第222話「天下の大悪人、新部隊の話を聞く」
梁銀という文官のことを、俺はよく知らない。
知っているのは、俺が東郭に赴任したことに、この人が関わっていたということだけだ。
そのことは以前、燎原君が教えてくれた。
『黄天芳が東郭の防衛副隊長に任命されたのは、梁銀という文官の働きかけがあったからだ』と。
それはまあ、別にいい。
俺は東郭に赴任したおかげで、千虹に会えたからな。
それに、盗賊団の『裏五神』を討伐するきっかけにもなったわけだし。
だから俺は、梁銀という人のことは、特になんとも思わない。
ただ……この人には梁鉄という弟がいる。
その梁鉄には、あんまりいい思い出がない。
あの人には廟議の席で、文句を言われたことがあるからな……。
彼はふたつのことを非難していた。
ひとつは、俺がゼング=タイガの首を取らなかったこと。
もうひとつは、俺がゼング=タイガの愛馬、朔月を手に入れたことだ。
もちろん、その非難は的外れだった。
俺も廟議の席で、しっかりと反論した。
話を聞いた太子狼炎なんか……梁鉄を怒鳴りつけていたからな。
というわけで、俺は武官の梁鉄には、あまりいい印象がない。
その兄の梁銀に対しても……やっぱり、警戒してしまう。
まあ、王宮の近くで、変なことになったりはしないと思うんだけど。
そんなことを思いながら、俺は梁銀の後ろを歩いていた。
目的地は決まっているのだろう。梁銀の足取りには迷いがない。
梁銀の斜め後ろには長身の男性がいる。たぶん、彼の護衛だろう。
けれど、兵士のようには見えない。
兵士なら甲を着けているはずだけど、梁銀の側にいる男性が身に着けているのは普通の服だ。武器も持っていない。
それに、身体の動きを見ると、兵士というよりも武術家に近いように思える。
彼は、いつでも梁銀をかばえるような歩き方をしている。
俺もそれなりに武術を学んでいるからな。それくらいはわかるんだ。
そんなことを考えながら、俺は梁銀の後ろを進み、王宮の内門を通り抜けた。
内門の外に出たあとは壁に沿って進み、広い場所に出る。
衛兵たちの詰め所がある場所だ。まわりには、訓練を行っている兵士たちがいる。
その一角で、梁銀は足を止めた。
「わざわざ足を運んでもらってすまなかったな。ここで、貴公に紹介したい者がおるのだ」
振り返った梁銀が言った。
俺はゆっくりと呼吸をしながら、まわりの気配を探る。
広場には数十人の兵士がいる。
彼らは訓練に集中している。俺たちに意識を向けてはいない。
ただ……兵士たちの足音に紛れて、別の気配が近づいて来る。
数は2名。俺の左右からだ。
俺は目だけで左右を見回す。
俺たちのまわりでは兵士が訓練をしている。
右と左、どちらにも兵士たちの列がある。気配があるのは、その向こうだ。
兵士に紛れて俺を攻撃しようとしているように思えるけど……違うな?
殺気は感じない。
ただ、俺の方に向かってくるだけだ。
梁銀はここで俺に模擬戦をやらせたいんだろうか?
……俺にそんなつもりはないんだけど。
というか、俺は海亮兄上のよそ行きの服を借りているからからな。汚したくないんだ。戦闘は回避しよう。さりげなく。礼儀作法にのっとったやりかたで。
「失礼します。梁銀さま」
俺は『五神歩法』の玄武の型で、後ろにさがった。
滑るように。短い距離を。
その直後、兵士の列の向こうから、ふたりの人物が飛びだしてくる。
ひとりは小柄な少年。もうひとりは少女。
武器は持っていない。
ふたりは……まるでタイミングを外されたように、つんのめる。
さっきまで俺がいた場所で、困ったような顔をしている。
小柄な少年と少女は、似たような髪型をしている。
ふたりとも肩の後ろで、編んだ髪を結んでいる。顔つきもそっくりだ。兄妹だろうか。
着ているのは袍だ。
ふたりはびっくりしたように目を見開いて、俺を見ている。
梁銀は……いたずらを見抜かれた子どものように、苦笑いをしていた。
その隣にいる護衛の男性は、震えながら俺を見ている。
おどろいた表情は、他のふたりにそっくりだ。もしかして、兄妹だろうか?
「そこまでだ。修三兄妹よ」
梁銀が声をあげた。
三人は梁銀の側に移動し、俺に向かって拱手した。
「梁銀さまにうかがいます」
俺は拱手を返しながら、たずねた。
「今の一幕にはなんの意味があったのですか? そこにいるおふたりは、ぼくとの距離を詰めてこられたようですが、どうしてそんなことをしたのでしょうか?」
「貴公はこのふたりの動きを、どう感じた?」
梁銀は俺の問いに、問いを返した。
先に自分の問いに答えろ、ってことらしい。
面倒だけど……しょうがないか。
トラブルになって兄上や太子狼炎に迷惑をかけたくないからな。
ここは、礼儀正しくしておこう。
「そちらのふたりは……訓練中の兵士の足音にまぎれて、ぼくの不意を突こうとしているように感じました。ぶつかっては失礼になりますから、ぼくは距離を取って、それを避けたのです」
「なるほどな。たいしたものだ」
「おふたりは、どうしてそのようなことをしたのでしょうか?」
俺はさっきと同じ質問を繰り返した。
梁銀は満足そうにうなずきながら、
「貴公とこの者たちの間に、どれほど技量の差があるのか確かめたかったのだ」
──肩をすくめて、そんな言葉を口にした。
「紹介しよう。この3人は、新たに創設される部隊の中心となる者たちだ。名を修目、修耳、修香と言う」
梁銀の言葉に応じるように、長身の男性、少年、小柄な少女が頭を下げる。
「……本名ではありませんよね?」
俺は梁銀にたずねた。
「この方々の名前は、部隊における識別名のようなものでしょうか?」
「そうだ。修目は視力にすぐれ、修耳は聴覚に、修香は嗅覚にすぐれているため、この名とした。部隊ではこの3名に、それぞれ十数名の部下がつくことになる」
「お話はわかりました」
俺は梁銀と3人から距離を取りながら、たずねる。
「ですが、ぼくにこの方々を紹介された理由がわかりません。梁銀さまは、黄家に関わるお話があるとおっしゃっいましたよね?」
「関係ある話だ。この修兄妹は、国王陛下によって創設される『金翅幇』対策部隊に関わることになるのだからな」
……え?
ちょっと待った。
『金翅幇』対策の部隊は太子狼炎の名のもとに創設されるはずだよな?
その部隊を率いるのは、海亮兄上のはずだ。
なのに……どうして別の部隊が……?
「文官と武官が国王陛下に、新たな部隊の創設を願い出たのだ」
梁銀は言った。
「『金翅幇』のことを知った彼らは、自分たちにも藍河国の敵と戦う機会がほしいと思ったのだろう。彼らの願いを、偉大なる国王陛下は認めてくださった。そうして創設されたのが『蒼矢隊』だ。邪悪なる鳥……『金翅』を射落とす矢という意味だな」
「その部隊は、どなたが率いられるのですか?」
「我が弟の梁鉄だ。この梁銀は、部隊の調整と管理を行うこととなる」
なるほど。
梁銀が俺を呼びだしたのは、部隊について教えるためだったのか。
これから、藍河国は『金翅幇』対策のために、ふたつの部隊を創設する。
──ひとつは太子狼炎の命令で作られる部隊。こちらは海亮兄上が指揮を取る。
──もうひとつは国王の命令で作られる部隊。こちらは武官の梁鉄が指揮を取る。
そういうことになったらしい。
そういえば……ゲーム『剣主大乱史伝』に修三兄妹のようなキャラはいなかったな。
登場キャラをリストアップしても、誰も該当しない。
ゲームには登場しない人たちなんだろうか。
国王陛下の命令で作られた部隊なら、それなりの人選をしているはず。
だから修三兄妹は優秀で、忠誠心も高い人物なのだろう。
『金翅幇』に対抗する勢力が増えるのは助かる。
だけど……気になることもある。
「梁銀さまにうかがいます」
俺はまっすぐに、梁銀に視線を向けた。
「ぼくに『蒼矢隊』のことを教えてくださったのは、兄の部隊と協力するおつもりだからですか?」
「将来的には、そういうこともあるだろう」
梁銀は、言葉を濁した。
「だが、今は無理だろうな」
「どうしてでしょうか?」
「『蒼矢隊』は創設されたばかりだ。まずは訓練をしなければならぬ。そうすることで、統一された行動を取り、指揮命令が正確に伝達されるようにする。部隊が本格的に動き出すのは、それからであろうな」
「その準備が整ったら、兄上の部隊と協力されるのですね?」
俺はふたたび、質問を投げかけた。
「でしたら、ぼくが仲介役になります。こちらのご兄妹は武術に長けた方々のご様子。ぼくも、皆さまとお話をしてみたいと考えています」
「ああ……そうできれば幸いだろうな。だが、それはやはり先の話だ」
梁銀は視線を逸らした。
「貴公をここに連れてきたのは、『蒼矢隊』のことを、黄海亮どのに伝えてほしかったからだ。黄家だけが国の敵と戦うわけではないことも」
「いえ、黄家だけが、国の敵と戦っているわけでは……」
「そうは思わぬ者もいる」
俺の言葉をさえぎり、梁銀は言い放った。
「武官や文官のなかには、黄家が手柄を独占していると考える者もおるのだ」
苦々しい口調だった。
「我が弟……梁鉄は、貴公に『蒼矢隊』のことを伝えるのを反対しておった。手の内を明かす意味はないと言ってな。だが、私は……黄家と競うならば、堂々と行うべきだと考えた。だから、貴公をここに連れてきたのだ」
「競う必要なんかありませんよね? ぼくたちはともに、藍河国の敵と戦うわけで……」
「……貴公は、清廉潔白な人物なのだろうな」
静かな口調だった。
梁銀は俺と視線を合わせるのをおそれるかのように、目を逸らしていた。
「以前の私には、それがわからなかった。だが、今ならわかる。貴公には私欲が薄い。だからこそ、貴公には見えぬものがあるのだ」
「ぼくに見えないもの……ですか?」
「そうだ。貴公には、人の欲というものが見えておらぬ。それは尊敬に値すべきことではあるが、それゆえに、他者の考えが見えておらぬ」
梁銀は頭を振った。
「年若き者が次々に手柄を立て、太子殿下の信頼あつき存在となっていく姿……それを見ている者たちの気持ちを、貴公は理解すべきだろう」
「待ってください。ぼくはただ、藍河国の敵と戦っているだけで──」
「わかっている。だが、貴公に欲深い者の心が見えぬように、欲深い者には……貴公の心は見えぬ。貴公を不気味な存在と考える者も、貴公が自分たちの上に立つのではないかと、不安に思う者もいるのだ」
俺が、文官や武官の上に……って。
俺はそんなことを考えていない。俺はただ、破滅を避けたいだけだ。
だけど……高官たちには、それがわからない。
だから俺──ひいては黄家が自分たちの上に立つのを防ぐために、新たな部隊を作って功績を立てようとしている……ってことか。
「『蒼矢隊』が功績を立てれば、それに関わる者たちは出世する。そうなれば、あの者たちは確実に、貴公の上に立つことになる。藍河国の敵を駆逐すれば、貴公が自分たちの上に立つ機会もなくなる。つまりは、そういうことだ」
「そう考える方々が……『蒼矢隊』を作られたということですか?」
「理由のひとつであることは間違いない」
「だから兄上の部隊と『蒼矢隊』は……協力できないのですか?」
俺はたずねた。
「私は、『今は』と言ったぞ」
梁銀は目を伏せて、頭を振った。
「いずれは協力できればと思っているが……なんとも言えぬ。実際に部隊を率いるのは、私ではない。我が弟の梁鉄だからな」
「では、梁鉄さまにお伝えください」
俺は梁銀に向かって頭を下げた。
この人が敵なのか、味方なのかはわからない。
ただ、俺はこの人と敵対したいとは思わない。
俺は『蒼矢隊』が、兄上の部隊と協力する可能性を残しておきたいんだ。
「『蒼矢隊』が、海亮兄上の部隊と連携を取られるなら、この黄天芳が犬馬の労をとります、と」
「承知した」
「部隊のことを教えていただき、ありがとうございました」
「時間を取らせてすまなかった。もう行くがよい」
「はい」
そうして俺は梁銀に拱手をしてから、その場を立ち去ったのだった。
次回、第223話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。




