第221話「天芳と狼炎と夕璃、連携する」
「来たか、黄天芳よ」
俺は王宮の一室で、太子狼炎と面会していた。
謁見の間よりもかなり狭い部屋だ。
王家の人たちが、私的な会見に使っている場所だと聞いている。
太子狼炎は、一段高い場所にある椅子に座っている。
卓に置かれたお茶を飲みながら、落ち着いた表情だ。
その近くには夕璃さまがいる。
太子狼炎は岐涼の町の事件の話を聞きたいそうだ。
俺が前線にいた人間として、夕璃さまは全体を見通せる場所にいた人間として、報告をすることになっている。
だからだろう。卓には書巻が置かれている。
おそらくは事件の報告書だ。書いたのは……きっと千虹だ。
彼女の記憶力と知力なら、数日で報告書を仕上げられる。
書簡と、俺たちの報告を参考にして、太子狼炎は事件を把握するつもりなんだろうな。
「岐涼の町でのことは聞いている」
最初に口を開いたのは、太子狼炎だった。
「あの町で貴公は大きな成果をあげてくれたようだ」
「王陛下と、太子殿下のご威光のおかげです」
俺は太子狼炎に向かって、拱手した。
「それに、岐涼の町の領主でいらっしゃる孟篤さまも立派なお方でした。事件が小規模なものにとどまったのは、孟篤さまのおかげです」
「その報告も受けている。いずれにせよ、あとは孟侯に任せて問題なかろう」
「はい。太子殿下」
「孟侯の罪は問わぬ。これは、父と私の決定である」
「陛下と太子殿下のお心遣いに感謝申し上げます」
こうして太子狼炎と話をしていると、不思議な気分になる。
はじめて出会ったころ、俺は太子狼炎を警戒していたからだ。
それが、今は普通に……身分の差はあるけれど、おたがいに落ち着いて話をしている。
俺も太子狼炎を信用しているし、太子狼炎の方も、俺を信用してくれているのがわかる。
出会ったころの太子狼炎は……すごくピリピリしていたっけ。
顔を合わせたら、いきなり内力比べを仕掛けてきたくらいだし。
あのころの太子狼炎は、必死に自分の力を誇示しようとしているように見えたんだ。
けれど、今の太子狼炎は、とてもおだやかな顔をしている。
張り詰めたものが消えて、ゆったりと構えている感じだ。
俺が変わったように……太子狼炎も変わったんだろうか。
だとしたら、なにが原因なんだろう?
「貴公に伝えることがある。岐涼の事件について聞きたいと言ったのは、貴公と夕璃どのと話をするための口実であった」
太子狼炎は、よく響く声で言った。
「内密に伝えたいことがあったのでな。目立たぬように、事件の報告を聞くというかたちにしたのだ。ここまではよいか?」
「はい。太子殿下」
俺は頭を垂れた。
内密の席だから、太子狼炎を直視するのも、直言するのも許されている。
頭を垂れたのは、念のための礼儀作法だ。
「貴公に伝えたかったのは、新たな部隊を新設することについてだ」
太子狼炎は言った。
「この狼炎の判断で、『金翅幇』対策のために部隊を作ることにした。部隊を率いるのは貴公の兄、黄海亮となる」
「兄上が、ですか?」
「いまだ発表はされておらぬが、決定事項だ」
「だから兄上は北臨に戻っていらっしゃるのですね……」
兄上が北臨に帰ってきていることは、母上から聞いた。
家にはいなかったから、まだ顔を合わせてはいないんだけど。
「海亮はしばらくの間、兵舎で寝泊まりしている。部隊の準備のためだ」
そう言って太子狼炎は、笑みを浮かべた。
「本来なら貴公にも部隊に入ってもらいたかった。だが、夕璃どのに反対された。『黄天芳をひとつの場所につなぎ止めるのは難しい』とな」
「わたくしが申し上げたのは『黄天芳さまは自由にされるべき』ですよ」
夕璃さまは困ったように首をかしげた。
「脚色をされては困ります。狼炎殿下」
「ふふっ。すまない。不注意だった」
「狼炎殿下はたまに、わたくしを困らせるようなことをおっしゃいます」
「むむ……以後、気をつけるとしよう」
「はい。そうなさってくださいませ」
口を押さえて笑う夕璃さま。
まるで、心を許した友人同士のようなやりとりだった。
「とにかく、貴公には自由に動いて欲しいというのが夕璃どのの願いだ。その話を聞いて、この狼炎も納得した。これまでも貴公は自由な判断で動き、敵の存在をあぶり出してきたからな」
──戊紅族の村に行き、壬境族の侵攻を防いだこと。
──壬境族の支配地域で、穏健派と友好関係を結んだこと。
──そして今回、岐涼の町での陰謀を防いだこと。
これまで起きた事件のことを、太子狼炎は口にした。
それから──
「……裏五神という盗賊団のことも、あったな」
ぽつり、と、太子狼炎は付け加えた。
「あれも重要な事件であった。あの事件のあとで──」
「そうですわね。黄天芳さまは多くの活躍をされております」
「おそれいります。狼炎殿下、夕璃さま」
夕璃さまと俺は、言葉を返した。
この場では直言が許されているからだ。太子に対して、無礼ではあるんだけど。
ただ『裏五神』の話を、これ以上続けたくなかった。
あの事件のあとで兆家のふたりが死んでいるからだ。
太子狼炎の叔父の兆石鳴と、従兄弟の兆昌括が。
太子狼炎にとってはショックなことだったと思う。
だから、あまり思い出させたくない。
夕璃さまと俺が声をあげたのは、そのためだ。
「とにかく、貴公には自由を許し、その上で支援をするべきだと判断した」
太子狼炎は頭を振り、話を続けた。
「思えば貴公は、誰よりも早く『金翅幇』を危険視していた。貴公の先見の明には価値がある。それを今後も活かして欲しい」
「おそれいります。太子殿下」
俺は頭を下げた。
「ですが、これまでうまくいったのは、偶然が味方してくれたからです」
これまで俺は、ゲーム『剣主大乱史伝』の知識を活かしてきた。
けれど、ここから先はわからない。
ゲームの続編の内容を俺は知らない。
わずかな手がかりをたどって、情報を得るしかないんだ。
「それでも『金翅幇』の中心人物を捕らえることには成功しました。やつらは間違いなく弱体化したはずです。対処もしやすくなると思います」
「わかっている。それで、今後の対応だが──」
──巫女と円烏の人相書きを配り、情報を得ること。
──巫女を捕らえたものには賞金を出すようにすること。
──兄上の部隊が、人相書きを配りながら国中をまわり、捜査をすること。
そんなことを、太子狼炎は話してくれた。
「今のところは、以上だ。なにか意見はあるか?」
「いいえ。太子殿下のお考えの通りの対処で、十分だと思っております」
本音だった。
国が本腰を入れて『金翅幇』対策に乗り出すつもりなのがわかったからな。
それだけで十分だ。
「ぼくは……傷が癒えたら、奏真国に向かうつもりでおります」
俺はまた拱手してから、太子狼炎に告げた。
「傷が癒えるまでは、兄上の部隊の手伝いもしたいと思っています。その後は、奏真国に行ければ……と」
「わかった。ならば、よい考えがある」
太子狼炎は卓に置かれた書巻のひとつを引き寄せた。
「来月、奏真国に贈り物を届けることになっている。貴公をその使節の護衛に任命するとしよう」
「奏真国に贈り物を?」
「そうだ。あの国にいる技術者たちをねぎらうためにな」
奏真国には現在、灌漑や鉱山開拓の技術者が送られている。
少し前に小凰のお姉さんが藍河国に来たのも、そのお礼のためだったと聞いている。
「藍河国より送られた技術者たちも、故郷がなつかしくなるころだろう。それゆえに、藍河国の食材と酒を送ることにした。貴公はその荷馬車の護衛となるがよい。奏真国に到着した後は任を解き、自由行動を許す」
「太子殿下のご配慮に感謝いたします」
すごくいいアイディアだ。
俺が国王や太子狼炎に、奏真国に行く許可をもらったら、それが誰かの耳に入るかもしれない。
噂になって目立つこともありうる。
それは避けたい。
『金翅幇』の残党が、北臨の近くにいる可能性もあるからな。
俺の意図に気づいて、あとをつけてくる可能性だってある。
でも、俺が護衛のひとりになれば、目立たずに奏真国に入ることができる。
あくまでも奏真国に向かうのは贈り物を届ける使節。
俺はその護衛として同行するだけ……という話になるからだ。
「それでしたら、護衛役として推薦したい人がおります」
「あなたの師兄ですね?」
答えてくれたのは夕璃さまだ。
夕璃さまはすべてをわかっているような顔で、微笑んでいる。
「私からもお願いします。狼炎殿下。留学生である翠化央を、護衛の任につけてさしあえてくださいませ」
「構わぬよ。兄弟子がいれば黄天芳も安心であろう」
「……と、いうことですわ。黄天芳さま」
「ありがとうございます。狼炎殿下。夕璃さま」
本当に夕璃さまには頭が上がらないな。
それに、太子狼炎と夕璃さまは息がぴったりだ。
恋人同士……というのとは、少し違う。
おたがいを支え合っている、息のあったバディのように見える。
「それに関連して、こちらからも提案がある」
太子狼炎は俺を見ながら、口を開いた。
「今後、貴公には連絡係をつけることとする。その者が私と、貴公との間を繋ぐこととなるだろう」
「ぼくになにかあって、連絡が取れなくなったら困るからですね?」
「そうだ。これも夕璃どのの提案である」
太子狼炎は夕璃さまを見た。
夕璃さまは照れたように、頬を押さえて、
「わたくしは狼炎殿下と黄天芳さま、そして黄海亮さまの安全のために、提案をしただけですわ」
「実に的確な提案であったよ」
太子狼炎はうなずいた。
「この狼炎と海亮、黄天芳の三人は常に連絡を取り合い、『金翅幇』とやらに対処すべきなのだからな。情報の齟齬があっては、敵につけいられるかもしれぬからな」
「そのための連絡役ですね」
俺は答えた。
「連絡役というのは、ぼくの知っている方ですか?」
「直接には知らぬだろうな。狼騎隊の范圭の妹だ。その者が、我々をつなぐ連絡役となる」
范圭さまの妹は、范琉という名前だそうだ。
彼女は表向き、夕璃さまの侍女という立場になる。
夕璃さまは星怜と仲良しだ。
その侍女が黄家に来るのは自然なことだから、疑われにくい。
連絡役には最適、ということだった。
「のちほど范琉さまには、黄家に行っていただきます」
そう言ったのは夕璃さまだった。
「そこで黄天芳さまや星怜さまと顔合わせをするとよいでしょう。よい子ですから、すぐに仲良くなれると思いますよ」
「お心遣い、ありがとうございます。夕璃さま」
「狼炎さまと黄天芳さま、黄海亮さまの結びつきがあれば、謎の組織の正体を突き止めることができるでしょう」
「大事なことを忘れているぞ。夕璃どの」
太子狼炎は不敵な笑みを浮かべて、夕璃さまを見た。
「あなたも我らの仲間である。この狼炎と夕璃どの、黄家の兄弟の協力のもとで、『金翅幇』とやらの対策を行うのだ。あなたも欠くことのできない人間だ。それを忘れてはならぬ」
「……ありがとうございます。狼炎さま」
夕璃さまは太子狼炎に向かって、拱手した。
なんとなく、思った。
夕璃さまが側にいる限り、太子狼炎は大丈夫だ……って。
こうしていると、ふたりが深く信頼しあっているのがわかる。
ゲーム『剣主大乱史伝』では、夕璃さまはNPCとして燎原君の側にいた。
戦乱から目を逸らすことなく、藍河国の終焉を見届けた。
ゲーム中で、彼女が語った言葉は少ない。
印象に残っているのは『狼炎王を、楽にして差し上げてください』だ。
もしかしたらゲームの夕璃さまは、狼炎王を救いたかったのかもしれない。
それができなかったから……せめて苦しみを終わらせてあげたかった。
ゲームの夕璃さまは、そう考えていたんじゃないかな……。
でも、この世界では違う。
夕璃さまは太子狼炎の側にいる。
夕璃さまの父である燎原君も、太子狼炎の後ろ盾になっている。
だから、大丈夫だ。
太子狼炎が暴君になることはない。夕璃さまが側にいる限りは、きっと。
「お目通りの機会をいただき、ありがとうございました。太子殿下」
俺は太子狼炎に向かって、深々と頭を下げた。
「夕璃さまのお力ぞえにも感謝いたします」
「うむ。これからよろしく頼む」
「范琉さまと、よく話し合ってくださいね」
「承知いたしました」
それで、俺と太子狼炎の面会は終わりとなった。
俺は退出して、王宮の外へと向かった。
長い廊下を進んで、門に向かう途中で──
「黄天芳どの。少し、よろしいかな?」
不意に、声をかけられた。
ふと見ると、門の近くに白髪の男性が立っていた。
名前は──知ってる。
藍河国の文官のひとりだ。名前は梁銀。弟の梁鉄は優秀な武官だって聞いている。
梁銀は、まるで俺を待ち構えていたように近づいてくる。
俺は後ろに下がって、拱手する。
立場上、先に口を開くわけにはいかないからな。
目上の相手に対しては一歩引いて、相手の発言を待つのが礼儀作法なんだ。
「貴公に話があるのだ。時間をもらえるだろうか」
「……え」
「長くはかからぬ」
有無をいわせない口調で、梁銀は言った。
「黄家に関わる重要な話だ。まずは、落ち着いて話ができる場所に行こうではないか」
文官の梁銀は俺の先に立ち、歩き始めたのだった。
書籍版「天下の大悪人」3巻は、1月25日発売です!
(早いところでは、もう入荷しているところもあるようです)
雷光を捜しに北の地に向かう天芳。
そこで出会ったのは壬境族の少女たちでした。
少女のひとりであるシュクエイと一緒に、天芳と冬里は壬境族の支配地域に踏み込むことになるのですが……。
WEB版とは少し違うルートに入った「天下の大悪人」を、よろしくお願いします!
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