました。皆さまのご意見をお聞かせください」
「わたしも、兄さんを守りたいです!」
「僕も同感だよ。天芳は本当に危なっかしいからね……」
「虹は、天芳さまを拘束するための策を考えるのです!」
同意の声をあげる星怜、凰花、そして千虹。
その言葉に勇気づけられたように──
「ありがとうございます。それでは、芳さまをお守りする盟いのもとに、話し合いをはじめましょう」
冬里はみんなの賛同を受けながら、話を進めていくのだった。
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